第159話

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【本文】

昼を少し回った頃、乳母がいるため寝室ではなくて応接室でだが、何をするという訳でも無く、お茶を飲みつつお喋りしつつと、過ごしていた。


「……来たわね」


だが、セリアーナは唐突にそう呟くと、ソファーから立ちあがった。

俺は、昼食後で腹も膨れてやや微睡んでいたから、小さい声だという事もあって、危うく聞き逃しそうになった。


何事だろうかと、顔を上げてそちらを見ると、セリアーナはなにやら深刻な表情を浮かべている。


……誰が来たんだろう?


エレナとテレサを見るが、彼女達も事態が把握できていないようで、立ち上がりはしたものの、動けないでいる。


「誰が来たの?」


「子供よ」


……こども?


「っ!? すぐに手配します。エレナ、ここは任せます」


テレサは、驚くエレナに指示を出すと、足早に部屋を出て行った。

エレナも我に返ったようで、同じく急いで寝室に向かっていったが……一体何が?


さらに、普段はセリアーナに直接声をかける様な事をしない乳母も、なにやら気遣っているし……あ!


「こどもか!」


「……そう言っているでしょう?」


ようやく思い当たった俺に、呆れた様な目をするセリアーナ。

確かにボーっとしていたから、反応が遅れたが、それにしても言葉が足りなさすぎないか?

とは言え……えらいこっちゃ!



パタパタと駆け寄る俺に気付き、ドアの前に立つ兵士は驚いた顔をしている。

彼が驚いているのは、俺が走るような事態が起きた事か、あるいはただ単に自分の足で移動している事か、どっちだろう?

【浮き玉】はセリアーナの移動の補助にと貸して来たからな……。


自分の足で移動する……ましてや駆け足の俺なんて超レアだぜ?


「副長!? 何か起きたんですか? いつもの恩恵品は?」


ドアの前まで来ると、足を止めて息の乱れを直す。

走るのなんて久しぶりだったな……。


「ふぅ……。あれはセリア様に貸してる。旦那様に報告があるから、中に入るよ?」


「あ、はい。どうぞ……」


「お邪魔しまーす」


中に入ると、いつものメンバーがいつものように仕事をしている。

平常運転だ。


「セラ君か。どうかしたのかい? いつもとは少し様子が違うようだが……」


まぁ、浮いてないもんな……でも、そんなことよりもだ。


「ついさっき、セリア様が子供が生まれそうだって言って、部屋に向かいました!」


その報告に、リーゼルだけでなく部屋の皆も「おおっ!」と歓声を上げた。

妊娠して以来、セリアーナはこちらには顔を出していないし、リーゼルは1日1回は談話室に足を運んでいたから、ある程度状況は把握できているが、情報はそこでストップしてしていたから、彼等には伝わっていない。


まだ生まれたわけじゃ無いが、それでも朗報だろう。


「奥様の元へ行かれますか?」


「いや、すぐに生まれるわけじゃ無いし、フィオーラ達も付いているんだろう? 僕はまだ仕事も残っているし……セラ君。代わりに君が行って、生まれたらまた伝えに来てくれるかい?」


部屋の様子が落ち着くのを待ってから、オーギュストがリーゼルにどうするかを聞くが、リーゼルは部屋に残るようだ。

まぁ、エレナの時も4‐5時間程かかっていた。

セリアーナは双子だし、もっとかかるかもしれない。

その間、彼が拘束されるのもな……同じ屋敷内にいるんだし、生まれてからでもいいか。


「りょーかい!」


彼の言葉に頷いた。



「よっ……ほっ……」


本館の1階に繋がる階段を、手すりを掴みながら気を付けて下りていく。

久しぶりに利用するが、ここの階段は1段1段が高い上に幅も広く、普通の靴ならともかく、サンダル履きのチビには厳しい造りだ。


妊婦さんにも厳しかろうし、セリアーナに【浮き玉】を貸したのは正解だった。


「抱き上げましょうか?」


前を降りていくミオが提案してくるが、首を横に振り断った。

オーギュストは、女手があった方がいいかもしれないと言って、彼女をついて来させたが、まさかこの為じゃ無いよな……?


