第159話
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【本文】
昼を少し回った頃、乳母がいるため寝室ではなくて応接室でだが、何をするという訳でも無く、お茶を飲みつつお喋りしつつと、過ごしていた。
「……来たわね」
だが、セリアーナは唐突にそう呟くと、ソファーから立ちあがった。
俺は、昼食後で腹も膨れてやや微睡んでいたから、小さい声だという事もあって、危うく聞き逃しそうになった。
何事だろうかと、顔を上げてそちらを見ると、セリアーナはなにやら深刻な表情を浮かべている。
……誰が来たんだろう?
エレナとテレサを見るが、彼女達も事態が把握できていないようで、立ち上がりはしたものの、動けないでいる。
「誰が来たの?」
「子供よ」
……こども?
「っ!? すぐに手配します。エレナ、ここは任せます」
テレサは、驚くエレナに指示を出すと、足早に部屋を出て行った。
エレナも我に返ったようで、同じく急いで寝室に向かっていったが……一体何が?
さらに、普段はセリアーナに直接声をかける様な事をしない乳母も、なにやら気遣っているし……あ!
「こどもか!」
「……そう言っているでしょう?」
ようやく思い当たった俺に、呆れた様な目をするセリアーナ。
確かにボーっとしていたから、反応が遅れたが、それにしても言葉が足りなさすぎないか?
とは言え……えらいこっちゃ!
◇
パタパタと駆け寄る俺に気付き、ドアの前に立つ兵士は驚いた顔をしている。
彼が驚いているのは、俺が走るような事態が起きた事か、あるいはただ単に自分の足で移動している事か、どっちだろう?
【浮き玉】はセリアーナの移動の補助にと貸して来たからな……。
自分の足で移動する……ましてや駆け足の俺なんて超レアだぜ?
「副長!? 何か起きたんですか? いつもの恩恵品は?」
ドアの前まで来ると、足を止めて息の乱れを直す。
走るのなんて久しぶりだったな……。
「ふぅ……。あれはセリア様に貸してる。旦那様に報告があるから、中に入るよ?」
「あ、はい。どうぞ……」
「お邪魔しまーす」
中に入ると、いつものメンバーがいつものように仕事をしている。
平常運転だ。
「セラ君か。どうかしたのかい? いつもとは少し様子が違うようだが……」
まぁ、浮いてないもんな……でも、そんなことよりもだ。
「ついさっき、セリア様が子供が生まれそうだって言って、部屋に向かいました!」
その報告に、リーゼルだけでなく部屋の皆も「おおっ!」と歓声を上げた。
妊娠して以来、セリアーナはこちらには顔を出していないし、リーゼルは1日1回は談話室に足を運んでいたから、ある程度状況は把握できているが、情報はそこでストップしてしていたから、彼等には伝わっていない。
まだ生まれたわけじゃ無いが、それでも朗報だろう。
「奥様の元へ行かれますか?」
「いや、すぐに生まれるわけじゃ無いし、フィオーラ達も付いているんだろう? 僕はまだ仕事も残っているし……セラ君。代わりに君が行って、生まれたらまた伝えに来てくれるかい?」
部屋の様子が落ち着くのを待ってから、オーギュストがリーゼルにどうするかを聞くが、リーゼルは部屋に残るようだ。
まぁ、エレナの時も4‐5時間程かかっていた。
セリアーナは双子だし、もっとかかるかもしれない。
その間、彼が拘束されるのもな……同じ屋敷内にいるんだし、生まれてからでもいいか。
「りょーかい!」
彼の言葉に頷いた。
◇
「よっ……ほっ……」
本館の1階に繋がる階段を、手すりを掴みながら気を付けて下りていく。
久しぶりに利用するが、ここの階段は1段1段が高い上に幅も広く、普通の靴ならともかく、サンダル履きのチビには厳しい造りだ。
妊婦さんにも厳しかろうし、セリアーナに【浮き玉】を貸したのは正解だった。
「抱き上げましょうか?」
前を降りていくミオが提案してくるが、首を横に振り断った。
オーギュストは、女手があった方がいいかもしれないと言って、彼女をついて来させたが、まさかこの為じゃ無いよな……?
