第168話
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【本文】
今まで王妃様のもとには2度呼ばれたことがある。
1度目はお忍び用のプライベートエリアに。
2度目は正式な客として、王妃様の私室に。
今日は正式な客としてだが、個人ではなく領主の使いとしてなので、談話室に案内されている。
今回利用する談話室は、王宮の中央エリアに位置するのだが……だからなのか、廊下には妙に警備の兵が多い。
それも何となく強そうなのが。
【妖精の瞳】は【隠れ家】に置いているし、ヘビ達をここで出すわけにもいかないから断言はできないが、佇まいと言うか、気配と言うか……なんか威圧感を感じる。
「どうかしましたか?」
握っている手に力が入ってしまったのか、俺が何かに戸惑っている事にテレサは気付いたようだ。
「うん……警備の兵が多いなって……」
その声が聞こえたのか、周りの視線が俺に集まる。
睨んだりしているわけでも無いのに、何とも圧が……ここに来て俺の感覚も鋭敏になってきたんだろうか?
ともかく、妙に迫力がある。
「ああ、彼等の事は気にしなくていいですよ。王族と客である我々を守る為にいるのですからね」
流石は元守る側の人間だっただけあって、何ともない風に言ってのけた。
言っている事はわかるが……いくら守る為だとは言え、武器を持った人間にジロジロ見られるのは俺は駄目だな……。
◇
「あの謁見の場での振る舞いや、王妃たちから聞く印象と大分違うな。移動が疲れたか?」
正面に座る白い服を着た男が、俺に向けてそう言った。
彼の隣に座る王妃様は手紙を読むのに忙しい様で、この場で会話を楽しんでいるのは、もっぱら先に手紙を読み終えた彼とテレサのみだ。ちなみに俺は、テレサの隣で膝の上に手を揃えて小さくなっている。
彼は俺が大人しくしている事を、具合が悪いからとでも思ったのだろう。
「いえ……だいじょーぶです」
「ふむ……そうか」
アンタも原因の一つだぞ?
「セラ様は、普段はこの様に薄い服を身に着けませんし、恩恵品を外している事もあって、落ち着かないのかもしれませんね」
「鱗を剥がれた竜……という訳か。これだけは規則だ……諦めて貰わんとな」
えらくカッコイイ表現をしたかと思うと、豪快に笑い声をあげた。
竜か……精々殻を取られたカタツムリ程度だな。
彼はそのままひとしきり笑うと、テーブルに置かれたままだった自分のカップを手に取り中身を一気に飲み干した。
そして、立ち上がり……。
「後の事は王妃に任せる。リーゼル達に今後のリアーナに期待していると伝えておけ」
そう言うと、こちらが挨拶をする間も与えずに、護衛の兵達と共に部屋を出て行った。
……なんとも豪快な王様だ。
しかし、彼等が出て行ったことで部屋の中の空気も和らいだ。
「……ふぅ」
少々行儀が悪いが姿勢を崩し、ソファーからずり落ちる。
やっぱり俺にはヘビがいるからだろうか?
兵士達は、俺の一挙手一投足も見逃すまいと、視線を注いでいた。
王妃様はまだいるが、王様が退席し彼等も部屋を出て行ったことで、ようやく一息つく事が出来る。
これくらいは目を瞑って欲しい。
王妃様はその俺の様子を見てしばしの間笑っていたが、笑いを止めると立ち上がった。
「私達も場を変えましょう。ついて来なさい」
「はい。セラ様、参りましょう」
王妃様の唐突な申し出に、テレサは間を置くことなく立ち上がり、俺に向かって手を差し出した。
「ん? うん……」
その手を取ると、すぐに移動が始まったが……どこに行くんだろうか?
以前の様に、王妃様の私室に行ってまた施療でもするのかな?
別にそれは構わないが、一応俺の今回の目的は荷物運びのはず。
王様が去った事で警備の兵は一気に減ったが、それでもまだしっかりと親衛隊が控えている。
施療をとなると、無防備な姿を晒すし、彼女達抜きでとはいかないだろう。
【物置】の方とは言え、気軽に誰にでも見せて良い様な物じゃ無いと思うんだが……。
「お?」
思案しながらの歩きは遅すぎたのか、テレサに抱きかかえられた。
だが、それだけじゃ無く、こちらに顔を寄せて耳打ちしてきた。
「姫、ご安心を。これも今回の目的と繋がっていますよ」
「む」
なるほど……よくわからんが、この移動も意味があるのかな?
そう考えていると、なにやら見覚えのあるエリアに入った。
やはり王妃様の私室に向かう様だ。
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【本文】
王妃様の私室に到着すると、そこから更に奥にある寝室に向かった。
やはり施療を?
