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465


「着いたー!」


 長かった下層でのボス討伐もようやく完了。

 ダンジョン前のロビーに繋がる通路を進む速度もついつい上がってしまい、隊列の真ん中にいたはずなのに、いつの間にか先頭でゴールしていた。

 まぁ、いつもの事ではあるが……。


 このロビーの内装もほぼ完成している。

 今はもう、ダンジョンが一般にも開放されたら、お貴族様達が冒険者の品定めをする時に利用する特別室を作成している段階だ。


 ここの内装は規定があるわけでも無く、各冒険者ギルドごとにデザインされている。

 王都は無骨な感じで座れる場所も無く、あまり寛げるスペースは無かった。

 ゼルキスもそれに倣った感じだ。


 一方ここは、ベンチにテーブルと、寛げるスペースが設けられていて、ちょっとしたカフェといった風情か。

 もちろんお酒は出さないが、簡単なドリンク程度は用意するらしい。

 セリアーナの意向だ。


 今はまだ何も無いけどな!


「お疲れ様」


「うぉわっ!?」


 ロビーの様子を見ながら一息ついていると、フィオーラが後ろから声をかけてきたが、驚き声を上げてしまった。


「……失礼ね」


「あぁ、ごめんね……。いやさ……普段オレのすぐ後ろって誰もいないからね」


「そう……便利ですものね。今日は助かったわ」


 そう言うと、彼女は【小玉】から降りて、こちらに渡してきた。


「うん。いる時はいつでも言ってね」


 フィオーラは乗馬も出来るが、フィールドワークの際にはこっちの方が使い勝手が良いだろう。


「貴方よりも奥様に了承を取ることになりそうだけれどね……」


「かもね!」


 そう言って2人で笑っていると、他のメンバーも通路からロビーへと姿を表した。

 全員無事帰還達成だ。


「んー……今日は結構長かったねー。さっさと屋敷に戻って風呂入って、夕飯までひと眠りしようかな」


 伸びをしながら、屋敷に戻ってからの事を口にした。


 半日程度とは言え、ずっとダンジョンに潜っていると疲れもする。

 居眠りは俺だけだと朝まで起き無さそうだが、まぁ、誰かが起こしてくれるはずだ。

 ついでに夕飯は軽めのサッパリしたヤツにしてもらおう。


「あら、貴方は素材の運び出しに付き合わなきゃ駄目でしょう?」


 だが、フィオーラからストップがかかった。


「うぐっ……そうだった……」


 もう一つ大事な仕事が残っていたが……明日じゃ駄目かなー……。


 ◇


 ぺチンペチンとした乾いた音と共に訪れる頬への軽い痛み。

 流石に毎度の事だしもう慣れた。

 俺はもう少し布団で微睡んでいたい。


「起きませんね」


「いえ、出て来る気が無いだけよ」


 側にいるのはセリアーナとエレナか。


 それにしても流石はセリアーナ……よくわかっている。

 だが、わかっているのならこのまま寝かせておいて欲しい。

 食事は【隠れ家】にあるのを適当に摘まむからああああああああああああああああっ!?


「ああああああっ!? なっ!? なにすんの!?」


 ベッドから引っ張り出された。

 それも足を掴んで逆さまに。


 思わずデカい声で抗議をするが……。


「ほら、起きていたでしょう?」


「本当ですね」


 掴んでいるのはエレナだが、指示をしたのはセリアーナか……。

 2人は俺の抗議の声を無視して、冷静に話をしている。


 お腹しか見えないが、恰好は少しラフな物だ。

 今日はお客さんが一緒じゃ無いんだな。


「……下ろしてよ」


 ともあれ、怒っても無駄に終わりそうだが、今後の為にもせめて睨むくらいの抵抗はしておこう。

 身体を曲げて、上にある2人の顔を睨みつける。


「なに変な顔をしているの? さっさと顔を洗って着替えを済ませなさい」


「料理長が君の分は軽めのメニューにしてくれたそうだよ」


 セリアーナの言葉を合図にエレナは俺を抱き直し、ベッドに下ろした。


 ……下ろしては貰えたが、俺の抗議はスルーされている。

 何というか……。


「ねぇ、最近オレの扱い方雑過ぎない?」


 別にお姫様扱いされたいわけじゃ無いが……もう少し……こう……。


「あら、良かったじゃない」


「何がよ……」


 雑な扱いの何が良いんだ……?


