第150話

365


【本文】

浴室でフンフンとあちこちを嗅ぎまわってみるが……。


「……臭いはしないかな?消臭剤みたいなのがあるそうだし、領都に着いたらそれ買ってこようかな……」


遺骸を玄関前に移動させ終え、ようやく空いた風呂場で臭いが残っていないか確認をした。

幸い換気扇か氷漬けの効果かはわからないが、変な臭いはしない。


浴槽だけじゃなくて、浴室全部をしっかり掃除したし、完璧だな……!


領都に着いてからはジグハルト達の所の風呂を借りていたが、やっぱりこっちの風呂が使えない状況ってのは落ち着かない。

ワンルームの方もあるにはあるんだが……あっちは手動だからな……。

わざわざ気にしながら過ごすよりは、さっさとシャワーを浴びてしまえってなってしまう。


まぁ、風呂の問題はこれで解決だ。


「よっと……」


浴室からリビングのモニターの前に移動して、スイッチを入れると、外の様子が見える。

アリオスの街の北側に広がる森の浅瀬に昨晩のうちに移動して、隠れている。


後は、ジグハルトと上手く合流できるかだな。


一応街道の分岐点から北に向かった森の中……と、事前に決めていたが、

セリアーナがそれとなくリーゼルに伝えて、この辺りの哨戒は緩めにしたそうだが、日中に堂々と出て行くのは結構緊張する。

時折領都に行ったり戻って来たりする人の姿が映っているが……。


「お?」


馬に乗った男が街道を外れて、森の方に向かって来ている。

まだ距離があって顔形はよくわからないが……。


「あ、ジグさんだ……」


【妖精の瞳】を発動したら一目でわかった。

普段身内を見る機会が無いから、改めてみるとえげつなさに少々引いてしまうな……。


「周りに人の気配は無し。行けるな!」


タイミングもいいし、さっさと合流してしまおう。



「あっちぃ……。さて念の為……」


【隠れ家】から外に出ると、まずは周囲の様子を探った。

人も魔物も獣も……なんもいない。

いくら暑いからとはいえ、街のすぐ側なのに全く人気が無いってのも、なんか変な感じがするな。


「ジグさん!」


俺が外に出た事で気づいたのか、馬に乗ったジグハルトが近づいて来た。

半袖のシャツにパンツそしてサンダルと、剣こそ帯びているが、商業地区を歩けば数人に一人は同じ恰好をした者とすれ違いそうだ。

余裕だなぁ……。

馬は鞍にバッグを下げているが、アレに何か入っているのかな?


