第184話

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 夏の1月半ば。


 今俺がいるのは、ダンジョンではなくセリアーナの応接室で、他にはセリアーナと、エレナ、テレサ、フィオーラの女性陣も一緒だ。


 アレクは騎士団の仕事で、ダンジョンではなく一の森を始めとした狩場に出かけている。

 もうすぐ建国の記念祭で、領内から人が集まることになるから、周囲の魔物退治のためだ。


 街道警備は1番隊が行うが、狩場は2番隊だしな。

 それに、最近アレクはダンジョンにいる事が多く、ダンジョンの事を知らされていない隊員達との交流が無かった。

 それもあって、ここ数日はずっと出ずっぱりだ。


 その代わりという訳では無いが、ジグハルトがダンジョンに籠っている。

 冒険者や騎士団の連中と一緒に、道具を揃えて上層に泊まり込みだ。


 今はまだ上層までだが、近いうちに中層も開放されて、いずれはさらにその先も、となる。

 そのための試験的なものだろう。


 いやー……階層ごとの適した戦い方を調べたり、そこまでやる必要があるのかと毎回思うけれど、死体一つにつき聖貨10枚だもんな。

 それも、身内だけじゃなくて全くの他人でもそれは一緒だ。

 そりゃ、真剣にもなるか。


 まぁ、準備の時に楽しそうにしていたのは見なかった事にするが……それはさておき……。


「……本当によく貯めたわね」


 目の前の机に積まれたそれを見たセリアーナの声には呆れが混じっているが、気持ちはわかる。

 俺も昨晩【隠れ家】で1枚ずつ数えていた時に、そう思ったからな。

 それを10枚一束で並べると、なおさらだ。


 よくもまぁ……これだけ我慢出来たもんだ。



「すごいでしょ!」


 胸を張る俺に、肩を竦めるだけでセリアーナは後ろの棚にある聖像を取りに立ち上がった。

 自前のでもいいが、折角領都で稼いだ聖貨だしな……験担ぎに、彼女の聖像を使わせてもらう。


「あの娘……確かダンジョンが出来た時は1枚も持っていなかったわよね?」


「ええ。魔王種を討伐して以来も姫はずっとダンジョンに通っていますから……。何でも新しい狩り方を見つけたとかで、随分効率よく倒す事が出来たと仰っていました」


「【隠れ家】に詰め込んだ遺物を運び出すだけでも苦労していたからね……」


 エレナ達はソファーに座っているが、そこでフィオーラの疑問に答えている。


 フィオーラはボスザルとの戦い以降は、ボスザルの遺骸の処理が忙しくてダンジョンに潜っていなかった。

 それ以前にこっちに顔を見せる事もほとんど無かったくらいだしな……。

 中層での俺の狩り方とかも話していないから、聖貨の増え方に驚いている様だ。


「それで……セラ、聖貨は100枚、10回分あるのよね? 全て使うの?」


 取ってきた聖像を机に置くと、セリアーナはそう言ってきたが、俺は即答する。


「もちろん!」


 聖貨100枚……つまり、ガチャ10回。


 そのために、雨の日も風の日も暑い日も黙々とダンジョンに通ったんだ。

 ……まぁ、通路から通っていたから、屋敷とほとんど環境は変わらなかったし、狩場に人がいないから【隠れ家】も使えて快適ではあった。

 あんま苦労はしていない気もするが、それでもこの3ヶ月近く頑張って働いた成果だ。

 しっかり使うぞ!


 ◇


 現状俺の基礎は完成されていると思っている。


 近距離用の【影の剣】に補助用の【足環】、中距離用の【蛇の尾】に、近距離と中距離のどちらにも対応できる【緋蜂の針】。

 ヘビ達もいるし、いざとなれば魔法による目潰しでも出来る。

 遠距離は制限はあるが【ダンレムの糸】という強力な一発もある。


 足りない機動力を補う【浮き玉】に、未熟な索敵を補う【妖精の瞳】にヘビ達。

 やっぱり足りていない能力を補う【祈り】……恩恵品も加護も、上手く組み合わせて使う事が出来ている。


 当たりでさえあるなら、何が出ても大当たりだ!


