195

461


「…………は?」


 アレク達がボスの下まで到達しかけた瞬間、急に視界がグルグルと回転した。

 別にそんな動きをしようと考えたわけでも無いし、【浮き玉】が暴走したってわけでも無いだろう。


 一体何が……?


 と、そこで土の感触が手と足にある事に気付いた。

 俺は普段から浮いているし、手はともかく足に何か物が当たる事なんて無いはずなのに……と、考えて辺りを見ると……。


「はぁっ!?」


 思わず声を上げてしまった。


 俺、地面に落ちてる。

 ついでに【浮き玉】からも。


「なっ……なっ……!? あわわわわ………」


 訳が分からずワタワタとしていると、幸いにも【浮き玉】を見つける事が出来た。

 なんてことは無い、俺のすぐ後ろに転がっていただけだった。

 だが……、ダンジョンに自分の足で降りるだなんて久しぶり過ぎる。

 思わずパニックになってしまったぜ……。


「姫、大丈夫ですか?」


【浮き玉】にしがみつき、浮き上がり一息つくと、テレサがちょうど駆け寄って来ていた。


「あちこち擦りむいてるけど、大丈夫。……何が起きたの?」


 今いるのは……俺が元居たところから10メートルそこら離れた場所だろうか?

【琥珀の盾】は残っているが、【風の衣】が破られている。

 まるで気づかなかったが……攻撃でも受けたんだろうか?


「アレを」


 とテレサの指さす方を見ると……。


「……浮いとるね」


 正確には飛んでいる……だが、腹に大穴を空けたボスカマキリが羽ばたき、体液を撒き散らしながら宙に浮いている。


 あの腹の大穴はジグハルトの魔法か……ふらついているし、ダメージは入っているんだろうが……アレで死なないのね。

 魔法がバンバン撃ち込まれているが、両腕を前に構えて防いでいる。


「羽を広げた瞬間に一気に魔力を放射したのですが、それと同時に姫が後ろに吹き飛ばされました。私やフィオーラ殿は何も感じませんでしたが、恐らく【風の衣】で受け止めたのでしょう。前衛の3人は衝撃があったようで、少々ふらついていました。今はフィオーラ殿とジグハルト殿が牽制をしています」


「なるほど……」


 それが攻撃なのか何かはわからんが俺は無防備な状態でそれを受けてしまい、【風の衣】が受け止めるも破られて、結果吹っ飛んでしまったのか……?

 わけわからんな……。


「身体に問題が無いようなら、我々もあちらに合流しましょう。何をしてくるのかわからない以上、離れるのは危険ですからね」


 男性陣が仕留めにかかってから俺達が距離を取っていたのは、捕食こそイレギュラーだったが、ある程度行動が予測出来ていたからだ。

 3人が牽制で、ジグハルトが仕留める。

 そして、俺達は万が一に備えての保険みたいなものだったのだが……、その万が一が来ちゃったからな……。


「うん。行こう!」


 まぁ、ここからじゃよくわからないし、ひとまず合流だな!


 ◇


「どう?」


 合流を果たし、手前でやや手持ち無沙汰にしているアレクに状況を訊ねた。

 装備を手にしてはいるが、いつもは先頭に立つ彼が暇そうにしているのはちょっと珍しいな。


「セラか。吹っ飛んでいたが、大丈夫か?」


「うん。俺の事よりもこっちはどうなんよ? なんかエライことになってるけどさ……」


 どうやら彼も俺が吹っ飛ぶさまを見ていたらしい。

 どんな風に吹っ飛んでいたんだろう……まぁ、気にはなるがそれは後だ。

 続きを促すと、どこか困った様な顔で話し始めた。


「見ての通りだ……。あの状態でも意外と動く。速度重視の魔法でジグさんがあの場に縫い付けているからなんとかなっているがな……。回復をさせずにこのまま力尽きるのを待つかどうするかってところだな」


