第158話

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【本文】

つい先日、無事エレナとアレクの子が生まれた。

色々と万が一の備えはしていたようだが、幸いどれも不要で、母子ともに問題無かったらしい。

らしい……と言うのは、俺達は出産後のエレナと会っていなかったからだ。


さらに出産後、一週間程の間だが、エレナは別室で子供と乳母と過ごしていた。

乳母がいると言っても、何でもかんでも任せるのではなくて、母親も一緒に母乳を与えたりするらしい。

一応生まれる前にも、簡単なレクチャーはあったそうだが、実地研修みたいなものかな?

別に面会謝絶という訳じゃ無かったのだが、セリアーナは警備の問題で部屋を出ることは無く、見舞いに行こうと思えば行けたが、俺も控えていた。


そして今日、エレナは子供と一緒に、セリアーナの隣の部屋に移ってきた。

とは言え、エレナはセリアーナの侍女兼護衛でもある為、当分の間……今建設中の屋敷が出来るまでは、この部屋で過ごすことになるらしい。

子供も、昼間はこちらに一緒にいるが、夜は隣の部屋で乳母が面倒を見るそうだ。

いわば子供部屋で、もうすぐ生まれるセリアーナの子供達や、乳母の子供達もその部屋で一緒に育てられることになる。

そのため、エレナは夜はこちらで過ごすことになる。

今までと一緒だ。


そんな事を話しながら、エレナは抱いた子供をセリアーナに見せて、セリアーナも随分柔らかい表情をしている。


この二人、妊娠前より仲良くなっている気がする。

あれだな……ママ友。


母親同士がこれだけ仲が良ければ、子供達も歳はひと月しか変わらないし、仲良くなるかな?



しばらくすると、部屋にフィオーラがやって来て、アレクやジグハルト達が1階の談話室にいることを聞き、俺はそちらに移った。

上では女性陣が盛り上がっている事だろう。

俺も一応女だが、同じノリの会話は出来ないし、こっちに来て正解だと思う。


「そんで、名前は決めたの?」


上ではセリアーナ主導で話が進んでいて、エレナの体調や出産の時の話ばかりで、名前はまだ聞いていなかった。

抱かれていた子供も、眠っていて黒髪の子って印象しかない。


「ああ。ルケイオスだ」


ルケイオス君……どんな意味があるのかはわからないが、中々カッコいい名前じゃないか。


「……ルケイオス隊長か?」


真剣な顔で複数の茶葉をポットに入れていたジグハルトは、手を止めて顔を上げた。

最近フィオーラに教わったそうだが、調合に通じるものがあって、はまっているそうだ。

カップは、ティーカップじゃなくてマグカップな辺り、彼っぽい。


さて、そのジグハルトは、ルケイオスという名前に心当たりがあるようだが、俺は心当たりが無いな……何者だ? ルケイオス。


「そうです」


笑って答えるアレクシオ。


「……その隊長さんは、凄い人なん?」


「俺の名前の由来は覚えているか?昔話したことがあったと思うが……」


「アレクが生まれた国の、有名な将軍さんだったっけ?」


「そうだ。俺の生まれた国は、昔は国境があやふやでしょっちゅう塗り替えられていたんだ。アレクシオ将軍はそこで国境をしっかり引いて、国の形を確立させた英雄なんだが、その将軍が何度も戦い、それでも破る事が出来なかったのが、ルケイオス隊長だ」


「東部じゃ馴染みは無いかもしれないが、傭兵として、西部のあちらこちらの戦場に顔を出しては、勝ちを収めた記録があって、向こうじゃ親しまれている名前だな。俺はいい名前だと思うぞ」


ジグハルトは、今度は湯を注いだポットを真剣な顔で見ながら、その名前を褒めている。


「ありがとうございます。いつか自分の子が生まれたらこの名前を……と考えていたもので……。幸い、エレナも理解してくれましたよ」


アレクはやや気恥ずかし気に言った。


ルケイオス君は西部のネーミングセンスなのか……。

キラキラしてるやつなのかな?


「俺やエレナを超える強い子に育って欲しいですからね……」


名前からしてアレク達を超えて欲しそうだし、中々プレッシャーがかかるな……ルケイオス君。


「まあ、お前たちの子なら大丈夫だろう。ほれ」


ポットから注いだカップをこちらに渡してきた。


「ああ、すいません」


「ありがと……む?」


「口に合わなかったか?」


「いや、美味しいよ。どうやって淹れたの?」


微かに焦げた様な香ばしい香りのする、茶色の液体。

ただ、これは紅茶と言うより、烏龍茶に近いかな?