 来月頭は国の建国記念日で、ここリアーナでもちょっとしたお祭りをする。

 今月末ごろから、領内のあちらこちらから挨拶にやって来るが、ご近所さんのルバンももちろんやって来る。

 そのタイミングで下層にいるであろう、もう1体のボスを討伐する予定だ。


 どんなのが相手なのかはわからないが、2週間近く余裕があるし慣らすには十分な期間だろう。

 それに、戦闘向きでないのが出たなら、使わなければいいだけだし……。


 聖貨1枚で金貨20枚。

 それが100枚……デカいチャレンジだし、いつも以上に気合を入れないとな!


「そう言えば……お前は何か欲しい物でもあるの?」


 気合いを入れつつも肩の力を抜こうと、軽く屈伸などをしていると、セリアーナが声をかけてきた。


「む?」


「お前、今のままでも困っていないでしょう?」


「……まぁ確かに」


 改めて言われると、頭の熱が冷めて行くような気がした。

 狙ってどうにかできるもんでも無いが、どうせなら目的を持った方が漫然とガチャを回すよりも健全な気がする。


 しかし、別になんでもいいが……うーむ。

 しばし腕を組み、首を傾げて悩んでいるとピンとくるものがあった。


「あ、カッコいいモノ!」


 今のところ、どれも使い勝手の良い物ばかりだが、如何せんビジュアル的にはキワモノっぽい物が多い。

 アレクの盾やエレナの短剣とかカッコいいもんな……。


「……そう。当たりが出ると良いわね」


 と、セリアーナはなにやら目を細めている。

 ……呆れられているわけじゃ無いよな?


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「んじゃ、改めまして……ほっ!」


 中断してしまっていたが、改めて聖貨10枚を掴み、聖像に捧げる。


 領主は、騎士団を始めとした領都でのガチャの使用者の大半は把握できている。

 なんと言っても、領都の聖像は屋敷の礼拝所とリーゼルとセリアーナが持つ合計3つに、教会にある計4つだけだからだ。

 領主側の聖像の使用には申請が必要で、教会へ出入りする人間はチェックしている。

 ……まぁ、俺が隠し持っている分もあるが、そうそう他には居ないだろうし、例外にしておこう。


 それはさておき、ダンジョンが出来て以来数件のガチャの申請があったらしいが、その誰もがダンジョン探索に参加したメンバーでは無かった。

 そして、当たり前といえば当たり前だが、探索したメンバーで教会に出入りしている者も無し。


 つまり、このリアーナのダンジョンから産出された純度100パーセントの聖貨でガチャをするのは俺が初だ!

 まぁ、だから何だって気もするし誰も気にしないだろうが、何となく縁起がいい気がする。


 ドラムロールをよそに、そんな事を考えていたが、そろそろ止めるか……さぁ来い!


「ほっ!」


 ドラムロールが鳴り止み頭に文字が浮かび上がった。

 それと同時に目の前に現れた指輪を、空中でキャッチした。


「当たりね」


「指輪ですね……」


 と、後ろで口々に言っている。

 アレク達はいないが、何だかんだで賑やかになりそうだな。


「何だったの? その様子だと、お前も知っている物のようだけれど……」


「む……顔に出てたかな?」


 持っていないけど、知ってる物だったからな。

 驚きは確かに少なかったかもしれない。


 俺が所持している未だ出番のない【琥珀の剣】と対になる物で、エリーシャの侍女たちが持っている……なんか盾!


「【琥珀の盾】だね。むふー……剣と揃っちゃったね!」


 剣の方は細く華奢なデザインの指輪だったが、こちらは太く無骨なデザインだ。

 セット効果なんかがあるわけじゃ無いが、ちょっと嬉しい。

 これも左手に装備しようかな?


