第154話

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【本文】

秋の1月。

前世の日本で言えば9月相当で、気温はもう少し低いかな?

裸足で上空に留まるのはだんだん辛くなってきている。


だが、今俺はその上空にいる。

今日は冒険者ではなく、騎士団のお仕事だ。


領都の東に広がる一の森に、一昨年末頃から造り始めている拠点がある。

今でも、そこには兵士や一の森での狩りを行っている冒険者や猟師が駐留しているが、来年からはそこに人が住み、生活をしていくようになる。

拠点から村にランクアップするわけだ。

森の中にある為農業は無理だが、その代わり狩りには適している。


多少落ち着いては来たが、今でもリアーナには各地から冒険者達がやって来ている。

全員が領都に住居を持てるわけじゃ無いし、領都から数キロしか離れていないこの場所は、彼等が暮らすには丁度良いだろう。

普段はこちらで暮らし、森で狩りを。

領都にダンジョンが出来たら、たまに仲間と共に出稼ぎに……その光景が目に浮かぶ。


が、それはまだもう少し先の事。

今はまだ、前線基地といった風情だ。


で、今日の俺の仕事は、この拠点周辺の魔物の調査の手伝いだ。


この場所は周囲を森に囲まれ、東に少し行けば小川が流れている為、魔物や獣が近くに寄って来るのは防ぎようがない。

下手に排除しようとして、周囲のバランスを崩すのも良くないし、どうしても対処する必要があるような危険な個体がいないかの調査を、2番隊と猟師ギルドと合同で行う事となった。

倒す事なら冒険者だが、魔物や獣の調査となると猟師の出番だからな……。


だが、猟師達も魔境を狩場にするだけあって、並の冒険者達よりは腕が立つとはいえ、大物相手では少々分が悪い。

兵士達と共闘してもだ。

という訳で、ヤバいのが近くにいる場合は、すぐに下に報せることになっている。

が、その備えは杞憂に終わりそうだ。


何もいないな……。


正確には、魔物も獣もいる事はいるのだが、拠点周りの一定以上の距離に、近づいてこようとしない。

ちゃんと人間を警戒しているんだろう。

この程度のなら、一人で呑気に森に踏み入ったりでもしない限りは、危険は無い。

そして、それらを無視して襲って来るような大物は……少なくとも数キロ範囲には見当たらない。

もっとも、それはあくまで昼間の事で、夜はどうかはわからないが……それを調べるのは下の猟師達の役目だ。


俺は引き続き、上で警戒だな。

日が高いうちに終わって欲しいなー……。



日が落ちる前に終わって欲しいという願いが届いたのかはわからないが、無事調査が終わったようで、拠点に引き返すことになった。


「お疲れさーん。どうだった? なんかいた?」


拠点で合流した猟師達がそれぞれ話し合っているが、そこに俺も加わり、何か警戒すべきことはあったのか聞くことにした。

上からだと、拠点周りに近づこうとしていない……って事くらいしかわからなかったからな。


「いる事はいたが、少なくともこの辺りを狩場にしている様な大物の痕跡や巣は無かったな。向こうに川があるだろう? その向かい岸には肉食の魔獣が狩りをした痕跡があったが……こちら側は大丈夫だろう」


俺の問いかけに答えたのは、猟師達の纏め役のおっさんで、彼は食肉目当てよりも害獣退治が専門らしい。

クマさん退治にも参加していた、弓と鉈を使うほとんど冒険者みたいなおっさんだ。


「ふむふむ……じゃ、この辺は安全なのかな?」


「そうだな……不用意に遠出しなければ問題無いだろう。それよりも、上から見て妙なのはいなかったか?」


「ずっと東の山の方にはちょっと危なそうなのがいたけれど……この辺で見える範囲にはいなかったかな? まぁ、近くの山の向こう側とかはちょっとわかんないけど……」


と、空から見た情報を伝える。


ヤバそうなのがいたのは10キロ以上離れた山の中だ。

流石にここまで離れていると、単純に視力の問題で豆粒以下にしか見えず姿まではわからなかったが、あの雰囲気は魔王種な気がする。

あの山が縄張りなのかもしれない。


「向こうの山か……俺達も東の山ってくらいしか呼ばねぇが……誰か行った事ある奴はいるか? ……いないな。報告はした方がいいだろうが、それは気にしなくていいだろう」


「そうかな? んじゃ、それ以外で俺から旦那様とか団長に報告しておくようなことは無いかな?」


割と近い気もするが、大丈夫なのか……。


「そうだな……何かあるか?」


他の猟師達にも聞くが首を横に振っている。


「無さそうだね。それじゃー、俺はこのまま街に戻るよ」


彼等は今日はここで一夜を過ごし、明日の朝、狩りをしながら帰還する、

調査の費用は領主からでるからただ働きにはならないが、森に出た以上は何かを狩っておきたいらしい。


「おう。支部長たちによろしくな」


拠点にいる兵士達にも挨拶を済ませ、俺は領都へ帰還した。


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【本文】

木の上10メートル程……地上から30メートル程だろうか?

