第151話

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【本文】

ドカドカ蹄の音を響かせながらジグハルトを乗せた馬が走り、【浮き玉】に乗った俺がそのすぐ後ろをついて行く。

30分ほどそれが続いていたのだが、ふとジグハルトが馬の足を緩めた。

理由は俺もわかる。


「……やー、早かったね」


「ああ……かかった時間は行きの半分くらいか?効果あったな」


ジグハルトは労うように、自分が乗る馬の首を撫でている。


領都への道すがら、他愛のない会話の中で何となく【祈り】を馬にもかかるか試してみたところ、効果はばっちり適用されていた。

最高速度こそチャレンジしていないからわからなかったが、かかった時間が半分という事から、巡航速度は通常の倍近い速度だったんだろう。


もっとも、言葉を交わせるわけじゃ無いし、身体能力が上がった事でどれくらい消耗が増えたのかはわからないから、多用はしない方がいいかもしれない。

場合によっては、足並みを乱すだけになるかもしれないしな……。

まぁ、オプションが一つ増えたと考えよう。



領都の門前に近づくと、入場待ちの人間の列を捌いていた兵達がこちらに気付いた様で、そのうちの一人がやって来た。

彼は確か、警備隊の班長かなんかだったかな?

要はこの場の責任者だ。


「お疲れ様です。ジグハルトさん、それにセラ副長も! ……あの、後ろに積まれているそちらは……?」


その彼が俺達への挨拶もそこそこに、ジグハルトの後ろに積まれている物は何かと聞いて来た。

彼だけじゃなく、門前で並んでいる者達も気になるようで、視線を注いでいる。


存在感あるもんな……無理もない。


「帰還途中のセラが大物を見つけてな……。たまたま近くにいた俺に倒して来いって命令して来たんだ」


後ろに浮いている俺を指して、そう言った。


それを聞いた周りの者達が、あのジグハルトが大物って言う程だし、一体何なんだ? っとどよめいている。

上手い事誘導しているな……これで何か凄いのをジグハルトが倒したってことになる。


「本部に持って行くから、詳しい話はそっちで聞いてくれ。セラ、行くぞ」


とはいえ、この場で長く話す気は無い様で、街の中に向かって馬を進めさせた。


「はいよ。そんじゃ、おつかれー」


適当に周りに挨拶をして、俺もその後ろをついて行く。


表向きには俺は3週間ぶりくらいに帰還したことになるのかな?

あちらこちらで数字を誤魔化しているから、だんだんわからなくなって来るな……!



街に入るとジグハルトは騎士団本部に遺骸を持って討伐の報告に向かった。

恐らく、冒険者ギルドにも連絡が行って、解体に回されるんだろう。


そして俺は、屋敷に戻るとすぐにリーゼルの執務室に向かい、王都で預かって来た手紙を渡したり、道中を含めての報告をしている。

もちろん魔王種の事もだ。


部屋にはリーゼルとオーギュスト、そして文官達といつもの面々だが、特に文官達が真剣に話を聞いている。

ジグハルト達と事前に決めていた通りの事を話したのだが、領都まで運ぶのに少し軽くしたいからと、俺の解体の練習も兼ねて血や内臓の一部を処分したといった時には、文官達が残念そうな声を漏らしていた。


魔王種は、血はもちろんだが糞すらも素材になるそうだ。

なんでも、貴重な薬草を育てる肥料になるんだとか……捨てるところの無い、クジラみたいな生き物だ。

もしかしたら、俺が捨ててきた本当の場所にも何か生えたりするのかもしれないな。


「失礼します。団長よろしいでしょうか」


一通りの報告を終えたタイミングで、男が部屋にやって来た。

鎧こそ身に付けていないが、オーギュスト目当ての様だし、騎士団の人間だろう。


「どうした?」


「はっ。ジグハルト殿が持ち込んだ魔王種の遺骸ですが、解体を行うので団長にも立ち会いをお願いしたいのですが……よろしいでしょうか?」


持ち込んですぐに解体を行うのか……展開が早いな。


「ふむ……。セラ副長、報告すべきことは以上か?」


「うん。もう無いかな」


「そうか……。ではリーゼル様、私は本部に向かいます」


「わかった。ああ、そうだ……もし商業ギルドからの取引の話があっても全て断っておくように」


「はっ」


オーギュストは一礼し呼びに来た男と共に出て行った。


商業ギルドか……門前でちょっと目立ってしまったからな……そっちの方にも何か話が行っているかもしれない。

目ざといもんな……彼等は。


「セラ君も王都から帰還するなりご苦労だったね。後はこちらで処理しておくから、君は休んでくれ。セリアも会いたがっていたよ」


「はーい。それじゃ、失礼します」


挨拶をして部屋を出ると、使用人が待機していた。


「お風呂の用意が出来ていますよ。奥様の下に行く前にどうぞ」


「おや、ありがと」


彼女は魔法で髪を乾かせるし、セリアーナの指示かな?


