第169話
409
【本文】
聖貨は10枚一束で纏められていて、上下2列に5束ずつ置かれている。
同じ枚数で束ねているし、高さで測れば一目でわかるが……如何せん物が聖貨だからな……。
手を抜かず、1枚1枚慎重に数えよう。
いち、にー、さん、しー……。
「姫、後はそちらで終わりになります」
「あ……はい」
テレサに返事をするが、俺今2箱目……。
彼女の方を見ると、テーブルの上は片付けられて床に箱が積まれている。
同じタイミングで始めたのに、まるで違う。
俺は少々慎重すぎたみたいだ。
紙幣を数える速度が、一般人と金融機関の人とじゃ違う……みたいなものかな?
「そちらは引き継ぐので、姫は箱を奥に入れるのを任せてよろしいですか?」
「りょーかい。ひとまず廊下に積んでおくね。……よっと」
テーブルから飛び降りて、床に積まれた箱に手を置く。
「ほっ!」
足元に【隠れ家】を発動し、1箱ずつ運び入れて行った。
◇
「おや、もう良いのですか?」
再びテレサに抱えられながら倉庫から外に出ると、王妃様はそこに置かれている椅子に掛けて本を読んでいたが、俺達が出てくると手を止めて、立ち上がった。
時間にしたら10分程だと思うが、この国の序列で上から数えて一桁番台の人を待たせてしまうのは、中々プレッシャーだったが、幸い本人は気にしていないようだ。
「はい。聖貨1万枚、確かに受け取りました」
「結構。では、戻りましょう」
受取証のような物はもちろん無い為、口頭での報告になってしまう。
アレの受け取りがそれで済むのは、セリアーナやリーゼル、そしてテレサの信頼度の高さなんだろうか?
「ああ……セラ。服は脱がなくて構いませんから、また貴方の【ミラの祝福】をお願いしますね。陛下と面会して疲れたあなたが、休憩がてら私の部屋を利用する。そういうシナリオなのですからね」
歩き始めて少ししたところで王妃様は足を止めて振り向くと、俺の目を見てそう言った。
「……はーい」
なるほど……陛下は俺達が自然にここに来る理由の為でもあったのか。
国中から貴族が王都に集まる今は【ミラの祝福】だけじゃ、王妃様の寝室に入るには弱いのかもしれないな。
差し詰め施療が、部屋代か?
しかし【物置】や聖貨の事について話していた時よりも、よっぽど目に力が籠っている。
このウチへの信頼度の高さは、俺も少しは貢献しているかもしれないかな?
隠し通路から寝室に出ると、王妃様は施療を行うからと親衛隊の隊員を隣室に下げた。
彼女達は前回俺が施療した時にもいたから、俺が武器を持っている人間が苦手だという事を知っている。
今は所属が変わったとはいえテレサもいるし、大人しく指示に従った。
侍女たちもお茶を用意すると隣室に下がり、部屋には俺と王妃様とテレサの3人になった。
「さて……セラ、先程から何か聞きたいような顔をしていますが、施療の間なら答えてあげますよ」
膝の上に座り【ミラの祝福】を発動し始めたところで、王妃様がそう言ってきた。
聞きたい事か……あるにはあるが……聞いてもいいのかな?
