第170話

411 セリアーナside


「奥様、フィオーラ様がお越しです」


「通して頂戴」


フィオーラの来訪を告げる使用人に部屋に通すように伝える。


彼女に言われなくても、フィオーラが部屋に向かっているのはわかっていたし、わざわざ許可を取らなくてもいいのだが……やはりセラの様に融通を利かせられる者はいない。

領都を発ってもう10日程になるが、帰還はまだかかりそうだろうか?


「ん? なによ……」


抱いているリオネスに髪を引かれて、思わず吐きそうになった溜息は止められた。

乳母に抱かれているレオニスは大人しく昼寝をしているが、この子はまだまだ寝そうにない。


「お邪魔するわね……あら、間が悪かったかしら?」


部屋に通されたフィオーラは、私に抱かれているリオネスを見てそう言ったが、気にすることは無い。


「問題無いわ。あなた、この子をお願い。話は向こうで聞くわ……っもう……暴れないの」


もう一人の乳母に娘を渡そうとすると、それが嫌なのか手足をバタつかせたり、服を掴んだりと抵抗を始めた。

あまり泣きはしないが、我が子ながら元気な娘だ。


「その娘も一緒で構わないでしょう? ねえ、エレナ」


「ええ。ルカは寝ていますし……私が抱いておきましょうか?」


エレナがそう申し出てくるが、何も抱くことが嫌なわけじゃ無い。


「いえ、このまま私が抱いているわ。行きましょう」


大人の会話に子供を同席させるのは趣味じゃ無いが……赤子だし構わないか。



寝室に場を変えて、銘々好きな場所に座った。


「それで、どうなの?」


エレナがお茶の用意をしている間に、簡単に事の進捗を聞いておく。

それ次第で、セラが王都から戻り次第すぐに取り掛かれるようになる。


「順調よ。まだ地上とは繋がっていない冒険者ギルドの地下2階部分に、しっかりと穴を用意して、魔王種の素材で全体のコーティングも済んだわ。後は聖貨が手元に来てからね」


「ダンジョンを造り上げるのはどれくらいかかるのでしょうか? 初期探索にアレクやジグ殿が駆り出されますが、時期次第では怪しまれてしまいますよ」


「資料には2日程度としか書かれていないけれど、やってみないとわからないわね」


お茶を置きながら口にしたエレナの疑問に、フィオーラは肩を竦めている。


なんといっても、新規のダンジョンなんてこの国でも数十年以来だ。

フィオーラ達ですら技術、知識としては知っていても、実際に手掛けるのは初めてでどれくらい時間がかかるかはわからない。

折角、セラの運搬手段を限定的とはいえ明かしたのだから、無駄にはしたくないが……。


「こればかりは仕方ないわね。人手をかければいいというものでも無いのでしょう?」


領地どころか、その時期が何時かと注目している大陸各国を出し抜くために、冒険者ギルドの地下工事は別にしても、肝心の部分はフィオーラとジグハルト、後数名だけだ。


「そうね。聖貨と聖像、結界の要と同等の素材……必要な物はそれだけで、後は実際にやってみるだけよ。……あら良い味ね」


フィオーラはエレナの淹れたお茶を口にし、味を褒めている。

これ以上は話せることは無いのだろう……ここまでか。


私も抱いたままの娘に気を付けながら、前に置かれたカップに手を伸ばしたが……。


「あら本当。最近腕を上げたの?」


確かに味も香りも良い。

以前も下手では無かったが、今の方がずっと上だ。


「ええ。最近乳母達と話をした時にコツを教わりました……」


2人はお茶の淹れ方で盛り上がっている。


私は飲むのは好きだが、淹れるのはそこまで好きではない。

【隠れ家】のあの便利な器具でなら良いのだけれど……。


「……ふん」


また溜息を吐きそうになるも、娘と目が合い、それを止めた。



「……はい。もう動いて貰ってよろしいですよ」


画家の言葉を合図に、リーゼルと同じタイミングで立ち上がった。

子供達も機嫌は悪く無い様で、大人しくしていて何よりだ。


時間に余裕のあるうちに、家族の肖像画を描くことになった。

場所は談話室だが、今日はあくまでスケッチで背景は後で適当に弄らせればいい。


「その……閣下。ご要望道理にここの間を空けていますが、よろしかったんでしょうか?」


私とリーゼルはそれぞれ子供を抱いて椅子に掛けているが、少し間を空けている。

それを気にしたのだろう。

画家は恐る恐ると言って様子で、確認をしている。


「ああ。ここにもう一人はいる予定なんだ。今は領地を空けていて姿を見せられないが、もうあと数日のうちに戻って来るはずだ。君は完成するまで屋敷に滞在するんだろう? そこを開けたまま、進められるところだけ進めて置いてくれ」


リーゼルはスケッチの出来を確認しながら答えた。


本当ならあの娘もいる状況が良かったが、帰還の正確な日付がわからないし、今日は子供達の機嫌も良かった。

どうせ修正を入れたりするのだし、それなら後で描かせてもいいだろう。


「セリア、君も見たらどうだい? いい出来だよ」


リーゼルは出来を気に入ったようで、私にも見る様に言ってきた。


「あ……ありがとうございます」


それを聞いた画家や彼の弟子たちはは慌ててリーゼルに頭を下げている。


「私は後で良いわ」


彼等の接し方は間違ってはいないが、こうも頭を下げられ続けるといい加減うんざりしてくる。


あの生意気な娘、さっさと帰ってこないかしら。


412


領都への入場こそ門を通る正規のものだったが、後はすぐに高度を上げて、まっすぐ屋敷に向かった。

そして、屋敷の門の前には既に使用人達が俺達の到着を待っていた。

まぁ、これはセリアーナがいるし、毎度の事だから予測通りともいえる。

そして、そのまま風呂と食事をとると、リーゼルの執務室に報告に向かう事になった。


テレサは人心地付いた事で少々眠そうな顔をしているが、大丈夫だろうか?