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【本文】

風呂から上がり、セリアーナの部屋に向かうと、部屋の前に立つ女性の姿が見えた。

おばちゃん……というにはもう少し若いが、セリアーナがたまに仕事を命じている使用人だ。


セリアーナの部屋は応接室と、その奥にある寝室の二部屋で、今はエレナ共々寝室に引っ込んでいる事が多い。

普段は俺が小間使いのような事をやっているが、屋敷を出ていた間は彼女がやっていたんだろう。


「お帰りなさいませ、セラ様」


彼女は俺に気付くと、そう言って来た。


仕事中だからだろうが、少々お堅い感じだ。

セリアーナや客の前でなければ、仕事中でもセラちゃんと呼んだりするのもいるし、その辺は個性だな。


「はいただいま。皆は寝室かな?」


「はい。セラ様が入った後は私も部屋を下がる様に言われていますが、何か申し付ける事はありますか?」


「いや、何も無いよ」


中にはテレサもいるだろうし、【隠れ家】の話なんかもするから、人が来ないようにしておきたい。


「そうですか。では、私はこれで……」


彼女は一礼すると、サッと下がっていった。

仕事人って感じだな……俺もさっさと中に入るか。


「あら? テレサ」


中に入ると、ドアを開けてすぐの所にテレサが立っていた。


「お帰りなさいませ。姫」


「……そこいたんだね」


ちょいとビビったが、彼女の今の役割はセリアーナの護衛も兼ねている。

寝室からは出ても、廊下まで出るのは彼女の中ではアウトなんだろう。


「……皆さまがお待ちです。こちらへ」


髪と手足の指先に一瞬視線が行っていたが、すぐに顔に戻った。

髪は乾いているけれど、マニキュアとかは塗っていなかったからな……お気に召さなかったかもしれない。


「後で、指に塗っておきましょう」


「はい……」


それだけ言うと、寝室に向かい歩いていき、ドアを開けた。

俺も後をついて行くが、中に入る前に中に向かって一声かけた。


「たでーま!……あれ? フィオさんじゃん」


そして中に入ると、いつもの二人に加えてフィオーラまでいた。

てっきり騎士団本部で解体に立ち会っているのかと思ったが……。


「お帰りなさい。……解体所は空調が今一なのよね。遺骸はもう私の家で十分に調べたし、ジグに任せるわ」


「ああ……」


解体は、騎士団本部でやるのか冒険者ギルドでやるのかはわからないが、あそこはどちらも体育館くらいの広さがある。

冬場ならともかく夏は暑いんだろう……集まっている面々も暑苦しいだろうしな。

フィオーラがいる理由に納得し、ウンウンと頷く。


「それよりも……」


フィオーラはピっと指を伸ばし、反対に座る二人の方を指している。

そう言えば、目の前にいたフィオーラにびっくりして、帰還の挨拶をしていなかった。


「セリア様とエレナも、ただいまー」


「……ええ。お帰りなさい」


ちょっと呆れた様な顔をしているが、気のせいだと思おう。



セリアーナは、王都で預かって来た手紙を読み終え、今は俺の話を聞いている。


ちなみに場所はベッドの上だ。

俺は枕を背もたれ代わりにして足をだらんと伸ばし、セリアーナはその足の間に寝そべっている。

そして、彼女の目に手を当てて軽く【ミラの祝福】を発動している。

蒸しタオルの代わりみたいなもんだな。


ただ、目を閉じて大人しく施療を受けていたが、セルベル家の話題になると、手を退けてこちらに顔を向けた。


「……お前、メノアの食事は口に合わなかったんじゃない?」


「美味しい事は美味しかったけど……量はあんま食べられなかったね。セリア様も食べた事あるの?」


「本場のは無いけれど、貴族学院に通っていた頃、向こうの屋敷に招待されたことがあるわ。その時に頂いたのよ。お前は貴族の屋敷に行きたがらなかったから知らないでしょうけれどね……」


「むぅ……」


俺の太ももを軽く抓りながら、チクリと言って来た。

そういえばあの頃は、俺はただのメイドさん……それも見習いだったし、あまりパーティーとかには同行していなかった。


……お堅い場所にはいかないのは今もかな?


