第171話

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「おや? 話はもういいのかい?」


リーゼルは、部屋から出てきた俺達を見て、そう言った。

彼の机の上にはテレサが王都から預かって来た手紙が広げられ、テレサはそれの説明をしていたようだ。


「疲れたから眠りたいんですって。テレサ、あなたはどう? セラから聞いたわよ。連日随分な長時間移動を行っていたのでしょう?」


セリアーナは肩を竦めながらそう言った。

そんな事言った覚えは無いが……自然にここを離れる口実には丁度良いんだろう。


「ああ……そうだね。説明が必要な個所はもう聞いたし、君も下がると良い。ご苦労だったね」


セリアーナの言葉を聞いてリーゼルは頷き、テレサに下がる様に言った。

そこまで急ぎの内容のは無かったはずだし、そもそも王都側はリアーナ領まで10日そこらはかると思っている。

今日1日くらいゆっくり休んでからでも何の支障も無いはずだ。


「わかりました。それでは失礼します。奥様、姫、参りましょう」


テレサはリーゼルに一礼すると、その場から離れこちらに向かってきた。

そしてそれを待って、俺達は部屋を出た。


「私達はここで失礼するわね」


「じゃあな」


そう言うと、2人はそのまま地下訓練所がある方へ向かっていった。

さっき言ってたように、聖貨を取りに行くんだろう。



2人と別れた後、俺達はセリアーナの部屋に向かった。

何だかんだであそこが一番内緒話には都合がいいからな。


「テレサ、少し部屋で話をするけれど、貴方は大丈夫なの?」


その道すがら、セリアーナがテレサを気遣うように、体調を訊ねた。


「問題ありません。移動中姫が起きている間は【祈り】を、睡眠時は【ミラの祝福】を受けていましたから。疲労は確かにありますが、それ程でもありません」


「そう……なら結構」


そして、そこで会話は終わり無言のまましばし歩き、部屋の前に辿り着いた。

テレサがドアを開けて中に入ると、エレナが待っていた。

普段はこの部屋にいる乳母達も子供達もいなかった。

隣の子供部屋かな?

これから話をするために、移らせていたんだろう。


「お帰りなさい。セラ、テレサ」


俺達はエレナに出迎えられ、そのままさらに奥の寝室へと移動した。

そして、各々いつもの席に着くと、まずはセリアーナが口を開いた。


「2人ともご苦労だったわね。これで私達は大分優位に立って動くことが出来るわ」


実に満足げだ。


「ねぇ、わざわざダンジョン用の聖貨を持って来たって事は、ダンジョンを出現させるためだってのはわかるんだけどさ。良いの? 色々と……」


「いいのよ……珍しいわね? 王都で聞かなかったの?」


「王妃様になら聞いてはみたけど、セリア様に直接聞けって……」


テレサも同様だった。

彼女の方を見ると、フッと笑っている。


「そうなの? なら仕方ないわね……」


セリアーナは口では仕方なくと言っているが、嬉々として説明を始めた。

王都でテレサが言っていたように、自分で説明したかったのかもしれないな。



セリアーナの説明を要約するとこうだ。


新規ダンジョンの開通は、国どころか大陸全体で見ても稀なことで、王家主導でそれが確実になっているリアーナは、各国から注目されていたそうだ。


その準備が整ったリアーナは、春の雨季が終わると王家から聖貨が運ばれる。

大部隊で国内各領地に王家と騎士団をアピールしながらの移動になるので、少々時間がかかるが、時期的に秋の1月頃に到着し、ダンジョンの出現はそれから1ヶ月ほど後だと想定されている。


