第167話

405


【本文】

「何か随分恐縮されちゃったね……。お礼だったのに悪いことしたかな?」


ルーイック家からの帰りの馬車で、屋敷でのやり取りの様子を思い出した。

王都の屋敷を任せられているのは、現領主の甥で、身分的にも俺やテレサに気を遣う様な必要は無いはずなのだが……。


「ルーイック家が治めるエルゴ領は、王国の西部で比較的魔物の勢いは穏やかですから、あの瓶1つで街一つ分の結界になります。具体的な見返りを期待してミツメを姫に譲ったわけでは無いのに、返礼の品にあの様な貴重な品を頂いたとなると……。姫にとってはそうでなくても、周りから見たら価値が全く釣り合っていません」


「あー……」


言われてみれば、確かに。

価値に差があるっていうのは俺もわかっていたけれど、ルーイック家は領主一族だ。

個人間のやり取りじゃなくて、自治体相手と考えるべきだったか……失敗したかな。

大きい相手が個人に借りを作ってしまうのは上手くない。


テレサは渋い表情を浮かべる俺に気付いたのか、フォローするように微笑みかけてきた。


「ご安心ください。あちらに渡した手紙に、旦那様と奥様からの要望がいくつか書かれているので、それで相殺になりますよ」


「……ぉぉ」


「姫、それよりもあちらをご覧ください」


セリアーナ達のフォローに感謝をしていると、テレサは馬車の外に手を向けた。

そちらを見ると、なにやら工事中の屋敷がある。

ミュラー家とルーイック家との中間あたりで、かなり広い敷地だ。

前回はここを通った時は気付かなかったし、新築じゃなくて改築かな?


庭に外装用なのか資材が積んでいて、多くの作業員が忙しそうに働いている。


「あそこがリセリア家の王都屋敷になります。まだ改築工事の最中ですが、雨季前には完成の目途が立つそうです」


城の門に繋がる通りに面して、尚且つ城の近く。

流石は公爵家と言ったところか。


「恐らく、今後も定期的に姫と私は王都に出向く事になるでしょうから、私達の部屋も用意するそうです。家具は良い物を選ばせますから、楽しみにしていてくださいね」


「ほえー……」


気を遣わせてしまったかな?

まぁ、もう済んだことだし、セリアーナ達がフォローもしてくれたし、いつまでも気にしちゃいられないか。


「でも……お城が近いのは緊張するね。挨拶に行ったりするのかな?」


「旦那様の名代は屋敷の主が務めますが、姫は個人的に呼ばれることがあるかもしれませんね。もっとも、呼ばれても私室でしょうし、そこまでうるさくはありませんよ」


テレサはそこで区切り、ただし……と一つ前置きを付けた。


「恩恵品は外したままになるでしょうから、姫は王都では歩く練習をした方がいいかもしれません。……ああ、屋敷に着きましたね」


「ぉぅ……」


馬車を降りる前にしっかりオチを着けられてしまったが、まぁ、良いリフレッシュになったかな。



さて、夕食後。

昨日は疲れを取るためにすぐ部屋に戻ったが、今日は談話室に集まりお茶をしながら話をしている。

じーさんがアリオスの街の側に現れたオオカミの魔王種の事で話を聞きたいと、夕食の席で言ったからだ。

あの街はゼルキス領だった時代に、じーさんが長く暮らしていたらしいし、思い入れがあるのかな?


申し訳ないが、その情報は嘘なんだ……。


一応セリアーナ達から公にしないことを条件に、事実を伝えていいと言われている。

じーさんは【影の剣】の事も知っているしな。


そんな訳で、公表している方ではなく、実際にはどこでどうやって倒したのかを説明した。


「……なるほど。前回の襲撃から少々ペースが速いとは感じていた。だが、あの街ならば有り得ることだと思っていたが……そう言う事だったのか」


説明を聞いたじーさんは何やらすっきりしたような表情を浮かべている。

前回の襲撃はクマの事だとして、あの街なら有り得るってのはどういうことだ?


「元々あの街はゼルキスの領都を守る為に、魔境の切れ間を敢えて作り、街に魔物が流れ込むようにしているのだ。今はまた各街の役割は変わっているかもしれんが、それでも戦力は揃っているだろう?」


「あー……なるほど」


どうやって誘導するのかはわからないが、魔物を追いかけるよりも、戦力の揃った場所で迎え撃つ方が効率がいい。


「しかし……オオカミの魔王種といえどジグハルトなら可能だろうとは思っていたが、セラが討ったか。その爪ならば不可能ではないだろうが……よくやったな」


そう言うとガハハと大口を開けて笑った。


「アリオス殿、この事はあくまで内密にお願いします」


「ふん……わかっておる。相性次第とは言え、魔王種を単独で討伐出来る者など迂闊に連れ回せぬからな。セリアーナもそれは望まんだろう」


テレサが念押しするとじーさんは気を悪くすること無く笑って答えている。

明日は城に行くから、夕食でテレサはワインを断っていて、じーさん達も彼女に倣ってそうしていた。

だから酒を飲んでいるわけじゃないんだが……随分とご機嫌だ。


「この人は騎士団に依頼されて対魔物の戦術研究も行っていますからね。貴方の様に今までにいないタイプの活躍は楽しいのでしょう」


オリアナさんはそっと耳元に顔を寄せ、そう囁いた。


「へー……じーさん、そんな事やってたんだね」


まぁ、今でも騎士団に顔が効くみたいだし、魔物との戦闘経験も豊富だ。

ある意味老後の道楽みたいなものか?