◇
「聖貨の事ですか?」
聖貨の運搬は、パレードとまではいかないが、騎士団にとっては数十年ぶりの一大イベントらしい。
国王から命じられた、魔境を切り拓き国土の拡大を図る新領主への支援なわけだしな。
各領地を通過しながら、あらゆる困難から守り通して国王や騎士団の威信をしっかりと示さなければいけない。
ただ、俺が運ぶとそれがポシャってしまう。
新たにリアーナ領が創設された事は平民も知っているし、だからこそ目の前に聖貨を積まれて、説明されるまで【隠れ家】に入れて運ぶなんて考えもしなかった。
だが、俺を膝に乗せて施療を受けている王妃様は、こともなげに言ってきた。
「問題ありませんよ。空荷を運ばせます。幸い今の騎士団総長はユーゼフのままですからね……これが必要な事だと理解していますよ。リアーナに運ぶ方法は船便を使った複数のルートで運ぶと説明しています」
うーむ……説明している様でよくわからんままだ。
ユーゼフは、確か魔物よりも西側の人間への警戒を優先する方針だった。
てことは……。
「リアーナまでの道中で、誰かに襲われるかもしれないんですか?」
今の説明だと、騎士団は囮で船便が本命と思わせようとしている気がする。
船便が使えるようになったのはつい最近だし、外国の人間がそうそう備えられるものでは無いし、普通にそれを採用しても悪くは無いと思う。
「それもありますが……後は領地に戻ってからセリアに聞くと良いでしょう」
「むぅ……」
この感じじゃ答えてくれないな。
答えてくれるとは言っていたが、粘っても仕方が無いし諦めるか。
とりあえず、俺が聖貨を運んでも問題にならないって事だけは確かな様だ。
「さあ、むくれてないでこちらを向きなさい。次は顔をお願いしますよ。テレサ、セラはもう慣れたようですし、外で控えている者達を呼んで頂戴」
話はここまでと、王妃様はテレサに外の連中を呼んで来るように命じた。
「はい。セラ様、奥様はきっとセラ様に説明するのを楽しみにしていますよ」
「……それはそれで不安なんだよね」
テレサもそれを否定できないのか、答える代わりに苦笑を浮かべながらドアに向かっていった。
「セラ」
「あ、はい」
催促するような声に慌てて答えて、顔への施療を開始した。
しゃーない……帰るまでに覚悟を決めるかな。
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【本文】
聖貨を【隠れ家】に放り込んでから4日が経った。
俺はその間はじーさん達と街に買い物に出かけていたが、テレサは別行動をとっていた。
彼女は随分急にリアーナに向かう事になった為、挨拶が出来なかった人達への挨拶行脚だ。
相手は主に実家の関係者や親戚だったり親衛隊の先輩方で、後者は王都に住んでいるが、前者は急に王都に来た事もあって連絡はとれていなかった。
だが、幸い時期的に地方の貴族が王都に集まる春の1月という事もあって、急な話だが上手く会う事が出来たそうだ。
今後も王都屋敷の人員の件等で付き合いがあるだろうし、今後はミュラー家とも連携を取っていく事になるだろう。
表向きには本命の用件である、リアーナ領嫡子の誕生報告を各所に済ませたし、祝いの品も受け取った。
それらの大半は船便で送られ、極一部のセリアーナが所望しそうな物……具体的には書籍類だが、それらは、俺が王都で買い込んだ品と一緒に【隠れ家】に突っ込んだ。
俺自身も知らなかったが、本来の目的である聖貨も受け取り、これで王都での俺達の仕事は終わり、後は帰還するだけとなった。
出発から何だかんだで2週間近くリアーナを離れていたな。
行きは王都に向かう者達が多くて、彼等の目を避ける為に時間をかけたが、今はまだ王都に滞在したままで、むしろ平時よりも外を移動する者は少ないはずだ。
王都を発つのは明日の夕方。
天気もしばらく崩れることは無いそうだし、帰りはスムーズに行けそうだな。
◇
出発当日。
オリアナさんとは例によって屋敷で別れを済ませて、今は馬車で王都の東門まで向かっている。
中にはじーさんも乗っていて、テレサと話をしている。
「私ももう年だからな……近いうちに王都での役割は別の者に譲ることになる」
