第172話

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ダンジョンの出現から3日目。

遂に探索が行われることになった。


メンバーは、俺とアレクとテレサ、ジグハルトにフィオーラの5人だ。

まぁ……当然と言えば当然だし、無難なメンバーに収まったと思う。

これから半年近くはダンジョンの存在は秘匿し続けるが、徐々に利用できるメンバーを増やしていく予定らしい。

今日の探索はその為の事前調査みたいなものだ。


出発前にセリアーナから無理はしない様にと言われたが……ちょっと自信は無いな!


なんといっても久々のダンジョンだ。

楽しみじゃないか!



「うわぁー……」


屋敷の地下訓練所から繋がる通路の一つからダンジョンにも向かう事が出来て、俺達はそこからここまでやって来たのだが……本当にダンジョンが出来ていた。

ゼルキスや王都のダンジョンがあったホールと同じで薄っすらと光っている。


ダンジョンは、広いホールの壁面を少し掘っていた箇所を起点に儀式を行ったそうなのだが、途中で勝手にドンドン掘り進んで行ったらしい。

もっとも実際に街の地下を掘っているわけじゃ無くて、あの通路から先は別の空間に繋がっているんだとか……。

不思議なことこの上ないが、俺の【隠れ家】も別空間だし、魔素を電気代わりに家電を動かしたりしているし、あれと似た様なものなんだろう。


「面白いでしょう。ここは魔物の素材を混ぜ込んで強度を高める造りだったけれど、ダンジョンが出現したことで、中の魔素と反応して今の状態になったわ。ほら、あそこ」


驚く俺の横で説明をしていたフィオーラは、このホールの隅を指した。

そちらを見ると、大きい扉くらいのサイズの部分だけ、土のままだ。


「あそこは上の階段とつなげる予定だから、何も処理をしていないの。だから土のまま……」


「なるほどー……。掘ったりするんなら頑丈過ぎると困るもんね……」


しかし、このホールもだけれど、街の壁にも微かにだけれど影響が出ているんだ。

ダンジョンってどれだけ強力な力があるんだろうか……?

まぁ、即座にとは言わないが、魔物をほぼ無尽蔵に生み出しているんだし……この世界の常識でも計り知れないものがあるんだろうな。


フィオーラの解説付きでホールのあちらこちらを見ていると、入り口前からアレクに集まるよう指示された。

いよいよ始めるらしい。


「前衛は俺とジグさんで。後衛はフィオさんとテレサだ。テレサはフィオさんを守ってくれ。セラは、いつも通り上から哨戒だが、魔物の生息状況がわからない。あまり高度を上げ過ぎず、俺達の支援が間に合う場所にいてくれ。出来るか?」


「うん。任せて」


返事をすると。ヘビ達と【妖精の瞳】を発動した。

ミツメはもしかしたらダンジョンは初めてかもしれないな……慎重に行こう。


「よし……それじゃあ、行こう!」


全員が武器を手にし準備が整ったのを見て、アレクはダンジョンに繋がる通路に向かって踏み出した。

このリアーナのダンジョンの第一歩目はアレクに決まりだな!




リアーナのダンジョンの浅瀬はゼルキスとも王都とも違っていた。

あちらは、浅瀬はどれも洞窟のような印象だったが……、ここは天井は見えるが、それ以外は壁も通路も見えず、一つの広大なホールに森が埋め込まれているような印象を受ける。


