第173話

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【ダンレムの糸】を発動し、【浮き玉】で浮きながら【足環】でまずは弓の本体を掴み固定する。

そして【緋蜂の針】で弦を後ろに引き、さらに【蛇の尾】で弓の上部を支えて安定させる。

【妖精の瞳】で魔物の姿も捉えているし……ばっちりだ。


手前の群れと、その奥の群れ。

出来るだけ多く狙えるラインを選んで……。


「…………ほっ!」


矢を放った!


先程のジグハルトの一撃ほどじゃ無いが、それでも、ダンジョンの壁すらぶち抜く相変わらずの威力。

放たれた矢は、生い茂る木々や地面を抉りながら、その先にいた魔物の群れを貫いていった。


【蛇の尾】に、さらに【足環】でのホールドも加わった事で、以前では発射の際に威力に負けてブレていたが、今回はブレずに済んだ。

狙い通り、真っ直ぐだ!


「……来るか?」


だが、残念ながら前方の魔物全てを1射でとはいかず、取りこぼしが数体いる。

そいつらの反撃に備えて、アレクは前に立ち【赤の盾】を構えた。


しばし、皆そちらを警戒していたが……。


「……来ないね」


「ああ……」


俺の呟きに、盾を下ろしたアレクが答える。


俺の先制を受けた魔物の群れの生き残りは、こちらに向かって来るそぶりを見せる事も無く、一目散に逃げてしまった。

外の魔物だと、そう言った事もある。

だが、ダンジョンの魔物でとなると……戦闘になる前になら逃げる事もあるが、ここまで戦闘が起こらないのはちょっと珍しいな。

俺もだが、皆も少々肩透かしと言った様子だ。


だが……。


「フヒヒ……」


俺の右手には聖貨が1枚握られていた。


「ん? ……ああ、出たのか」


俺の笑い声に怪訝な顔をしていたアレクが、それを見て納得したような顔をした。

他の面々も同様だ。


「旦那様や奥様に良い報告が出来ますね。姫、お見事です」


「そうね。調査はまだまだこれからだけれど、ひとまず成功と言っていいでしょうね」


2人が言うように、とりあえず、このダンジョンの魔物はしっかりと聖貨を出してくれるって事だ。

まぁ、出さない魔物がいるかどうかはわからないが、わざわざ高いリスクを負ってまで、ダンジョンを自領に造る一番の目的はコレだからな。


「セラ、弓は10分に一度だったな? それ以外は俺がやるから、お前は撃てるようになったらドンドン撃て。どうせここには俺達しかいないんだ。遠慮なくやれるぞ?」


ジグハルトは楽しそうに言ってきた。

彼も普段は魔法の威力に気を使っているからな……。

人のいない今のうちに、普段押さえている分を発散したいのかもな。


「おう!」


だが、それは俺もだ。

折角のビームなのに、ほとんど使う機会が無かったからな……ふふ、楽しくなってきた!



