第146話

357


【本文】

東門の前に到着し、馬車が動きを止めた。

外に出ると、ようやく東の空が白んできた頃で、門はまだ開いていない。

だが、例によってお貴族様パワーで通過させてもらう。


馬車から降りると、じーさんも一緒に降りてきた。

昨晩帰りは遅かったのに、馬車を出すだけじゃなくてわざわざここまで見送りに来てくれた。

ただ……まだ酒は抜けきっていない様で、少し酒の臭いがしたので、手間賃代わりという訳じゃないが、【祈り】と【ミラの祝福】を腹部にかけておいた。


「では、気を付けて行け」


「はいはい。オリアナさんや屋敷の皆によろしく伝えといて」


「うむ」


じーさんと短い挨拶を交わし、王都の東門の兵士用の通用口に向かう。


「お疲れ様でーす」


「なに、これも仕事だよ」


外に出て待機していた兵士に声をかけ、通らせてもらう。


正直、権力という意味では貴族ってものに魅力を感じていなかったが、身分証明という点ではなんというか……便利だよな。

リアーナ領内だけなら今のままで十分だし、ゼルキス領は自由移動の許可を得ているから問題無いが、今回の様に複数の領地や王都をとなると、やれないこともないんだろうが、一々許可を個別に取るのでは手間がかかり過ぎる。

帰ったらセリアーナに話を聞いてみようかな。


「……ふぅ」


街壁の外に出ると、空気が変わるのがわかる。

草原や森があるからか、【浮き玉】で空を飛んでいても、風に草の匂いが混ざっているのを感じる。

気温はまだ明け方にもかかわらず、軽く汗ばむくらい高いが、風が爽やかで気持ちいい。


空調の効いた部屋も悪くないが、たまにはこういうのも悪くないと思う。

俺は夏は部屋に引きこもっている事が多く、意外と気付かないもんだな。


背後を振り向くと、もう門前の兵士の姿は小さくなっている。

まだ薄暗いし、これだけ離れたら速度を出してもわからないかな?


「よっし!」


大きく深呼吸をして気合を入れると、一気に【浮き玉】の速度を上げた。


ここからまたリアーナまでの長距離移動だ。

日が昇り外を行く人が増える前に、今日の分の距離を稼いでおこう。



「ふぃー……おわっとっ!?」


風呂から上がり、リビングのソファーに倒れ込むと、頭に巻き付けたタオルが外れ、まとめていた髪が広がった。

短い頃ならともかく、今はもう腰辺りまである。

行きではうっかり、髪が濡れたまま眠ってしまい、大変だった。


モニターのスイッチを入れて、外の様子を見ながら再び頭にタオルを巻く。

街道から外れた草原で【隠れ家】を発動しているが、外には人も魔物も姿は無い。


ドライヤーの制作は小型化に難があり断念したが、送風機くらいならいける気がするんだよな……いや、今年はもう一人で遠出はしないかもしれないし、使う機会は無いだろう。

来年には俺の魔法の腕が上がって、ドライヤー魔法を自ら扱えるようになるかも……それは無いな。


「君達はどう思うね?」


甚平の襟元から姿を見せている三匹のヘビ達に問いかけるが……それを無視して、三匹で何やら見つめあっている。

契約をした昨日から、時折こんな風にしていたが、シロジタの時は見なかった光景だ。

二匹だったからかな?

別に揉めている感じはしないが……何をしているんだろう?


「ふっ」


【妖精の瞳】を発動し、新しく加わった潜り蛇のミツメを見る。


ミツメ……ルーイック家に長く仕えた騎士が若い頃に契約したそうで、恐らくアカメやシロジタよりも年齢は上だ。

ただし、その騎士はダンジョンには潜らず、屋外での活動に重点を置いていたようで、能力という点ではアカメよりもずっと低く、シロジタと同程度だ。

やはり、身体能力の成長にはダンジョンの魔物の核が必要らしい。


名前の由来はそのままズバリ、額にある三つ目の目から。

このヘビさん、目が3個あるんだよな……。

魔物もたまに他とは姿が違うのもいるが、ミツメもそうなのかな?


