第156話
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【本文】
「さて……セラ、俺達はこのまま仕事をするが、お前はどうする?」
「どうしようかね……。掃除でもしようか?」
先程の書類へのサインで、今日ここまでやって来た用事は終わってしまった。
昼には食事をしに屋敷に戻るが、それまでまだ時間がある。
滅多にここには来ないし、何かやる事があれば引き受けてもいいかな?
「掃除は……雨季前に終わらせたしな。何かあったか?」
と、アレクは周りを見るが、一様に首を横に振っている。
「春や夏なら、討伐した魔物の素材や更新した装備が置いてあるんですが……」
「今はちょうど全部片づけてしまいましたからね……」
部屋で作業をしている兵士達が口々にする。
なるほど……騎士団の外での活動が増える時期は、ここも色々物が置いているが、秋の雨季から冬にかけては、中での仕事が増えるから片付けてしまい、あまり見る物が無くなっているのか。
……しかし、アレクは何か仕事が無いかと聞いたのに、もてなす方向に話が行っているあたり、俺はすっかりお客さん扱いなんだな。
滅多にここに来ないから、無理もないかもしれないが。
アレクも困った様な笑みを浮かべている。
まぁ、仕事が無いなら無いでいいか……邪魔にならないうちに退散しよう。
やりたい事もあるし、ある意味都合がいい。
「やる事は無さそうだね……。そんじゃー、オレは屋敷に戻るよ」
「ああ。わざわざご苦労だったな。そうだ、一つ頼まれてくれるか? 夜ジグさんの所に行くと、エレナに伝えておいて欲しいんだ」
外は雨だし、飲みに行くってわけじゃなさそうだけれど、何か話でもすんのかな?
まぁ、いいや。
「りょーかい。それじゃー、お先にー」
「おう」
部屋で仕事をしている皆に向かい【祈り】をかけて、そのまま部屋を後にした。
◇
「……お、曲がり角か。ふぬぬぬぬ……」
屋敷の地下に張り巡らされている通路は螺旋状になっている。
上から下に伸びているんだし、グルグル曲げて距離を稼がないと、直滑降になってしまうから当たり前ではあるか……。
ともあれ、その通路を俺は今、目を閉じながら進んでいる。
浮いていて何かに躓くようなことは無いし、色々施設が入っていても人気も無く、誰かにぶつかる様な事も無いが、緩い傾斜で目を閉じて歩くのには間違っても適しているとは言えない。
その通路を、俺は目を閉じている代わりに、裾からヘビたちを出して、彼等に先導させて進んでいる。
潜り蛇の能力で、契約した主が魔力をみえる様になる、という物がある。
サーモグラフィーのように、ある程度遮蔽物を無視する事が出来て、契約したものは偵察要員として重宝されている。
俺も何度も助けられている、とても便利な能力だ。
だが、実はそれ以外にも能力がある事がわかった。
それは、ヘビの見ている視界を共有できる、という物だ。
つい先日、頭まで布団をかぶって昼寝をしていたのだが、セリアーナに起こされた。
たまたま布団から出る前に、アカメだけ先に隙間から出したのだが、その時に部屋の様子が俺の頭の中に浮かんだ。
ヘビたちが何か異変を感じたら、それが何となく俺にも伝わる事はあったが、完全にヘビの視界が俺にも見えたのは、この時が初めてだった。
その後何度か試してわかった事だが、どうもヘビたちの目を発動すると、魔力だけじゃなくて視界も共有している様だ。
ただ、主の視界の方が強く見えるようで、ヘビの視界は、メモの裏側に書いてある文字のように薄っすらと透ける程度にしか、見えていないのだろう。
だから、目を開き尚且つ動きながらともなると、気付く事は出来なかった。
決して俺が鈍かったわけじゃ無い……はずだ。
「うん……見える見える」
俺は曲がり角の手前で待機して、ヘビたちだけ体を伸ばして角の向こう側を覗いているが、その光景は俺にも見えている。
さながら、前世であった潜望鏡のような感じだろうか?
もう少し訓練して、もっと使いこなせるようになったらセリアーナ達にも報告しようかな?
