第141話
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【本文】
「……ぺったん、と」
街の東側街壁の、指定された箇所に模様の書かれた紙を貼り付け、裏から少量でもいいので、魔力を込めて版画の様にゴシゴシ強くこすると、その模様が転写されていく。
フィオーラ謹製のこれは、何かに模様を転写する事で、一時的に魔力を通すようになるものらしい。
効果はそれだけだが、大掛かりな……例えば結界の様に大掛かりな代物で失敗が出来ない物を作る時に、事前にこれでテストをするそうだ。
エミュレーターみたいなものか。
「よしっ、完了!……しかし、あちぃ!」
転写するのに力を入れたからか、額から汗が流れ落ちる。
尻尾で日傘をさしているから直射日光はあたらないが、気温はどうにもならんな。
湿度がそこまでなくそこまで不快感は無いが……そもそもこの黒い服がダメな気がする……。
他に丁度いい服が無いから、エプロンを外しただけの黒のワンピースだが、夏場はきつい。
【ミラの祝福】があるし、日焼けなんて気にしなくていいんだし、日射病対策に帽子でも被って、尻尾には傘じゃなくて、団扇を持たせればよかったか。
作業はこれで終わりだし、さっさと本部に戻ろう。
街壁から離れて、移動を開始する。
冒険者ギルドの側を通ると、暑いのに狩りの帰りなのか、獲物を引いている冒険者の姿が見える。
ご苦労様だ。
俺は夏は引きこもっているからな……今日は久しぶりの外出だ。
この作業は、通常は街壁の上からロープで降りて行うそうだが、ウチの場合は俺がいるからな……。
昨日頼まれて、何となく引き受けてしまった。
「……野次馬多いなー」
作業の本部は街の中央広場に設置されている。
場所は多少広めにとっているが、人払いはしていないので珍しそうに街の住民が集まっていて、兵士から説明を受けている。
その中には見知った顔も有り、彼等に手を振りながら本部に降りていった。
◇
「ご苦労様、セラ。確認をするからしばらく待って頂戴」
本部で作業完了の報告を済ませると、待機していたフィオーラにそう命じられた。
この一連の作業の監督役はフィオーラだ。
「セラ副長、お疲れ様です」
早く帰りたいなと考えていると、マーカスが氷の入った飲み物を出してきた。
さっきまで集まった野次馬の対応をしていたのに、気が利くにーちゃんだ。
「うん。ありがとー。……マーカス、1番隊で街の外の哨戒とかが仕事じゃなかったっけ?」
礼を言うついでに少し気になる事を訊ねた。
マーカス君は、最初は領都内の警備隊に所属していたけれど、その後は確か1番隊に引き抜かれて、そこで領内の哨戒任務に就いていた。
今は違うが、ゼルキス領で代官を務めていた家出身だけに、リアーナ領内にも顔が利くって事だったし、重宝されていたと思うんだけど……また戻ってきたのかな?
「はっ。当初こちらで警備隊に所属していた事もあって、街の事情に明るいだろうと先日から団長直属の部隊に配属されました」
姿勢を正し生真面目に答えている。
便利使いされている様な気もするが……、リアーナ領が出来てもう一年経ったとはいえ、騎士団の正規兵はまだまだ旧ゼルキス出身の者は少ない。
先程の野次馬との接し方を見ても、コミュ力が高そうだし、重宝されているんだろう。
「セラ、待たせたわね」
雑談をしていると、動作確認を終えたフィオーラがやって来た。
「問題無く作動しているわ。後はこちらで片づけておくから、貴方は上がって頂戴」
「はいよ。んじゃ、お疲れさまー」
「お疲れ様です!」
本部を発とうとすると、マーカスを皮切りに周りで作業をしていた兵達も揃って挨拶をして来た。
適当に俺も返しながら、【浮き玉】の高度を上げた。
流石オーギュストの直属……みんな行儀がいい。
2番隊はもっと砕けている。
強面ぞろいだし、あんな風にビシッとしたら迫力あるんだろうけれど、きっと似合わないよな。
というよりも、そんなことになったら俺が浮く。
「……ぷふっ」
想像すると、おかしくて吹き出しそうになった。
やめやめ。
お堅いことは、彼等や1番隊に任せておこう。
それよりも、さっさと帰ってシャワーを浴びよう。
「ほっ!」
屋敷目指して、【浮き玉】を加速させた。
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【本文】
「とぅっ!」
セリアーナの寝室にあるベッドの一つに【浮き玉】からダイブした。
ボフンと、二度三度ベッド上で体を弾ませてから体を起こすと、丁度【浮き玉】も床に降りていた。
最近気づいた事だが、【浮き玉】は使用者が離れるとその場にゆっくりと着地する。