紅茶も嫌いじゃ無いが、こっちの方が俺の好みだ。


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【本文】

「…………なに?」


恨めしそうなセリアーナの視線に、思わず反応してしまった。

理由はわかっているから、敢えて無視していたが……、気になってしょうがない。


「子供生まれるまで我慢してね」


さらに言葉を続けると、答える代わりに溜息を一つ吐いた。

本人もわかっているんだろうが……ここは我慢してもらいたい。

何も起こらないかもしれないが、何かあったら俺がヤバくなるんだ。


「……セリア様、申し訳ありません」


俺の手が顔に被さっているからか、ややくぐもった声で、エレナがそう言った。


「私が言い始めた事だし、貴方が謝罪する事では無いわ……ふぅ……」


また一つ溜息を吐いた。


今エレナは、俺から【ミラの祝福】の施療を受けている。

それも、妊娠中のように顔と腕だけの簡易版では無くて、足先から始めるフルセットバージョンだ。

妊娠期間中も、チマチマ施療をしていたが、アレは俺も結構気を使うから、時間はかかるがこっちの方が楽でいい。


夜になって、エレナが子供を乳母に預けてからだから、もう2時間くらいかな?

特に時間を計ったりせずにやっているから、正確にはわからないが、それくらいだと思う。

寝室のエレナのベッドで行っているが、最初はセリアーナは普通にお喋りをしていたが、徐々に口数が減ってきて、最終的に今の不貞腐れた状態になってしまった。


セリアーナも言ったように、エレナに施療を促したのはセリアーナ自身だ。

身体が軽くなったのだから、スッキリしたらどうか? と。

だが、いざ目の前で見ているとフラストレーションがたまって来たんだろう。


「奥様、姫の施療は我慢してもらいますが、代わりに私が足や肩でも揉みましょうか?」


「そうね……お願いするわ」


代わりにテレサがマッサージを申し出ている。

俺もたまにやって貰っているが、エステというよりは整体寄りだが、中々上手いと思う。

セリアーナの出産まで後、2–3週間程だろうか?

それまではテレサに任せよう……。


そう決め、再びエレナの施療に集中した。



それから2週間程が経ち、もう秋の3月も終わり間近だ。


子供が寝泊まりする部屋は、セリアーナの応接室の一つ隣で、寝室からは二部屋離れていることになる。

元々この階層で、大声で喚くような者はいなかったから特に気にしたことは無かったが、寝室まで子供の泣き声が聞こえてくることは無かった。

俺も子供部屋に何度かお邪魔したことがあったが、元気に泣いていた。

夜だけ泣かないってことは無いだろうし、よほど防音性に優れているんだろう。


俺は就寝時、寝室内で発動した【隠れ家】に入っているが、セリアーナ達が妊娠して以来、念の為【隠れ家】内のモニターを点けたまま寝ている。

それなら、中に呼びかけられなくても、外の様子がわかるからだ。

だから、泣き声が聞こえてきたら中にも聞こえてくるし、多少は睡眠不足になる事も覚悟していたのだが……その心配は全くの無駄だった。


いつも通り昼近くまでぐっすりだった。

セリアーナ達もよく眠れているだろうが、乳母さんはお疲れかもしれない。


「どうなんだろうね?」


何となく気になり、そのことを聞いてみた。


今はもう夜で、乳母とは子供を預けて別れている。

俺達は、寝室でセリアーナは頭部の施療を、エレナはソファーでお茶を、とリラックス中だ。


それに比べて、セリアーナの子が生まれたら乳母は後二人増えるが、今は一人だ。

エレナの親族とは言え見知らぬ土地にやって来て、自分も乳児を抱えての事。

すぐ側に夫と上の子がいるが、気軽に会う事も難しい状況だし、そこら辺のケアはどうなっているんだろう?


もちろんその事を承知で働きに来ているんだろうけれど……。


「急に妙なことを聞くわね。どうかしたの?」


「ん? いや、乳母さんはお疲れじゃないのかな? って思って」


エレナはカップを置いて、しばし考えたかと思うと口を開いた。


「夫の方はわからないけれど、彼女の方はむしろ待遇が良いから、今までより楽だと言っていたよ。屋敷の使用人が彼女の世話もしているからね」


「そーなんだ?」


確かに家事の一切は屋敷の使用人が行っているし、子供の事だけに専念できるし、こっちの方が楽なのかな?


「子供を預けるのだから、待遇に不満を持たれるような真似はしないわ。それに、推薦側が事前に為人は調べているでしょうしね。楽な仕事とは言わないけれど、相応の見返りは与えているわ」


と、セリアーナは笑っている。


「なるほどねー……」


まぁ、大変な仕事ではあっても、今までより生活が楽になるし報酬もしっかりしている。

それなら遣り甲斐があるのかな?

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