朝の移動の時に何度か試しに発動してみたが、幸か不幸か魔物の姿を見つける事が出来ずに、未だに三匹目が加わった事での見え方の変化はわかっていない。

まぁ、また夜になったら移動を開始するし、その時には魔物を見つける事が出来るだろうからわかるはずだ。


「んー……よし。乾いたな」


タオルを外し、髪の毛を触ると水気が取れたのがわかる。

少し早いが、夜に備えて床に就こう。


358


【本文】

日が落ちてから移動を再開した。


しっかり体を休めた事もあって、快調に飛ばし、エルスト、オルガノアの二つの領地を一気に通過した。

この二つの領地は、領地こそそこまで大きくないが、平地で土地に余裕があるため、農業が盛んらしい。

王都を挟んで反対側もそうらしく、王都に近いのに農業が盛んなのは、ちょっと面白い。


機会があれば、街の様子を見学させてもらいたいが……それはまたにしよう。


ちょこちょこ休憩を挟みながら飛び続けると、明るくなる前に王都圏と東部の境でもある山脈地帯に辿り着けた。


往路は、空を飛んで抜けるのは初めてなので、万が一に備えて陸路ほどでは無いが回り込みながら、山の低い箇所を探して越えたが、その際に念のため周囲の魔物や獣の様子も探っていた。


流石に上から、それも通り過ぎながら見るだけでは細かい事はわからないが、それでも一つだけはっきりわかった事がある。

それは、あまり強くないという事だ。

リアーナ領はもちろん、ゼルキス領の魔物もこの辺に比べたら随分強いようだ。


そもそも幸い夜も活動する飛行型の魔物もいないようだし、【浮き玉】から降りて、生身で挑んだりでもしない限り、そうそう危険は無いだろう。


という訳で、移動はいったんここでストップして、じっくり体を休めよう。


夜のルートは、新たにミツメが加わった事でパワーアップしたかもしれない、潜り蛇とのコンビネーションの実験も兼ねて、山の深く高い部分を一直線に抜けてみようと思う。



「んー……」


三匹の目を発動しながら、山脈上空を通過中だが、ミツメの能力なのか単に一匹増えたからなのかはわからないが、生物の輪郭がよりはっきり見えるようになった。

アカメ一匹だけの時よりもシロジタが加わってからの方が、よりよく見えていたし、後者かな?


【妖精の瞳】も同時に発動しているが、今までだとその見え方は、弱かったり体が小さいと、うっかり見逃しそうになることもあったし、強力な魔物であっても、体の中心から離れれば離れる程霞んで見えていたが、今はハッキリクッキリとしている。


これならそうそう見逃すことは無いだろうし、今まで避けていた、山や森の上空も安全に飛ぶことが出来るかもしれない。

夜ではあるが、それでも魔境よりは安全な気がするし、少し高度を下げてみてもいいかな?


試しに木に引っかからない程度まで高度を下げて、ついでに速度も少し落とす。

それでも時速80キロ近くは出ているはずだが、木にとまっている鳥や、ウサギか、あるいはもっと小さい動物らしき姿も視認できている。

今はやらないが、これなら下に降りても対応できそうだ。


「大丈夫そうだな。アカメ達も問題無いかな?」


しばらく進んだところで、ヘビ達に調子はどうかと聞いてみるが……うん、わからんね。

前方を俺が担当して、三匹が後方や左右を見ているが、何の反応も無い。

まぁ……元々ヘビ君達の見え方は、俺が契約する数が増えても変わらないのかもしれないしな。


きっと周囲の警戒に集中しているだけで、俺をスルーしているわけじゃ……。


「ん?どったの?」


真っ直ぐ東を目指して進んでいると、右側を見ていたミツメから引っ張る様な感触があった。

何かを見つけたのかもしれない。

高度を上げ、右側をしばし注視していると、なにやら複数の動くものが見えた。


「…………あれは人間か?」


大きさ的に恐らく人間だろう。

【祈り】を使えば視力も上がるし、距離があっても見えるだろうが、アレはほんのり光るからな……。

一応、人目を忍んでいる身としては使う訳にはいかない。


とは言え、彼等は一組三人で、それが十組以上広範囲に散らばっているが、一人一人が結構強い。

その彼等は、数が多いにもかかわらず妙に統制が取れている気がする。


こんな遅い時間に、魔境ほどじゃないにしても危険のある山の中を大勢でだなんて……何か事件かな?

犯罪者を追うには、ちょっと大袈裟すぎる気がするし……。


少し気になったので、しばらく宙に留まって彼等の動きを見ていたが、どうも何かを追っている様だ。

少し距離があるから正確にはわからないが、ゴブリンやオオカミと言った小物ばかりだが、そちらに向かって走っていく。


「ぬっ!?」


それらと接触したかと思うと、蹴散らされている。

足場の悪い上に深夜と、人の身には少々条件が悪いが、ものともしていない。

やはり集まっているのは腕利き連中だ。


こんな時間に、そんな腕利き連中が山狩り……魔王種かな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る