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 弓から放たれたビームは、狙い違わず呑気に滞空しているボスカマキリの背中に直撃した。

 まぁ、片羽だけに当てて、墜落ってのが理想なんだけど……そんな腕は無いからな!


 ともあれ、威力だけなら自慢の【ダンレムの糸】が見事直撃だ。

 いくら硬かろうと……魔力を弾こうと、ヒビが入った状態でまともに受けた。

 ただではすまないだろ……う?


「ぬぬ……?」


 直撃を受けて、よろめき落下するボスカマキリ。

 その際に、全身の甲殻が剥がれ落ちていくのが見えた。

 今までもパラパラとだが落ちてはいたが、まるで車のフロントガラスの様に一気にバラバラとだ……。


 落とした後はボコスカ袋にして、仕留めた後に剥がしていく……そう考えていたのだが、思ってたのと違うな。

 ボスは落下のダメージがあるのか、その源である俺に注意を割く余裕が無いようで、地面でもがいている。


 腹に大穴が空き、脚も上手く動かないようだし、無理もないか。


 だが……これはチャンス!


【浮き玉】を操り、ボスカマキリまでの距離を一気に詰めた。


 たとえ甲殻があろうと無かろうと、ベストな状態のこいつにだったら通じはしないだろう。

 だが、コツコツダメージを与え続け、ジグハルトのどでかい一撃も加わった。

 魔力による強化かなのかはわからないが、当然防御能力だって落ちている。


 今ならいける!


 甲殻がはがれて土色の体表が露出している。

 全長こそ大きいが、幅も厚みもそれ程では無い。

 核は胸部にあると言っていたし、十分【影の剣】でも届きそうではあるが……狙いはここだ!


「はぁっ!」


 首裏めがけて右腕を一閃。


 回転しながら上を通り過ぎた為結果を見る事は出来ないが、弾かれるようなことは無く、代わりに指先に伝わる何かを断ち切る感触。


「うひひ……」


 これは決まったな……。


 振り向くと、頭部を失い地面に崩れ落ちたボスカマキリの姿があった。

 そして、斬り落とした頭は少し離れた所をゴロゴロと……。


「倒したよー!」


 近くのジグハルト達はもちろん、離れた場所で戦っている皆にも届くように、両腕を掲げて大きな声で勝利の報告だ。

 しまったな……もっと討ち取ったりーとかカッコよく叫ぶべきだったか。


 向こうの魔物は数こそまだまだ多いが、魔王種による強化も無くなるし統制も崩れるはずだ。

 そうなってしまえば、後は彼等が蹴散らすだけ。

 そしたら遺骸を回収して、ダンジョンから撤収だ。


 と、戦闘後の事を考えていると、不意にアレクの鋭い声がした。


「セラっ!」


「ほぇ?」


 我ながら気の抜けた声を出してしまったが、何事かと振り返ろうとしたその瞬間、視界の端から迫る何かが見えた。

 次いで、弾かれるような衝撃と硬い物が割れるような音。


 何かによって【風の衣】と【琥珀の盾】が破られた。


「はわわわわ…………」


 一度経験していたからか、慌てることなく即座に発動し直す事が出来たが、一体何に……?


 そう思い、攻撃を受けた方を見ると、頭の無いカマキリさんが鎌を振り回していた。


「あっ……あわわ……」


 虫って確かにしぶといけれど……ここまでなのか!?

 前世でも、ちょっと仕留めそこなって頭を潰しても動いていたりって事はあったが……ここまで豪快に動くのか……?

 魔王種だからかな……?


「はあっ!」


 異様さに動きを止めてしまっていると、駆け付けたアレクが脚に一撃を叩き込み、さらに追撃を胸部と腹部の付け根に見舞っていた。


「……止まったね?」


 首無しのまま動き回っていたボスカマキリは、その2発が止めになったようで、今度こそ動きを止めた。

 脚はへし折れ、胴体は半ばまで千切れと……流石にここまでやれば動かないか。


 しかし……まぁ……甲殻が無くなっていたとはいえ、アレクの攻撃力よ。


 俺自身が蹴ったり斬ったりしたから、よくわかっている。

【影の剣】は物理攻撃とはまたちょっと毛色が違うが、甲殻が無くったってボスカマキリの身体は硬い事に違いは無い。

 それを力尽くでベコッボコッと……。

【強撃】と【祈り】有りとはいえ、とんでもない破壊力だ。


「よう、大丈夫だったか?」


 そう言うのは、未だ地に臥すボスから目を離さず警戒している、アレクの代わりに側にやって来たジグハルトだ。


「うん。びっくりしたけどねー」


「首を刎ねてもああまで動くとはな……。おっと……流石に今度はくたばったようだな」


 そう言うと、ニッと笑いながら右手を開いてこちらに見せてきた。


「だね」


 俺も右手を開いて、彼に見せる。

 聖貨をだ。


 本来なら止めを指した者のみが得られるか否かの判定の対象になるが、やはり中層のボスザル同様、ダンジョン内に現れる魔王種を討伐すると、参加者全員に贈られるようだ。

 アレクも聖貨を得た事で、ようやく肩の力を抜いたようだ。

 盾を背負うと、左手で摘まんだ聖貨をこちらに見せながら歩いて来た。


 向こうの戦闘音も徐々に少なくなって来たし、ようやくボス討伐も終了かな?