今のところ覗きくらいしか使い道は思いつかないが、何かいい使い道や活用できる場を用意してくれるかもしれない。
「よし……次行くぞー!」
ヘビたちを再び手元に戻して、【浮き玉】を角の先に進めた。
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【本文】
ヘビたちの先導で目を閉じたままでも順調に通路を進み、訓練所のドアが見えるところまでやって来た。
ヘビたちとの視界の共有は、目を閉じてゆっくり移動、といった条件は付くが、3匹同時の共有も可能だった。
あまり速く移動すると、3匹の視界が混ざってしまい、わけが分からなくなるが、慣れればいけそうな気がする。
……俺次第か。
「ん?」
ドアのすぐ手前まで行くと、中からドアが開けられた。
俺が近づいて来たことに中の誰かが気付いたんだろう。
訓練所にいて、こういう器用な真似ができるのは……オーギュストかな?
「セラ殿……それは新しい遊びかなにかか?」
この声はやはりオーギュストか。
ヘビたちを伸ばしたまま訓練所の中に入ると、その姿を見たであろう彼が、そう言ってきた。
「ちがっ!? ……ちが……」
違わない気がしてきたな。
今やっているのはほとんど遊びみたいなもんだし……。
「んっんん……。団長は訓練?」
目を開けると、木剣を手にした、動きやすそうな恰好のオーギュストの姿が目に入った。
ついでに訓練所内に目をやると、疲れ果てて座り込んでいる乳母の夫たちの姿もある。
離れていても肩で息をしているのがわかるし、大分絞られたんだろう。
その割には、オーギュストは全く汗をかいていない。
……力の差か。
「ああ。彼等に少しな……。私は切り上げるが、セラ嬢はどうする? 下に用事があったようだが……」
「用事が終わって、オレも帰るところだよ」
「ふむ……。リーゼル様が君に少し話があるのだが、執務室まで来てもらえるか?」
口元に手を当て少し考えたかと思うと、そう言ってきた。
リーゼルの用事か……。
これまでも何回かあったが、大体お使いだった。
とは言え、今は外は雨が降っているし、あまり外に出るのに適した気候でも無い。
何だろうか……?
「うん。りょーかい」
まぁ、行けばわかるか。
頼み事にしても変な事は言ってこないだろう。
◇
オーギュストは訓練所内に残る者達に二言三言指示を出し、そのまま一緒に執務室に向かう事になった。
……仲が悪いわけじゃ無いが、屋敷にいる時は大体リーゼルの側に控えているから、二人だけになるってのは無いんだよな。
屋敷で顔を合わせると挨拶くらいはするが、未だにプライベートな会話をした事は数える程度で、今も俺の少し前を歩いているが……無言だ。
背中とか蹴ったら怒るかな?
「どうかしたか?」
背中を見ていた事に気付いたのかな?
いい勘してやがる……。
「背中蹴ったら怒るかな? って思って」
そのまま言うのもどうかと思うが、会話のきっかけにはなるかな?
無言で歩き続けるってのもどうにもな……。
「……怒りはしないが止めてくれ」
「そりゃ残念……。ね、団長。旦那さん達の事どう思う?」
「む? 訓練所の彼等の事か?」
「そうそう。あの人達はこのまま騎士団で働くことになるんでしょう?」
「その口振りだと、アレクシオが何か言ったかな? そうだな……私は大分厳しいものがあると思う」
……アレクと一緒のこと言ってるな。
そんなにひどいのかな?
「少々厳しめに扱いたが何とかやり遂げてはいたし、根気はあるのだろう。街の警備隊だけなら充分務まるだろうが……やはり奥方の立場を考えると、それだけでは釣り合わないだろう」
街の警備隊と言っても街の中だけじゃなくて、街の周囲の見回りもする。
この街の場合は、魔物がよく姿を見せる事、その魔物が通常のより強い事が問題だ。
やっぱ彼等じゃ厳しいのかな?
「今度屋敷の警備に犬を導入するから、いっそ犬と組ませることを前提にでも……。ああ、君が本部に行っていたのはその為か? 随分珍しいことがあるものだと思っていたが……」
「そうだよ。で、サインして来たから、今日にでも持ってくるんじゃないかな?」
「そうか、それは好都合だな。その時にでも提案してみるか……」
犬とセット……。
ゼルキスの屋敷でも庭に犬を放っていたが、あんな感じになるんだろうか?
そうなると、夜こっそり出て行く時とか吠えられそうで気を使うことになりそうだな。
今のうちに俺には吠えないようにとか仕込めないかな……?
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【本文】
「オーギュストか……おや、セラ君も一緒だったのか」
まずオーギュストが先に執務室に入ると、部屋の主であるリーゼルは、顔を上げる事無く机に向かったままだった。
机の上には、何枚かの手紙が広げられ、それを読んでいたようだ。
だが、オーギュストの後について部屋に入ると、顔を上げた。
普段ならドアを開ける前には気付いているのに……何か気がかりな事でも書かれていたのか?
