第153話

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【本文】

おっさん冒険者達の指導の下、男女合わせて10人ちょっとの見習達が、魔物の処理や運搬用の橇造りを行っている。

さらに、それとは別に少し年上っぽい少年達が、冒険者達と一緒になって周囲の警戒をしている。

俺がいる以上危険は無いが、油断していないのは良い事だ。

何となく見覚えのある子供達がいるが、彼等は去年からかな? それにしても……。


「ねぇ、なんか多くない?15–16人くらいいるよ?」


ごちゃごちゃに動いているから数えていないが、俺が引率をしていた時より10人くらい増えている。


近くで、周囲の警戒に当たっている冒険者にそのことを聞いてみた。

最近こっちに関わっていなかったから気づかなかったが、何か方針の変化でもあったんだろうか?


「ああ……そういや、あんた魔王種の討伐とかで忙しかったからな……。去年に続けて今年もガキどもの中から選別したんだよ」


「うん」


何か好評だったらしいしな……継続するのはわかる。


「指導するガキどもが増えていくと、去年までの編成だと俺達の手が足りなくなるんだ。それに、指導する人間がコロコロ変わっちゃ、教わる側だって混乱するだろう?」


「まぁ、そうだね」


マニュアルがあるわけじゃ無いし、それぞれの流儀だってあるだろう。

ただ、人にものを教えるのに、その内容が違っていたら、ちょっと困る。


「ああ、だからまとめて面倒を見てるんだ……」


「だな。まあ、これはこれで問題が無いわけじゃ無い。特に処理を教えるとなると魔物の数が足りなくて、中々教えられなかったんだ。助かったぜ、副長さんよ」


へっと笑いながらこちらを見て、そう言った。


解体の手伝いとかなら冒険者ギルドで手伝いをしたら、覚える事は出来るが、狩場での魔物の処理となると、また変わってくる。


獣の場合は血抜きや内臓を取ったりするが、魔物の場合は何もせずに、そのまま街まで運ぶ事もある。

俺のように倒したら後を任せるってわけにもいかないし、その辺りの判断を、魔物が出る狩場で行うんだ。

場数を踏ませられるなら、良い事だと思う。


「まぁ……いいか。魔物を売ったお金とかはどうしてるの?」


いつも任せている兵士達は、酒代にしているそうだが……。


「支部長が運営費として貯めているよ。あいつらの昼飯代だな。去年は採集の合間に俺達が倒した分だけでも十分だったが、今年は人数が増えたからな……」


と、子供達を指して言った。


「……そういや、うちの旦那様が出してるのは、冒険者達の指導料だったっけ?」


「ああ。それだけでも十分なんだろうが……支部長や昔からこの街で活動している連中が張り切っていてな……」


と、苦笑気味に答えた。


ルトルの冒険者冬の時代を知らないあたり、彼は他所からやって来たっぽいな。

それでも、この仕事を引き受けているあたり、面倒見が良いんだろう。



結局あの後、俺だけ帰るわけにもいかず、処理が終わるのを待って皆で街に帰還した。

橇は見習達が人力で曳いていたが、それもトレーニングになるので【祈り】は無しだ。


「おっし……、お前らご苦労さん。シャワー浴びて、飯食ってこい」


そして、冒険者ギルドの裏まで運び、解散となった。


食後彼等は解体を手伝うそうだ。

中々充実したカリキュラムだと思う。


だが、それよりも……。


「ここってシャワーとかあったっけ?庭で水ぶっかけるとか?」


土地と水はあるから、それくらいは出来るだろうが……と考えていると、横から俺達とは別のおっさん達が加わって来た。


「所帯持ちや女の冒険者も増えてきたからな……。汗くらいならいいだろうが血の臭いや汚れを着けたまま家には帰れないそうだ」


「王都の冒険者ギルドでもこんなの無いぜ?」


と、口々に言ってくる。


彼等はこの街出身かな? 呆れ……とまでは言わないが、今の状況に少し戸惑っている様だ。


「馬鹿野郎! 施設の設備を良いもんにしたらその分よそには出て行くことはないだろうが! おう、姫さん、あんたも浴びてくか?」


「あ、いや。オレは屋敷のがあるから……」


さらに加わって来た、青筋立てた冒険者ギルドの職員らしきおっさんに誘われるが、俺は屋敷の方をチョイスする。


しかし、なるほど。


ここは危険ではあるが金は稼げるし、今後どんどん発展していく予定だ。

折角よそから集まって来た冒険者達に出て行かれないようにしているんだろう。

見習達の育成と合わせて、経営努力って奴かな?