だが、今回俺が運んだことで、その予想を大幅に覆す事が出来た。

単に道中での襲撃による紛失を恐れてってだけじゃなかったようだ。


セリアーナは、初めて俺と会った時にこの可能性を思いつき、自身で【浮き玉】を操りその性能を確認したことで、確信を持ったらしい。


「わかる? 大陸中を騙す事が出来るの。お前のお陰よ。よくやったわね」


俺の頬に手を当てると、珍しくストレートに褒めてきた。

少々規模が大きすぎる気はするが、長い事仕込んだ悪戯が成功したようなものだからな

セリアーナの性格を考えると、面に出すことは無いだろうが、そりゃー大喜びだろう。


さらに……。


「屋敷を中心とした主要施設の地下通路網のお陰で、もうダンジョンを出現させる予定地の整備も完了しているわ。お前たちが王都に向かってからすぐに作業を始めさせていたのよ。後は仕上げだけ」


「……あれ? じゃぁ、もうすぐダンジョンが……?」


「ええ。作業に従事した者達も、大半はあくまでその作業は事前の準備だとしか思っていないわ。フィオーラ達が上手くやってくれているのよ。そこまで準備をしても、聖貨が無ければダンジョンは出現しないわ。でも言ってしまえば、聖貨さえあればいつでも出現させられるの」


人員の差配などはリーゼルが引き受けていて、各作業ごとに人員が重ならないように配置していて、そのため、情報の共有もされずに上手く隠せているそうだ。


「だから、今日にでもこのリアーナにダンジョンが出現するわ」


そう言うと、目の前に置かれたカップを手にし、一息ついた。


「!?」


てことは、今正に謎の儀式でもやっているのか!?


「ああ、でも見に行くのは駄目よ?」


見たいと口に出そうとした瞬間に、先にセリアーナから駄目だと言われてしまった。


「……なんで?」


ダンジョンが出来るとかもろファンタジーじゃないか……。


「あれはフィオーラ達でも何が起きるかはっきりとは分かっていないそうなの。成功はするでしょうけれど、余計な者を近づけない様に言われているわ。だから、我慢してお前は今日は寝ておきなさい」


「むぅ……まぁ、そういう理由なら……」


聖貨1万枚のパワーだ。

邪魔してなんか変なことになったらいかんか……残念だけれど、我慢しよう。


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「……あれ? 誰もいない」


帰還したその日、早めの食事をとると俺はベッドに入った。

もう使い慣れて、いつも通りに起きる事が出来るようになっているが、睡眠時の【ミラの祝福】も無しだったから、スパッと早起きが出来ると思っていたのだが……。


寝室には、たとえ昼に起きてもいつもは誰かしらいるのに、今日は誰もいない。

そんなに起きるのが遅かったんだろうか……?


「誰かいるー? ……あ」


寝室から出て応接室に向かうと、子供達と乳母さん達はいた。

だが、セリアーナ達がいない……。


「おはようございます、セラ様。奥様方は20分程前に旦那様からの使いに呼ばれ、執務室に向かわれました。もし、セラ様が目を覚まされたらこちらまで来るように、と仰っていました」


「ほむ……」


これは……出来たのかな?


彼女達乳母を雇ってもう数ヶ月になるし、セリアーナ達も信用はしている。

それでも、俺が知る限り子供達を彼女達に預けて、3人とも部屋から出て行くことは無かった。

さらに俺にも来るように言っているってことは、この部屋は完全にフリーになる。


つまり、それだけの事態が起こったって事だろう。

ダンジョンだな。


「わかった。じゃあ行ってくるから、子供達をお願いね」


そう伝え、すぐにリーゼルの執務室に向かおうとドアに急いだが……。


「あ! セラ様」


ドアに手をかけたところで、別の乳母に呼び止められた。

何だろうか?


「昨晩、小さいものですが地震がありました。それ以降は起きていませんが、セラ様はお休みになられていたので……浮いているから心配は無いと思いますが、お気を付けください」


