第148話
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【本文】
とにもかくにも確認をするために死体に近寄るべく、高度を下げた。
背は高くないが、草に埋もれてあまりよく見えないな……。
村の方を見て人が出てきていない事を確認してから、光量を下げて代わりに持続時間を伸ばした照明魔法……本来の使い方だが、それで死体を照らし、観察することにした。
「ほっ……。これで……うへぇー……」
それなりに見慣れてはいるが、改めてまじまじと見ると結構グロイ。
サイズも含めて見た目は俺が今まで倒した事のあるオオカミとほとんど同じだ。
魔王種であることに間違いは無いだろうが……サイモドキと違って普通の魔王だな。
一応死因は俺の一撃が頸椎を断ったことだろう。
ただ、傷口を見たところ、骨までは綺麗に斬られているが、斬りつけた反対側の傷は千切られたようにぐちゃぐちゃになっている。
恐らく、崩れ落ちて地面を滑っていた時に、千切れてしまったんだろう。
しかし……上手く斬る事は出来たと思ったが、骨まで断っていたとは思わなかった。
サイモドキは骨で止まっていたからな……手応えで言えば魔人とどっこいどっこいだ。
魔境の、それも混合種って事を考えるとアレはやっぱり強かったんだろう。
「みっけ」
オオカミが滑った事で出来た跡を辿って行くと、そのすぐ側に転がっている頭部を発見した。
今までも外の魔物を倒してきたが、俺の倒し方は基本的に一撃必殺で、損傷させることは無い。
ダンジョンの魔物だと、オーガを始め数発叩き込む事もあるが、アレは死体が消えるからな……。
こういう姿になっているのを見ると、少々申し訳なく思う。
南無南無と手を合わせてから、拾い上げて胴体が転がっている場所に戻った。
◇
「さて……どうしようか……」
地面に横たわるオオカミの死体を見て、思わず声が出る。
体高は1メートルちょっとで、体長は2メートルそこら。
尻尾を入れたらもっとあるが、精々前世でもいたデカい犬程度の大きさだ。
とはいえ、俺よりデカい!
拾って来た頭部と違って、持ち運ぶような事は出来ない。
魔王種の遺骸だ。
捨てていくにはもったいなさ過ぎる。
かと言って、持ち運べる分だけ切り取って、残りは捨てていくってのも、アンデッドにでもなってしまったら大変だしな……。
それなら、朝を待って村に人手を求めるかっていうと、それはそれで面倒そうだし出来れば最後の手段にしたい。
「…………よっと。お……やれるか?」
尻尾を巻きつけて動かしてみると、持ち上げる事は出来ないが、何とか引きずる事は可能なようだ。
首を刎ねただけで、心臓に傷は入っていないし、その為か血も大分抜けている。
血も素材になる事を思えばもったいない気もするが、その分軽くなるかな?
「ふぬ……」
頭の中の案を整理した後、空を見上げると、まだまだお月さまは高い位置。
今から作業をしても、まだまだ余裕はあるし、ちょいと試してみるかな。
◇
「ほっ」
【隠れ家】を発動し、中へ入ると、強化で増えた物置代わりの部屋に向かった。
この部屋には、使いはしなかったが、以前の魔王種討伐の際に用意していた装備品や物資がそのまま置かれている。
決して横領ではなく、いざという時の隠し武器庫としてだ。
さて、その部屋の中をゴソゴソ漁っていると、お目当ての物を発見出来た。
屋外で陣地を張る時に使う分厚いシートで、四隅にロープを通す穴が開いている。
ビニールシートとまではいかないが、テントくらいの撥水性は持っているし、何より頑丈だ。
そして、それを結ぶための、これまた頑丈なロープ。
さらに丁度良いサイズの板。
「ふっふっふ……。後はこれを……」
その穴にロープを通して、玄関まで持って行き、【隠れ家】の中に入る時に出現する場所に敷いた。
お次は外に出て、魔王種の遺骸に手を触れる。
「よっと」
再び【隠れ家】を発動した。
そして、狙い通り遺骸は事前に敷いていたシートの上へ。
試したのは初めてだが、上手くいって良かった。
サイズもばっちりで、四隅のロープを引くと袋の様になり、遺骸を包んでいる。
そのロープを尻尾で巻き取り……。
「せーのっ!」
【浮き玉】で移動しながら引くと、ズルズルとあまり速くは無いが引きずる事が出来た。
引いた後を見るが、床に汚れは付いていない。
「よしよし……。これなら上手くいくな」
ロープから尻尾をいったん外し、リビングのラグや家具を移動の邪魔にならない位置まで動かした。
浴室のドアを開き、各段差に板を置いて坂を作って、準備は完了だ!