それにしても、今もガハハと豪快に笑っているじーさんが研究職か。

……俺の周りインテリ系脳筋が多い気がするな。


406


【本文】

城に行く当日の朝。

オリアナさんとテレサを筆頭に、俺の着替え作業が進められていた。


「なかなか似合いますね。領地では普段はこの様な恰好をしているのですか?」


着替えが完了すると、オリアナさんは俺の周囲を一回りし、感想を述べた。

……中々評価は高いようだ。


「いえ……普段は使用人の恰好をしています。奥様が色々服を用意しているのですが……」


オリアナさんに同調するように、テレサは溜息を吐きながらこちらを見てくるが……。


「プイッ」


俺は頭ごと横に向いて、テレサから目をそらした。

が、すぐに頬に添えられた手によって、前を向かされた。


「よくお似合いですよ」


「むぅ……」


呻き声をあげていると、部屋のドアをドンドンと強く叩く音がした。

この屋敷でこんな乱暴なノックをするのは1人しかいない。


「セラ、入れても構いませんか?」


このお着替えの場にじーさんがいても何もできないだろうが、男が1人でもいると俺も気が楽になるし……まぁ、いいか。


「うん」


「中へ入れて頂戴」


俺の返事を聞くと、使用人の1人にドアを開けるよう命じた。

彼女の開けたドアから入ってきたじーさんは正装姿だ。

城まではここの馬車を使わせてもらうから、じーさんも一緒に行くことになるからな……。


「馬車の用意が出来たぞ。後はセラの……おお、たまにはそう言った恰好も悪くないな。よく似合っているぞ」


わざわざ馬車の用意が出来た事を伝えに来てくれたようだが……声でけーな、じーさん。


「……ありがと」


「セリアーナが用意させたのか?」


俺が今着ている服は、薄い青のワンピースだ。

アクセントとして、腰の背部から前に向かって赤い花の刺繡が伸びていて、腰をリボンで結ぶから、花びらだけが見えるようになる。

体にぴったりという訳ではなく、少し緩く作られていて、着心地も良い。


似合うか似合わないかで言えば、俺の髪の色と相まってきっと良く似合うはずだろうけれど……複雑だ。

選んだのは恐らく、セリアーナかエレナかテレサか、リーゼルの侍女のロゼか……、まぁその辺りだろうな。


もしくは……この少し緩く作るのはセリアーナ達の趣味とは違う気がしなくも無いし、大穴でリーゼルか?


「いえ、春に姫が王都へ向かう事を知ったようで、ゼルキスの奥様が送ってくださいました」


かすりもしねぇ……ミネアさんから贈られた物だったのか。


派手さや可愛らしさは控えめの上品な雰囲気の服で、じーさんとオリアナさんも、お嫁さんのセンスに感心している様子だ。

個人的には、こういう女性的な生地で仕立てられた服は、皴が出来そうで苦手なんだが……。


「……」


首を傾けて下を見ると、何にも遮られること無く、ストレートに足が見えた。


「どうかしたか?」


下を見たまま固まる俺を不審に思ったのか、じーさんが様子を訊ねてきた。


「いや……なんでもない」


これがゼルキスで仕立てられたって事は……俺のサイズは向こうにも知られているって事なんだろうか?



俺のサイズの漏洩問題はさておき、無事準備を終えて、城に向かった。

話をするのは王族の居住スペースである王宮で、俺達はそちらに向かうが、じーさんは城内にある騎士団本部に向かう事になった。


ここにも警備の兵が待機する詰所はあるが、本部は訓練場に隣接していて、そちらの様子を見る事が出来る。

正装しているから、じーさんが参加する事は出来ないが、馬車で隣を通った時随分気にしていたからな……。


「では、私は向こうで待つ。テレサ殿、セラを頼むぞ」


そう言うと、返事を待たずに足早に本部に向かっていった。


「では、姫。私達も参りましょう」


「ほい」


テレサがこちらに向かって差し出してきた手を取った。

はぐれる様な事は無いし、王宮は外と違って舗装もしっかりしている。

さらに分厚い絨毯も敷かれているし、歩きやすく何かに躓く様なことは無いが……まぁ、おめかししているしな。

念のためだ。


しかし、このヒラヒラのスカートにハイヒールとまではいわないが踵の高い靴。

短時間とは言え、マジで歩く練習をしておいてよかった。


こちらの準備が整ったのを見たのか、一歩離れた位置で待機していた兵士達がやって来た。


「では、案内いたします。こちらへ……」


彼等は笑いを堪えているような気がするが、きっと気のせいだろう。

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