「あの魔力の放射がきっかけですか?」


「だろうな。幸いそこまで強力な魔物は少ないから、向こうの3人で何とかなっているが……」


 と、アレクはテレサに答えながら、さらに奥を見てそう言った。


「凄いことになってるね……」


 俺も向こうを見るが……まぁ……本当に。


 向こうは俺が麻痺らせていた魔物達が転がっていたのだが、あの魔力の放射が気付けのような効果があったのか、動き出してしまった。

【紫の羽】の毒は、あくまで麻痺の効果を与えるだけで、実際に毒物を生み出すわけじゃ無いから、そんな事が可能なんだろう……【紫の羽】の思わぬ攻略法を発見したな。

 ともあれ、魔物達が動き出したという事は、先程のオオザルの様にボスの下に集い、捕食される可能性もある。

 ……あそこまで損傷して回復するってのは考えたくないが、それでもその事を危惧したのだろう。

 ルバンとフィオーラが魔法で纏めて狩り、その2人の弾幕を掻い潜ってきた魔物をオーギュストが狩るという布陣で、雑魚掃討を行っている。


 ジグハルトはボスが自分から捕食に向かわない様に、足止めだ。

 そして、アレクはボスがジグハルトに狙いを絞った際に盾として割って入る役割……と。


「こちらは何とかなっているが、向こうが少々余裕が無くなってきている。行ってくれるか?」


 確かに、2人の魔法は少々雑に乱発しているように見える。

 ジグハルトはまだ余裕があるように見えるし、いざとなれば彼もボスの相手をしながら雑魚退治も行うんだろうけれど……。


「わかりました。姫、良いですか?」


「うん。りょーかい!」


 空いてる俺達が行く方がいいか。


「あ、アレク。弓使う?」


 雑魚掃討に向かう前にふと思い立ち、アレクに髪を留めているヘアーリングを見せながら訊ねた。

 万が一の盾役とは言え、遠距離攻撃が出来るならジグハルトの援護も出来るだろう。


「……いや、止めておこう。両手が塞がるから急な事態に対処できないからな……。それよりもお前が持って、隙を見つけたら援護をしてくれ」


「ふぬ……わかった! よっし、んじゃ、行こうか」


「はい」


 気合いを入れ、テレサと共にボスを迂回して奥を目指す事にした。

 下層に来てから結構な長丁場になったし、そろそろ終わらせたいもんだな。


462


「ふぬぬぬぬ…………」


 雑魚掃討に参加したはいいものの……あまり活躍出来ているとは言えない。

 弾幕を突破してきた魔物の中でも、大物はオーギュストが倒しているし、それ以外はテレサが魔法も絡めて倒している。

【ダンレムの糸】でドカンとやったらまた別なのかもしれないが……そうなると次弾発射まで10分間、俺が遠距離攻撃を出来なくなってしまう。


「とぉっ!」


 抜け出してきたイノシシに蹴りをかまし、よろめいた隙にヘビたちが止めを刺した。


【影の剣】を振るうには、色々気にしないといけない状況だからな……。

 上手く狙いが付けられずに一撃で仕留めそこなうと、俺に隙が出来てしまう。

 恩恵品や加護で今までよりも守りを固められてはいるが、だからと言って攻撃を受けて良いわけじゃ無い。


 地味ではあるが、このままコレを続けることにするか……。

 ボスの方は上手く抑えられている様だし……。


 そう方針を決めて、ボスとの戦況を確認しようとそちらを振り向くと、ジグハルトと目が合った。


「ぬ………?」


 弓を引くようなジェスチャーをしているし、丁度こちらを見たタイミングってわけじゃ無いようだ。

 ……弓を射ろって事かな?


