第142話

349


【本文】

王都行きの話をリーゼルから聞いて数日。

その間は、移動中に【隠れ家】で消費する物資の用意や、ルートの確認、到着後の予定等の確認をしていた。


王都についてからは、一旦ミュラー家に挨拶に行って、それからリーゼルの叔母……王妃様の妹さんの嫁ぎ先の屋敷に一泊する事になるそうだ。

セルベル伯爵家ってお家の長男に嫁いだらしい。

まだ家督は譲られていないが、王都で王家や他家との繋ぎ役を任されているんだとか。


王都滞在は一日か二日と、少々慌ただしいスケジュールだが、俺が行くことは決定していたようで、魔王種討伐前から準備をしていたらしい。


それ用の俺の服まで用意されていた。


「サイズは合っているわね」


「そうですね。仮縫いもせずによくここまで合わせられるものです。よく似合っているよ。セラ」


「……そか」


討伐前に何か採寸していたとは思ったんだが……コレだったか。


俺が今着せられているのは、なんというか……騎士服?

今日仕立て上がったようで、屋敷に届けられた。

黒のパンツに赤のジャケットと少々派手な色合いで、デザインはほとんど同じだが騎士の正装じゃ無い。


王都で魔王種の素材を献上するのは、代理人としてリーゼルの叔母さんの夫がやってくれるのだが、一応俺も立ち会うことになっている。

そして、その際はメイド服ではなく正装する必要がある。


まぁ、それは当たり前だ。


昨年王妃様に施療関係で会ったのはお忍びだったり、プライベートだったりってことで許されていたが、今回はオフィシャルな場になる。

一応俺もその場に相応しい恰好をすることになるが、そこで問題になるのが、俺の身分だ。

身分に即した服装があるそうだが、俺の公的な身分はリアーナ騎士団の2番隊副長だ。

ただ、爵位と言う意味では俺は騎士じゃなく、ゼルキス領都出身の平民の少女に過ぎない。


結果、騎士の正装では無いが、それに近い雰囲気の何ともコスプレっぽい恰好になってしまった。

ちなみにデザインはセリアーナらしい。

これにブーツを履くことになるが、どれも特注でサイズはピッタリだ。

いい素材で仕立ててあるし、お値段も相応の物なんだろうが、着る機会は恐らく今回だけだろう。


少々大袈裟で恥ずかしくはあるが、二人の反応を見るに、悪くは無いようだ。


「後はこれにマントを羽織ります。動きにくかったりはしませんか?」


着付けをしていたテレサが後ろから声をかけてきた。


言われたことを確かめようと、少し屈伸や腕を回してみたりもするが……、タイトなデザインなのに何の問題も無い。

流石フルオーダー……。


「問題無いようですね」


そう言うと、テレサは服を脱がしにかかる。

思ったより動きやすかったが、かといってこれを着ていくわけにもいかないから、【隠れ家】に入れて、向こうで着替えることになる。


「素材はもう奥なの?」


「うん。ケースごと預かっているよ」


「そう。なら出発は明日の夜ね」


人目に付かない事と、夏という事も有り日中の移動は避けたい。

やはり夜の出発がベストか。



額にかけていたゴーグルを下げ、窓辺に移動して外に目を向けると、星と月がよく見える。

今日も一日快晴だったし、昼に比べたらマシだがきっと暑いだろうな。

【浮き玉】を飛ばすしそれくらいでちょうどいいかな?