「ぬー……なんか濃いなぁ……」


生い茂る木も微かに魔力が籠っているのか、薄っすら全体的に光っているように見える。

まだダンジョンに踏み込んで数分しかたっておらず、魔物とは遭遇していないが、どうにも先が見辛くてしょうがない。

慣れればまた違ってくるんだろうが……。

あちらこちらから「ギャーギャー」と言った、不気味な叫びが聞こえるから、魔物がいるのは間違いないはずだ。


「ねぇ、ちょっと上から見て来ていいかな?」


まずは上からホールの全体像を把握したい。

その事をアレクに提案した。


「……わかった。無理はするなよ?それとコレを」


そう言って投げ渡してきたのはコンパスだ。

見ると一定の方角を指しているし、ダンジョンでも機能は果たしているらしい。


上から先へ進む通路を見つけたら、これで方角を調べろって事だな。

とりあえず、入口は南側にある事がわかった。


「んじゃ、ちょっと待っててね」


「姫、お気をつけて」


「下は俺達が見ておくからな」


下からの声に手を振って応えながら、地上からひとまず20メートルほどの高さまで上昇してみた。


「うーむ……よくわからんね」


この上層全体は恐らく1キロ程の空間だと思う。

だが、とにかくそこら中に木が生い茂り、上からでも見通しが悪く、これえは全体像を把握とはとてもじゃ無いが言えない。

もう少し中央あたりから見たら、また違ってくるんだろうが……。


「お?」


目を凝らしてあちらこちらを見ていると、このダンジョンの見え方に慣れてきたのか、枝越しにでも魔物の姿を捉える事が出来た。

サイズや姿まではわからないが、あちらこちらで5体前後の小規模な群れを作っている様だ。

強さはそれ程でもないかな?

ここの環境が、一の森を始めとした魔境に近い雰囲気だったから、魔物もそれと同じかと思っていたが、違うのかもしれない。


さらに周りを見回すと、下にいる連中たちから数十メートルほど離れた場所にもいる。

このままだとぶつかりそうだな。


「ちょっとー! 向こうの方に5体くらいの塊がいるよー」


声が届いた様で、アレクもこちらに向かって声を上げた。


「強さや種族はわかるか?」


「種族はわかんないけど、強さはそれ程でもないよー。王都のダンジョン上層と同じくらい! それと、近くに同じくらいの群れがいくつかあるー!」


大した事じゃ無いが、とりあえずわかっている事だけ伝えた。

この程度でも、下の連中なら上手くやってくれるだろう。


下の連中が固まって何かを相談している間、俺は上を漂いながら辺りを見回していた。


とりあえず、トリやムシの魔物の姿は見えないが……、ここは上は安全地帯なのかな?

まだ気は抜けないが、いざとなったら上に逃れられるのは俺にとって大きなアドバンテージになる。


「セラ!」


と、上でしばらく考え事をしていると、下から声がかかった。

どうするか決まったのかな?


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下に降りようとする俺に、さらに言葉が続いた。


「セラ! 俺がぶち抜くから、お前は目を閉じてろ!」


「りょーかい!」


ジグハルトが魔物のいる方向に向けて手を突き出した。

接近せずにこのまま遠距離から仕留めるのか。

直視するとヤバそうなやつだな……!


目を閉じる前に念のため周囲を探るが……なんも無し!


安心して目を閉じて、下に向けて手を振ると、すぐさまジグハルトの魔法がさく裂した。


「光よ!」


目を閉じていても感じる強い光と轟音に、わかっていても身を竦ませてしまう。

相変わらず凄い威力だ。

その魔法がどこまで貫いたのかはわからないが、しばらくの間、魔法を撃った先で木が倒れる音や何かが崩れるような音がしていた。


「……ぉぉぅ」


その音が収まったのをみて、閉じていた目を開くが……大惨事だ。

【ダンレムの糸】の実験の時に、森の浅瀬を削ってしまった事があるが、それと似たようなことになっている。

……もっとひどいかな?

まぁ、火が出ていないのはいいかもしれないが……。


周囲を探ると、ちらほら見えていた魔物群れは、今の魔法に驚いたのかどこかに行ってしまっている。

消滅するようなことは無いだろうから、ただ逃げただけなんだろうし何かのタイミングで合流して、一気に襲ってくるかもしれないから気を付けておかないとな……。


俺が上で魔法の破壊痕に少々ビビっている間も、下の面々は動いていて、なにやら木や地面を調べている。

下に降りて、何をしているのか聞いてみると。


「このダンジョンがどれだけ上と違うかを調べているのよ。貴方もダンジョンの壁を壊したことがあるそうだけれど、普通の土壁とは違ったでしょう?」


折れた木の断面を調べていたフィオーラが、顔を上げてそう言った。


「あー……」


ダンジョンの壁なんかは、見た目はただの土壁でもやたら頑丈だったりする。

壁だけじゃなくて、生えている植物や地面もそうなのかな?