「お前、昔は雑に扱ったら死にそうだったもの。少しは成長した証よ」


「そうですね。体も重くなりましたし……持ち上げるのも大変ですよ」


 2人はそう言うと、顔を見合わせて笑っている。


 くそぉ……味方がいねぇ……。


「って……あれ? テレサは?」


 味方といえばテレサがいない。

 いつもは適当なところで、中に加わって来るんだが……。


「彼女は今日は騎士団の客の対応に出ているわ。お前の代理ね。さ、いい加減頭もすっきりしたでしょう? さっさと支度を済ませなさい」


「はーい」


 ダンジョンから戻ったその日のうちに仕事……それも俺の代理とは少々申し訳なく思うが、俺には出来ない仕事だしな……。

 頑張って貰おう。


 心の中で、テレサに頭を下げつつ寝間着を脱いで、支度を始めた。


466 セリアーナ・side


 セラたちが下層の魔王種を討伐してから無事帰還を果たしたその夜。


 仕事を終えたリーゼルから自分の部屋に来るようにと使いが来た。

 話があるのなら夕食時で構わないだろうに……内密な話なら、わざわざ人を使って呼ぶような事もしないはずだ。

 一体何の用だろうか?


「どうぞ」


 エレナを伴ってリーゼルの部屋まで向かうと、私達の姿を見た警備の兵が、中に伺い立てすぐにドアを開いた。


「貴方達はそこで待っていなさい」


「はい」


 エレナをそこで待たせて中に入ると、リーゼルが大量に積み上げた手紙や書類と格闘している。

 執務室の机は綺麗に片付けているのに、自室はこれか……。


「やあ、セリア。……セラ君は一緒じゃ無かったのかい?」


「疲れたそうで眠っているわ。報告も聞きたいし、夕食時には起こすけれど……」


 素材を【隠れ家】から運び出した後、すぐに風呂に向かったはいいが、それで力尽きた様で、今は眠っている。

 さらに、セラだけじゃなくて、アレク達男性陣も眠っているかどうかはわからないが、各々自宅で休息中だ。

 テレサから簡単にだが聞いた限りでは、中層で戦ったオオザルの魔王種よりも大分格上だったらしい。


「それより貴方も疲れている様ね。夕食後にセラに【ミラの祝福】をかけさせましょうか?」


 記念祭に向けて既に領都に到着している客たちとの挨拶が続いているからだろうか?

 私を迎えたリーゼルの顔には疲れがにじみ出ている。


「それはありがたいね……。それよりも……だ。ここ数日、他所の者達と会っているんだが、話題はレオたちの将来についてがほとんどなんだ」


「まあ……妥当ね」


 生まれてまだ1年も経っていないが、婚約を結ぶとまでは行かなくても、将来について話をする事はよくある事……ましてや男女の双子だ。

 どこからでも声がかかる事だろう。

 だが、それは予測出来ていた事で、わざわざ部屋に呼びつけて話をするようなことでは無いはずだ。


「そうだね。ただ、それと同時にセラ君の事も聞かれるんだよ。彼女は今後どうするのか? ってね。君の直臣だし、僕から口を出す気は無いが、恐らく記念祭の間に君やセラ君にもそう言った話が来るはずだよ。必要なら母上や姉上の名前を使ってもいいが……」