昔ダンジョンで気絶した時もそんな感じだったらしい。
「ご苦労様。作業は完了したの?」
体を起こしたのを見計らい、セリアーナが作業の進捗具合を尋ねてきた。
「オレがやる分はね。フィオさんが残って確認をしているけれど、問題は無さそうだったよ」
そう……と一言呟くと、ソファーから立ち上がりベッドの上にやって来た。
そして、俺の体を裏返し、尻に頭を乗せて横になった。
「……ねぇ、その枕オレのおケツ」
「そう。気にしなくていいわ。それよりも足を動かさないで頂戴」
さらに、やや開かせた足の間に体を押し込み、足を肘置き代わりにしている。
すっかりリラックスモードだ。
「具合はどうなん?」
「問題無いわ。エレナも収まっているし、後は屋敷で大人しくしておくだけね」
エレナの方を見るとこちらを見て微笑んでいる。
「そか」
これ以上は言っても聞かないだろうし、大人しく枕役をやっておこう。
セリアーナの部屋は、応接室とそこと繋がる寝室の二部屋で構成されている。
今までの寝室は、彼女のベッドと親しい者を招いた時用のソファーとテーブルが置かれていただけで、広い部屋だけに大分余裕があった。
そこに今は、エレナ用のベッドも追加されている。
何故かと言うと、二人は仲良く妊娠しているからだ。
この屋敷なら使用人もいるし、一緒の方がいいだろうとセリアーナが提案し、そうなった。
もっともそれだけではなく、セリアーナの妊娠のカモフラージュの為でもあり、それはエレナも了承済みだ。
依然として彼女を狙おうとする者がいる以上、あまり動く事の出来ない妊娠期間は、いくら警戒してもし過ぎって事は無いだろう。
これなら、幼い頃からの付き合いのエレナが、妊娠中に家人のいない家で過ごす事を心配して、屋敷に部屋を用意した……と思わせる事が出来る……かもしれない。
アレクやジグハルトは、なんだかんだ言ってセリアーナも心細いから、側に誰かいて欲しいんじゃないか?と言っていた。
リーゼルは何も言っていなかったが、俺もそうだと思う。
それはさておき、セリアーナは4ヶ月目、エレナはもうすぐ5ヶ月目だ。
前世の妊娠期間は、詳しくは無いが十月十日と言うくらいだし、10ヶ月くらいなんだろうが、この世界の場合は8ヶ月ほどらしい。
二人とももう半分は過ぎたし、つわりももう収まっているそうだ。
時期が重なるのは魔王種との戦いに臨む前に跡継ぎを……って事だったんだろう。
それプラス、秋の雨季や冬といった、外から人が入って来にくい時期でもある。
なにか二人とも座っている事が増えたなーと思っていたが、妊娠していると聞いてびっくりしたもんだ。
「エレナもだけど、セリア様ももう外から見ても大分分かるようになって来たね」
「私は二人ですもの。これくらいじゃないと困るでしょう?」
首だけ後ろを向けてそう言うと、相変わらず尻を枕にしたままのセリアーナが答えた。
そう……、エレナは一人だが、セリアーナは双子ちゃんなんだ。
彼女の加護はお腹の中の子も対象なようで、流石に男女の違いは分からないが、すぐに判明した。
双子等の複数の子供は不吉だって迷信が前世ではあったが、この世界はそんなことは無い。
聖貨っていうファンタジーグッズのお陰で、むしろ縁起がいいそうだ。
ただ、やはり二人分の栄養も必要でその分髪や肌が痛んでいるが、これは前世と同じで妊娠期間中は薬や魔法を受ける事は極力避けた方がいいらしい。
もちろん【ミラの祝福】もだ。
最初セリアーナにねだられたが、どんなふうに作用するかわからないから、俺は断っていた。
ただ、直接お腹に触れずに弱く発動する程度なら問題無いと、色々調べた結果フィオーラが許可を出し、リーゼルもそれに倣ったため、この変な体勢に行きついた。
俺はともかく、セリアーナも相当間抜けな見た目になるが、本人がいいようだし、まぁいいか。
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【本文】
「そう言えば、外から帰って汗を流したらすぐここに来たのよね?リーゼルの所へは顔を出していないの?」
ベッドで寝転がりながら本を読んでいると、セリアーナがそんな事を言って来た。
確かに風呂入ってすぐにここへ来た。
俺の仕事はあくまで準備で、肝心の結果には関わらないし、必要無いと思っていたのだが……。
「そうだね……風呂から出て真っ直ぐここに来たけれど。行った方がよかったかな?」
「作業の事なら、フィオーラかオーギュスト経由でするのが筋だしお前が行く必要は無いわ。ただ、お前へ任せたい仕事があるの。リーゼルから聞いて頂戴」
「ふむ……」
ここで言ってもよさそうなのにそうしないって事は、個人じゃなくて領主からの命令って事なのかな?
