第152話
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【本文】
屋敷と騎士団本部を繋ぐ地下通路の一角に最近新しく設置された部屋がある。
調合や加工といった錬金術絡みの作業部屋で、サイモドキとの戦闘でも使った薬品を始め、高度な技術や設備を要する物を、民間では無くて騎士団で用意できるようにするためだ。
人も物もフィオーラが自由に扱えるようになっている。
その部屋でゴリゴリと何かをすり潰す音や、バキボキ何かを折ったり砕く音が響いている。
先日倒した魔王種の素材は、その大半を俺が貰う事になってしまった。
倒したのは確かに俺だが、ジグハルトにもいろいろ手伝ってもらったし、遠慮なく貰って欲しかったのだが……必要無いと固辞されてしまった。
その代わり、毛皮と牙を除く素材の加工を任せて欲しいと言って来たので、むしろお願いしたいくらいだし、全部任せることにした。
そして今日、解体後の下処理が済み、加工を行うという事で、見学させてもらっている。
「……面白い?」
乳鉢で骨の欠片をゴリゴリと粉末状にすり潰しているフィオーラが、顔を上げてこちらを見た。
「うん」
今潰している骨は、肉や脂を削ぎ落して、さらに薬品に漬け込み、内部の魔力まで完全に抜き取った代物だ。
そうする事で、魔素をどんどん吸収していく性質を持つようになる。
その性質は粉末に加工しても引き継がれて、その粉末を混入する事で、例えば建材や武具等にも疑似的にだがその性質を与えられるらしい。
この部屋も素材は以前倒したクマの物だが、それの素材を床や壁や天井に混入している。
そうする事で部屋全体が頑丈になり、外からの魔力の影響も受けにくくなるそうだ。
何もしない状態の骨は、ハンマーが折れるくらいの硬さだったが、魔力を抜き取る事で、簡単に粉々になっている。
何だっけ……骨粗鬆症? カルシウムじゃなくて抜けたのは魔力だが、あんな感じなのかもしれない。
フィオーラは粉末にしたそれをさらに篩にかけてから、1リットルのペットボトルくらいのサイズの瓶に流し込んでいる。
飾りっ気の無い素焼きの瓶だが、あれ一瓶で結構なお値段になるんだろうな……。
「セラ、こっちの確認を頼む」
「はーい」
後ろから飛んで来たジグハルトの呼び声がした。
声がした方を向くと、水瓶くらいのデカい壺が大量に並んでいる。
その中の一つの前に、これまたデカい骨を手にしたジグハルトが立っていた。
「ぬーん……」
【妖精の瞳】とヘビ達を発動してその骨を見るが……まだ魔力が残っている。
「まだだね。芯の方にちょっと残ってるよ」
アレはオオカミの方じゃなくて、サイモドキの方だ。
倒して、ここまで運んで、そして解体して……と、少々時間はかかったが、それでもあの壺の中で魔力を抜く処理を始めて一月以上経っている。
オオカミの方は一週間程で完全に抜けきったが、こちらはまだもう少しかかりそうだ……。
「そうか……」
ジグハルトは笑いながら、嬉しそうにそう呟くと、手にした骨を再び壺の中に戻した。
彼は、アレを使って何か作りたい物があるわけじゃ無いんだろうが、質の良い素材をストックできるのが嬉しいらしい。
オオカミの素材処理も嬉々としてやっていた。
「セラ、こっちも見て頂戴」
「はいよー」
今度はフィオーラに呼ばれた。
こっちは上手く魔力を吸収できるようになっているかの確認だ。
二人とも別に俺を頼らずともそれくらいわかるが、俺の方が早い。
職人肌ではあっても、頑固さは無い。
何となく好奇心で見学に来ただけだったが、来たら来たで意外とやる事があるもんだな。
◇
「……これで全て完了ね、ご苦労様。おかげで早く終わったわ」
瓶に封をして、フィオーラはそう言った。
「こっちこそ、ありがとーね」
同じく俺も礼を言う。
机の上には、粉末が入った瓶が10本ほど置いてある。
骨だけとは言え、あのオオカミからこれだけしか作れないのか……。
そりゃー、質だけじゃなくて量の面でも貴重になるのがわかる。
「本当に俺が全部貰っていいの?」
「ええ、私もジグも使わないもの。貴方も直接使うことは無いでしょうけれど、贈り物には喜ばれるわよ」
確かに贈り物に使うつもりではあるが……。
「……そっかー。んじゃ、ありがたく頂戴するよ」
この人達クラスになると、自分の為に何かを作ったり、物を贈ったりとかする必要が無いのかもしれないな。
小者な俺はそうはいかないし、ありがたくお言葉に甘えさせてもらおう。