確かに微かにだが魔力を感じたし……。


「王都やゼルキスでも、下層よりも下に行くと、ダンジョンの内部でも素材が採れる様になるそうですよ。もっとも、そこまで行かなくても、街で手に入るものがほとんどですから、わざわざ採って来るようなことは無いそうですが……」


「ほー……」


フィオーラの側を守っているテレサが、ちょっとした豆知識を披露してくれた。

ダンジョンの上層や中層の魔物の情報は少しは俺も知っているが、下層やそれより先のは俺にはまだまだ情報が降りてこない。

これは新情報だ……!


その後も、周囲を警戒しつつお喋りをしていると、調べ終えたのか3人がこちらにやって来た。


「お疲れ。もういいの?」


労いがてら何かわかったか聞くと、ジグハルトが手についた汚れを叩き落としながらながら答えてくれた。


「ああ。浅瀬は外と大差ないな……まあ、何かを植えたりしたら変わるかもしれんが……それはまた冒険者ギルドが考える事だ。俺達は先に進もう」


「セラ、上から見ていたんだろう? ここから先に繋がる様なものは見つかったか?」


アレクの問いに首を横に振る。


「まだなにも。ここ結構広いからね……木に邪魔されて、端の方が良く見えなかったんだ。魔物との戦闘は増えると思うけど、もう少し真ん中らへんまで行ったらまた何かわかるかも?」


「そうか……。よし、なら中心部を目指そう。方角はわかるか?」


「うん。入口が南側で、とりあえず北に広がってる感じだね」


軽く上から見たこの上層の様子を伝えると、アレク達は頷いた。

方針に変更はなく、そのまま中心部を目指すようだ。


「そうだな……ここから「森」の中に入るし、セラ、上からじゃなくて下で俺達と進もう。いいな?」


「りょーかい!」


そう答えると【祈り】を発動した。

さっきはジグハルトがいきなりぶっ放したから、【祈り】をかける間が無かったからな。



「森」の中に入ってしばらく経つが、魔物と遭遇することは無かった

辺りの様子を探ると、離れた所にいはしてもこちらが近づいていくと、慌てて離れていく。

先程のジグハルトの一撃がよほど衝撃的だったんだろうか?


「進むのが楽なのはいいが……これじゃあ、魔物の調査は出来ないな……」


アレク達も気にしている。

倒すだけならジグハルトが連射するだけの事だし、問題無いが……、如何せん俺達の今日の仕事は調査だ。

どんな魔物がいて、どんな習性なのか、それを調べる必要がある。


「どうする? 新規のダンジョンだからこんなものといっそ割り切って、今日は魔物の調査は諦めて、討伐と、地形の調査に専念するか?」


「そうですね……」


ジグハルトの案にしばし思案するアレク。


なんといっても新規ダンジョンだ。

俺はもちろん彼等や冒険者ギルドのお偉いさんだって、実は何が起こるかよくわかっていない。

そもそもつい最近出現したのに、しっかり成長した魔物や植物が生えている時点で、わけわかんないしな。

俺としては、今の魔物は真っ白な状態で、ただ本能に従って脅威から逃げているって説を推したい。

そして今後どんどん行動パターンがアップデートされていく……と。


考えが纏まったのか、アレクは顔を上げて口を開いた。


「わかりました、それで行きましょう。ただ、調査をするのに魔物は邪魔になりますから、倒せるところは倒していきましょう」


「おう……っと、言ってる側からだな。セラ、どうする? 次はお前がやるか?」


アレクに返事をしたジグハルトは、その途中で先にいる魔物に気付いたようだ。

そして、今度は俺にやるかと聞いて来た。


「やる!」


もちろん答えは決まっている。


少し離れた所で魔物の気配を捉えたが、今度は俺に譲ってくれるようだ。

【ダンレムの糸】がこのダンジョンで役に立つか確かめられるし、ありがたい!

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