まぁ、俺に出来ないことは言わないだろうし、構わないか。
「わかった。んじゃ、聞いてくるよ。はい、起きて起きて」
お腹に触らない程度に足をパタパタ動かし、セリアーナに起きるよう促すと、渋々といった感じで起き上がった。
「仕方ないわね……。行ってきなさい」
起き上がるとすぐにテレサが側に寄って来て、服と髪を整えてくれた。
「ありがと。んじゃ、二人をよろしくね」
「お任せください。行ってらっしゃいませ」
テレサに礼を言うとニコリと笑って答えた。
相変わらずセリアーナは部屋に立ち入る人間を増やしたがらないから、何だかんだでテレサは今俺だけじゃなくて、セリアーナとエレナの面倒も見ている。
その分、俺の副官やそれ以外の仕事は行っていないが……、それなりに楽しんでいる様だ。
相変わらずの仕事好き人間だな。
「じゃ、行ってきまーす」
ベッドの下に転がる【浮き玉】に乗り浮き上がると、そう告げ部屋を出た。
◇
リーゼルの執務室に行くと、別室に通されて、そこで俺に一人で王都に向かって欲しいと言われた。
部屋にいるのは俺とリーゼルと、ミオがいる。
ミオは、一応男女二人きりって事を避けるためにいるってだけで、ドアの前に立っているから、大声を出さなければ内容を聞かれることは無いだろう。
リアーナ領から王都へは、魔物や野盗に襲われる危険がある最短距離を行けば半分程縮められるが、通常の陸路で行くと二ヶ月と少しかかる。
ゼルキスまでが一週間で、そこから王都までが二ヶ月だ。
ライゼルク経由の船便を使えば、二十日そこらだが、それは除外しよう。
距離にしたら1000キロ以上あると思う。
「可能かい?」
「……そりゃ道は知っているし、可能だと思うけれど」
リーゼルの問いかけに、とりあえずそう答えた。
基本的に街道は王都に繋がっているから、方角さえわかれば辿り着くことは可能だ。
山越えと迂回のどちらを選ぶかはともかく、距離も問題は無い。
「魔王種討伐の報告を陛下にする必要があるんだ。その際に素材の一部を献上するが、それの運搬を君に頼みたい」
……ふむ。
「運ぶだけなら陸路も水路もあるけれど、何でまたオレが?」
魔王種の素材は貴重らしいけれど、それでも運ぶ方法はちゃんとある。
むしろ俺が1人で運ぶ方が、何となくだがうさん臭く思われそうだ。
「今リアーナから王都への最速便は、ライゼルク経由で14日だ。君にはそれを更新して欲しいんだ。手法は問わないとしたら、君ならどれくらいで王都まで辿り着けると思う?」
「……手法を問わないね。うーん……」
ゼルキスまでが途中の休憩を挟んで一日弱。
距離だけならそれで三分の一くらいだとして、王都に近づくほど魔物は減るが、人目が増えていくはずだ。
普通だとペースは上がるが、俺の場合はペースは落ちて行くから……五日くらいか……?
「そういえば、ゼルキスまでが2日だったね」
「む」
なるほど……その設定はそのまま使うのか。
てことは……。
「10日ちょっとかな?」
「素晴らしい。では、改めて頼もう。セリアには既に話を通しているが、どうだろうか?王都まで行ってくれないか?」
「はーい。わかりました!」
いまいち要領は得なかったが、要は王都までかっ飛んで行けばいいって事だろう。
日数の調整なんかは上手い事やってくれるだろうし、俺にこの話を持ってくる時点で、王都での俺の受け入れ準備も整っているはずだ。
最近ちょっとだらけ気味だったから、ここらでピリッと気分を入れ替えるのも悪くない。
……ところで素材の一部って何を持って行くんだろう?
ゼルキスとライゼルクにも渡すし……。
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