第149話

363 セリアーナ side


【本文】

「失礼します。奥様、フィオーラ様がお会いしたいとのことですが、どうされますか?」


10時の鐘が鳴ってすぐの頃、部屋に使用人が来客の知らせを持って来た、

彼女はこの街の生まれで、私が移り住んだ初期から仕えている者だ。

若くも無いし特別仕事が出来るわけでは無いが、察しがよく苛立たせる事も無いから重宝している。


「構わないわ。部屋に通して頂戴」


彼女がやって来たことも、その理由も予測は付いているが、私も直接確認したい。

部屋に呼ぶ手間が省けたと思おう。


「畏まりました」


そう伝えると、使用人は頭を下げて部屋を出て行った。


「こんな時間にフィオーラ殿とは……珍しいですね?」


「そうですね。何かあったんでしょうか?」


セラ程では無いが、フィオーラも朝は遅い。

その彼女が、この時間に部屋にやって来ることを二人は訝しんでいる。

まだ気付いていないんだろう。


「昨晩、セラが帰還したわ。ただ、屋敷じゃなくてフィオーラ達の家に向かったのよね……恐らくその事を伝えに来たのでしょう」


今までも一人で夜に戻って来た時は、窓から直接入って来ていた。

たとえ眠っていても、その距離なら私は気付くことが出来るが、昨晩は近寄る事無くフィオーラ達の家に行ったのだろう。

だから、セラが帰還している事に気付いたのは今朝目を覚ましてからだった。


帰還している以上、王都で何か問題が起こったという訳では無いはずだ。

魔物の気配が増えているが、敵対心は無いし、それは王都で得た新しい潜り蛇だろう。

そうなると、帰路で何かが起こったか……?


まぁ、一晩空ける余裕がある程度の事だろうし、緊急の事では無いか。


「ごきげんよう。朝から悪いわね」


程なくして部屋にやって来たフィオーラが、かけらも思っていない様な事を口にする。

案内してきた使用人がまだ部屋にいるから、そちらに配慮してだろう。

ジグハルトもだが、彼女達は私の事を敬いはしないものの、一応尊重はしてくれている。


「構わないわ。さあ、かけて頂戴。貴方は下がっていいわ。ご苦労様」


この街に移った初期から仕えているだけあって、余計な事は言わずに頭を下げてすぐに出て行った。

彼女が部屋から十分に離れたら話を始めよう。



「……魔王種を倒したですって?」


話が始まってすぐに、予想だにしない言葉が飛び出した。


精々、帰りに寄り道をしていたら野盗の隠れ家でも見つけて、そこで壊滅させたついでに、面白そうな物でも盗んできたのかと思っていた。

正面からの戦闘では弱いけれど、夜間の奇襲なら潜り蛇を使えば、野盗程度はどれだけいても簡単に無力化できるはずだ。

だが、これは……エレナ達を見ると二人も驚きを隠せない様子だ。


驚く私達をよそに、フィオーラはセラから聞いたであろう、魔王種との遭遇や戦闘の様子を語った。


「奥に遺骸を入れてここまで運んで来たそうよ。浴槽で水に沈めて、さらに氷を入れて冷やしていたし、今は私が氷漬けにしているから、まだまだ劣化することは無いわね」


そして、そう結んだ。


折角の魔王種の遺骸だ。

廃棄せず持ち帰れて何よりだと思うが……それよりも気になることがある。


「位置的にユークトよね?そこの兵が追わずに放置したっていうのはどういうことなの?もしかして魔王種を何か近隣領地との揉め事に用いようとしているのかしら……?」


領内で魔王種を取り逃がすのは恥だし、何より魔王災を防ぐ為にも人里近くで発見した場合は、元凶である魔王種は何を置いても討伐しなければいけない。

たとえ他領に逃げようともだ。


周囲に魔物が残っていてすぐに追う事が出来なかったとしても、今の話では一時間近くの間、セラは山を下りてすぐの場所で【隠れ家】を発動していたようだ。

それなら、兵が追ってきたのなら見逃さないはずだ。

だが、兵は追って来なかったと言っている。


どういうことだ?


「ああ……貴方はずっと東部ですものね……」


と、肩を竦めている。


「そこまで魔物の脅威にさらされていない領地だと、末端レベルの兵士では本気で魔王種を狙う事は少ないわ。流石に領主や貴族は違うけれどね」


……どういう事?


364 セリアーナ side 


【本文】

「……つまり、魔王種をわざと見逃す事もあるというの?」


実家のゼルキスでは貴族や騎士団の役目の一つが魔王種の討伐だと教わった。

王都の貴族学院でもだ。


エレナも同じく驚いた顔をしているが……よそでは違うのだろうか?