 なるほど……その事の確認をしたかったのか。

 だが……その事については、既にお父様やお母様とも話をつけてある。


「問題無いわ。あの娘の事は考えているから安心して頂戴」


 その答えを予期していたのか、リーゼルは特にそれについて訊ねたりはせず、代わりに何束かの手紙を差し出してきた。


「これは?」


「セラ君を嫁や養女に迎えたいという申し出だよ。こちらを尊重した内容だし、断るにしても君も目を通しておいた方がいい」


「……大した人気ね」


 受け取った手紙の重みに少々呆れてしまう。

 下手な貴族の娘への申し込みよりも、よほど力を入れていそうだ。


「ウチを含めて、あちこちに顔を繋げることが出来るからね。僕だって他家に同じような条件の娘がいたら同じことをしただろうさ」


「それもそうね……目を通しておくわ」


「ああ。呼び立てて悪かったね。後は夕食時にでも話そう。参戦した者を招いて簡単な祝勝会といこう」


「ええ。また後で」


 挨拶を済ませると、リーゼルは再び机に向かい始めた。

 私はエレナやテレサにも仕事を割り振っているが、領主ともなるとそうはいかない仕事も多いのだろう。

 益体もないことがほとんどだろうに、ご苦労な事だ。


 ◇


 さて、夕食の時間となった。

 テレサとオーギュストは、騎士団での仕事があってまだ合流していないが、下層での魔王種討伐に参戦した者たちが揃っている。


「……セラ君はどうかしたのかい?」


 私の隣でむくれているセラを見て、リーゼルが不思議そうな顔をしている。

 セラは我が意を得たりと、先程の事を伝えているが……。


「起きているのだから、さっさと出てきたらいいのよ。お前、あそこで引きずり出さなければ、夕食を摂らないつもりだったでしょう?」


 大方【隠れ家】に保存している物でも食べる気だったのだろう。

 移動中だったり、ダンジョンや外で冒険者として活動中なら仕方ないが、屋敷にいるのにそれを許すつもりはない。


「ぐぬぬぬ……」


「まあ、そう言ってやるなよ。ずっと戦いっぱなしだったからな。しっかりとあのカマキリにも大打撃を与えたし……十分過ぎるくらい仕事をしたさ」


 唸るセラを庇うわけでは無いだろうが、ジグハルトが酒を飲む手を止めて、戦いの様子を語り始めた。

 彼は剣等も扱えるようだが、やはり魔法が主体らしく、戦場全体をよく見ている。

 テレサとはまた違った視点での内容だけに興味深いが……。


「セラ、お前攻撃を受けたの?」


 それは聞いていなかった。


 隣のセラを見れば、あからさまに真横を向いているので、顎を手で掴みこちらに顔を向けると、今度は目を斜め上に逸らしている。

 怪我の報告は無かったが……。


 問い詰めると、どういった状況だったかを話し始めた。

 確かに、首を刎ねた後で尚攻撃をしてくるとは思わないだろうし、油断とは言えない。

 状況を考えると、他の者が守りに入れたとも思えない。

 仕方の無かったことなのだろうが……。

 魔王種2体から作った防具と、先日の聖貨で引き当てた恩恵品と加護が無ければ命を落としていただろう。

 本人も自覚があるのかやや気まずそうにしている。


 どうしてくれよう……。


「セラ君。セリアは剣を中々使えるんだ。少し彼女から教わってみたらどうだい? 君は剣を使わないそうだが、それでも戦い方の訓練にはなるんじゃないかな?」


「ああ、それはいいわね。私だって少しは剣を扱えるし、あなたも少しは恩恵品抜きで身を守れる術を持つのも悪く無いわ」


 リーゼルの言葉に、フィオーラも賛同している。


 前も短期間だが一緒に体を動かした事はあった。

 あの時は私が身体を動かす為に、セラに【浮き玉】を使って攻撃をさせていたが、今度は守り方を教えるのか。

 それも悪くないわね。

 普段は体を動かしたがらないけれど、剣の訓練は嫌いじゃ無いようだ……いつまでたっても上達は見せないが。


 その呑気そうな顔を見ると思わず……。


「……ふぅ」


「なにっ!?」


 零れた溜息に、セラは声を上げている。


「なんでもないわ。記念祭が終わって落ち着いたら、一緒にやりましょうか?」


「……うん」


 不機嫌そうな表情を浮かべているが、どうせすぐ機嫌を直すだろう。

 それよりも……。


「お前はもっと食べなさい」


 すっかり手を止めているが、皿にはまだまだ残っている。

 とりあえず、用意された分くらいは軽く食べられるようになって欲しいわね。


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