464


 ボスカマキリを倒した後は、さらにあの一帯にいた魔物も全滅させた。

 掃討戦はジグハルトも参戦し、遠慮なしに魔法をぶっ放した事で、さほど時間はかからなかった。

 どんだけ強いんだジグハルトって感じだよな……。


 それから、まず手がけた事は、遺骸に保存処理を施して【隠れ家】に放り込む事だ。

 幸いボスザルほど重くなかったようで、そちらは比較的楽に片付いた。


 その代わり手間だったのは、砕け落ちた甲殻だ。


 それは、生前の性質をしっかり持ったままで、極めて硬くさらに魔法を弾く。

 竜種や亜竜の鱗は、魔道具や薬品の素材としてはもちろん、防具としても非常に重宝されているそうだ。

 ある意味これこそが今日の一番のお宝ともいえるが……そのお宝はバラバラに砕け、剥がれ落ちている。

 だから、しっかりと拾い集めなければいけない。


 何かに使うかもと、【隠れ家】に用意していた空き箱をいくつか出して、地面に散らばった甲殻を回収する事になった。

 場所はある程度まとまっているし、今なら魔物もいないしな。


 だが、全員でという訳では無い。


 俺とテレサとオーギュストの3人は別行動を取っていた。


 ◇


「こっちも魔物はいないねー。さっき皆が倒しちゃったのかな?」


「そうですね……随分な数でしたから……。新しく生まれるまでまだ時間がありますし、十分間に合いますね。オーギュスト団長、急ぐ必要はありませんよ」


 先導するオーギュストは、振り向かずに、代わりに手を上げてそれに答えた。

 辺りに魔物の姿は見えなくても、警戒を緩める気は無いようだ。

 索敵は俺もやっているが、彼だけじゃなくてアレク達も同様で、自分が出来る時は自分でやりたいんだろう。


 今俺達3人が目指しているのはボスの間に築いた本陣で、あそこに置いたままの予備の装備を回収するのが目的だ。

 ボスカマキリと遭遇した時、俺は本陣から離れた場所にいて回収する事が出来ず、放置したままだった。


 特注とはいかないが、それでも量産品の中では上位に位置する出来の代物で、ダンジョンに放置していくには少々勿体無い。

 ……と、思ったのだが、実は違った。


 その放置している予備装備は主にアレクとオーギュストが使うための物で、槍や斧、そしてメイスが中心だった。

 技よりも筋力が重要な物で、妖魔種なら有効活用できてしまう代物だ。

 只の丸太や石でも、ここまで来れる冒険者にですら十分脅威になっているのに、まともな武器を手にしようものなら……このダンジョンの深い場所で死者が出る事態になりかねないもんな。


 そんな事を、適当に話しながら進むことしばし、ようやく目的の本陣を築いた場所が見えてきた。


 身も蓋も無い言い方になるが、俺だけならここまでひと飛びで来る事が出来る。

 だが、如何せんボス戦を終えたばかりだ。

 俺自身は特に疲労を感じていないが、他のメンバーから単独行動の許可が出ず、テレサとオーギュストの2人も同行することになった。

 まぁ、部屋の魔物もボスも倒したし、急ぐ必要は無いからのんびり行くのも悪くはないが……


「あ、あそこだね。ちょっと行ってくるよ」


 本陣は傾斜の上。

 もう目と鼻の先って位置だし、流石にここまで来たら1人で行ってもいいだろう。


「はい。お気を付けて」


「荷物の回収だけでいいからな」


 と、テレサとオーギュスト。


 そんじゃー、さっさと行ってサクッと回収してくるか。

 そして、向こうの甲殻拾いを手伝って、帰還だ!


 ◇


「ぉぉぉ……結構いっぱいになってるね……」


 装備の回収を済ませて皆で元に戻ると、こちらも回収を終えたのか複数の木箱にぎっしりと積み込まれていた。


 ふと興味を覚え、一枚手に取ってどんなもんかと見てみるが……これは、一片一片が俺の手のひらくらいはありそうだな。

 厚みはほとんど無く微かに湾曲している。

 触れた感触は、前世のトタン板みたいな感じだろうか……?

 だが、強度は段違いだ。

 こんな薄いものが、あれだけの頑強さを発揮するとは……侮れねぇな……この世界の生物。


「目に付いた物は全部拾ったつもりよ。ここから散らばった物は……まぁ、運の良い冒険者が見つける事があるかもしれないわね」


「あぁ……」


 剥がれ落ちた時はある程度纏まっていたが、その後ドッカンドッカンド派手な魔法がさく裂していたからな……砕けはしないが、爆風で飛ばされた物もあるか。


 チラリとジグハルトを見ると肩を竦めている。

 まぁ、必要な事だったし、しゃーないしゃーない。


「んじゃ、これも入れるかね……。誰か手伝ってくれる? 入ってすぐの所はもういっぱいなんだよね」


 台車があるから小さい物なら俺だけでもなんとかなるが、このサイズはな……。


「俺がやろう。ルバン、お前もいいか?」


「ああ」


 アレク達はそう言うと、木箱をせーのっと持ち上げた。

 手慣れたものだ。


「ありがと。ほっ」


【隠れ家】を発動し、木箱を持った彼等共々中に入った。


「さて……どこに運べばいいんだ?」


 中に入ってすぐ目に入るのは、シートの上に積まれたボスカマキリの遺骸だ。

 ダンジョンから帰還した後外に出しやすいようにと、玄関前の廊下に置いているから、大分窮屈になっている。


「そだね、そのまま奥の部屋にお願い」


 置く場所はリビングでいいか。

 装備品はもう一つの部屋に置いているが、アレは別にそのまま保管していてもいいが、これは今日外に出す物だ。

 それなら台車で真っ直ぐ行ける場所の方がいい。


 それを聞き、彼等はよっせよっせと運んで行く。

 重さはそれ程でも無さそうだが、足元に色々あってちょっと大変そうだ。


 汚い部屋ですまぬ。

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