「私も聞いた話でしかありませんが、戦力が十分でない場合は、人里から遠ざける事を優先する場合があるそうですよ。そして、貴族学院の入学前の領地の大掃除で、ある程度対処されるそうです。山間部は人が踏み入る事は滅多にありませんからね。そちらに封じ込めておくそうです」


エレナと困惑していると、テレサも会話に加わってきた。

テレサは私達と違い王都圏や、さらには騎士団の事情にも明るい。


その彼女がそう言うのなら、そうなのか……。


「付け加えるなら、それに参加する冒険者同士では情報を共有しあい、優先的に魔王種を討伐するそうよ。これは冒険者ギルドも知ってはいるでしょうけれど、黙認しているわね」


「それは知りませんでした……。まぁ、冒険者は平民が多いですし、貴族の事情で駆り出されるのに旨味が無いと、士気が上がりませんか……」


「釈然としないけれど、事情は分かったわ。確かにどこの領地も、領内全域に戦力が行き届いているとは限らないものね……。ウチは大丈夫かしら……」


今回はセラがたまたま処理出来たから被害は出なかったが、下手したら村がいくつか滅んでいてもおかしくは無かっただろう。

だが、所詮は他所の領地の出来事。

魔王災に限らず、魔物による被害は頻度の差はあれどどこにでもある事だ。


それよりも、リアーナはどうなんだろうか。

魔王種は最優先で討伐するものだと認識していたが、どうも温度差があるようだし……。


「リアーナは問題無いでしょう。オーギュストやアレク、それにジグも冒険者達と交流を持って意見が通りやすくしているし、冒険者達だって、ゼルキスの頃から魔物の討伐には積極的な者達が揃っているでしょう?むしろ先走って勝手に挑む事が無いように注意を出すべきね」


私が危惧した事を、フィオーラは笑って否定した。


確かに、国中から魔境での稼ぎを期待した者達が集まっている。

全く気に留める必要は無いとは言わないが、あまり上が口を挟むのも良くないか……。


「わかったわ。それで?セラはまだしばらくそちらにいるの?」


少々話がずれてしまったが、本題に入ろう。


「そうね。表向きには四日か五日後に帰還する予定だったんでしょう?ジグにアリオスの街に買い出しに出てもらうから、街の外の領都側で合流させるわ。魔王種の単独討伐ならジグでも可能だし、たまたま魔王種を発見したセラがジグに気付いて応援を求め、討伐……。少しタイミングが良すぎるけれど、別に構わないでしょう?」


前日の夜にセラだけ街を抜け出して待機しておくのか。

そして、ジグハルトと合流してから遺骸を引き渡して、一緒に街に帰還する……。


「そうね。それなら四日後にしましょう。あの娘……今は奥から出て貴方達の部屋にいるでしょう?そちらに近づくことは無いでしょうけれど、オーギュストやリックなら気付くはずよ」


大方、魔物の死体と一緒の部屋で寝泊まりするのが嫌だとかそんな理由だろう。

見つかったからと言って、何か言ってくることは無いだろうけれど、折角秘匿している意味が無くなる。


ふぅ……と、思わずため息をついてしまった。


「セラは屋内でじっとしているのは平気なはずですが……魔物の死体と同じ部屋なのが嫌だったんでしょうか?」


「姫は汚れや臭いが移る事を嫌いますからね……。必要だったから奥に入れたとは言え、不本意だったのでしょう」


どうやらエレナも同じ考えらしい。

そして、テレサも。


ともあれ、これからの四日間でやるべきことを考えよう。


もし、逃がした事を上まで報告していたとしても、時間的にウチまで連絡が来るのは間に合わないし、そちらを気にすることは無い。

たまたま領内で発見した魔王種……それで処理すればいい。


後は、ジグハルトと外で合流させることだが、領都周辺は兵が見回りをしている。

リーゼルとオーギュストに適当に伝えて、見回りの時間なりコースなりをずらさせる必要があるか。


「しばらくの間私は外に出る用事は無いし、何かあれば対応するから、あまり大きく動く必要は無いわよ」


他にやるべきことは何かと思案していると、フィオーラがそう言って来た。



言われてみれば、だ。

四日隠れて外で合流する……それだけの事だ。

見つかったら見つかったでどうとでも出来るのだし、むしろ何もしない方がいいか。


「……それもそうね。わかったわ。何かあったらお願い」


四日後に聞く、王都までの道のりや王都での出来事を楽しみに待っていればいいだろう。

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