第143話

351


【本文】

城の門まで数百メートルといったところに、目的地のセルベル家の屋敷はある。

ミュラー家の王都屋敷から、数軒離れた所にあって、割とご近所さんだ。


それでも、その短い距離を馬車で移動している。


「ぉぉぉー……」


門から敷地内に入ると、高い壁に阻まれて見えていなかった屋敷の全容が見えてきた。

広さ、大きさはミュラー家の王都屋敷と大差ないが、こちらは全体的に白い。

ミュラー家の屋敷は領都と王都で、規模こそ違ったが、雰囲気は似ていた。

こちらもそうなのかもしれない。


「男爵も、奥方のリーリア殿も厳格な方では無い。とは言え、あまり無礼な真似はせぬようにな」


「その【浮き玉】は仕方ありませんが、武器になり得る恩恵品は外していますね?」


「うん、だいじょーぶ」


さて、今日滞在するセルベル家にやって来たわけだが、じーさんとオリアナさんも一緒だ。

さらに二人付きの執事と侍女と共に、彼等も今日は一緒に宿泊する。


一応名目は、明日素材を献上する際にじーさん達も同行するし、その事についての打ち合わせだろうけれど……実際は俺のフォロー役としてだろう。

リーゼルのお墨付きがあるとはいえ、俺と顔を合わせるのは初めてだしな。

初対面の貴族宅に、いきなりお泊りはちょいとヘビーだ。

少々申し訳ないが、付き合ってもらおう。


「降りるぞ」


馬車が止まりドアが開けられると、じーさんを先頭に降りて行った。

俺も荷物を持って後に続く。


【浮き玉】に乗り、浮いている俺を見て、一瞬ギョッとしたが、何事もなかったかのように荷物を受け取り、屋敷の中に案内された。



メノア領を治めるセルベル家は、領内に山川農地を持つ王国北部の有力伯爵家で、家も領地も大きな力を持つが、王家とは直接かかわりが無い。

しかし、次期当主の長男であるジェイク男爵が、王国西部に実家があり西部に権力基盤を持つ第一王妃の妹と結婚し、間接的に王家と繋がりを持っている。

ちなみに、リーゼルは東部に、エリーシャは南部に、王太子でもある第一王子は王都圏の有力貴族と結婚して……と。

今の王家は東西南北中央と国内全方位に強い影響力を持っている。


リーゼルが第四王子ってことは上に二人王子がいるんだろうが、彼等の事は俺の耳には何も入って来ない。

ってことは、良くも悪くも無いって事なのかもしれない。

王家のお家事情は分からないが、この分じゃ第一王妃様は安泰だろう。


つまり、ウチも政治面での不安は無いって事だ。

梯子外されたり、背中から撃たれたりを注意しながらってのはしんどいだろうからな。


「ぬふふ……」


「どうかしたのか?」


と、漏れた声が聞こえたのか、じーさんがこちらを見ている。


屋敷に入った後は、主のジェイクさんとの挨拶もそこそこに談話室に通された。

部屋の中には、先に到着していた騎士団と城のお偉いさんも待っていた。


そして、彼らを交えて明日の打ち合わせが始まった。

俺のやる事は、じーさん達の後ろで跪いておくことだし、聞き流していても問題無い。


いや、問題無いってことは無いかもしれないが、それでも、どの部屋でどの役職の人間に挨拶して、それから謁見の間に移って誰々の言葉の後に何々をして……とか、聞いても仕方が無い。


……やっぱり問題無いな。


「あ、なんでもないよー」


慌てて応える。


「そうか……。ではセラ、そろそろソレを……」


「はいよ」


足元に置いたケースを持ち上げ、ドンっとテーブルに置いて中を見せると、女性陣は興味無さそうだが、「おおっ……」とじーさんも含めるおっさん達は息を呑んだ。

ケースの中身は、献上する魔王種の素材、サイモドキの小角だ。

ここでは打ち合わせもそうだが、これの引き渡しも行う事になっている。


てっきり献上するその場で初お披露目をするのかと思っていたが、魔王種等の強力な魔物の素材は、真贋や危険物か否かの確認のために、事前に預かって調査を行うらしい。


……言われてみたらその通りだ。

仮に本物だとしても、血ですら服を溶かす様な劇薬っぷりを発揮するし、もっと大きい物じゃどんな危険があるかわからないからな……。


もっとも、渡す側は問題無い事がわかっているし、献上するその時まで貴重な品を城で預かってもらえるって事で、不満を持つことは無いそうだ。

もちろん俺も。


「では、今日一日城で預かり、明日、城で返却いたします。こちらにサインを……」


騎士団のお偉いさんがケースを受け取り、代わりに書類を出してきた。

それに、ジェイクさん、じーさん、そして俺の順でサインをする。


明日の本番はあるものの、とりあえずは、これで俺の荷物配達の仕事は完了だ!


