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 救援に駆け付けた仲間を自らの手で屠り、あまつさえ食すとは……とんだサイコさんじゃないかっ!


 俺はもちろん他のメンバー……そして、それだけじゃなくて残りの2体のオオザルもドン引きしているぞ?

 魔物の表情なんて俺にはよくわからないが、それでもこれはわかる。


 1本だけの鎌が封じられて、さらに食事で無防備になっているのに、異様さから手が出せないでいる。

 これ、どういう事だよ……。


「アレクシオ、ジグハルト殿、ルバン卿。アレはどう見る? 何か意味があるのか?」


 オーギュストが3人に問うが、彼等も答えられないようだ。


 外の魔物は、魔物同士で縄張り争いなどをする事もあるが、ダンジョン内の魔物は同士討ちはしないのが常識だと言われている。

 これはちょっとわけがわからんぞ?


「わからん……ただの食事という訳じゃ無いだろうが……むっ!?」


 ジグハルトが答えている途中で、食われているオオザルに変化が起きた。

 首元から齧り付いていたが、それが進み続けて胸元に到達した時、オオザルの死体が上下両方とも消えた。

 核を齧ったんだろう。


「……!? おい……見ろ」


 と今度はアレクが何かに気付いた様でボスの方を指した。


 オオザルを食べている光景がショッキング過ぎて見逃していたが、俺が切り落とした右腕の鎌の辺りから泡が出て、そして少しずつ何かが生えて来ている。

 ……再生か?


「核を食べたからかな? オレのヘビたちも核を食べると強くなるみたいだし……」


「それか……。だとすると……急がないとマズいな。いくら弱らせても魔物を呼ばれる度に回復されるんじゃ、キリが無い。アレク、お前が仕掛けていた脚はまだそのままだが……やれそうか?」


 見れば脚のヒビはまだそのままだ。

 どういった順番で回復するのかはわからないが、一律全身が回復するってわけじゃ無いようだ。

 1体じゃ全快には足りないのかあるいは時間がかかるのかはわからないが、それでも放っておいたら他の魔物を捕食して回復されてしまうだろう。

 少し離れてはいるが、お誂え向きに魔物がごろごろ転がっている。


 ボスはこちらを無視して、残ったオオザルを睨みつけている。

 お代わりでもするつもりなんだろう。

 オオザルたちも逃げればいいのに、威圧されているのか動けないでいる。

 蛇に睨まれた蛙ってやつか……カマキリだけど。


 しかし、ジグハルトが言うように、このままだとキリが無さそうだ。


「厳しいですね……。多少広げはしましたが、まだ中を露出させるほどではありませんし、それに1本だけです。行動不能にさせるには……」


「そうか……。オーギュスト、素材を諦めることになるかもしれんが、いいか?」


「正直惜しいですが……止むを得ないでしょう……。何か考えが?」


 脚を潰せば捕食に向かわせること無く戦えるが、どうやらそれは難しいようだ。

 それを聞いたジグハルトは、オーギュストに素材を諦める許可を取っている。


 核を狙いにいくのか……?

 中層のボスザルでもそうだったが、俺達はボスを倒す事はもちろんだが、素材を丸ごと手に入れる事も狙っている。

 それを諦めることになるのか。


「腹をぶち抜く。オオカマキリと同じ場所にあるなら、核は胸部だが、加減は出来ねぇ……そのまま潰してしまうかもしれないが……仕方が無いだろう。アレク、お前は正面に立て。時間を稼ぎながら足を止めさせて体を起こさせろ」


「わかりました。2人は援護を頼む」


 そう言うと、アレクはボスの下に駆け出していった。

 行動が早いな!?

 あんな簡単なやり取りで決めちゃっていいんだろうか……?


「セラ、お前は向こうの2人に伝えてこい」


「あ、うん……」


 テレサ達は先程ボスと戦っていた場所から動かず、引いた位置から警戒をしている。

 あそこからじゃ捕食はともかく、回復の様子とかは見えないだろうし、ちゃんと伝えないと何が起きているのかわからないだろう。

 だが……、俺も事態はよく分かっていないんだよな。


 アレクだけじゃなくて、オーギュストとルバンもアレクの後を追っているし、聞くならジグハルトだろうけれど、何か地面に薬品撒いたり忙しそうにしているからな……。

 しゃーない……2人の勘の良さを信じよう。


 ◇


 2人は勘が良かった。

 そして頭も良かった。


 俺のいまいち要領を得ない説明でもしっかり理解し、さらにその情報を補足し俺に伝えてくれた。


 ボスカマキリはお腹はあの甲殻が無いようだ。

 ワニとかと一緒だな。

 だから、体を起こさせて、その部位を露出させる……。


 ただ、いくら体を起こしても、人間の様に2足で立つわけじゃ無いから、どうしても狙える位置や角度が制限されてしまう。

 その為の前衛3人だ。

 ジグハルトが狙いやすい位置をキープしながら、捕食に移らない様に気を引き続ける。


 ……大変だぁ。


「ジグの撒いた薬は、魔力を集めやすくするための物よ。以前倒した、巨獣リアーナの時ほど強力じゃ無いし、普通なら気休め程度にしかならないけれど、魔素が豊富なダンジョンで【竜の肺】と併せたなら、それなりの効果にはなるでしょうね……」


