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 装備を【隠れ家】に放り込み、移動を開始した。


 中央辺りから入口近くまで、500‐600メートルくらいあるんじゃないだろうか。

 その広いボスの間をやや小走りで移動しているが……魔物が襲ってこない。

 というよりも、逃げている。

 俺達からっていうよりかは、あのボスカマキリから。


 俺は何も感じないが……魔物達には何かが伝わっているんだろうか……?


 そのボスカマキリはゆっくりだが、確実にこちらの後を追って来ている。


 普通魔物って、俺達人間を追いかける時は、もっとガッツいているもんなのに……何かこう……じわじわ追い詰められている感じがして落ち着かない。

 アレク達が狩りをする時に、魔物相手に勝負を急がず一手一手を潰していく、あの余裕のある感じを彷彿とさせる。

 ウチのメンバーも前方の警戒は俺に任せて、ずっと背後のボスカマキリに集中しているし……やっぱ強いんだろうな。


 さて、結局魔物との戦闘は起きないまま南側の壁まで辿り着き、いよいよボスカマキリを迎え撃つわけだが、その前に壁越しに他の部屋の様子を探る事にした。

 かつての魔人や中層のボスザルのように、どかどか増援を呼ばれるにしても、ある程度の心構えは必要だ……少なくとも俺には!


「むむむ…………うん! 向こう側にも魔物はいないよ!」


 さしあたってすぐにこちらの部屋に流れてくる様な魔物がいない事を、皆に報告する。

 前衛の2人にルバンとテレサ、さらにジグハルトも接近戦を行うつもりなのか、剣を抜いている。

 魔法が効かないそうだし仕方が無いのかもしれないけれど、アレによく接近戦を挑もうって気になるな……。


「わかった。お前は打ち合わせ通り頼む。無理はしなくていいからな」


 報告を受けたアレクがこちらに向かって言ってきた。

 彼は今は【赤の盾】を背負い、両手で棍棒を手にしている。

 足を止めての殴り合いじゃなくて、移動しながら戦うスタイルだ。


「はいよ。皆も気を付けてね」


【祈り】を発動して、俺だけ少し離れた位置へ移動する。

 そして、【紫の羽】【琥珀の盾】【風の衣】も発動し、準備は完了。


 さぁ、張り切って毒まくぞー!


 ◇


 ボスカマキリとの戦闘が始まった。


 ボスは、ゆっくりと移動し左右の鎌を大きく振るう。

 とにかくシンプルな戦い方だ。


 だが、サイズが大きい分その迫力たるや……鎌を振るうたびにブオンブオンと、少し距離を取っている俺の耳にまでその音が届いて来る。

 可動域が限られているから回避は決して難しいことでは無いが、範囲が広く、また体の向きを変えたりして軌道を変えてくるため、気を抜く事は出来ない。

 そもそも体にぶつかるだけでも、大事故だ。


 さらに昆虫の目……複眼だったかな?


 とにかく視認出来る範囲が広く、正面はもちろん横や後ろ、死角らしい死角が無い。

 どう移動しても対応してくるため、今のところ有効打は与えられていない状況だ。

 オオカマキリという魔物自体、強力な部類にもかかわらず、さらに魔王種で亜竜と属性を盛っている。

 とにかくこちら側は、通常のオオカマキリからどれだけ強化されているかわからないし、攻撃を受けることなく慎重に戦っていく方針ではあるが、攻めるとっかかりが掴めない。


 まだ始まって間もないとはいえ、なんとも我慢を強いられる妙に静かな戦いだ。


 さて、そのボスとの戦いはさておいて……。


「……あ、効いた」


 ヘビの視界の端で、魔物が崩れ落ちていく様子が見えた。


 以前は目を閉じないと視界の共有は出来なかったが、最近俺の目を開けたままでも、何とか1体までなら出来るようになっている。

 まぁ、激しく動いたりしながらは無理だが……それでも今の様にただ宙に浮いて、観察しながらだとそれも可能だ。


 そちらをさらに注意して見てみると、奥の方で同じく崩れ落ちる魔物が多数。

 戦闘が開始される少し前から、全開で毒を撒いているが、ようやく効果が表れ始めたようだ。


 下では相変わらず戦闘が続いているし、ボスには全く影響が無いようだが……それでも少しは援護になるだろう。


「周りの魔物、毒効き始めたよー!」


 下で戦う皆に報告する。


 俺のボス戦での役割は四つある。


 一つ目はボスの真上をキープしながら観察すること。


 二つ目は、ひたすら毒を撒き続けて周囲の魔物を無力化することだ。

 その二つ目の方から先に成果が表れたか。

 皆は集中しているから、声で返事をしてくることは無いが、一瞬アレクが棍棒で小さな円を描いていたが、アレが返事替わりだ。


 このメンツは領地の仕事で一緒になる事が多い。


 騎士団絡みでは、地位と身分どちらもあるオーギュストに。

 森の探索や魔物との戦闘では、経験と実力のジグハルトに、リーダーを任せているが、ダンジョン探索ではアレクがその役目を果たしている。

 なんというか……ルバンは普段は離れているから別だが、しっかり皆従うのが面白い。


「んじゃ、オレもそろそろ取り掛かるかな」


 四つ目にはまだまだ手を付けられないだろうが……一先ず皆がボスに集中出来るように三つ目のお仕事開始だ!