「本部から戻って来る途中の彼女と会ったので、ついでに来てもらいました。……丁度良かったでしょう?」
オーギュストは自分の席に着くと、そう言った。
言葉遣いはいつも通りだが、なんというか……ぞんざいな感じだ。
珍しいな……。
「ああ……それも片付けないといけなかったな。うん……確かに丁度いいか……カロス、アレを取って来てくれ」
「はい」
カロスはリーゼルの指示を受け、リーゼルの私室に繋がるドアの奥に姿を消す。
「……なにするの?」
「ああ、大したことじゃ無いよ。ただ、君に直接聞く必要があってね……」
と、困った様な顔をして、今一歯切れが悪い。
オーギュストといいリーゼルといいらしく無いな。
「ここでしていいの?」
部屋には俺達の他に、仕事をしている文官達もいる。
リーゼルの様子から察するに、あまり楽しそうな話じゃなさそうだけれど、場所を変えなくていいんだろうか?
「彼等も知っているからね。ああ、ご苦労。ここに」
どういうこっちゃ? と首を傾げていると、冊子のような物を手にしたカロスが戻ってきた。
そして、リーゼルの机にどさりと置く。
「……それは? セリア様達の乳母の推薦の時に見せてもらったのと似てる気がするけど」
「近いかもしれないね……。さて、セラ君。君は結婚に興味があるかい?」
「無い」
いきなりの言葉に思わず即答してしまったが、……結婚って俺がだよな?
「結構。では僕の方で断りの手紙を出しておこう」
「あ、断っても問題無かったんだね……。わざわざ部屋に呼ばれたから何事かと思ったけれど、これが用事?」
「もちろん断っていいさ。それに、正式な打診では無くて、あくまで伺い立てるといった程度だからね」
「へー……。あ、セリア様からは何も聞いていないけど、オレが勝手に決めちゃってよかったのかな……?」
まぁ、セリアーナも俺の返事を聞いて判断しそうではあるが……セリアーナはこの事を知らないよな?
それでもここで俺やリーゼルが決めてしまっていいんだろうか?
「セリアには伝えていないよ。今は負担をかけたくないからね……僕のところで話は止めてある。君が王都から帰って来てしばらくしてから話が来るようになったし、謁見の場での君の事を耳にしたのだろうね。きっと、まだまだ上に行くだろうって」
「……へー」
セリアーナも他所から手を出されているって知ったら、面白くないかもしれないし、妊娠中の今はその対応で良いのかもしれない。
しかし……あの場で内心パニクっていた俺に、何の可能性を感じたんだろうか?
「セラ殿、君は陛下の前でも殊更武力をアピールすることは無かったのだろう? あの場で君の武官としての道は潰えたとみていい」
「まぁ……別に目指してはいないけど、そうらしいね」
「だが、君の場合は女性だ。武官や文官としてでなくても、王妃様を始め高位貴族の女性のもとに入る事が出来る。【ミラの祝福】があるからな」
「ふむふむ」
オーギュストの説明に、なるほどと頷いた。
俺と結婚したらそう言った繋がりを持てることになるし、武力の方はほとんど隠しているし、そっちの方が期待できるって考えたのかな?
「このこと自体は、僕もセリアも想定していたんだが、後数年は先の事だと思っていたんだ。その頃ならセラ君も成人しているしね。ただ……まだまだ片付ける問題が控えている今、話が来るというのは想定外だったんだ」
「ほうほう」
「ともあれ、あまり待たせるわけにもいかないから、セラ君と話をしたかったんだが、君は中々一人で移動する事が無いだろう? セリアの部屋から君だけを呼び出すのも、変だしね……今日は丁度良かったよ」
「リック隊長の頑固な所が功を奏しましたね」
「全くだよ」
二人して笑っている。
彼等からしてもリック君は頭が固いのか。
心の中でリックにドンマイと念を送っていると、リーゼルが笑いを止めてこちらを向いた。
「さて……あまり部屋に留まっていてもセリアに妙に思われるか。もし聞かれたら、犬の事について少し意見を聞かれたとでも言っておいてくれ。わざわざ呼びつけて悪かったね」
「りょーかい」
話は終わりか。
まぁ、あまり長々いても変に思われるか。
残っている問題ってのも気になるが……この辺で退散しよう。
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