執務室には既にリーゼルとセリアーナが待っていた。

そして、オーギュストは毎度の事だが、珍しい事にジグハルトとフィオーラもいる。


……ジグハルト達は聖貨を受け取りに来たのかな?


「よく帰って来たね。テレサも疲れているだろうが、報告だけは頼む。その他とは休んでもらって構わない」


「はい。お気遣いありがとうございます」


リーゼルの言葉にそう返し、王都で預かって来た手紙を渡している。


俺はその様子を眺めながらフヨフヨ浮いていたが、いつの間にか側に寄って来ていたセリアーナに袖を引かれた。


「ん? なに?」


だが、セリアーナはそれに答えず、リーゼルに向かって言葉を投げかけた。


「リーゼル。報告はテレサだけでいいでしょう? 隣の部屋を借りるわよ」


「うん? ああ、そうだね。でもセラ君も疲れているだろうし、あまりわがままを言ってはいけないよ?」


「私が我儘何て言う訳ないでしょう? 行くわよセラ。フィオーラ、ジグハルト、貴方達も来なさい」


……俺には今まさに我儘を言っているように見えるんだけど、これは旦那さん的にどうなんだろう?

そう思っていると、セリアーナは俺の腕を掴み、隣室に向かって歩き始めた。

いつになく強引な気がするが……それよりも。


「あっ……と……、テレサ! テレサも疲れてるし無理しないでね」


一応テレサの主は俺だし、リーゼルが相手だし心配は無いと思うが、無理な時は休んでいいと言っておかないとな。


「ええ。ご安心ください。お気遣いありがとうございます」


そう言って、にこりと笑っている。

今日も夜明けからスタートしていたのに……タフだな。

セリアーナに腕を引かれながら俺はそんな事を考えていた。



「さて、セラ」


隣の私室に4人で入ると、セリアーナは腰を下ろさず立ったままだ。

てっきり施療でもさせるのかと思ったが……なんだろう?


「聖貨はちゃんと受け取ってきたわね?」


少し声を落として、聖貨について聞いて来た。


「うん。100箱1万枚、ちゃんと受け取って来たよ……?」


と言っても使うのはダンジョン予定地でだ。

ここで聞いてどうするんだろう。


「結構……2人とも、いいわね?」


セリアーナの言葉に頷くジグハルトとフィオーラ。

そして、壁の一角に向かい歩いていった。


この2人がセリアーナと悪だくみってのもちょっとイメージがわかないけれど……何するんだ?


「……あ」


2人が何やら壁を弄っていたかと思ったが、その場所がぱかっと奥に開き、通路が現れた。

ここにもあったのか……隠し通路。

この屋敷には、俺も把握できていな隠し通路がいくつかある。

これもその一つだろう。


「さあ、急ぎましょう」


そう言うと、セリアーナが先頭に立ち、早足で通路に踏み入った。


「ねぇ、何を急いでるの?」


そもそもどこに向かっているんだろう?


「屋敷から各主要施設に地下通路をつなげる計画は知っているな? これもその一本で、冒険者ギルドの地下に繋がっている」


「へーありがと、ジグさん……って遠いな!? そりゃ急がないと……でも、何でそこに?」


「そこまでは行かねぇよ……。奥様、そこだ」


薄暗い廊下にはいくつか扉が並んでいたが、セリアーナがそのうちの一つ前を通りがかったところで、ジグハルトがストップをかけた。

ドアを開けると真っ暗なままで、フィオーラが照明の魔法を使った。

部屋の中は何も置かれていないが……ここで聖貨を出すのかな?


「セラ【隠れ家】を。ここに聖貨を出すわ」


やはりか。

でも、こんな何も無い所でどうするんだ?



「これで全部だな。奥様、フィオ、数はどうだ?」


聖貨が入った木箱の最後の一つを抱えたジグハルトと共に【隠れ家】から出ると、セリアーナ達が床に直接座って中の聖貨を数えていた。

これを受け取った時に俺達も数えていたが、2重チェックは悪くない。


「どれも問題無いわ。ジグそれもお願い」


「おう」


ジグハルトはフィオーラの前に箱を置くと、座り込み一緒に枚数を数え始めた。

自分の分は終わりと、セリアーナは立ち上がりスカートを叩いている。


「ねぇ、セリア様? 聖貨はここに保管するの? 人は来ないかもしれないけど、不用心過ぎない?」


泥棒何てこんなところに来るとは思わないが、それでも聖貨1万枚をここに置いたままにするのはちょっと……。


「問題無いわ。ここに置くのは今だけよ。2人とも数え終わったかしら?」


「ええ。1万枚、確かにあったわ」


「結構……。戻りましょう」


セリアーナはフィオーラの言葉に頷くと、再び早足で来た道を引き返し始めた。

本当に置いてっちゃうのか?



リーゼルの私室に戻り、隠し通路を塞いだ。

部屋を空けていたのは10数分程度だったと思うが、中には誰も来ていないようだ。

塞がった通路を見て、セリアーナは腰に手を当て満足気に頷いている。

そして、こちらを向きこう言った。


「セラ、今あった事は秘密よ? いいわね」


「うん……いや、それは良いんだけれど、アレは置いたままでいいの?」


この3人は何でこんなに平気なんだろうか?

一財産……そんな言葉じゃ足りないよ?


「セラ、アレはこれから私とジグが、別の通路から回収に向かうから心配いらないわ」


「あ、そうなの?」


「そう言う事。さ、行きましょう」


そう言うと、セリアーナはテレサ達がいる隣の執務室へ歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る