第144話

353


【本文】

謁見の当日。


着替えを済ませて朝から城に向かった。

メンバーは俺とミュラー家、セルベル家各夫妻の五人だけだ。

城という事もあって、従者は連れて行けないらしい。


城につき、簡単な作法のレクチャーを受けた後は、時間が来るまで待つだけだった。

【浮き玉】だけは許可を取っていたので持ち込めていたが、それ以外は【妖精の瞳】すら不可で、俺の戦闘能力はほぼゼロだ。


毎度の事だが、落ち着かない……。


「セラ、お前は何もしなくていいのだから、少しは落ち着け」


「へーい……」


床から天井付近まで行ったり来たりしていると、じーさんに窘められた。

鬱陶しかったかな?


「式も長いものでは無い。話すのは私に任せて、君は終わった後の事を考えておくといいよ」


ジェイクさんが笑いながら言って来た。


二人とも黒い似たような服を着ている。

家は伯爵で個人では男爵と、身分が同じだからかな?


何もしなくていいってのはわかっちゃいるんだが、いざもうすぐとなると、謁見なんてやった事無いし、どうにも落ち着かないんだよな。


ジェイクさんにどう答えたもんかと悩んでいると、じーさんがドアの方を見ながら口を開いた。


「来たか」


そして、すぐに部屋のドアをノックする音が響き、部屋に使用人が入って来た。

準備が出来た様だ。



謁見の間と言うと、広いホールで入口から奥の玉座まで絨毯が敷かれて、広間の左右に騎士や貴族がずらりと並んで……そんなイメージがあるかもしれない。

俺はあった。

そして、確かにそのイメージ通りの広間もあるらしいが、そこが使われるのは、新王の即位や新領地の設立、あるいは王族の結婚等……国を挙げての一大イベントの時くらいで、毎回毎回そんな大袈裟な事はしないそうだ。

そして、俺達が使うのはもっと狭く小さい部屋だと聞いて、正直ホッとしたもんだ。


なのに、今俺が跪いている部屋は、テニスコートくらいはありそうな広さだ。

確かにだだっ広いホールに比べたら狭いかもしれないが……落ち着かない。

すぐ隣に転がしてある【浮き玉】に手が伸びそうになる。


その部屋では、ユーゼフを始めとした騎士団の偉そうなおっさん達に、文官らしき姿のおっさん達、王都の屋敷を任されている貴族のおっさん達……おっさんばっかだな……。

まぁ、そのおっさんだらけの部屋で、ジェイクさんやじーさん達と一緒に跪きながら待っていると、この国で一番偉いおっさんである、陛下が、近衛隊の隊長のゼロスを伴い入って来た。

もっとも、それは入室の際に兵が告げたからわかったのであって、俺は頭を下げたままなので、今がどんな状況なのかはわからない。


文官らしきおっさんの1人が、魔王種との戦いがどのようなものだったかを語っているが、誰も一言も発さないからな。

多少脚色されたりと、事実とは少し違っているが、概ねあっている。


十分ほど続いたそれが終わると、ジェイクさんが代表で名を呼ばれ、今朝方隣の控室で返却された素材を渡した時は、少し部屋がどよめいたが、それもすぐに静まった。


ここまでは事前に聞かされた予定通りだ。

後は王様から、ご苦労的なお言葉を賜って、終わり。


そのはずだったんだが……。


「セラだったな?顔を上げよ」


何故か俺の名前が出てきた。


これは予定に無い事だな?

指示を仰ごうとチラっと隣のじーさんを見ると、同じくこちらを見て頷いている。

言われた通りにしろって事だな。


顔を上げると3メートルほど離れた場所に置かれた椅子に座る真っ白い服を着たおっさんが目に入った。

禁色って程じゃないが、男性の正装で上下白を着るのは王様だと聞いた。

他の人は差し色や勲章の様なものが違ってはいるが、下が白で上が黒の恰好だし、これは一目でわかるな。


年の頃は40半ばくらいだろうか?

金の総髪で、口元にビシッと整えられた髭を蓄えた、渋いおっさんだ。

リーゼルやエリーシャは母親似だな……。


「貴様も討伐に参加したと聞いた。貴様の口から話してみよ」


又聞きじゃなくて、当人から聞きたいのか。


しかし……これも予定に無い事だな。

手にジンワリ汗をかいているのがわかる。

というよりも、俺は会う人会う人から何もしなくていいと言われているんだけれど……。


後で王妃様に【ミラの祝福】をするから、その際の事はオリアナさん達と打ち合わせしていたけれど……これは全くの想定外だ。


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【本文】

「はっ……はい!」


ほんの数秒程度だっただろうが、そのわずかな時間でアレコレと考えてしまった。

追い詰められると脳の処理速度が上がるとか言うけれど……それか?