「フィオーラ殿、私達はどうしますか?」


「あなたでも盾役はこなせないでしょう? ……そうね、セラの毒が効かない魔物がいるかもしれないし、周囲の警戒をしておきましょう。セラ、あなたもよ」


「わかりました」


 頷くテレサ。


「……ぉぅ」


 うーむ……直接ぶつかる男性陣には申し訳ないが、確かに俺達がやれることは無いからな……。

 仕方ない……応援頑張るか。


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 俺達3人の方針は決まり、周囲の警戒ついでにボスとの戦いを見守る事に。


 生き残ったオオザルの1体は同じく捕食され、もう1体はオーギュストとルバンによって倒されている。

 ボス戦の前にも倒していたが、魔王種じゃなければ割とあっさり倒せるのかもしれないな。


 さて、ボスカマキリ。

 2体のオオザルを食った事で、鎌はもう再生している。

【隠れ家】の中のアレはどうなっているのか気になるが、消えはしないだろう。


「今のところ上手く押さえ込めてるね」


 正面にアレクが立って、【赤の盾】で気を引きつつ、左右の鎌を盾や棍棒で上手く捌いている。

 そして、業を煮やしたボスがジャンプしようとすると、両サイドのルバンとオーギュストがすぐにその挙動を潰す。

 少し離れた場所にいるジグハルトは、溜めに集中しているし……これは大丈夫そうかな?


「そうですね……ですが、まだオオカマキリも余裕があるようです。本当に追い詰められたらなりふり構わず逃亡という手を打てますからね」


「あー……逃げられたら引き留められないのか……」


 確かに本気で逃げようとされたら、脚を潰す事も出来ないし、身体を押さえ込む事も出来ない。

 だから、アレク達は先程と違って攻撃をせずに、大人しく受けるだけに留めているのか。


 ……今更だけど、怖くないのかな?


「いいぞ!」


 などと考えつつしばらく見守っていると、ジグハルトの準備が出来た様で、前の3人に合図を出した。


 問題はどうやって魔法を当てるかだ。

 ジャンプしようとする時以外は、大体低い体勢を保ち、甲殻で覆われていない腹部を地面で守っている。

 どうにかして体を起こさないと……。


 俺が行って、頭の辺りをウロウロして気を引けば、上体を起こせるかもしれない。

 気を抜くと危ないだろうが、特に疲れてもいないし、ミスはしないだろう。


 そんな事を考えていたが、いらぬ心配だった。


 左右の鎌を凌いだアレクが一気に潜り込み、すくいあげる様な一撃を、食らいつこうと開いた顎目がけて叩き込んだ。

 流石にこれは効いたのか、思わず上体を起こすボスカマキリ君。

 そして、怒ったように両の鎌をもたげる。


 迫力は満点だが……。


「決まったわね」


 俺の頭に浮かんだ言葉を代弁するフィオーラ。

 さらにその言葉の正しさを証明するかのように、薄暗いボスの間に突如強烈な光が現れた。

 光源はジグハルトだ。


 仮にもボスとの戦闘中なわけだし、目を閉じる様な事はしないが、俺は彼に背を向けている。

 対策はばっちりだ。


 そしてアレク達も、先程は声だったが今度はその光を合図に一気にボスから距離を取る。

 体勢など考えない、なりふり構わない避けっプリだが、無理もない。


 3人がボスから離れるや否や、サイモドキの時ほど濃くは無いが、赤い線がボス目がけて一直線に引かれ、一拍遅れて耳に届く轟音。


「……わぉ」


 吹っ飛んでいくボスカマキリの巨体を見ながら、思わず声が漏れる。


 落下と共に、先程の魔法にも負けないくらいの轟音を立てて転がっていった。

 飛距離は20メートルくらいかな……?

 大型トラック並の大きさの物体がそんだけ吹っ飛んでいく……異様な光景だ。


 呆然としていると、横からフィオーラが声をかけてきた。


「まだ身体が残っているという事は……核は潰せなかった様ね……。セラ、聖貨は? 私は無いわ」


「……ぉぉっ!? えと、オレも無いね」


 アレがボスザルと同じだったとしたら、止めを刺しているのなら、身体が残っていても聖貨を得ているはずだ。

 だが、俺もフィオーラも得ていない。

 テレサの方を見ると首を横に振っている。

 彼女も無しか……。


 ってことは……、まだ生きているのか?

 アレで?


 ◇


 ジグハルトの魔法が直撃し、吹っ飛んでいったボスカマキリ。

 正直死んだと思ったのだが、俺達だけじゃなく、直接戦い続けていた男性陣も、誰一人聖貨を得ていなかった。

 全員得られるのは実はボスザルの時だけで、後は通常通り止めを刺したものがって可能性も無いことは無いが、ジグハルトも得ていない。


 ってことで、前衛の3人が慎重に吹っ飛んでいったボスの下へ近づいていく。


 倒したと思って回収に迂闊に近づいて、実は生きていましたってなったら大変だからな……!?


「なっ!?」


 俺はこのボスとの戦いの間、離れた場所で倒れている魔物達を監視するために【妖精の瞳】とヘビの目を発動し続けている。

 もちろんその際に、ボスの事も観察していたのだが、隠しているのか何なのかはわからないが、他の人間や魔物、関係無しに見えているオーラ的なアレが見えていなかった。

 だが、アレク達が地面に倒れているボスまで後数メートルの距離まで近づいた時、今まで見えていなかった赤や緑、そして黒いオーラが目に映った。


 何が起きたのかはわからないが、一応彼等に警告をしようとしたその瞬間……。


「……は?」


 視界がグルグルと回転した。

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