第183話
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リアーナのダンジョン中層。
ひと月ほど前討伐した、ボスザルが支配していた階層だ。
……もっともダンジョン自体がまだ出来て3カ月程度しか経っていない事を考えると、三日天下とは言わないが、支配者でいられた時間は短かったことだろう。
ちょっと可哀そうな気がしてきたな……化けて出るのならリーゼルの枕元にしてくれ。
ちなみに討伐した日の夜、寝室でボスザルとの戦闘時の話を聞いたセリアーナは大笑いをしていた。
エレナは、王都のダンジョンで俺がムカデ相手に悲鳴を上げていたのを見ているからそれ程でも無かったが……彼女もやっぱり笑っていた。
単独での中層探索を禁止されたらどうしようかと思ったが、笑いすぎて痛むのか、お腹を押さえながら涙目で許可は出して貰えた。
昔だったら許可は出なかっただろうが……俺も成長したんだろうか?
何度かアレクやジグハルト達を引き連れて狩りに来たが、現れる魔物は大型の魔獣に妖魔種で、あのボスザル君はあれ以来姿を見せていない。
推測通り、ダンジョンに現れるボスは一回限りなのかもしれないな。
そして、ボスは魔王種でもあったが、その強化が無くなり他の魔物達の強さは素に戻っている。
強さは通常の個体と変わらず、地形は少々人間にとって不利だが、問題は無いだろうってのがとりあえずの見解だ。
強いて言うなら、中層全体で出てくる魔物の種類や強さに差が無く、ちょっと背伸びをして中層まで来るような者なら危険かもしれないって事か?
まぁ、それは一般開放された後で、冒険者ギルドの職員たちに周知してもらう事で、今気にする事じゃないか……。
構造は鍾乳洞の様な洞窟状の広大なホールで、上の階層と同じくやはり北に向かって進むと、下層への通路があった。
浅瀬に始まってずっと北に進んでいるけれど、これってどこまで広がっているんだろうか?
もう距離だけなら領都の広さをとっくに超えている。
このダンジョン全体が【隠れ家】の様に別の空間というか、世界というか……そんなものになっているのかもしれない。
……セリアーナの加護は【隠れ家】の時と同じく、お構いなしだけど。
アレも使いこなすのは難しそうだけれど、わけわかんない性能しているよな。
それはさておき、今その中層で俺は狩りをしている。
「…………ダメか。仕方が無い」
構えていた【ダンレムの糸】を解除した。
目の前数十メートル先にオークとゴブリンの群れが、そしてその先にさらにイノシシの群れが直線状に並んでいる。
これがただの広場ならお構いなしに、矢をぶっ放すんだが……その先に土柱も立っている。
別に壊したところで、ダンジョンやこの階層が崩落するようなことは無いようだが、それでも何かが降ってくる可能性はある。
上に土柱の無いラインがとれないってのは、この階層の欠点だな!
「よし……行くぞ!」
ヘビ達に合図をし、【影の剣】と【緋蜂の針】を発動した。
しっぽと足は今回は使うまでも無さそうだな……。
天井にも気を配りながら、スルスルと近づいていく。
あと一息で俺の間合いだという距離まで近づいているのに、どちらの群れも気にする様子は無い。
この階層での狩りは、俺以外はあのボスザル戦を含めて数回しかまだ来ていない。
だからか、魔物の警戒心が薄い気がするんだよな。
浅瀬の魔物に比べると強い気もするし、俺の事を舐めているのかもしれない。
まぁ、能力差を考えると間違っちゃいないが……。
「はっ!」
まずは手前の群れ。
その真ん中にいる、オークの頭目がけて【緋蜂の針】の蹴りで突っ込んだ。
◇
「やれっ!」
蹴りを当てた後、ヘビ達に指示を出すが、わざわざ俺が指示を出すまでも無く襲い掛かり、仕留めている。
蹴り一発でオークを倒す事は出来ないし、ヘビ達も単独で倒す事はまだ出来ないが、コンボが決まるとオークだろうと楽勝だ。
そして、いきなり群れのリーダーがやられた事に動揺するゴブリン達。
これはどこでも変わらないな。
「ふっ!」
そこに突っ込み、腕を振るっていく。
核を狙うのではなく、首を刎ねるだけだ。
あまり綺麗な倒し方じゃ無いが、処理はヘビ達がやってくれる。
外だと、核を潰したら終わりって訳にはいかないからな……。
「はっ! ……っとっと……、これでラストかな? 向こうの群れは……まだ動かないか……」
スパスパ順調に首を刎ねていき、最後の一体も無事仕留めた。
この程度なら「ふらっしゅ」を使う事無く無傷で倒せる。
アレは間違いなく効果があるが、この薄暗い階層だと少々目立ち、場合によっては魔物を呼び寄せてしまう事もある。
それはそれで足を運ぶ手間が省けるが……、今回の様に近くに別の群れがいると混戦になってしまうから、使わずに済むのなら極力頼らないようにしている。
「ほんじゃー、あっちもサクッと倒しますかねー……!」
あまり音は出していないが、それでも流石に気付いた様で、今の群れと違ってこちらを見ている。
だが、それでも動く気配は無し。
一射でまとめて倒すってのは出来ないが、まだまだボーナスタイムは続きそうだな。
◇
「んー……っと……。他の群れは無し。コレだけだね……ふぅ」
一瞬だけ【妖精の瞳】とヘビ達の目を発動して周囲の様子を探ると、離れた場所にはいても近くにいない事が確認できた。
ようやく一息つける。
ボスザルの件があって、1人で探索する時は【妖精の瞳】とヘビの目を発動しっぱなしにしない様にした。
今のところあの咆哮を使ってくる魔物はいないが……気を付けるのは悪くないはずだ。
その分探索はスローペースになってしまい、ちょっと狩りのペースは落ちているが……そろそろゴールが見えて来たし、このままでいいかな?