ともあれ、王様直々のご指名を無視するという選択は無く、慌てて立ち上がった。


立ち上がった後は、いくつかの質問をされてそれに答えたが、幸いややこしい事は聞かれずに、俺の知っている限りの討伐の計画とサイモドキの情報を答えるだけで済んだ。


「ウチの騎士団団長と冒険者達が分断役を務めた」


「アレクシオ、ルバン、テレサ、ジグハルト、フィオーラと言った、リアーナ領の戦力が直接対峙し、見事討伐……」


こんな感じだ。


まぁ、俺が尻尾を切断したくだりは省いたが、それくらいなら問題無いだろう。

討伐までの一連の作業を、自領だけで賄う事が出来ているし、やましい事は無い。


が、王様の聞きたかった事とは少し違ったようだ。


「ふむ……。報告ではリーゼルは戦場にも直接出向いたとあったが、アレは何をしていた?」


リーゼルの活動内容は一連の作業の総指揮を執って直接参加もした、と先程の報告では大分端折られていた。


しかし、何をしていた……か。


どうしよう……先頭に立って魔王種と直接対峙したとか、カッコ良く伝える方がいいのか、地味ではあるけれど、遊撃として二つの部隊の援護を続けていたと、事実を伝える方がいいのか……。


危険な役割を率先して引き受けるってのはリーダーとして必要な事ではあるが、より上手くこなせる者がいる以上無理にリーダーがする必要も無いし、その辺りを冷静に判断して自分の役目に徹する事も同じくらい大事な事だ。


……正解がわからん。


立ち上がってしまった以上、じーさん達にアドバイスを求めようとしても無理だろうし……。


「どうした?陛下がお待ちだ。早く答えよ」


「はっはいっ!」


どうしたもんかと悩んでいると、脇に控える文官のおっさんにせっつかれた。


仕方が無い。

別にリーゼルの行動は咎められるような物じゃ無いし、変に脚色して俺がボロを出すよりは、事実を伝えた方がいいか。


「魔王種と直接戦闘を行う部隊の他に、その戦場に魔物が入って来ない様に壁の役割を果たす部隊が二つありました。リーゼル様は遊撃隊を率いて、その二つの部隊の援護を行っていました。私はその場にいなかったので詳しくは知りませんが、結果、両部隊はケガ人こそ出たものの死者はゼロで済んでいます」


全く詳しくない情報を胸を張って伝える。


「ふんっ……無謀にも魔王種との戦闘に直接参加でもしようものなら、呼びつけて叱り飛ばしていたが……少しは成長しているか。なあ?」


俺の報告を聞いて、つまらなそうにしてはいるが……王様から同意を求められて、周りの者達はリーゼルやリアーナの戦力の事を讃えている。

この流れにしたかったんだろうか……ツンデレさん?


まぁ、俺の返答は間違ってはいなかったみたいかな?



謁見を終え解散となった後、俺達は一同別の間に通された。

調度品が少々豪華すぎる気もするが、談話室みたいな物かな?


その部屋で、じーさん達はソファーに座りお茶をしているが、俺は真っ先に化粧を落とし、【浮き玉】に身を預けて天井付近を漂っている。

想定外の出来事にエネルギーを全部使ってしまったが、空調の風に流されて、何も考えずにフワフワしていると、癒されるんだ。


先程の王様とのやり取りだが、別に悩んだ答えのどちらを選んでも問題は無かった。

俺があまり的外れな事を言うようなら軌道修正をするだろうが、要はあの場で王様がリーゼルの働きを讃える為のものだったらしい。


この部屋にやって来て、じーさんにどう答えたら良かったのかを聞いたらそう言われて、力が抜けてしまった。


「セラ、降りてこい」


「ぬ?」


その声に下を見ると、じーさん達は開けた場に移動し整列している。

何事だろうかと思ったが、一応俺もその列に加わる。


程なくしてドアが開き、文官らしき男達と女性が入って来たが……女性は確か王妃様の侍女だったはずだ。

施療をする予定だし、呼びに来たのかな?


その予想は当たりな様で、じーさん達はこちらに残って何やら話をする模様だ。

そして俺を含む女性陣は王妃様のもとへ……。


……また脱がされんのかな?

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