第145話

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【本文】

案内された部屋は、お忍び用では無くて王妃様の正規の来客用の部屋だ。

まぁ、オリアナさんやリーリアさんもいるし、何よりついさっきまで王様の前にいたんだから、隠す意味は無いか。


そして施療を行ったが、今回は服を脱がずに済んだ。

先の謁見の前に、簡単にだが身体チェックがあったからだ。


念の為に脱がなくていいのか聞いてみたが、陛下の前に出たのでしょう?と言われた。

王様の前に出た時以上に厳重にするっていうのは、序列を考えてもあまり良くないそうだ。


その代わり……と言っていいのかわからないが、明らかに只者じゃない感じのおば……ご婦人がいらっしゃる。

護衛の親衛隊は前回もいたし今回もいるが、その人は鎧を着けていないが……なんか凄そうな気がする。

達人的な意味で。


他にも文官らしき男性が数名いるが、彼等は何のためにいるんだろう?


それはさておき、今回の施療は横になるのではなく、膝の上に乗るスタイルで行った。

あのおばさんは王妃様が座る席の真横に付いて、お上品な笑顔を浮かべていたが、俺の一挙手一投足見逃すまいといった感じだった。

あからさまに監視していますよと、隠す気も無かったし、わざとだろう。


施療中は、王妃様はオリアナさんやリーリアさんとお喋りをしていたが、そのおばさんの視線が気になって、会話が耳に入って来なかった。

話を振られたりはしていないかったよな……?



「セラ、貴方に贈り物があります」


施療を終えて膝の上から離れると、おばさんの視線も外れた。

ここに来る前は、謁見の間のやり取りで燃え尽きていて、それどころじゃ無かったし、ようやく一息けた感じだ。


男性が同席していたから王妃様も服を脱いでおらず、【ミラの祝福】はそこまで強くは作用しなかったと思うが、それでも満足してもらえたんだろう。

施療後、王妃様は満足気にオリアナさん達と話をしていた。


そして、俺は三人の会話には加わらずにお茶だけ頂いていると、王妃様がそんな事を言って来た。


使用人に「アレを」と命じ隣の部屋に向かわせた。

報酬とはまた違う感じだけれど、何だろう?

オリアナさん達は特に止める様子は無いし、受け取っても良いんだろうけれど……。

何だろう?と考えていると、隣の部屋から運び込まれたのは、黒い布がかぶせられた箱のような物だった。


「……これは?」


「取って御覧なさい」


言われた通り黒い布を取ってみると、その下から現れたのは黒い木の箱だった。


「…………これは?」


縁が金属で頑丈に作られているが、サイズの割には一人で運んで来ていたし、重さはそれ程でも無いんだろう。

何か彫刻が施されているわけでも無いし、この箱自体は入れ物で、中身が贈り物なのかな?

……いや、それは当たり前だな。


「開けますねー……おわっ!?」


蓋に手をかけた瞬間にアカメとシロジタが襟から姿を見せた。

魔物を相手にする時に見せる警戒態勢だ。

これを用意した王妃様も、あの達人風のおばさんも動きは無いし、危険は無いだろうが……なんだ?


「……ほっ!おお!?……これは」


蓋を取ると、ニョロっと黒い何かが中から姿を見せた。

……潜り蛇か?


俺プラス二匹で箱の中のヘビを凝視していると、王妃様が後ろで口を開いた。

これの説明をする様だ。


「私の実家のルーイック家が治める領地の騎士団に、潜り蛇を従魔にしていた者がいたのですが……、その彼が最近亡くなったのです。大分高齢でしたからね……。従魔は通常、主が先に亡くなった場合は、家中から適役を選び譲ることになるのですが、貴方がヘビが好きだと聞いたものですから、今回は私が頂きました。もうこちらであなたに譲渡する手続きを済ませていますから、手間も取らせませんよ」