「……ぉぅ。全然気づかんかったよ。ありがとうね」


そう言い、今度こそ部屋から出て、リーゼルの執務室に向けて移動する。


一応この国でも地震はあるが、震度でいうなら1か2か……小さいものだ。

頻度も年に1回あるかどうか程度。


ダンジョン出現の余波かもしれないな。



「おお……セラ殿か。領主様達は向こうの部屋だ、議題はわからぬが、奥方様もいて、君が来たらすぐ通すようにと仰っていた」


執務室に入ると、俺を見た文官がすぐに隣に行くように伝えてきた。

ここにいる彼等は、どうやらダンジョンの事は知らないようだ。

この領地を切り盛りしている連中なのに、徹底しているな……。


「セラでーす。入りますよー?」


中に誰がいるのかは知らないが、どうせいつもの面々だ。

皆腕利きだし、何よりセリアーナがいるから、俺の事には気付いているだろうし、とノックをすると、返事を待たずにドアを開けた。


「やあ、セラ君。よく寝れたかい?」


「うん。ぐっすりと!」


部屋に入るとまずはリーゼルが出迎えた。

中には……うん……いつものメンバーが揃っているな。


「セラ」


俺を呼んだセリアーナが、いつものように自分の隣を指している。

そちらに向かい【浮き玉】から降りて座るが、今はどのような話をしていたんだろうか?


「さて……、セラ君が来たことだし、少し休憩にしようか。オーギュスト」


「はっ」


そう言うと、オーギュストは立ち上がり、部屋の隅に備え付けられた小さなキッチンに向かっていった。

お茶でも入れるのだろうか……?


「俺もやろう。昨日セラから貰ったのを持って来ているんだ」


「ああ、ありがとうございます」


同じくジグハルトもだ。

王都での土産に、外国や王国西部の、リアーナじゃあまり入って来ないお茶を買って来たのだが、早速使ってくれているらしい。


キッチンで仲良く作業をするおっさん二人をしばし眺めていると、セリアーナが我に返ったように話を始めた。


「お前は熟睡していたから気づかなかったでしょうけれど、昨晩ダンジョンが無事出現したわ。その際に小さいけれど地震があったのだけれど、幸い街に被害は出ていなかったそうね」


「私とジグがその儀式を行っていたのだけれど……アレには驚いたわ。セラ、【妖精の瞳】を使って、外を見てみなさい」


セリアーナの言葉を継いだフィオーラが窓の外を指している。


言われた通りに【妖精の瞳】を発動して、外を見てみると……。


「……? 何も変わって無いけど……?」


いつも通りの光景だ。

只でさえ高台にあるこの屋敷だ。

強いて言うなら外には街壁が見えるくらいで、ここからは何も面白いものは見えない。


「ええ、そうね。でも微弱にだけれど、結界が発動しているの。この街にはまだ結界を張っていないのに……確かに結界の要になるこの屋敷と連結してはいたけれど、ダンジョンだけでも効果を持つなんて……面白いわね」


フィオーラは自分が知らなかった新情報に心を躍らせている様だが……。


身体を伸ばし、セリアーナの耳元に顔を寄せて小声で、沸いた疑問をぶつけてみる。


「結局弱い結界だから、あんまり意味ないんじゃない?」


「そうね。まあ、彼女にとっては何か大きな意味を持つ事だったんじゃないかしら? それか単に面白かったとか」


軽く頷きながら答えるが、あまり興味は無さそうだ。


「……きっと後者だね。でも、ちゃんとダンジョンが出来たんだね」


「ええ。今日は誰が最初にダンジョンへ潜るかを決めるのよ。お前は行きたい?」


「行きたい!」


一番乗りとかそういうのには興味ないが、ようやく自前のダンジョンだ。

死体の処理の関係で、外での狩りは俺には向いていないからな……。


「あはは。セラ君はメンバーに入っているよ。初めての場所では君の索敵能力は貴重だからね。皆を守ってくれ」


と、リーゼルが笑いながら言ってきた。


「ダンジョンは冒険者ギルドの地下にあるが、上への階段はまだ塞がれている。この屋敷からしか繋がっていないんだ。しばらくは極めて限られた者達だけで利用することになるから、君も好きに動けるよ」


「……ぉぉぉ」


リーゼルの言葉に少々震えてしまった。

武者震いってやつだ。


今まで俺は好きにやっていたが、それでも人目に気を付けながらの狩りだった。

だが……色々試したかったことが、ようやくできそうだ。

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