373


【本文】

狩りから戻り、シャワーを浴びて昼食をとり、それからセリアーナの部屋に向かった。


「おや?」


「どうかしましたか?」


ドアを開けに来たテレサとともにセリアーナの寝室に入ると、目に入る光景に少し違和感があった。


「ん?うん……なんか派手な封筒が……」


部屋の中では、ソファーにかけて、セリアーナが手紙を読みながらエレナと何か相談をしている。

テーブルの上には、パッと見でも20通以上重ねて置かれている。

それ自体はよくある事だが……いつもと違い、置かれているのは豪華な装飾の封筒だ。


セリアーナだけでなく、領主のリーゼルに届く手紙も、仕事がらみの場合は、質は良くても割と地味な物だったりする。

届けに来る者の身分が通常よりも高かったりはするが、王家を始めとした他領の領主等の、高貴な相手の場合もそうだ。

実にお役所的。


てことは、あの束は全部プライベートな物だろう。


「お帰りなさい。お前も読む?」


手紙から顔を上げたセリアーナが、手にしたそれを俺に向けて見せてきた。

何となく疲れているような声をしているが、良くない報せなんだろうか?


「……オレが見てもいいやつなの?」


セリアーナは領主夫人だし、彼女宛の手紙は日々送られて来る。

内容によっては一人で読むだけじゃなくて、他の者にも読ませて意見を求めたりもしている。

滅多に無いが、俺も意見を求められたりもする。

ただ、それは仕事がらみの内容の場合で、プライベートな手紙の場合は、一度も無かった。


「ええ……。なんだかもう誰でもよく思えてきたわ……」


うんざりした様なセリアーナに、その様子を見て苦笑しているエレナ。


「どうぞ」


テレサが受け取り、俺に渡してきた。

折り畳みもせずに渡しているが、テレサが見るのも構わないようだ。


どれどれ……と内容を読んでみるが、時候の挨拶に始まり、街の様子がどうのこうのと書かれている。

……これ領内の代官からの手紙か。

しかしまた、仕事でもないのになんでセリアーナに? と読み進めていくと、2枚目でようやく本題に辿り着いた。


「……乳母かぁ」


要は、今度産まれてくるセリアーナの子供達の乳母さんの推薦状だ。



乳母……、母親の代わりに赤子に乳を与える女性の事で、場合によってはその後の教育なども任されることがある女性。

今生でも、もちろん前世でも俺には縁の無かった存在だが、この世界……全体かはわからないが、少なくともこの大陸では現役で、主に貴族女性や、裕福な……例えば商家の夫人等が外部から雇ったりする。

もちろん必ずしも雇う必要はなく、セリアーナの母のミネアさんや、フローラさんは自分で育てたそうだ。

ただ、セリアーナは雇うつもりらしい。


今までセリアーナは自身の妊娠の事は公にしていなかった。

だが、魔王種の討伐等から勘の良い者は察する事が出来る様だったが、この度、リーゼルやゼルキスの実家経由でしっかり公表した……らしい。

その結果、こういう風に推薦状が送られて来るようになったそうだ。


「エレナも乳母さん雇うんだね」


手紙を読んでいると、セリアーナだけでなく、エレナの分もあった。


ただでさえセリアーナは双子だし、それにエレナの分も加わって、随分大勢の候補が集まっている。

流通事情から、手紙であろうとどうしてもある程度まとまって届く。

そりゃー、多くもなるか。


「私も出産は初めてだしね……。実家なら母や身内に頼れるけれど、ここでは難しいから、慣れた者に任せようと思うんだ。アレクも賛成しているよ」


「なるほどー……それもそうだね」


面倒見がいいし、何となくエレナは自分で育てる様な気がしていたが、彼女の言う事を聞くと納得できた。

この1年でそれなりに街の人員も揃って来たが、彼女達の相談に乗れるような貴族の女性ともなると、まだまだだ。

それなら最初から任せる方が安心できるか。


それにしても……。


うんざりしたような顔をしているセリアーナを見る。


ざっと流し見しただけでも同じような内容の事ばかり書かれているし、読んでいて飽きてくるのはわかるが、それでもこんな風になっているのは珍しい。


……ストレスかな?