最初の聖貨を得てからしばらく奥に進むと、所謂浅瀬は越えた様で、今まで逃げの一択だった魔物も、少しは違う行動をする種類が姿を見せるようになって来た。


「ふっ! はあっっ!」


アレクはオークの一撃を盾で弾き返すと、体勢を崩したオーク目がけて【強撃】で強化した一撃を叩きこんだ。

魔鋼製のメイスを普通に振るっていた時も相当な威力だったが、魔人の棍棒……それも加護で強化した一撃だ。

一発でオークは核ごと叩き潰した。


群れを率いていたオークが倒された事で、動揺し動きを止めたコボルトとゴブリンを、他の3人が1体ずつ確実に仕留めて行く。


「……む? ほっ!」


離れた位置にいたゴブリンの1体が、この場から逃げようとしていたのを発見し、上から【足環】で捕らえた。

そして、ミツメに核を潰させる。

ゴブリンくらいなら余裕だな。


「む? 悪いな漏らしていたか」


それに気付いたアレクが「悪い」と口にするが、気にするような事じゃない。


「ちょっと離れた所にいたね。だいーじょぶ、だいじょーぶ」


むしろ俺のヘビ君達の良い訓練になる。


「強さは大したこと無いが、ゼルキスのダンジョンでいったら中層以降ってところか? これでオーガが出てきたらちょいと厄介だな……」


「そうですね。魔獣や魔虫の姿が、まだ見えないのも気になりますし……。奥まで行くとまたもう1段階変化がありそうですね」


倒した魔物の処理を終えた3人が戻ってきたが、彼等はこのエリアに出現する魔物の種類を警戒している様だ。


浅瀬を越えたあたりでは、最初はゴブリンやコボルトと言った小型の妖魔種が、それぞれの群れで現れていた。

逃げずに向かってくるため、調査の一環でアレク達が倒していたのだが、さらに進んで行くと、オークも姿を見せた。


オークは中位の妖魔種で、中々手強い魔物だ。

新人冒険者なら簡単にやられてしまうし、ベテランだろうと、まともに一撃を食らえば危うくなる。

比較的冒険者のレベルが高い、このリアーナでも、危険性は変わらないだろう。


問題はそのオークが早い段階で出現する事では無くて、複数種の魔物と一緒に現れた事だ。


聞くところによると、大抵のダンジョンは、上層だと階層全体では複数種の魔物が出ても、群れとしては単一種で構成されている事が多いそうだ。

もちろん戦闘中に他の種類の魔物に襲われることはあるが、それでも気を付けさえすれば、単一種とだけ戦う事が出来る。


強力な魔物が多く出る、王都のダンジョンでもそうだった。


だが、このダンジョンはちょっと違うかもしれない。

特に妖魔種は、種族ごとの能力が違い過ぎて、慣れないうちは一種ごとに備えて挑まないと危険な事も多い……中々ハードなダンジョンになるのかもな。


この街で、現時点で活動出来ている様な冒険者なら探索も可能だが、少なくとも新人が訓練がてらにって難易度じゃない。


「どうする? ここに留まって、このまま魔物と戦闘を続けてみるか? 続けていくうちに傾向などもわかるかもしれないが……」


「そうですね……。いえ、まずは上層への道を目指しましょう。セラ、そろそろ浅瀬の中盤辺りにいるはずだ。端が見えてこないか?」


これからどう動くか? とジグハルトから聞かれたアレクは、上層への道を優先するようだ。

まぁ、それさえわかれば、今後このダンジョンに踏み入った冒険者達が、まずはどう進むかって指針の一つにはなるしな。


「りょーかい。ちょっと上に行ってくるね」


そのまま上昇し、木々を越えると入口付近では遮られて見えなかった、このホールの端が見えた。

そして、なにやら洞窟のような物も。

通路になっている様だし、きっとあそこが上層に繋がる道に違いない。


手元のコンパスを見ると、方角は北を指している。

入口から、真っ直ぐ一直線か……意外と親切だな。


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進路を確認すると、戦闘はそこそこにひとまず上層への通路を目指した。


それでも奥に進むに従い、魔物の出現頻度は増えていったが、幸いこの階層で一番強力な魔物はオークのようだ。

強い事に違いは無いが、木が生い茂り森の中では、体当たりや振り回しといった種族の特徴を生かした戦い方は難しいはずだ。

視界が悪いし長物を使いづらい森の中は、俺達人間側にとって不利な環境だが、少なくとも、この階層で最も警戒すべきオークにとっても、それは同様。

油断が出来ないことに違いは無いが、逆に言えば油断さえしなければ、十分戦える。


「辿り着いたか……」


上層に繋がる通路の前は、入口周辺と同じで、森が途切れて見通しが良くなっている。

魔物もいないし、一旦態勢を立て直したりするのには丁度いいかもしれない。


ここへの到達を優先したから、戦闘や調査は控えめにしていたが、それでも徐々に魔物の数が増えて、結局30分位かかってしまっただろうか?