352


【本文】

打ち合わせを終えた後は、俺は昼寝に移った。


他人様のお宅で、いきなり昼寝ってのはどうなんだ?と思わなくも無いが、王都への移動に備えて、生活パターンが昼夜逆転していたし、仕方が無いと割り切って、熟睡した。


そして、熟睡する俺をよそに、四人も何かとやる事があったようだ。

俺が到着する正確な日付がわからない中、それぞれ立場のある人達だし、予定が入っていたんだろう。

そう考えると、到着したその日のうちに対応してもらえたのは、スケジュールに無理をさせたのかもしれない。


そして、各自の用事を終えた後は少々早めの夕食となった。

明日は朝からお城だし、早く食って早く寝ろって事なんだろう。


ちなみに俺の席も用意されている。

チラっと聞いた話では、夫妻には男の子供が二人いて、長男は領地で領地経営の勉強をしていて、次男は学院に通っているそうだ。

その次男の席は、普段は一緒なのに今日は無い。


……その事が地味に気まずい。

家庭内の不和の原因になったりしないだろうか?


「あまり食が進んでいないようだが、口に合わないかな?」


「む?いえいえ、そんな事ありません。美味しいですよ」


俺の食事の進み具合を気にしたジェイクさんに慌てて答える。


お貴族様の夕食は、コース料理の様に一皿ずつ出てくる。

前菜とスープは片付けたが、サラダと肉料理で手が止まってしまった……。


メノア領は王国北部に位置し、その分王都圏や東部とは少々食文化が異なっている。

具体的には、チーズやクリームがふんだんに使われていて、どの料理も味が濃く重たい。

パン一つとっても、やっぱり味が濃く、硬い。

ライ麦パンとかと近いものかもしれないな。


一応、他領や他国の者をもてなすために、少々マイルドにアレンジをしてはいるそうだが……美味しい事は美味しいんだけどね……。

元々小食なうえに、アレコレ余計な事が頭の中にある状況で、このメニューはちょっと俺にはヘビー過ぎる。


「以前よりは少しはマシになったが、相変わらず食が細いようだな……。ジェイク殿、これは元からだ。気にしなくて良い」


セリアーナが学院に通っていた頃や、結婚する際に俺だけ屋敷に滞在していた時と比べながら、じーさんはジェイクさんに気にするなと言う。


じーさんとジェイクさんは中々の健啖家っぷりを見せている。

ご婦人方も、二人ほどじゃないがしっかり食べているし……テーブルに並ぶ料理を見ただけでお腹一杯になった俺に比べて、随分パワフルだ。


飲んでいるワインが、赤だけじゃなくて白もあるのがちょっと気になる……甘口かな?

前世じゃ白派だったからな……。

今は買っても年単位で寝かせることになるし、【隠れ家】の冷蔵庫もスペースを取りたくないから、ワインにはまだ手を出していない。

うーむ……。


「あまり進まないのなら、セラさんには果物でも用意させましょうか?」


「あー……。そうですね。お願いします……」


どうにも色々思考がとっ散らかって、今一食事に集中できない。

ここはお言葉に甘えさせてもらおう。



食後、俺とオリアナさんはリーリアさんの部屋に招かれ、リアーナ領の様子について簡単にだが話をした。

じーさん達は酒を飲んでいるが……まぁ、二日酔いにならない程度には抑えるだろう。

じーさんは見た目通りだが、ジェイクさんも優男風な見た目に似合わず、酒に強いらしい。


飲兵衛どもはさておき、新しくできた公爵領はここ王都でも注目されているらしい。

簡単に配下を送る事が出来る場所じゃないからな。

この機会に俺から色々聞いておきたかったのだろう。


ただ……、自分で言うのも何だが、俺はリアーナ領の事はほとんど知らない。

領都内ですら移動する場所は限られているし、聞かれている事も当たり障りの無い事だし、こちらも隠したりはぐらかしたりする気は無いのだが、如何せん、俺が話せる事が無い。


結局はリーリアさんの膝の上で、二人から王都の事を聞かせてもらうだけとなった。


王妃様から【ミラの祝福】のことを聞かされていたらしい。

姉妹と言えど、気軽に会う事は出来ないようだが、手紙のやり取りは問題無い様で、頻繁に互いに出し合っているらしい。

髪や瞳の色に顔立ちと、容姿はよく似ているが、ちょっとリーリアさんの方がプニっている気がする。


……食生活の差かな?

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