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【本文】

「セラも謁見の場で発言を求められたんだね……。上手くできたようだけれど、驚いたでしょう?」


エレナ達もセリアーナから手紙を回され読んでいる。

仲のいいねーちゃん達だ。

そして、どうやら今エレナが読んでいる物に、謁見の様子が書かれていたらしい。


「あれが上手く行ったのかどうかはわからんけども……怒られはしなかったね。てかさ、会う人会う人皆俺が発言することは無いって言ってたのに、ひどいよね?」


あの場での話はどう転んでもよかったらしいが、俺の胃にはよくなかった。

あの時の事を思い出すと、苦い顔になる。


「それは大変だったね……」


「結局、王都までの移動時間の記録を更新した方を評価されたそうね。もしかしたらそういった事態があるかも、と準備しておいたけれど……」


その様子が面白かったのか、エレナと、目を俺の手で塞がれているセリアーナまで笑いを嚙み殺している。

おのれ……と憮然としていると、ふとその少し後の事を思い出した。


「全く……! あ、そうだ。王妃様が、今度はテレサも一緒に春にまた来いって言ってたんだよね。どうしよう?」


断るって選択肢は無いんだろうけれど、何のために呼ばれたのかがわからないままだった。

オリアナさんが言っていたのも推測に過ぎないし……何かその事について書いてあるのかな?


「春ね……出産祝いかしら」


「そうですね。流石に冬に移動するのは厳しいですし……。春なら貴族学院の入学に合わせて、国中から集まりますし……」


「む?」


出産祝いとな……?


「子供出来た事知らせてたの? 俺は何も言ってないし、王都の屋敷でも何も聞かれなかったけれど……」


魔法とかポーションとか、俺の想像を超えた技術があるから大丈夫だろうとは思うが、妊娠、出産は簡単な事じゃ無い……と思う。

だから俺はじーさん達にも妊娠の事は話していない。


「魔王種の討伐があったし、むしろ何も言及していないのだから予測は付いているでしょう。おじい様達もね。産まれたら改めて正式に報告をするわ」


「ほー……」


全然そんな素振りを見せなかったが……セリアーナだけじゃなくエレナもそうだったし、嗜みみたいなものなのかな?

出来ていなかったら、それっぽい事を言う……と。


「他にも王都でのリアーナの屋敷を用意したり、色々あるでしょうけれど……まあ、お前が気にする事じゃ無いわね」


本来は自領の屋敷に泊まるべきだが、今回は用意が出来ていないからミュラー家とセルベル家の王都屋敷に泊まった。

建物だけじゃなくて、そこを取り仕切る人員も必要だし、すぐには用意できなかったんだろう。

だが、もう1年経つし、そろそろそこら辺も手を付け始めたのかもしれない。


聞こえてくるエレナ達の話では、そこの人間はセリアーナの、使用人等はリーゼルの縁で揃えて、テレサの家もそれに協力するみたいだ。

人員に関しては問題無さそうだ。


まぁ、俺にはわからない世界だな!



しばし王都での出来事を話していると、セリアーナが顔の上にある、俺の手を退けた。

どうしたんだろうか?


「こちらに使用人が向かって来ているわね。フィオーラ、お願い」


誰かが来るのか……それなら。


「俺がでるよ?」


そう言い、フィオーラが立つ前に、セリアーナの頭の下から抜けようとしたのだが、足を掴まれてしまった。


「下の騎士団本部から誰か来ていたから、解体が終わったんでしょう。フィオーラが行った方が話が早いわ」


「あら、思ったより早かったわね。大型では無いけれど、もう少しかかると思ったわ……ジグも早く終わらせたかったのかしら?」


そう呟きながら、フィオーラは寝室を出て行った。


「あ、そういえばさ……魔王種の素材、俺とジグさんで分けて良いって言われたんだけど……どうしよう?」


リーゼルへ報告した際に言われた事だ。

討伐命令が出ていたならともかく、たまたま狩った物だから好きにしていいんだと。

ミツメのお礼に使いたいし、ちょっとは貰うつもりだったけれど、全部貰うとなると……扱いに困るってのが、正直なところだ。


「好きにしたらいいじゃない。お前奥に飾ったりしているでしょう? 棚が豪華になるわよ?」


「いや……それは流石にもったいなさ過ぎるでしょう」


商人達に売るのももったいないが、オブジェにするのも同様だ。

そして……。


「職人のロブは革細工が専門でしたね。魔王種の素材で何かを作らせるには向いていませんか……」


俺が言う前にテレサが口にした。


「そうなんだよね……」


さらに今の俺は欲しい革細工も無いし……使わなきゃもったいないけれど、使い道が思い浮かばない。


困った……。

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