456


 ボスカマキリの横に薙ぎ払った鎌を躱しながら、アレクは後ろに回り込むと……。


「はぁっ!」


【強撃】を発動し、後脚の1本に棍棒を叩きつけた。

 岩でも砕くような轟音が辺りに鳴り響く。

【強撃】プラス【祈り】付きだ。

 その威力は相当な物だろう。


 だが……。


「ちぃっ! オーギュスト!」


 直撃させたものの、その硬さから逆に弾かれてアレクは体勢を崩しかけている。

 とは言え、それは先程から何度も繰り返しているから想定できている事で、アレクの反対側からオーギュストが加護を乗せた斬撃を見舞い、ボスの気を散らしている。

 良い連携だ。


 そして、重装2人の攻撃の合間をついて、軽装3人がコツコツとつっつきその2人の援護を行っている。


「うーむ……」


 距離を取らずに敢えて近い間合いを保ち相手の攻撃を引き出してから、それを起点に一連の攻撃を行う。

 サイモドキの時も使った戦い方だ。


 あの時はアレクが盾で攻撃を受けていたが、例えるならサイモドキの攻撃は鈍器で、こちらは刃物。

 無いとは思いたいけど、切り裂かれる可能性を考慮して、回避優先にしたんだろう。

 この戦い方は本陣のあったところじゃー出来ないな……。


 今行われているのは、ボスの体表……甲殻でいいのかな?

 それを砕く作業だ。


 竜種の倒し方を昔教わったことがある。


 まずは、硬く魔法を弾く鱗を砕くことが討伐への第一歩だそうだ。

 鱗を砕くことで、まともに攻撃の通じる皮膚を露出させる。

 そうすることで、魔法も通じる様になり、そこから徐々に傷を広げていく。

 手間がかかるが、そうでもしないとまともに倒すのは難しいらしい。


 亜竜の場合も同様で、まずはあの甲殻を砕く事から始める。

 斬撃よりも硬く重たい鈍器での方が適しているため、アレクがメインで他の皆はサポートだ。


 ……ただ、始まったばかりとはいえ捗々しくない様子。

 当ててはいるけれど、どれも単発で終わり、中々攻め込めていない。

 こうなったら俺の四つ目のお仕事にチャレンジするべきか……?


「っ!?」


 フィオーラの放ったボール状の魔法が、鎌を振り切ろうとしたボスの側面で炸裂した。


 甲殻があるから魔法自体は効果が無いが、物理的な現象……例えば今のような破裂の衝撃や、熱、風などは作用する。

 ダメージを与える事は出来なくても、それで隙を作ったりは出来るようで、徐々にボスの動きを捉えてきたフィオーラも参戦してきた。


 上空から自由に動き回り援護する事で、アレクの攻撃の回転も上がり、わずかにだがヒビを入れる事に成功している。


 となると……俺も少しずつパターンを読めてきたし、そろそろだな。


 ◇


 フィオーラも攻撃に加わってからしばし。


【紫の羽】で麻痺した魔物達は依然倒れたままだ。

 倒してしまうと、リポップした魔物は麻痺にかかっていない状態で現れる。

 ……まぁ、それは当たり前だが、そうなってしまうと麻痺にかかるまでの間、ボスと合わせてその魔物達の相手もしなければいけない。


 このボスカマキリがどのように魔物達と連携するのかはわからないが、この1体でも手強いのだから、厄介な事には違いない。

 そのため、魔物達は放置したままで、さらに【紫の羽】の麻痺毒を上がけし続けている。


「……まだまだ動きそうにはないかな?」


 ボスの上の天井近くまで高度を上げて広範囲を見通すが、目につく範囲の魔物全部倒れている。

 素晴らしい威力じゃないか……まぁ、相変わらずカマキリは絶好調に鎌を振るっているが……。


 なにはともあれ、部屋の魔物は無効化出来ている。

 壁の向こう側には魔物はいるが、こちらに向かってくる気配は無い。

 そして、ボス戦は決め手に欠く状況。


 俺のこのボス戦での四つ目の役割……隙を見て介入……これにチャレンジする段階に来たな。

 先程から観察を続け、どこを狙えばいいかは大体わかっている。


「よっ!」


 やや弱めの照明を撃ち出す。

 俺も参戦する合図だ。


 同じく宙にいるフィオーラと目が合うと、彼女は小さく頷いた。

 彼女は牽制で鎌を狙って魔法を放っていたが、これから俺が狙うのも鎌だ。

【風の衣】と【琥珀の盾】を発動しているが、それでも余波を食らう事は避けたい。

 その為にも狙いを変えてもらう必要があるが……伝わっている様だ。


 上からタイミングを見計らい……今っ!


【足環】を発動し、ボス目がけて突貫した。

 狙いは振り上げた腕だ!


「ほっと……ぬわわわわわ……!?」


 狙い通りカマキリの腕に【足環】で取り付くことが出来たのだが、俺ごと一緒に振り抜かれてしまった。


 今までの魔物だと、背中なり腕なりに取り付くと、そちらを気にして動きを止めることがあったが……魔王種兼亜竜のボスには何ら影響がないからか、はたまた虫だから他の魔物とは思考が違うからか……アレク達が距離を取ってくれていたから、ぶつかるようなことは無かったが……ちょっと危なかった!


 ともあれ、取り付く事は出来たし攻撃開始だ。


「ほっ!」


【影の剣】と【緋蜂の針】を発動する。


 亜竜の甲殻は確かに体を覆っているが、それでも全身全てがそうだという訳じゃない。

 今から狙うのはその覆われていない部分……関節の裏だ!

 関節まで覆われていたら曲げられないしな……色は黒だが、テカリも無いし甲殻とは別物だという事がわかる。


【影の剣】と【緋蜂の針】……さらにヘビ。

 このそれぞれ性質の違う3種の攻撃は、どれかは通じるはずだ。


 理想は切断だが、それが出来なくても攻撃を続ければ動きに支障が出るだろう。

 そうしたら、アレク達も攻撃に専念できるだろうし、より安全な討伐が可能になる。


 うむ。


 結構重要な役目な気がする……!

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