ふぬぬ……と唸りながらも、なんとか階段を下りきった。
「お待たせ……。よし、行こう」
ふぅ、と一息ついて、再び歩き始める。
これだけの距離を歩くのは久しぶりだな……わかっちゃいるが、デカい屋敷だ……。
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【本文】
屋敷の南館の2階は、完全に女性用のエリアになっているが、1階は違う。
1階の手前半分には、来客時に利用する応接室もあって、奥の半分からが身内用のエリアだ。
本館と南館は繋がっているが、丁度そこで仕切られている。
壁には両開きの大きな扉があって、そこを門番さながらに女性兵が守っているわけだ。
アレクやジグハルトを交えて話をする時等は、その奥のエリアを利用しているが、出産用の部屋もその奥のエリアにある。
「あら……? 部屋の前に人が……」
「どうかしたのかな? 嫌な感じはしないけれど……」
その扉を通ってすぐに、出産用の部屋の前に多数の人間が集まっているのが見えた。
ワイワイと騒がしいが、この屋敷では珍しい光景だ。
テレサも含めて、皆笑顔で喜んでいる様だが……。
「姫? ミオも来たのですね」
こちらに気付いたテレサが、人をかき分けてこちらまでやって来た。
【浮き玉】もちゃんと持ってくれている。
「どうしたの? 何かあったん?」
他の人ほどでは無いが、テレサも笑顔だ。
悪い事じゃないのは確かだろうが、何が起きたんだろう?
「はい! 無事生まれました」
「…………はぁ!?」
思わずデカい声で聞き返してしまい、部屋の前に集まっている使用人達の注目も集めてしまった。
「いや……フィオさん呼びに行ったり、旦那様の所に行ったり……20分くらいだよ? それで……?」
走り慣れていないサンダルで少々もたついてしまったが、それでもセリアーナが出産に向かってから時間はさして経っていない。
そんなにあっさり産めるもんなのか……?
テレサは、驚きを隠せない俺に一つ頷き話を続けた。
「入ってすぐに……でした。部屋にいた頃から痛みはあったはずですが、ずっと我慢していたようですね……恥ずかしながら私は全く気付けませんでした。フィオーラや産婆も驚いていましたが、セリアーナ様も生まれたお子様方もどちらも健康に問題ありません」
「ふぇぇ……」
俺も全く気付かなかったよ。
アホなんじゃなかろうか……あのねーちゃん……。
何故そこで我慢するんだ?
「あの……」
唖然としていると、後ろからミオがおずおずといった様子で、声を上げた。
「無事生まれたのは喜ばしいとして……、性別はどうなのでしょうか? リーゼル様に報告に行かなければなりませんので……」
「ぉぉっ! そういや、どっちだったの?」
「兄君妹君の、男女一人ずつです」
「ぉぉぉ……そりゃー、おめでたい」
よほど差があれば能力で選ぶ事もあるそうだが、長男相続が一般的だ。
それでも、両方男児の双子となると、ちょっとどうなるかわからなかったが……お兄ちゃんと妹ちゃん、一番揉めない形だ。
皆の喜びようは、それもあってのことかもな。
ともあれ……。
「オレは旦那様に報告に行くよ」
リーゼルも、まさかこんなに早く生まれるとは思いもしなかったからな……。
セリアーナも、顔を見せるのが遅くなったからって、怒るようなことは無いだろうが、同じ屋敷内にいるんだし、早く見せるにこしたことは無いだろう。
「奥様の顔を見ていかなくてもよろしいのですか?」
「うん。オレは後でいいよ。じゃ、行くね」
テレサが中に入ってからでなくていいかを聞いてくるが、産んだばかりじゃ、セリアーナも流石に疲れているだろう。
顔を見るのは後回しだ。
◇
中に入って早々に出てきた俺に、扉の外に立っていた女性兵達は驚き、さらに出て行ってすぐに俺がまた戻ってきた事と、その報告内容にリーゼルや部屋の中の者達も驚き、と大わらわだった。
リーゼルは仕事を急遽切り上げ、セリアーナのもとに向かい、その間に俺はエレナのもとに報告へ向かった。
1階の様子は伝わっていなかった様で、もう生まれた事を伝えると、彼女もやはり驚いていた。
ただ、エレナがこの部屋にいるのは、子供がいるからという事もあるが、セリアーナの部屋の警備も兼ねている。
勝手に動く事は出来ず、テレサが戻って来るまでは部屋で待機し続けるそうだ。
と、言う訳で、代わりってわけじゃ無いが俺が見に行くことにした。
アレクやジグハルトにはまだ伝えていないが、彼等は屋敷の外だし、俺が伝えなくても他の誰かが伝えるだろう。
「……お邪魔しまーっ!?」
1階に戻り、セリアーナ達のいる出産用の部屋に入ると、生まれたばかりの子を抱くセリアーナとリーゼルが目に入った。
早いな! リーゼル!
セリアーナは、こっちでの俺の人生の3分の1近くをほぼ毎日側で過ごした相手だし、その彼女が出産し、そして子を抱いている姿っていうのは、中々美しいと思う。
……ただ、何でもう立ってんの?
「遅かったわね」
部屋に入ってきた俺に気付いた様で、セリアーナはじろりと睨んできた。
いやー……元気そうで何よりだわ。
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