「あら、良い物じゃない」


「ね。防具だよ防具!」


 魔王種の防具なんて贅沢かつ高性能な防具で普段から身を包んでいるが、どれだけ固めても十分なんてことは無い。

 まして、こんな軽い指輪一つで、盾になるんだ。


 カッコイイかはわからないが、俺的には大当たりだ!


 この調子で残り9回……どんどん行くぜ!


「ほっ!」


 魔鋼。


「はっ!」


 魔布。


「ふんっ!」


 魔木。


「きぇぇぇぇぇっ!」


 魔鋼。


 初回の勢いに乗ってドンドン回したけれど……おかしくねぇ?


 聖像の前で呆然としている俺の背中に、後ろからポンポン言葉が飛んでくる。


「……ひどいわね」


「……ええ」


「確率は同等のはずだけれど……偏りが出るものなのね」


 セリアーナとエレナはガチャの結果に呆れ、フィオーラはその偏り方に興味深そうにしている。


 恩恵品と加護そして素材。

 便宜上当たりや外れと呼んでいるが、確率は等分だと言われている。

 つまり3分の1だ。

 それが4連続ってどうよ?


 この短い時間で聖貨50枚……なんかクラクラしてきた。


「姫、少し休憩されてはどうでしょう?」


 爆死中の俺を見かねてか、テレサが休憩を提案してきた。

 ……それも有りかもしれない。

 ちょっと落ち込んできてるし、残り5回もしっかり回すつもりだが、ちょっと気分転換したい。


「する。お茶欲しい」



「はい。すぐに淹れますね」


 テレサがお茶の用意に席から立とうとすると、エレナが待ったをかけた。


「テレサ、私が淹れます。それよりも、セラに【琥珀の盾】の使い方を教えたらどうでしょう? 貴方なら使い方がわかるでしょう?」


「そうですね、使った事もありますし……ではエレナ、そちらは任せます。姫、まずは開放を済ませましょう」


 流石元親衛隊……使用経験があるらしい。


「ほーい……」


 それじゃーサクッと開放と下賜を済ませて、使い方を教わるか。


 ◇


「あ、こんな風になるんだね」


 開放と下賜を済ませた後、テレサからのレクチャーが始まった。


【琥珀の剣】はその名の通り発動すると剣が現れる。

 まぁ、一太刀で砕けるアレを剣といっていいのかはちょっと俺にはわからないが、見た目は立派な剣だ。


 だが、【琥珀の盾】は盾と名前がついているが発動した際に現れるのは、盾では無くて半透明の薄い膜だ。

 普通に発動すると、俺を包むようにその膜が展開されるが、剣の方と違ってこっちは対象を選ぶことが出来る。


 発動した場合は一度攻撃を受けるとその膜が砕けて消えてしまうが、攻撃を弾き尚且つその砕けた膜の破片が相手に突き刺さるらしい。

【琥珀の剣】ほど命中率は高く無いが、攻撃を防ぎ反撃までするんだ。

 優秀な防具といえよう。


 その反撃機能や、こと対人に関しての防御性能から、護衛に持たせることが多い人気のある恩恵品らしい。


「姫の場合は自身の機動力が高いですから、一度攻撃を防ぎさえすれば十分でしょう。このまま姫が持つ事を薦めます。いかがでしょう?」


「ええ。それで構わないわ」


 一応セリアーナは守られる側だし、彼女自身が使わなくてもエレナやテレサに持たせるってのも有りっちゃ有りだが、使用者は俺のままでいいらしい。


「ただ……セラ」


「ほ?」


 俺がそのまま使っていいようだが、何か言う事でもあるんだろうか?


「それで防御が少しはマシになったからといって、調子に乗っては駄目よ? お前はまだゴブリンよりも脆いのだから」


「……ぉぅ」


 ゴブリンよりはマシになった気はするけど……調子に乗るなってのは気を付けておこう。

 ボスザル君の咆哮の件もあったしな……。

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