ふぬぬ……と唸りながらも、なんとか階段を下りきった。


「お待たせ……。よし、行こう」


ふぅ、と一息ついて、再び歩き始める。

これだけの距離を歩くのは久しぶりだな……わかっちゃいるが、デカい屋敷だ……。


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【本文】

屋敷の南館の2階は、完全に女性用のエリアになっているが、1階は違う。

1階の手前半分には、来客時に利用する応接室もあって、奥の半分からが身内用のエリアだ。


本館と南館は繋がっているが、丁度そこで仕切られている。

壁には両開きの大きな扉があって、そこを門番さながらに女性兵が守っているわけだ。

アレクやジグハルトを交えて話をする時等は、その奥のエリアを利用しているが、出産用の部屋もその奥のエリアにある。


「あら……? 部屋の前に人が……」


「どうかしたのかな? 嫌な感じはしないけれど……」


その扉を通ってすぐに、出産用の部屋の前に多数の人間が集まっているのが見えた。

ワイワイと騒がしいが、この屋敷では珍しい光景だ。

テレサも含めて、皆笑顔で喜んでいる様だが……。


「姫? ミオも来たのですね」


こちらに気付いたテレサが、人をかき分けてこちらまでやって来た。

【浮き玉】もちゃんと持ってくれている。


「どうしたの? 何かあったん?」


他の人ほどでは無いが、テレサも笑顔だ。

悪い事じゃないのは確かだろうが、何が起きたんだろう?


「はい! 無事生まれました」


「…………はぁ!?」


思わずデカい声で聞き返してしまい、部屋の前に集まっている使用人達の注目も集めてしまった。


「いや……フィオさん呼びに行ったり、旦那様の所に行ったり……20分くらいだよ? それで……?」


走り慣れていないサンダルで少々もたついてしまったが、それでもセリアーナが出産に向かってから時間はさして経っていない。

そんなにあっさり産めるもんなのか……?


テレサは、驚きを隠せない俺に一つ頷き話を続けた。


「入ってすぐに……でした。部屋にいた頃から痛みはあったはずですが、ずっと我慢していたようですね……恥ずかしながら私は全く気付けませんでした。フィオーラや産婆も驚いていましたが、セリアーナ様も生まれたお子様方もどちらも健康に問題ありません」


「ふぇぇ……」


俺も全く気付かなかったよ。

アホなんじゃなかろうか……あのねーちゃん……。

何故そこで我慢するんだ?


「あの……」


唖然としていると、後ろからミオがおずおずといった様子で、声を上げた。


「無事生まれたのは喜ばしいとして……、性別はどうなのでしょうか? リーゼル様に報告に行かなければなりませんので……」


「ぉぉっ! そういや、どっちだったの?」


「兄君妹君の、男女一人ずつです」


「ぉぉぉ……そりゃー、おめでたい」


よほど差があれば能力で選ぶ事もあるそうだが、長男相続が一般的だ。

それでも、両方男児の双子となると、ちょっとどうなるかわからなかったが……お兄ちゃんと妹ちゃん、一番揉めない形だ。

皆の喜びようは、それもあってのことかもな。


ともあれ……。


「オレは旦那様に報告に行くよ」


リーゼルも、まさかこんなに早く生まれるとは思いもしなかったからな……。

セリアーナも、顔を見せるのが遅くなったからって、怒るようなことは無いだろうが、同じ屋敷内にいるんだし、早く見せるにこしたことは無いだろう。


「奥様の顔を見ていかなくてもよろしいのですか?」


「うん。オレは後でいいよ。じゃ、行くね」


テレサが中に入ってからでなくていいかを聞いてくるが、産んだばかりじゃ、セリアーナも流石に疲れているだろう。

顔を見るのは後回しだ。



中に入って早々に出てきた俺に、扉の外に立っていた女性兵達は驚き、さらに出て行ってすぐに俺がまた戻ってきた事と、その報告内容にリーゼルや部屋の中の者達も驚き、と大わらわだった。


リーゼルは仕事を急遽切り上げ、セリアーナのもとに向かい、その間に俺はエレナのもとに報告へ向かった。

1階の様子は伝わっていなかった様で、もう生まれた事を伝えると、彼女もやはり驚いていた。


ただ、エレナがこの部屋にいるのは、子供がいるからという事もあるが、セリアーナの部屋の警備も兼ねている。

勝手に動く事は出来ず、テレサが戻って来るまでは部屋で待機し続けるそうだ。

と、言う訳で、代わりってわけじゃ無いが俺が見に行くことにした。


アレクやジグハルトにはまだ伝えていないが、彼等は屋敷の外だし、俺が伝えなくても他の誰かが伝えるだろう。


「……お邪魔しまーっ!?」


1階に戻り、セリアーナ達のいる出産用の部屋に入ると、生まれたばかりの子を抱くセリアーナとリーゼルが目に入った。

早いな! リーゼル!


セリアーナは、こっちでの俺の人生の3分の1近くをほぼ毎日側で過ごした相手だし、その彼女が出産し、そして子を抱いている姿っていうのは、中々美しいと思う。


……ただ、何でもう立ってんの?


「遅かったわね」


部屋に入ってきた俺に気付いた様で、セリアーナはじろりと睨んできた。


いやー……元気そうで何よりだわ。

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