第147話

359


【本文】

上からこっそり戦闘の様子を覗き見していたが、どこの兵かはわからないが、人間側が優勢に戦いを進めていた。

位置的にユークトかソルバレンか……、どちらも騎士団は持っていないから、家の私兵か冒険者かな?


戦闘開始当初は各組がバラけていたが、戦いながら徐々に集まっていき、今では円陣を形成している。

魔物の数が多いし、一ヵ所に集まる事で包囲されてしまっているが、これなら背中から襲われることは無い。

しっかり迎撃できている。


ここが魔王種の縄張りなら、あの魔物達も強化されているんだろうが、見事なもんだ。


そんな風に文字通り上から目線で偉そうなことを考えていると、その見事な陣形が突如乱れた。

同時に「出たぞ!」「抜けさせるな!」だの、指示の声が微かに耳に届く。


「現れた……か?」


ヘビ達や【妖精の瞳】で魔力は察知できるが、地形は見る事が出来ない。

そして、ダンジョンは壁を透かして姿を察知する事が出来るが、外では木や岩は可能なのに、地面は透かす事が出来ないのが不思議だ。


俺が今浮いている場所からじゃ魔王種らしき姿は見えないが、現場の様子を見るにあちらでは姿が見えているんだろう。

斜面か、洞窟にでもいたのかもしれないな。


「んー……ん。おっ?」


見える位置を探して上空をうろうろしていると、一際強く禍々しい雰囲気の魔物が姿を見せた。


強さは以前戦ったクマくらいだろうか?

オオカミらしき姿だが、サイズはむしろ小型で一見強そうには見えない。

ただ、この雰囲気は……三匹目が加わった成果なんだろうか?

強さはサイモドキの方がはるかに上なのに、【妖精の瞳】での見え方も赤と緑に黒が混ざってと、あの時とは違って見える。


さて、その魔王種の出現で、下の状況は一変した。


やはり洞窟があったようで、兵達はそこの入り口を塞ぐように布陣していたみたいだが、魔王種はそれをお構いなしに突破し、陣形を崩してしまった。

一当てで、何人もが蹴散らされている。


そして、夜である事や足場の悪さも相まって、立て直しに手間取っている様子だ。

兵達は互いに声をかけながら再度陣形を組もうとしているが、魔物もその隙を逃さず襲い掛かってくる。


死者こそ出ていないようだが、ちょっとヤバいか……?


俺も参加した方がいいだろうかと迷っていると、さらに戦況に変化が起きた。


「あら?」


優位に立ったことで、これから大暴れかするのかと思った魔王種だが、一目散に離脱していった。


サイモドキと違って肉食だろうに、逃げるのか……この状況でも勝てないと判断したのかもしれないが、何とも見事な逃げっぷり。


集まっていた魔物は、ボスが離脱した事で軽い混乱が起きている様だ。

ただでさえ、連携を取るようなことは無く、ただ集まって襲っていただけだったのが、その集めているボスがいなくなってしまったんだ。

無理もない。


そして、その隙を逃さず、兵士達はしっかり立て直している。

まだまだ魔物は多くいるが、これなら切り抜けられるだろう。


「さて……どうすっかな」


下の戦闘の続きも気になるが、逃げて行った魔王種も気になる。

向かった方角は東側で、今いる山を下りればしばらく平地が続き、さらにすぐ側には村があったはずだ。

昼間ならともかく、深夜では対処が遅れてしまうだろう。


この山は領地の境にあって、今下で戦っている彼等も追う事は出来なくなるかもしれない。

というよりも、聞こえてくる声から考えると、追いかける様子は無い。

魔王種っていう明確な脅威への対処だし、問題無さそうな気もするが、自分達の領地から追い出す事には成功しているし、一先ずは目の前の魔物の対処に専念するようだ。


領地の端っこだし、そこら辺の判断を下せる者がいないのかもしれないな。


なるほど……魔王災ってこんな感じでも起こるのか。


「む?あっちが気になるかい?」


どうしたもんかと思案していると、ヘビ君達は三匹揃って魔王種が離脱していった方角を向いている。


「ふむ……とりあえず追うだけやってみてもいいかもしれんね」


追跡して、そのまま隠れる様なら報告したらいいし、人里を襲ったりする様なら、まぁ、その時考えよう。


「よし……行くか!」


ここに留まって、見失うのも不味い。

とりあえず追うだけ追ってみよう!