 ボスは相変わらず羽ばたきながら滞空をしている。

 カマキリってよりは、ハチドリっぽいな……いや、あんな可愛くはないか。


 あの飛び方なら、バランスを崩す事さえできたら落とせそうではあるが、魔法は甲殻で弾かれる。

 それでも衝撃は伝わるだろうが、それだけの威力を出すのはいくら彼でも、1人で相手取っている今だと厳しい。


 そこで俺か……。


 見ればボスも動きこそしているが、素早い軌道はとっていない。

 そして、背面の甲殻もヒビが入り、さらにそこからパラパラと崩れ落ちている。

 貫きこそしなかったが、ジグハルトの魔法はそれだけの威力があったんだろう。

 アレなら背面から当てたら一気に崩せるかもしれない。


 水平に撃つとジグハルトを巻き込むかもしれないが、斜め上を狙えば大丈夫だろう。

 丁度、的は宙に浮いているしな。


 後ろから撃って、狙いをこちらに変えられたら困るが……そうなったらそうなったで、今度はジグハルトが後ろから撃ってくれるだろうし……やってみようかな!


「オレもカマキリの方に参加するから、後お願い!」


 オーギュストとテレサに向けて、こちら側から離脱する事を伝えた。

 あんまり役には立っていないが、一応抜けるわけだし報告はしないとな。


「!? 了解した! 仕損じた時は遠慮なくこちらに来られよ!」


 と、魔物を切り伏せながらの頼もしいオーギュストのお言葉。


 よし……それなら。


 ジグハルトにもしっかり見える様に、手では無く尻尾を振って了承した事を伝えて、この場を離れる事にした。


 ◇


「むぅ……」


 さて……攻撃役を引き受けたはいいが……これは結構難しい。


 俺が【ダンレムの糸】を撃つには、足を完全に止める必要がある。

 ……まぁ、浮いているが。


 ともかく、一射撃つだけで完全に動きを止めて無防備になってしまう。

 さらに、外してしまえば次弾発射まで10分かかる。


 オーギュストはいざとなれば自分が引き受けるとは言ってくれたが……。

 後ろを振り向くと、先程と変わらず中々の激戦が繰り広げられている。

 さらに負担をかけるのは忍びないし……できれば俺で決めたい。


 と、気合を入れたはいいが……。


 しっかりと決められる位置を求めて先程からウロウロしているが、どうにもわからん。


 そもそもオオカマキリ自体初めて知った魔物だ。

 動きを見切る様な知識も無いし、隙を見つけても狙い通りに当てる技術も無い。


「ぬぬぬぬぬ……。もうここでいいか」


 気負い過ぎても駄目だな。

 どうせ出来ない事は出来ないし、誤射だけ気を付けて、後はなるようになれだ!


「ほっ!」


【ダンレムの糸】を始め諸々を発動し、発射の準備に移る。


 それが目に入ったのか、ボスの気を引くべくジグハルトが魔法のタイプを切り替えた。

 小さな光球を、マシンガンさながらに連発している。

 一発一発の威力は大したこと無い様だが、これは鬱陶しい。


 これだとジグハルトが危ないんじゃ……と思ったが、そこはアレクがいつの間にか詰めていて、いつでもカバーに入れるようにしている。

 2人とも流石だ……おかげで俺も慌てずに狙いをつけられる。


 ◇


 見守ることしばし、ようやく機会が訪れた。


 連発される魔法を鬱陶しく思いジグハルトを潰しに行こうとするも、アレクが前に立ちはだかり、攻撃を凌がれる。

 そして、一旦距離をとって次にどう動くか迷うかの様に、その場で滞空している。

 これは、ジグハルトの魔法は鬱陶しくこそあれど、自分を倒すほどの威力が無いとわかっているからだろう。

 でも、それもジグハルトの想定内の事。


 それにしても、ボスカマキリ……【妖精の瞳】やヘビの目で見ても弱って来ているのは間違いないんだ。

 追い詰めてはいるはず。


 だが、それでも何だかんだで余裕があるのは、いざとなれば逃げればいいとでも考えているからだろうか?


 まぁ、強いのは確かだが……お陰でしっかりと狙いをつける事が出来た。


「…………はっ!」


【ダンレムの糸】をしっかりと引き、背後の俺に無防備に晒した背中目がけて、発射した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る