「……それは嬉しいですけど、良いんですか?」


ルーイック家の領地がどんなところかは知らないが、戦闘能力は別としても索敵能力は高いし、いる方が助かるはずだ。


「構いませんよ。その彼も引退していて、亡くなる前から随分活動をしていなかった様ですからね。いない事を前提とした編成を組んでいる様です」


チラっとオリアナさんに視線を送ると、小さく頷いた。

王妃パワーで分捕ってきたってわけじゃなさそうか……それならありがたく頂戴しよう。


「ありがとうございます。名前とかはあるんでしょうか?」


「特に聞いていませんね。貴方が付けていいと思いますよ」


「なるほど……」


とりあえず、契約を済ませてからだな。


ヘビの前に手をかざし影が被るようにすると、ほんの一瞬だが魔力が抜けるような感覚があった。

それで契約は上手く行ったようで、そのヘビは俺の影に潜り込んだ。


356


【本文】

「セラ」


「…………っはい!?」


新しく契約したヘビ君の名前を何にしようかと、睨めっこをしていると、オリアナさんに名を呼ばれた。

何だろうかと振り向くと、俺がリーゼルから預かっていた王妃様宛の手紙が置かれている。

そしてテーブルを挟んだ向かい側には王妃様。


「気に入って貰えたようですね。ルーイック家には私から伝えておきます。エヴァ」


「はい」


王妃様の声に達人風のおばさんが答える。

エヴァさんて名前なのか……。


「セラ副長。こちらの手紙を私も拝見しました。リアーナ領領都を出発して十日間で王都まで到達したようですね。それも一人で水路を用いずに陸路で」


彼女は、迫力ある眼差しでこちらを見ながら、俺の王都までの日程を確認をしてきた。


「はい。あーと……陸路と言うか、飛んでですけど……」


それを聞き何かを頷くと「結構」と一言呟き、今度は部屋の中にいる文官達に頷く。

俺の話を聞きながら何かを書いていたが、済んだのか彼等は部屋を出て行った。


日数は逆サバを読んでいるが……別に問題になる様な事はして……いないよな?

どこにも寄らなかったとはいえ、王都までの間の領地の通過の手続きとかはリーゼルがやっているはずだし。


「何か問題でもありました?」


少々不安になり、エヴァさんに確認するが、代わりに王妃様が答えた。


「そうですね。ただ、今解決しましたよ」


「ぬ?」


……一人で来た事が関係あるとか?


「貴方は魔王種との戦闘で、魔王種相手に大きなダメージを与えたそうですね?詳細は省かれていましたが、勝利に大きく寄与したとあります。ですが、陛下に戦闘の様子を聞かれた際にその事に一切触れなかった。そうですね?」


そして、王妃様は「ふぅ……」とため息を一つついた。


「ほ……?あぁ、はい。リーゼル様のことを聞かれただけだったので……」


【影の剣】を聞かれたら困るから隠していたってのはあるが、何かやってしまったんだろうか?


「それでは貴方の評価に繋がりません。もっともリーゼルやセリアもその事を予測していたようですね。貴方に王都とリアーナ領領都間の到達記録を超える様命じたでしょう?貴方の評価はそちらですることになりますね。ライゼルク領を経由する水路と違って荷を運ぶ事は出来ませんが、4日も縮める事が出来るのなら上出来です」


「なるほど……」


俺の旅程よりも、戦闘の報告内容が問題だったようだ。

いつだったかセリアーナが俺の事を将来騎士にするとか言っていたが、その為の箔付けと言うか実績作りの一環だったのかな……。


堂々と自分の戦果を誇れたらいいんだけれど、如何せん俺の場合は自分の強さに自信が無い。

雑魚専な上に、恩恵品頼りだからな。

強さを期待されると困るから、ついつい隠そう隠そうとしてしまう。


とは言え、その武威をアピール出来る場で何もやらなかった以上、俺は戦うタイプじゃないと伝わったかもしれない。

むしろ俺的にはその方がありがたい。


そこら辺の事を考慮して、二つ目のアピール方法を考えてくれたんだろう。

リーゼルの名前も挙がっていたが、セリアーナの案だろうな。

帰ったら礼を言っておこう。



謁見を終えたその夜。

今日の滞在先はミュラー家の王都屋敷だ。


セルベル家のお屋敷も立派なんだが、どうにもこうにも賓客扱いされてしまう。

まぁ、俺とは直接縁が無い家だし、いくら俺が言ってもそういうわけにもいかないんだろう。

ミュラー家の方は一年近く滞在していたし、俺の事も理解しているから、いい意味で雑に扱ってくれる。


向こうじゃソファーに寝転がるとかできなかったからな……。


「春に来る時はどうしますか?滞在するのならテレサ様の分も部屋を用意しておきますよ?」


「うん。多分こっちに泊まるし、お願いしたいかな。詳しい事が決まったらセリア様が手紙を出すと思うから」


夕食後、オリアナさんとお茶を飲みつつ今日の事を色々話している。

ちなみにじーさんは、ジェイクさんと向こうのお宅でお酒を飲んでいる。


昼間の城での王妃様との会談はそつなく終えたのだが、帰り際に、来年の春に再び、今度はテレサも一緒に王都に来るようにと言われてしまった。


「でも、わざわざテレサもなんて、何の用なんだろうね?」


「テレサ様のリアーナ行きは突発的なものでしたからね。本来東部から王都までは気軽に行き来できるものではありませんし、彼女にもいい機会になると考えたのではありませんか?あのお二人は親しかったのでしょう?」


「そっかぁー……」


今回は時間が無くて予定を組めないが、次回はリーリアさんがルーイック家と会う機会を設けてくれる。

ヘビのお礼が出来るし、丁度いいといえばいいか。

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