360


【本文】

離脱したオオカミの魔王種を追跡する事十数分。


いやー……速い速い。


俺の知る前世のオオカミも、長距離を走り続ける事が出来るが、それどころじゃない。

流石は魔王種と言ったところだろうか。

走る速さもさることながら、谷を飛び越え、川を飛び越え……【浮き玉】で上から追い続けていたのに、中々追いつけなかった。


それでも、ようやく追いつくことに成功したのだが……。


「あらー……こりゃマズいかもしれんね」


いつの間にやら、山の麓にまで行きついてしまっている。

ここから先はしばらく平地の草原地帯が続き、さらに小さな村がいくつかある。

どの村にも立ち寄ったことは無いが、少なくともこのオオカミと戦えるような戦力は無いはずだ。


「ほっ……と。前方に人気は無し……この時間じゃ無理も無いか。さっきの彼等も追ってくる様子は無いし……」


追跡しながら高度を上げ、周囲を探ってみるが、魔物や通常の獣の気配はあるが、人間は誰もいない。

こいつを追い詰めていた彼等も、結局追って来ていない。

まぁ……その気があっても、このペースじゃ追いつけなかったか。


視線を下におろすと、今まさにオオカミが山を抜け、草原に出たところだ。

進行方向こそぶれることは無かったが、それでも蛇行していた山中と違いここからは一気に加速するだろう。


再び視線を上げて前を見ると、数キロ先にだが村が見えた。


そこを目指しているのか、真っ直ぐ草原を突っ切っている。

この速度ならもう数分で到達するはずだ。


月明かりだけで少々見えづらくはあるが、ここからでも村の内部がわずかに見える。

村はいたって静かなもので、魔王種が接近している事に気付いた様子は無い。

このまま村に突っ込んでしまえば、まず全滅は避けられないだろうし、それは流石に気分が悪い。


……やってみるか?



やると決めたなら、まずは態勢を整えねば!


【浮き玉】を加速し、地上を走るオオカミを追い抜いた。

しかし、頭上を追い抜き眼前に浮いているのに、全く速度を緩める気配が無い。

わかっちゃいたが、このクラスの魔物だと俺程度は一顧だにする価値も無いんだろう。


フフフ……いぬっころめ。

本気を出されたらちょっとマズかったが、相手が舐めプしてくるなら、たとえ魔王種だろうと俺でも戦える!


「ふらっしゅ!」


【祈り】を発動し、次いで鼻先目がけて魔法を撃った。

ダメージを与える類のものなら効かないかもしれないが、目を使う生物である以上、どんなに強い相手でも関係無い……はずだ。


「むっ!」


ギャンと一鳴きしたものの、足を止める事は叶わなかった。

だが、速度は落ちた。

先程までの半分程度の速度で俺のすぐ下を通り抜けていく。


先程までの速度じゃ、ちょいと自信は無かったが、この速度ならいける。

後方から一気に追いつき、走るオオカミの真上で【影の剣】を伸ばす。


「はっ!」


そして、その位置で横に一回転し、斬りつけた。

魔王種じゃないが、クマには通じたんだ。

同じくらいの強さのこいつにも通じるはず。


「皆!やってしま……え……?」


振り抜いた指先に手ごたえを感じ、さらに追撃を三匹に命じようとしたのだが……俺の下を走っていたオオカミは十数メートル走ったかと思うと崩れ落ちてしまった。


そのまま地面を慣性に従って滑っていったかと思うと、地面の起伏か何かに引っかかったのか大きく跳ね上がったが、その体には頭部が無かった。


「ぬあっ!?」


そして、空中で二回転三回転したかと思うと、ぐしゃっと落下し動かなくなった……。


「……あれぇ?お……おかしいな……」


これ、俺が倒したんだよな……?


「お?」


左手に、今まで無かった何か固い感触が。

聖貨だ。

これがあるって事は、やっぱり倒した様だ。


【影の剣】でダメージを与えて、どれくらい効果があるかわからないが、アカメ達で追撃を加えて気を引いて、後は適当に攻撃をしていく。

倒せるならそれが一番だし、倒せないにしてもとりあえず村に向かわせるのを阻止できれば良かった。


だが……倒したっぽいな?


本当に倒したよな?

実は第二形態とか無いよな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る