と思ったのだが、護衛について来た親衛隊の隊員達が、壁側にある棚の一つを押し込んで行くと、ズズズっと重い音を立てて壁ごと奥に開き、魔道具の明かりに照らされた通路が現れた。
「隠し通路だ……」
リアーナの屋敷にも地下に繋がる通路を始め、隠し通路はあちらこちらにあるが、あっちは木造だ。
それに対してこちらは石造りの、重そうな壁……ロマンだ。
「貴方達はここで待っていなさい。さあ、行きますよ」
護衛達にこの場で待つよう命じると、王妃様はそのまま通路に踏み入った。
テレサもその後を俺を抱えたままついて行くが……先頭が王妃様で良いんだろうか?
石造りの隠し通路と言うと、ジメジメとして、埃やカビの匂いが漂っているイメージがあるが、そんな事は一切ない。
鼻をスンスンと鳴らしていると、テレサがどうしたのかと聞いて来た。
「全然臭くないね。掃除しているの?」
隠し通路なのに、人を入れるんだろうか……?
「正確には隠し通路では無くて、隠し倉庫ですよ。王妃としてではなく、私個人の資産をここに収めているのです。もっとも、隠し倉庫と言っても陛下や親衛隊の様に、知る者も多いですが。使用人でもここを知る者はいますし、彼女達が掃除も担当しています」
「そーなんですね……」
前を歩く王妃様の言葉に頷く。
隠し通路だろうと倉庫だろうと、「王妃の寝室」なんてところに繋がっている廊下が不潔じゃ、あまりよろしくないか。
それにしても倉庫か。
きっとそこに俺が運ぶ物が置いてあるんだろうけれど、わざわざ隠す様な物なのかな……?
疑問に思いつつも廊下を進み、階段を下りて、またしばらく歩くと、廊下を塞ぐ大きな扉が現れた。
扉の手前にはイスとテーブルが設置されている。
中に入らない人用かな?
本棚もあるし、ここで時間を潰すのだろう。
……優雅だな。
「ここに入る前に確認です。セラ、貴方は秘密裏に物を運ぶことが出来るのですね?」
「ぬ……。はい。いくつか制限はありますけど……」
「結構。昨年、貴方に届けてもらった手紙に、運ぶ手段があるから準備を前倒しして欲しいと書いてありました。半信半疑でしたが、元々夏には運ばせる予定でしたし、そのまま用意させました」
ウチ側から要求をしたのか……何を要求したんだろう?
「……面白い加護を持っていますね。ですが有用過ぎでもあります。セリアの言う事をよく聞いて、上手く隠すのですよ」
「はい……」
「テレサ、私はここで待ちます。後は貴方達で片づけなさい」
「お任せください。セラ様、行きましょう」
さくさくと話を進める2人に何も言えずに頷いてしまった。
「あ、うん……」
結局、ここに来ても何を運ぶのか教えてもらっていないが……まぁ、中に入ればわかるかな?
◇
中には壁一面に頑丈な戸の付いた棚が並んでいた。
あの一つ一つにお宝が収められているんだろう。
だが、お目当ての物はそれ等では無く、目の前の空いたスペースに置かれたテーブル……ちょうどリーゼルの部屋で見たのと同じくらいのサイズのそれに積まれている、小型の木箱の山だ。
そちらに近づくと、テレサはテーブルの上に俺を下ろした。
「コレが俺の運ぶ物なの?」
「はい。リアーナのダンジョン用に王家から下賜される、聖貨1万枚です」
「へー…………!? 待って!?」
今テレサは何と言った?
聖貨1万枚?
これが?
「まずは数を数える事からですね。あの木箱1つに100枚ずつ入っているはずです。全部で100箱。王妃殿下を外で待たせるわけにもいきませんし、手際よくいきましょう」
テレサは待ってくれない様で、俺に指示を出すと自身も作業を開始した。
「あ、うん……そうだね」
確かに王妃様を外に突っ立たせ続けるってのは、いかんよな。
気を取り直して、俺も箱の蓋に手をかける。
「…………ぉぉぉ」
箱の中は10枚一束で仕切られて、一目でわかるようになっている。
その束が、10列……。
俺が今まで一度に見た最高枚数は、孤児院を脱走した時に失敬した38枚で3回分だった。
それに対して、ここにある分は全部で1000回出来る計算だ。
なんだろう……何というか……この複雑な気持ちを表す言葉が思いつかない。
アホな事考えていないで、俺も数えよう。
この山を見続けるのは目に毒だ。
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