それくらいの高さを、ふよふよとあまり速度を出さずに街に向かっていた。

さっさと街に帰りたい気持ちもあったが、先程まで拠点周りの地上の様子を探っていたため、街の近くの森の様子も調べて比較してみたくなったからだ。


奥から浅瀬に近づくにつれて、魔物の数は減り、それに反比例するように小動物の数は増えている。

やっぱ餌になってるのかな……。


「…………ん?」


今まで特に意識していなかった、浅瀬の魔物の食性について考えを巡らせていると、ふと肩を引かれるような気がした。

うちのヘビ君達だ。


「どした……ぬぁっ!?」


何か影がこちらに目がけて飛び込んで来た。


思わず声を上げ、急降下してそれを躱したが……今のは鳥か?

いや、俺を狙っていたし、魔物だな……。

カラスくらいの大きさだったと思うが、相当な速さだった。


あの一撃がどれくらいの威力なのかはわからないが、結構ヤバかった気がする。

拠点周りじゃ姿を見せなかったから、鳥の魔物の存在が頭から抜けていた……ナイスだヘビ達。


「はぁ……心臓が……」


動悸が……余計なことしてないで、さっさと帰るか。



街に戻ると、屋敷に帰る前に騎士団本部に向かった。


騎士団本部には当たり前だが団長用の執務室があるが、1番隊と2番隊の隊長達の執務室もあったりする。

アレクは冒険者ギルドに出入りしている事も多く、あまりこちらは利用していないが、ここ最近はこちらに詰めている。

アレクだけでなく、冒険者ギルドと猟師ギルドから派遣された人員も一緒にだ。


最近、どこぞの誰かの手によって、領内の街の近くで魔王種が討伐された。

そのことは、領主により布告され、また民間人の間でも伝わっている。

幸い魔王災等の被害は出ていなかったが、領内の騎士団による巡回範囲や頻度をしばらくの間上げることになった。


それ自体は一般的な対処法だが、このリアーナ領は、とにかく広い!

街道や人里周辺は1番隊が平時も見回りをしているが、森や山間部といった場所までは手が及ばない。

そこで、本来は魔物の討伐や襲撃への対処が専門の2番隊にもお声がかかり、隊長であるアレクは、自身は出動せずに本部の執務室で指揮を執っている。


それなりに理由があった事だし、別に悪い事をしたわけでは無いのだが、騎士団の仕事を増やしてしまった事に少々責任を感じ、最近は俺も仕事を手伝っているわけだ。


「アレーク、入るよー」


そのアレクの執務室に、ノックはしたが返事を待たずに中に入ると、アレクや、各ギルドから派遣されてきた者達が紙束を片手に、地図の前に立っていた。

領都の東側7–8キロ辺りまでの地図で、先程俺が行って来た拠点周りも描かれている。


その地図に貼り付けられた紙には、必要資材や人員の手配がどうのこうのと書かれている。

……ちょうどいいタイミングだったかな?


「ノックの意味が無いな……何か異常はあったか?」


アレクはこちらを見て、少々呆れた声で報告を促してきた。

皆も話を止めて、それを待っている。


「異常は無いね。魔物とか獣もいる事はいるけれど、拠点には近づこうとはしていなかったし……、ここの川の向こう側とかは肉食の魔獣とかが餌場にしているみたいだけれど、こっち側は大丈夫そうだって」