374


【本文】

「ふむ……」


【隠れ家】のリビングに設置している、高さ2メートル幅1メートル程の棚を眺めているが、やはり何かが物足りない気がする。


この棚は元々設置されていたものでは無くて、最近新しく購入したものだ。

今のところ俺の部屋は、この屋敷に用意されていないから、少々買い方に工夫がいる。

支払いはセリアーナが行い、騎士団の備品と一緒に纏めて地下の倉庫に運び込ませた。

横領ではない。


……俺なんもしてねぇな。


ともあれ、その棚には俺が倒した魔物や、アレクやジグハルトから貰った魔物の素材が、トロフィー代わりに飾られている。

魔物の牙や爪、尾羽等、中々バリエーション豊かだと思う。


最近その棚に新しく加わった、一番下の段に置かれた魔王種の素材(瓶詰)。

カラフルな羽は一番上で、地味な瓶は下の段に置くのがバランス的には良い気がするが、希少性という意味ではむしろ目玉になる。

果たしてどう置くのが一番見栄えが良くなるのか……いっそ羽を下に置くか?


「ふっ……ぐっ……ぬぅ」


『姫、奥様がお戻りになりましたよ』


背伸びをして、一番上の段に手を伸ばしていると、外からテレサの呼びかける声がした。


「……また今度にするか」


そう頷き、ペッタラペッタラと、玄関に向かって歩き始めた。


結局、手にしてまた戻して……と、そんな事を繰り返してばかりで、特に置き換えたりはしていない。

まぁ、誰に見せるってわけでも無いし、またの機会にしよう。




今日、セリアーナはリーゼルと屋内だが、散歩に出かけた。


ここ最近のセリアーナは、人や物にあたったりとかはしないが全体的に集中力に欠けたりと、自身も自覚しているようだったが、少し彼女らしく無い言動が増えていた。

思うに妊娠によるストレスだ。


お腹が目立つようになってきて以来、基本的に自室で過ごしている。

この部屋は何でも揃っているし、生活する分なら問題は無い。

今までも、セリアーナは狙われている自覚があったから、屋敷から出る事はほとんど無かったが、それはあくまで自重しているからであって、別に出ようと思えば出ても問題は無かった。

外出しないという点では一緒だが、出来るけれどあえてしないのと、やっては駄目、と行動を制限されるのでは違うんだろう。


が、それはもう過去の事。


妊娠の事を知る者を極力減らしたかったからという事もあり、屋敷内の行動を制限していたが、今はもう公表している。

流石に屋外は止めた方がいいが、屋敷内は問題無いだろう。


そんな訳で、セリアーナの気分転換も兼ねて屋敷内の散歩でもしてみたらどうかと、今朝がた提案した……リーゼルに。

アンタがエスコートして来いと。


リーゼルはそれを聞き入れ、昼食後にセリアーナを誘いに来た。

そして、この屋敷は広いし階段もあるから、【浮き玉】を貸して送り出した。


ただ、【浮き玉】が無いと俺の機動力が死ぬ。


王宮等で多少慣れてきたとはいえ、あれが無いとどうにも落ち着かず、最初はベッドで布団をかぶっていたが、結局【隠れ家】に潜り込んだ。


まぁ、それでも貸した甲斐はあったようで、セリアーナは随分すっきりした表情になっている。


男性用の北館は流石に行かなかったようだが、屋敷の地上部分だけでなくて、地下施設とそこから通路で繋がっている箇所に顔を出してきたそうだ。

騎士団本部に、冒険者ギルドの地下部分までと、随分移動して来たらしい。


今はいつものポジションで、【ミラの祝福】を受けているが、これは多分眠っている。


「エレナは大丈夫なん?【浮き玉】使うなら貸そうか?」


見た感じエレナの方は特にストレスを溜めこんではいないようだが、彼女もセリアーナに付き合って、ほとんどこの部屋にいる。


「ありがとう。でも大丈夫だよ。私は家に戻ってアレクと話をしたり、奥様ほどこの部屋に詰めっぱなしという訳じゃないからね」


と、いつもと変わらぬ様子で言った。


「ふぬ……」


敷地内にあるとはいえ、外を歩いたり、アレクと二人で話したりと気分転換は出来ているのかもしれない。

あんま聞きすぎるのも良くないかな?


テレサの方に視線を送ると、小さく頷いている。

何かあれば彼女がフォローしてくれるだろう。

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