「戦術研究はどうされるのですか? 騎士団ではまだまだアリオス様を必要としているでしょう?」
「もう後数年でユーゼフも引くからな……それまでには仕上げるさ」
漏れ聞こえる話から察するに、どうやら近いうちに引退を考えている様だ。
2人ともいい歳だしな……この世界は厳密には定年なんて無いが、だからと言って死ぬまでその席についていても次が育たないし、ある程度キリの良い所で譲るんだろう。
「その後はどーするの?」
「ゼルキスに戻る予定だ。アイゼンの教育の手伝いもいるだろうしな……後は、リアーナを見るのも悪くないな。ルトルの頃から土地を切り拓いただけで、結局ほとんどかかわりを持てなかったし、今がどうなっているかも気になる」
「セリアーナ様もですが、アリオスの街の者たちも喜びますよ」
テレサの言葉に、じーさんは少々照れ臭そうにしている。
あの街じゃ、半ば英雄みたいなものだし、間違っちゃいないな。
「オリアナもひ孫達の顔を見たいだろうし、悪くないな……。まあ、まだ先の事だ。そろそろ着くな……準備はいいか?」
とうに貴族街は出て、もうすぐ東門に到着する。
そろそろお喋りはお終いだ。
程なくして馬車が止まり、ドアを御者に開けられた。
「ええ、大丈夫です。コレ1つですから……」
テレサは空のバッグを掲げて見せた。
そう言うと彼女は先に馬車から降りて行った。
「ふんっ……便利なものだ。セリアーナ達に息災であるように伝えておいてくれ。セラ、お前もな」
「うん。じーさんもね」
何だかんだでこのじーさんとの付き合いは、俺が初めて王都に来て以来だから4年近くになる。
オリアナさんもだが、俺のこっちの人生ではトップクラスに長い付き合いの人達だ。
リアーナから王都は時間だけを考えたら数日で行き来が可能だが、実際はそう簡単にはいかない。
電話やメールの様なお手軽手段も無いし……長生きして欲しいものだな。
別れを済ませて俺も馬車から降りて、待っていたテレサに【浮き玉】を渡す。
「お待たせ」
「もうよろしいのですか?」
「うん。じゃ、行こうか」
テレサに向かい両腕を伸ばすと、【浮き玉】に乗った彼女が俺を抱きかかえた。
そして、馬車に向かって目礼すると、反転して門に向かった。
もう慣れたもので、止められる事も無く王都の外に出ると、テレサは高度を上げて東に向かい加速を始めた。
「姫、王都から距離を取ったら一旦【隠れ家】をお願いします。バッグを放したいので」
「りょーかい。前も利用した森でいいかな?」
「はい。その後は一気に加速します。姫は無理をせず眠って貰って構いません」
「……大丈夫なの?」
人目もテレサの体力もだ。
王都にいる間は、生活スタイルは一般的なものだった。
「問題ありません。これで領地はダンジョンを持てるようになりますから、奥様達の発言力も増します。他所から何か言われてもはねのける事が出来ますよ」
「そか……そりゃーよかった」
……体調の事も聞いたんだけど、そっちは問題無さそうだな。
じゃー、このまま頑張ってもらうか!
◇
王都を発ってから3日目の昼前に、無事リアーナ領に入った。
と言っても、出発が夕方だったから、実質3日を切っている。
街道や街の上を通過するようなことは無かったが、それでも何人かに姿を見られたと思う。
もしかしたら今後リーゼルにこの事の問い合わせがあるかもしれないが、それも突っぱねる事が出来るようになる。
公爵と言う身分、騎士団と言う武力、そしてダンジョンと言う資源。
この3つが揃う事で、ようやくリアーナも領地として本格的にスタートできるようになるそうだ。
「見えてきましたね! 領都は門から入ります。高度を落としますよ!」
領地に入ってからもテレサは休憩を取らずに飛ばしに飛ばすこと数時間。
いよいよ領都が見えてきた。
「おねがーい!」
もう遠慮はいらないらしいし、目立つ事を気にせずにテレサに【祈り】と【ミラの祝福】を発動していたが、それでも長時間の高速移動を連日行っている。
声に少し疲れが混ざっているし、屋敷に着いたらゆっくり休んで欲しいものだ。
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