「よいしょっと」


窓を開けるとムッとするような暑い空気が部屋に入って来た。


「王都についたら屋敷に向かう事。後はおじい様に全部任せればいいわ」


「うん」


「リーゼルの手紙もあるわね?必要な事はアレに全て記してあるから、渡せば全て済むわ」


「ほい」


誤魔化す為に、日付だけはセリアーナが書いているが、リーゼルから何通か預かっていて、それを渡せば俺が喋る必要はないってくらいに、細かく書いてあるらしい。

実に助かる。

このキャラを王様の前でやるのは、ちょっとね……。


「まあ、あまり到着までの日数の事は気にせず行ってらっしゃい」


「ほいほい。セリア様とエレナも気を付けてね。テレサも二人をよろしく。じゃ、行ってきますね」


三人と挨拶を済ませて、窓から外に飛び出した。


夜……それも一人での移動は久しぶりだ。


350


【本文】

「うーむ……ちょいと想定外のペースで来てしまったな……どのタイミングで出て行くべきか……」


領都を発ってから四日目の早朝。

街道から外れた草原に出した【隠れ家】内に潜み、リビングで朝食を取りながら眺めるモニターには、小さく王都の東の街壁が映っている。

まだまだ時間が早く、入場待ちの列は出来ていないが、今日も晴天だしきっと人が集まって来ることだろう。

俺の想定では、順調にいって到着は四日目の夕方だったのだが、それより半日縮めてしまった形だ。


リアーナやゼルキスは街道から外れるとすぐに森や山にぶつかってしまう。

俺一人での移動だと少々安全に不安があり、その結果、移動は街道沿いになる。

その辺は俺も一人で移動したこともあるし、わかっていた。

ところが、ゼルキスより西の領地に入ると、徐々に人目の付かない空白地帯も増えていき、特に平地続きの王都圏に入ると、その状況はより一層顕著になっていった。


街道沿いの発展具合は王国東部よりずっと上だったし、住人の数もそうだ。

それだけの住人を賄えるだけの広大な農地も有り、牧場らしきものまであった。

でも、それらが街道沿いの街や村の周辺だけで収まってしまっていた。


上を飛んでいて思ったのだが、単純に土地が余っているんだろう。


元日本人としては、この土地が余るって考えが頭に浮かばなかった。

重機も無いし、わざわざ離れた場所を利用しなくてもいいんだろうな。

羨ましい……。


それはさておき、これからどうするかだ。


正規の入場だから門から入ることになるが、まだ閉まっている。

門が開くまでここで待つのも、距離があるとはいえ遮蔽物が無いし、人目に付くかもしれない。

かと言って、ここで暗くなるまで待つのもな……。


他の街と違って、王都には街壁の外にはスラムっぽいものが広がっているし、あまり門前で長時間一人でいるのも変なのに目を着けられるかもしれないし……。

遅くなった時のことは考えていたけれど、早くなり過ぎた場合の事は考えていなかった。


詰め所で待たせてもらおうかな……?



どうしたもんかと迷っていたが、結局詰め所で待たせてもらうことにした。

東門は俺が滞在中に【ミラの祝福】の練習に近くの村に行く際に利用していた門だ。

俺の事を知っている者もいるかもしれないし、王都の警備隊になら多少は顔が利く。


公爵様の使いでもあるし、それくらいなら我がままを通せるんじゃないかと思ったが、幸い俺の事を知る者がいた。

流石に王都の中に入る事は出来なかったが、その代わりにわざわざ伝令を出してくれた。

ミュラー家の王都屋敷には24時間警備の兵がいるが、その彼に俺がすでに到着している事が伝わった。

これで屋敷の人間が動き始めたら、迎えを寄こしてくれるだろう。

そして、それまでの間は中で待たせてもらうことになった。


彼等の業務は門が開いてからが本番で、一応交代で外に出たりはしているが、今の時間帯はまだまだやる事が無い。

中には時間つぶし用のカードやボードゲームが転がっている。


銀貨が机の上に置かれているし、きっと賭けでもしていたんだろう。

俺がそれに混ざるのはちょっとまずいが、観戦でもしながら時間を潰そう。



つい先程7時の鐘が鳴ったばかりで、近くの農場の者など特別に許可を受けた者だけは、隣の別門を通れるが、まだ正規の門は開いていない。

しかし、少しずつ門前に人の列が出来始めてきている。


詰所の兵達もゲームを止めて、列の整理や万が一に備えて武器を手に、外に出始めたのだが……。


「セラ、お屋敷からの迎えの馬車が到着したぞ」


「はやくねっ!?」


たしかにじーさん達は早起きだったけれど……。


「……どうしようか?」


迎えに来てくれたはいいけれど、まだ正規の入場は行っていない。

入場開始は確か8時だったし、それまで一時間近くある。

どうしたもんかと兵の方を見ると、なんともないように言ってきた。


「入って構わないぞ。もともと身元も目的もはっきりしているしな。それでもお前だけなら無理だったが、中から貴族の迎えが来たんだ。留める理由はないさ」


と、中へ通してくれた。


「……ぉぉ」


久々にお貴族様の力を目の当たりにしたぜ。

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