地図を示しながら報告をすると、部屋に安堵の空気が流れた。

ここに来て、やっぱ危険だよーとなったら、一から計画を作り直さないといけないしな……。


「……他には?」


「その地図には載っていないけど、もっと東の山の方に魔王種っぽいのがいたかな? はっきりとは見えなかったし、こっちに来るかはわからないけどね……?」


「東の山か……そこから魔物が降りてきたって情報は無いな。警戒はしておくが……気にしすぎても仕方が無いな」


と、アレクが言うと、皆も「そうだな」と同意している。

調査をした連中もそうだったが、あの距離は安全圏になるようだ。

どうにも【浮き玉】での移動が当たり前の俺は、他の人と距離感がちょっとズレてしまっている気がする。

まぁ、困る様な事では無いが、一応気に留めておこう。


「俺からはそれくらいかな? 一緒に行った猟師達は、今日は向こうで過ごして明日戻って来るって。何かあったら彼等からまた報告があるかもね」


「そうか……任務ご苦労だったな。後はこちらで片づけておくから、お前は戻ってくれ」


「はいよ。お疲れー」


もうじき訪れる雨季や冬季に備えたり、やる事はまだまだ山積みだろうが、ひとまず今日の俺の仕事はお終いだ。

さっさと帰って、何かあったかい物でも飲もう。


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【本文】

屋敷に戻ると、少々早いが風呂に入ることにした。

今日は戦闘は行わなかったが、あの拠点も含めてずっと森にいたから、森の匂いが服や髪に移っていた。

別に嫌な臭いってわけじゃ無いんだけどね……大分髪も伸びてきたし、何か気になるんだよ。

まぁ、清潔なのは良い事だ。


しっかり風呂で温まった後は、セリアーナの部屋に向かった。



「セラ、明日は屋敷にいなさい」


お茶を飲みながら、部屋でテレサにマニキュアを塗られていると、セリアーナが俺に向かいそう言って来た。


「……そりゃ別にいいけれど、なにかあんの?」


どこかにお使いを頼まれる事はあっても、屋敷にいろってのは初めてじゃないか?

何の用だろうか?


「明日、セリア様と私の子達の乳母になる女性達が来るんだよ。少し早いけれど、あまり外を移動するのに適した季節じゃないからね。使用人棟の増設が完了するまでの間は、女性は屋敷で生活するから、君も顔を見せておこうね」


最近、俺と同じくセリアと呼ぶよう言われたエレナが、何の用かを説明する。


「あ、もう誰にするか決めたんだね……」


てっきり候補を何人か選んで面接でもするのかと思っていたが、違うのか。


「ここまで呼び寄せておいて、追い返すのも悪いでしょう? 3人雇うけれどそのうち2人は知っている者達だし、後の一人も推薦人がしっかり調査しているわ。後は母乳さえ出て最低限の仕事が出来れば問題無いの」


「へー……」


なんとも極端な言い方だ。

まぁ、敵味方の判断はセリアーナが調べられるし、今彼女が言ったように母乳が出るのが一番の仕事だ。

そこがクリア出来ていれば、後はあまりこだわらなくてもいいのか……。

セリアーナが知っている人も雇うみたいだし、そこまで大袈裟な事じゃないのかもしれないな。



顔合わせは特に何事もなく終わった。

本館の談話室で、リーゼルも交えて軽い挨拶をしただけだ。

彼等は今、使用人に屋敷の案内をされているが、屋敷の広さに驚いているだろう。


エレナが雇う乳母は、彼女の遠縁にあたる女性で、夫婦ともにゼルキス領出身。

セリアーナの方は、一組は夫の方がミュラー家の分家で、もう一組は夫婦どちらとも血縁関係は無いけれど、アリオスの街出身で代官からの推薦。

3組のうち2組は、幼いが上の子もいて子育ての経験もあるそうだ。


3組ともゼルキス領出身だし、セリアーナやミュラー家の事をよく知っている様だったし、問題は無いだろう。

もっとも、知っているからといって、親しいわけじゃ無いから、リーゼルとの2ショットに随分緊張しているようだったが……。


「随分緊張してたね。可哀そうに……」


顔合わせには赤ん坊も含めて子供達も同席していたのだが、子供達は親の緊張が移ったのか、随分と縮こまっていた。

まぁ、2–3歳くらいだったし、親があれだけ緊張していたら無理も無いか。


「お前のソレも理由じゃない?」


セリアーナの視線は俺の頭の上や尻を指している。


「……セリア様が出しとけって言ったんでしょ」


俺は【妖精の瞳】とヘビ達を出して、さらに【蛇の尾】を発動した状態で【浮き玉】に乗っている。

【緋蜂の針】は発動していないが、ほとんどフルセットだ。

俺だってこんなのいきなり見たらビビるわ。


「どうせそのうち目にするのだし、それなら最初から見せておいた方がいいでしょう?」


と、クックックと笑っている。

そう言えば、最近は他人と会う機会が無かったから鳴りを潜めていたが、このねーちゃん、結構イイ性格しているんだよな。


「まあ、あの子供達も最初に会った時のお前くらい太々しい態度をとれたのなら、取り立ててもよかったけれど……」


あんな幼いうちから、もうそんな事を見ているのか……。


「おや? セラ君とはそんな出会いだったのかい?」


「ええ。言う事に従ってはいたけれど、こちらを利用してやろうという考えが透けていたわね。もっとも敵対する気は無い様だったから、そのままにしていたわ」


セリアーナはリーゼルと楽しそうに笑っている。


そう言えば出会った時はそんな感じだった気がするな……。

いきなり【隠れ家】の存在に気付かれて、焦っていたし、いざとなれば逃げればいいとか考えていたんだと思う。


バレバレだったかぁー……。

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