「よう。待たせたか?」


俺の呼び声に手を上げ応えると、馬から降りて引きながら近くまでやって来た。


「いや、大丈夫。どうしよう、もうここで出して大丈夫かな?」


「魔法を使うからな、もう少し奥に行こう。俺は馬を繋いでから行くから、お前は先に行って奥から出しておいてくれ」


「ほいほい」


確かに人通りは無いけれど、街道から見える場所だ。

一応魔王種を討伐することになるんだし、もう少し奥の方が色々都合がいいか。


「この辺でいいかな……。よっと」


いくらか森の奥に入ったところで【隠れ家】を発動して中に入り、中の玄関に準備しておいた遺骸と共に再び外へ出た。

昨晩全力で氷漬けにしてもらったから、まだまだひんやりしているが、今日は結構暑いからな……あまり時間をかけるとすぐに解凍されてしまいそうだ。


そんな事を考えていると、馬を繋ぎ終えたジグハルトがこちらにやって来ているのが見えた。

手を振ると向こうも気付いたようだ。


「待たせたな。一発魔法を撃つから、お前は目を閉じてな」


バッグを片手にこちらにやって来たジグハルトは、遺骸の下に敷いてあったシートを抜き取り、丸めてすぐ側に放り投げた。


言われた通りに目を閉じたが、瞼越しにでも強い光が放たれたのがわかった。

相変わらずまぶしいおっさんだ……。

そして直後に、ジュっと水が蒸発するような音がした。


「いいぜ」


「…………あらぁ」


ジグハルトの合図に恐る恐る目を開けてみると、彼から1メートルほど離れた、丁度丸めたシートがあった場所に穴が空き、さらにその穴周辺が焦げているのがわかった。

熱は全く感じなかったが……なんかぶっ放したんだろうな……。


「こんなもんでいいだろう? それじゃあ、さっさと積んじまおう」


そう言うと、バッグから新しいシートと、ロープを取り出した。


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【本文】

「もう少し荒らすか……」


ジグハルトはそう呟くと、いつもの熱線ではなくて風の塊のような魔法を辺りの木に向けて数度放った。

直撃した木はへし折れ、生い茂る草は余波でなぎ倒されてと、ちょっとした激戦跡が出来上がっている。

自分でもその出来に満足したようで、自慢げにこちらを見てきた。


「木を蹴って逃げようとしたのを、お前が上から叩き落として、俺が止めってところだな。いい出来だろう?」


「激戦跡だね……。ちょっと強さを勘違いされないかな?」


「短期間で2体となると、魔王種の脅威を軽く見る者も出てくるかもしれないだろう? 冒険者なら自業自得だが、兵士の中にそういった者が出てくると、領民に被害が出る。折角だから引き締めるのに利用させてもらうさ」


「おー……なんかセリア様っぽいこと考えてるんだね……」


というよりも、セリアーナの案じゃないか?

それを聞いたジグハルトはニヤリと笑っているし、当たりっぽいな。


「さあ、さっさと片付けちまおう」


ジグハルトは腰に付けたポーチから取り出した薬品を取り出すと、遺骸に数滴落とした。

そして更に水をかけると、パキパキと小さな音を立てながら表面が凍り付いて行った。


「ぉぉぉ……」


今かけたものは、水と反応して凍らせる薬品で、凍結液という。

完全に凍り付くわけじゃ無いが、数時間は極低温になる効果があるそうだ。


似た様な物で、水と反応して高熱を発する燃焼液という物がある。

そちらは、凍結した水路を溶かすのに俺も使った事があるが、使う素材の差から、こちらの方が値段は高いらしい。

だからこそ、高価な素材を劣化させずに運びたい等の、ここぞといった時に使用される。

サイモドキの運搬の時にも大量に使われた。


「頭も一緒でいいのかな?」


「ああ、そこに置いてくれ」


凍結したのを確認すると、ジグハルトは遺骸をシートで包み始めた。

頭部は切断されているから、それくらいなら俺でも持って行けるが、一緒にする様だ。

そして、手際よくまとめたかと思うと、そのまま担ぎ上げた。


血やいくつか内臓を抜いているとはいえ、まだ100キロ近くあるはずなのに……。


「よし、行くぞ」


すげーな……と呆けていると、そのまま森の外に向かっていった。


重量物を担いでいるのに、足取りは全くブレていない。

普段何気なく蹴ったり肩に乗ったりしていたが、改めてみると、このおっさんやっぱ身体能力も高いんだな。



「ウマ君重くないのかな?」


並走しながらジグハルトに声をかける。


リアーナの領都目指して走っているが、走るペースは結構速めで、この分だと1時間もかからずに領都に到着しそうだ。

一の森で倒した魔物を巡回の兵に運んでもらうことがあるが、その時は周辺の木を切って橇のような物を作り、それに乗せて牽いている。

だが今は、鞍の後ろに積んでいるだけだ。

街道を走るから、急造の物じゃ道を荒らしてしまう為、このように運ぼうってのは決めていた。

競走馬に比べたら頑丈な体つきだが……いざ、この重そうな物を積んで走っている姿を見ると……大丈夫なんだろうか?


「ソレは精々大人二人分位だろう?こいつは重装備の騎士を乗せて走る様な馬だし、領都までなら余裕だろう」


鞍の後ろを指しながらジグハルトがそう言った。


「ほーう」


俺は着た事が無いが、金属製の鎧とか相当重いそうだし、言われてみたらそんな気がする。


「馬車を出せるんならそれが一番だったが、俺が出てきたのは薬草採集の為だしな……頑張ってもらうさ。何なら【祈り】でもかけてみるか?もしかしたら効果があるかもしれないぞ」


「ぬ! そうだね、やってみよう!」


俺は基本的に【浮き玉】で移動しているし、それ以外だと馬車に乗っているから、騎乗している相手と一緒に何かをするって経験はほとんどない。

馬を相手にかけるか……今まで考えた事も無かったな。

ジグハルトは冗談めかした口調だったが、ちょっと面白そうだ。

かかってもかからなくても、悪くはならないだろうし、試してみよう。


「ほっ!」


馬も意識して【祈り】を発動してみた。

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