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【本文】
「ぬぉぉぉ…………よいしょーっ!」
掛け声をあげ、渾身の力で引き上げた遺骸の入った袋が、浴槽に落下する。
その際、ドサっではなくズドンと随分重たい音がした。
あの後一旦外に出て、胃や腸といった消化器系だけは、外で抜いてきた。
幸い、そこら辺は普通の魔物と一緒で、謎の器官が追加されているようなことは無く、念のため、腹部を切り開いた後は皮の手袋を装着していたが、サイモドキの血液の様に何かを溶かすという事も無かった。
服にかからないように気を付けたって事もあるが、やっぱ混合種ってのは特殊なのかな?
そして、その後再び【隠れ家】に入り、浴室まで引っ張って、何とかかんとか浴槽に入れる事に成功した。
中身が抜けているから多少は軽くなっていたが、それでも相当な重さで、尻尾だけでは持ち上げる事が出来ずに、俺も浴槽の中に入って渾身の力で引きずり込んだ。
「んで、後は水を……っと。シートは水が溜まってからでいいかな?」
袋のロープをほどいて一枚のシートに戻してから少し引っ張ってみるが、重くて動かないし、水が溜まれば浮力が働くだろう。
蛇口をひねると、水が出てくる。
指先を少しつけてみるが、良く冷えている……外は夏だから少し温かったりするかとも思ったが、相変わらず不思議だ。
「次は頭か……氷の前に頭を入れた方がいいかな?」
浴槽に水が貯まっていくのを確認してから、今度は頭部に取り掛かる。
こちらは胴体と違って、軽いし簡単だ。
大きめの桶に頭部を入れて、後は冷凍庫に大量にストックしている氷を突っ込む。
それだけだ。
氷は大きめのボウルに入れて、三往復でいっぱいになった。
冷凍庫は普段使うようなことは無いからな……暇を見て氷を製氷機から移していたが、こんな使い方をするとは思いもしなかったな。
「よし……これは水は入れなくていいかな?」
冷気が漏れないように桶に蓋代わりに板を置き、こちらは完了だ。
氷はまだまだ残っているし、浴槽の水が貯まるまでついでにこっちにも入れておこう。
桶と違って、流石に浴槽では十分な量とは言えないが、無いよりはいいだろう。
さてと……とりあえず処理はこんなもんでいいか。
後は水が貯まるのを待つだけだな。
一応換気扇も回しておくか。
◇
孤児院にいた頃に、街で魔物の解体処理の手伝いに駆り出されたことがある。
もっとも、手伝いと言っても水を汲んだり掃除をしたりと雑用だけだったが……それでも、何となく程度だがどういった事をやっていたのか覚えている。
吊るして血を抜いて、内臓を取って、それから解体をしていた。
前世のテレビで猟師のドキュメンタリー番組を見た事がある。
あまり真剣に見ていたわけでは無いので、内容はうろ覚え程度でしかないが、獲物を捕った時に同じく血や内臓を抜いていた。
そして、川に沈めて肉を冷やしていた。
そっちは食用で、味を良くするための処理だったが、理屈は同じはずだ。
血や内容物が内部に残っていると、傷みやすくなるんだろう。
熱もそうだ。
だから、それらを抜いて、肉を冷やしていた。
魔王種の遺骸は食用にするわけじゃ無い。
毛皮以外の素材をどういう風に利用しているのか知らないが、それでも傷んでいる物よりはいいはずだ。
それに何より、二日程度とは言え、魔物の死体を常温で室内に放置するのは、ちょっとチャレンジ過ぎる。
正直、【隠れ家】内に魔物の死体を持ち込むこと自体気が進まないんだ。
これが魔王種の遺骸じゃ無けりゃー、たとえどこぞの村の側でアンデッドが発生するような事態になろうとも、放置していたかもしれないな。
「ぬ」
【浮き玉】で移動しながら、あの村の人間の運の良さや【隠れ家】内の遺骸の事について考えを巡らせていると、見覚えのある街が見えてきた。
ゼルキスの領都だ。
って事は、リアーナの領都まであと半日そこらだが……それだと到着は昼頃になってしまう。
遺骸の運搬方法や移動速度など、ちょっと小細工をしたい事もあるし、明るいうちの帰還は避けたい。
何とか明るくなる前に領都近くまで行って、そこで暗くなるのを待つかな。
しかし、意外と【隠れ家】内に魔物の死体が一緒にあっても、寝れるもんだな。
風呂はシャワーしか使えないが、何だかんだ気にしなくなってしまった。
これに慣れちゃうのはよくないかもしれないな。
便利すぎるから、油断すると【隠れ家】内が魔物の死体で埋まってしまいかねない。
気を付けよう。
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