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今日も今日とて中層でソロ狩りだ。
中層の調査も終わったし、ここまで降りてくるのは骨だからと、アレク達は最近は上層で狩りをしている。
おかげで中層は俺の貸しきりだ。
ホールや通路で狩りをしている者が増えて来たから、一々魔物を倒したりはせずに一気に中層まで来られるようになっている。
中層まで10分そこらだろうか?
速度はまだまだ出せるが、そうすると見た者を驚かせたり、俺が事故ったりするかもしれないからな……。
きっとこれが最速タイム。
「んー…………そろそろかな?」
今俺は、中層の北西の奥近くを漂っている。
つい先程までは反対側で狩りをしていたが、この周辺の魔物は30分程前に一掃している。
ちなみに中層の魔物のリポップ間隔は、大体30分強だ。
つまりそろそろ魔物が湧く頃だが……。
「お! 湧き始めたな……」
下を見ると、地面に染みのような物が浮かんだかと思うと、そこから魔物が姿を現した。
うちのヘビ君たちとも違う現れ方だし……いつ見ても不思議だし変な現象だ。
「うーむ……ん?」
宙で逆さまになりながら、魔物が湧く様子に感心していると、背中を引かれる感触があった。
背後はアカメが担当しているが、そちら側も魔物が湧いたんだろう。
なら、そろそろ狩りを再開するかな……。
準備をするためにダンジョンの天井に【隠れ家】を発動し、中に入った。
「ぉぅ……」
玄関から廊下にかけて、乱雑に積まれた遺物を見て、思わず声が漏れた。
一個一個なら大したこと無いんだが……量があるからな。
拾っては【隠れ家】に放り込んでってのを繰り返していたら、この有様だ。
「……台車とか作ってもらおうかな……。っと、それは後で今はこっちか」
そう呟き、玄関に立てかけている傘を手に取った。
玄関の汚さに思考が脱線してしまったが、【隠れ家】に入ったのはコレを持ち出す為だ。
「よっし! 行くぞ!」
片付けは後で考える事にしよう。
気合いを入れなおして、【隠れ家】から外に出た。
◇
「ぬふふ……」
北西部の中央あたりでうろつく魔物の群れを見て、笑いが漏れる。
【隠れ家】から引っ張り出した傘を開き、その群れ目がけて……。
「ふらっしゅ!」
傘越しにも感じる強い光。
薄暗いダンジョンの中で、不意にこれを受けたらたまらないだろう。
下でオーク達の群れが眩しさに喚いている。
この強い光と魔物達の叫び声に釣られて、近くどころかこの中層の北西部一帯から魔物が集まって来ている。
そして、俺を見つけた魔物達はこちらに向かってくるが、逃げる俺には追い付けない。
もっとも、ギリギリ追いつけない程度の速度に抑えているため、上手く魔物達を引っ張る事が出来ている。
所謂トレインだ。
危なっかしくて通常なら出来ないが、階層全体が貸し切りの今だからこそだな。
しかし……何度やっても凄い迫力だ。
少しずつ増えていき、今では50体近くにまでなっている。
だが、はじめはひと塊だったそれも、少しずつばらけて来ている。
「わははっ! ふらっしゅ!」
その一団目がけて、魔法をさらにもう一発!
直撃を受けた先頭グループは、やはり目を眩ませて足を止めている。
相変わらず効果は抜群だな……。
俺を追う雑多な魔物達は足の速さが違うからな……こうやって調整する必要がある。
そのまましばらく引っ張り続け、お目当ての場所に辿り着いた。
中層は鍾乳洞の様な足場の悪い巨大なホールで、あちらこちらの地面や天井から柱のような物が生えている。
さらに起伏も激しく大岩もそこら中に転がっていて、【ダンレムの糸】をぶっ放しても、それらに邪魔をされて威力を発揮し辛い。
階層の中心地は比較的マシだが、端に行けば行くほど荒れている。
ボスザルと戦闘をした場所は、丁度この中層の中央部で比較的開けた場所になっているが、魔物も多いし流石にあそこで戦うのは無謀だ。
ちょっと試してみたが、四方からすぐに魔物がやって来て、どうにもならなかった。
アレク達は戦いやすいと言っていたが……あそこは1人で戦う俺には向いていない。
逆に彼等が戦いづらいと言っていた、この荒れた端っこの方が周りを気にせずやれる分、俺向きといえる。
そして、端でより効率の良い狩場を求めてうろついていた時に見つけたのがこの場所で、編み出したのがこの狩り方だ。
逃げるのを止めて振り向くと、こちらに向かって走って来る魔物達はいい具合に一列になっている。
ここからだと上手い具合に土柱や障害物が射線上に被らない。
狙い通りだ!
「…………よし。ほっ!」
【ダンレムの糸】、さらに各種恩恵品を発動する。
そして、ギュンギュン鳴っている弓を思い切り引き狙いをつけて……!
「はっ!」
矢を放つ。
少々使い勝手は悪いが、威力なら文句無しの【ダンレムの糸】だ。
放たれたぶっとい光の矢は、射線上の魔物達を貫いていく。
中層の魔物だろうとお構いなしだ。
とは言え、流石にアレだけの魔物を貫くと消耗も激しい様で、200メートルも届いていない。
「……ぉぉぉ。最高記録かもしんない」
ここ最近はこの狩り方ばかりやっているが、大抵10体前後の撃ち漏らしがあったが……今のはパーフェクトだ。
いよいよ究めてしまったかもしれないな。
「うへへ……」
握った手に生まれた感触共々、笑いが止まらないな……!
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