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【本文】
「もう結構出来てきてるんだなぁー……」
領都の東に広がる一の森に向かう途中、上空から下を見ると、街壁の外にあった騎士団の訓練所のすぐ手前まで工事が進んでいる。
再開発の計画は俺も少し聞いているが、今ある街をそのまま貴族街にして、と大分大きな街を目指すらしい。
もっとも、大規模なだけにすぐに完成するようなことは無く、10年……あるいはもっとと、それくらいの長いスパンをかけて行うそうだ。
東部の要になる街だし、手は抜かないんだろう。
暑い中彼等もご苦労様だ。
心の中で彼等を労いつつ【祈り】を撒きながら、一の森に向かっていった。
◇
「よし……行こうか。ミツメ君」
一の森の浅瀬から少し中に入った辺りで、森の中に降りた。
浅瀬では見習達が引率付きで薬草採集を行っていたが、この辺はちょうど狩場としては空白地帯になっている。
人目も無く、新しく加わったミツメの戦力を確認するにはもってこいだ。
セリアーナに【妖精の瞳】で見てもらったところ、シロジタよりも能力は低かった。
前の主は、屋外での偵察や探索を専門に行っていたそうだしな。
強化という意味では、ダンジョンの方がいいんだが……それはまたの機会にして、今日はここで我慢しよう。
「……お? いたな」
しばし魔物を求めて森の中を漂っていると、棒切れや石を手にした5体のゴブリンが目に入った。
俺は3メートルくらいの高さにいるが、向こうもこちらに気付いた様で、ギャーギャーと喚いている。
通常は2-3体なので、少々数がいる上に不意打ちも封じられてしまったが……問題無い。
「よしっ、行くぞ!」
上からゆっくり近づくと、そのうちの1体が指示を出している。
個体ごとの能力差はほとんど無いが、あれが指揮官みたいだな……あれからやるか。
【緋蜂の針】【影の剣】【蛇の尾】と発動していき、傘を開く。
こちらの変化を見ても、手にした得物を投げてきたりはせずに、ギャーギャーと……。
魔境のゴブリンの中には、ちょっと工夫をしてくるのもいるが……こいつらは違うな。
「ふらっしゅ! ……ふっ!」
お決まりの開幕の一手の目潰しを放つと、すぐさま傘を閉じて、指揮官目がけて蹴りを放った。
「む? いい感触が……っ!」
目潰しの直撃を受けて、目を押さえて体をかがめている為、胴体を蹴り飛ばす事は出来ない。
その為、肩口を狙っていたのだが、首に入ったようだ。
何か太い物を折る感触が足から伝わって来た。
いつもなら【影の剣】で止めを刺すが、一手省けた。
「ほっ!」
尻尾を振り回し、そのまま離脱する。
何体か払いのけた感触があったが、果たして結果は……?
「アカメは流石だね。シロジタはもうちょいで……ミツメはあまり削れてないかな?」
俺が倒した指揮官の他に、もう1体事切れている。
アカメが攻撃した個体だ。
ゴブリン程度なら魔境とかお構いなしになってきたな……。
シロジタが攻撃した個体は、俺の尻尾を受けて起き上がる事が出来ていない。
ミツメが攻撃した個体は……それなりにダメージはあったようだが、まだまだ動けそうだ。
……これはシロジタとセットで狙わせればやれるのかな?
◇
「……うーむ」
尻尾で魔物の死体を引きずりながら、唸り声をあげる。
ゴブリンの群れを二つと、オオカミの群れを一つ倒したわけだが、狩りはそこでストップだ。
この死体の処理は、なんとも効率が悪い気がする。
そりゃ、死体を放置してアンデッドになられても困るし、必要なのはわかるが……。
近くにいる兵士達に死体を運んでもらうのに、あちらこちらに散らばったままで頼むのも申し訳ない。
出来ないならともかく、尻尾のお陰で引きずることは出来るから、放置するのは胸が痛む。
「よしっ。こんなところかな……おーい、早くおいでー」
森の開けた場所に死体を集め終えた。
いつもなら笛を吹いて、兵士を呼ぶところだが、今日は違う。
離れた場所から、見習達と、引率のおっさん共が姿を現した。
ちょっと照れくさそうな顔をしているのは、気まずさからだろうか?
「……見てるくらいなら手伝おうよ」
おかげで途中から【影の剣】を隠しながら戦う羽目になった。
まぁ、思ったより苦戦しなかった辺り、俺の戦闘技術も成長しているのかもしれないな。
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