距離はそれ程でもないのに、少々時間がかかった。

この階層に人間は俺達だけだし、ルート上の魔物は結局全部倒す羽目になっていたからな。

アレクの声に少々疲れたものが混じっているが、無理もない。


ジグハルトの魔法で一掃する案も出たが、これも調査の一環だ。

わざわざ調べにはいかないが、向こうからやって来るのなら無視も出来ないしな……。


「お疲れアレク。どうする? 【隠れ家】で休憩する?」


今このダンジョンは俺達だけ……って事は【隠れ家】での休憩を遠慮せずに行えるって事だ。

だが、アレクは首を横に振った。


「いや、止めておこう。初探索でどれほど疲れるかも調べたいからな。あそこは……快適すぎるだろう?」


そう言って笑っている。


「そうだな。ここで休憩して回復するのとはわけが違う。折角だが今日は無しだな」


「そかー……。りょーかい」


なるほど……【隠れ家】じゃ、全快しちゃうんだな。

別に悪い事じゃ無いが、今日は疲労具合も調べるのか。


「姫はお疲れじゃありませんか? 少々蒸し暑いでしょう?」


アレク達の言葉に頷いていると、テレサが俺は疲れていないのかと聞いて来た。


他所のダンジョン同様、ここも気温はそれ程でも無いが、この森って環境だからか彼女が言うように少々蒸し暑い気がする。

特に今日の俺の装備は、以前作った魔王種の防具を身に纏っている。


「そうだね……ちょっと暑いけれど……まぁ、大丈夫かな? ほとんど動いてないしね」


俺がそう言うと、腰に下げた水筒を渡して来た。

それを受け取って、一口飲むと、礼を言って返した。


「ありがと」


そう言えば、装備は身に着けているけれど、道具とかはなにも持って来ていなかったな……。

【隠れ家】に入れば何でもあるが、今日は俺も皆に倣おう。


「よし……、休憩はこれくらいにして、引き返そう。今度は直線じゃなくて、壁沿いにだ。東と西、どちらにする?」


しばらく休憩をしていたが、十分回復したと見たのか、アレクが調査の再開を告げた。


「東側はどうだ?魔境の近くになるし、ダンジョン内にも影響を及ぼすのか調べたいな」


「ああ、確かに……他に意見は……無いな? なら東側で行こう」


この辺の魔物は元々他所の同じ種族の魔物よりも強いそうだが、ダンジョン内の魔物はそうでも無かった。

他所と大差ない。

多分変化は無いと思うが……調査ってのはそういうものか。


やった事無いけど、ゲームのデバッカーってこんな感じなのかな?


そして俺達は、壁沿いにぐるりと東側のルートで入口を目指し出発した。


入口を目指し出発してから、さして時間をかけることなく到着する事が出来た。

何度か戦闘をする事にはなったが、片側が壁だからか、行きに比べるとずっと戦闘は少なく済んだ。

距離こそ回り込む分長くなるが、この壁面に沿ってのルートの方が結局早く到着できそうだ。


「戻ってきたなー……。魔物の強さに違いは……無いか? 少なくとも耐久力に差はなかったと思うが……」


森の方を見ながら、ジグハルトはアレクに敵の攻撃について聞いていた。

攻撃はアレクが受け止めていたからな……戦った感じ俺に差は感じられなかったが、盾役のアレクはどう感じたんだろうか?


「攻撃も他所と大差はありませんね。戦い方が素直だった分弱いくらいです。もっとも……それはこれから変わってくるかもしれませんが」


アップデート説を話しはしなかったが、俺がゼルキスのダンジョンで経験したオーガの事を覚えていたのかもしれない。


「そうか……まあ、浅瀬で出て来る種族は大体網羅したか……? 報告書は……本部は使えないな。どうする?」


「南館の談話室を使わせてもらいましょう。あそこなら奥様の客以外は来ませんから」


と、2人が話し込んでいると、パンパンと手を叩く音がした。

フィオーラだ。


「貴方達、もうすぐそこが外なのだから、ここで話し込んでいないで続きは外でしなさい。私はさっさと帰って汗を流したいの」


ごもっとも。

それを聞いて二人も少々ばつが悪そうにしている。


まぁ、何はともあれ今日の調査は終了だ。

報告は彼等に任せて、俺は屋敷に帰ってゆっくり休もう!



屋敷に戻るとまずは風呂に向かったが、アレク達はオーギュストも交えてアレコレ報告書の作成をするそうだ。

それを基に、近いうちに冒険者ギルドに話が行くことになる。

実に仕事熱心。


一方俺達はセリアーナの部屋に向かった。

寝室でエレナも交えて話をしているが……。


「必要無いわ」


「ぬ?」


俺がダンジョンで得た聖貨は3枚あって、セリアーナに渡そうと思ったのだが断られた。


「まだリアーナにダンジョンは無いの。だからお前はダンジョンで聖貨を得ているわけじゃ無いのよ」


「……ぉぉぉ」


なんという詭弁。

だが……。


「良いの? 遠慮なくやれそうだから、結構稼ぐと思うけど……」


「構わないわ。無理をし過ぎない程度に稼いでらっしゃい」


と、興味なさげに言い放った。


うはー……何という太っ腹!

俺大分稼いじゃうぞ!

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