第140話

343


【本文】

南の拠点での説明を終えて、アレク達のいる場所に戻ると、そこでは多くの兵士が作業をしていた。

東の戦闘に参加せずに、村で待機していた兵士達だ。


今回の目的は、魔王種を倒す事ではなく、その遺骸を手に入れる事だ。

極論だけれど、無傷の遺骸がそこら辺に転がっていたら、それでよかったわけだしな……。


で、彼等の役割は、この遺骸を無事領都に届ける事だ。

重さはどれくらいあるかはわからないが、車輪付きの荷台で運べるサイズではない為、この広場の周辺の木を伐採して、それを使ってソリを作り、それに乗せて馬で牽いて行く。

一の森とかで、俺が倒した魔物の処理で似たような事をやっているが……サイズが大違いだから、大仕事だろう。


「ただいまー」


少し離れた所で、その作業を眺めているアレク達の姿が見えたので、そちらに降りた。

アレクは盾を外しているが、痛めていた左腕は問題無いようだ。

ジグハルト達も合流しているが、彼等に疲労の跡は無い。

むしろ俺に気付いて、聖貨を見せて来ているし、余裕そうだな。

テレサとルバンも、直撃は無かったはずだし、こっち側は全員OKだな。


「時間がかかったな。向こうはどうだった?ポーションの要請って事は最初の分が足りなくなるくらいの被害が出ていたんだろう?」


「ついでに南側にも行って来たよ。北側が少し範囲が広がり過ぎて、部隊間の援護が難しくなってきていたんだって。それで被害が少し増えて来ていたらしいけれど、規模を縮小できるから問題無いって。南側は、順調。どっちもこのまま作戦通りで良いそうだよ」


「運び出しの応援も来るんだろう?なら、一先ずは俺達の仕事は終了かな?」


「一旦向こうで再編してからになるけど、ちゃんと送ってくれるそうだよ」


アレクとルバンの問いにそれぞれ答える。

まだ魔物の警戒のために、ここに留まる必要はあるが、俺達の役目は終了と考えていいだろう。


どの部隊でも死者は出ていないし、一見余裕の勝利だが、昨年からジグハルト達が時間をかけてしっかり調査して、備えてきた結果だからな……。

百人以上の兵士と冒険者を動かして、減った防衛力を他所の街から補充して……。

俺が何かやる事はあまり無かったが、これだけの大人数が関わる領地の一大事業が無事完了できそうで、ホッとした。


「姫……」


ホッとしていると、後ろにいたテレサが何かに気付いたようだ。


「ほ?」


「その背中はどうされたのですか?」


……背中?

そう言えばなんかスースーするような気がするが……。


「……んん?何だこれ!?」


両手を背中に回し、ペタペタと探ってみると、丁度肩甲骨の間あたりだろうか?

その辺から下にかけて、広範囲に穴が開いているのがわかった。

どこかにひっかけたんだろうか?

薄いシャツの上にワンピースを身に付けているし、二枚とも破れた事に気付かないってのは流石に無いと思うが……。


「肌に傷は無いし……、この服も破れたというよりは溶けている様ね……」


気になったのかフィオーラも後ろに回り、そこを触れたりしている。


肌に傷は無いのか……まぁ、痛みも何も無かったしな。

それにしても溶けた……?

サイモドキとの戦闘ではもちろん、両拠点へ行った際も俺はずっと空を飛んでいたし、アカメ達も何の反応も示さなかった。

攻撃を受けたって事は無いだろう。


はて……?


と首を傾げていると、何かに気付いたのかジグハルトが口を開いた。


「セラ、お前、アレの尻尾斬った時に血を浴びなかったか?」


「血……?」


「ああ、ソレがあったわね」


フィオーラも思い当たったようだが……どれだ?


「魔王種の血ってのは、その魔力がしみ込んでいるからな。まともな鎧でも、その血がかかったらすぐに腐食する。お前の着ている服は魔布や魔糸で編まれた物じゃ無くて、普通の服だろう?それならそんな風になるんじゃないか?」


「まじかー……あ、ありがと」


フィオーラが上着をかけてくれた。


流石に周りに兵士がいる中で【隠れ家】には入れないからな……。


「髪に付いた血が固まっていますね……。特に痛んだりはしていない様ですが、これはどういうことかわかりますか?」


肌や髪を調べていたテレサがフィオーラに訊ねた。

竜の血を浴びてパワーアップとか有りがちだけど、何かそういうのがあるのかな?

……呪いとかは無いよな?


「それなりの魔力があれば、直接飲みでもしない限り害は無いわ。少しくらいなら痛んだりもするでしょうけれど、【祈り】の効果もあるでしょうし、後で洗い落とせば問題無いはずよ」


バフもデバフも無さそうか……。


344


【本文】

サイモドキの搬送が完了し、代官屋敷に到着後、汚れとサイモドキの血を落とす為に、報告はアレク達に任せて風呂に直行した。


そして、使用人は断ったがテレサとフィオーラに体を洗われ、その後頭部や背面部を念入りに調べられた。

……自分で見られない場所だから仕方が無いとはいえ、最近人前で脱ぐのに慣れてきた気がする。


「どーよ?」


「……異常はありませんね。頭皮も頭髪も傷んでいません」


「背中も問題無いわね……。蹴った足も、斬りつけた指も問題無し。セラ、入っていいわよ」


サイモドキの血がかかった部位の確認をしていた二人から、問題無しとのお墨付きが出たので、浴槽に身を沈める。


「ふぃー……」


もうすぐ夏とはいえ、濡れたまま素っ裸で十分近く突っ立っていたから、すっかり冷えてしまった。


俺なら泳げそうなほど広い浴槽は、薬草から作られた入浴剤が溶かされ、湯が緑色になり浴室全体にミントのような香りがしている。

薬効は美肌らしいが……残念ながら俺には意味が無い。


「それでは、私達は出ておきますから、ごゆっくりどうぞ」


「ドアは開けておくけれど、眠らない様にね」


「へーい……」


手を振りながら返事をし、浴室から出て行く二人を見送った。

ドアが開けっ放しなのは気になるが、折角いい風呂なんだし、一人の方が落ち着ける。


北の村の代官屋敷は、基本的に外部の来客はまだ受け入れられる状況では無い。

まぁ、開拓や鉱山の採掘がメインの場所だし、代官も直接現場に出向く事が多いからな。


ただ、そういった場所だからだろうか?

現場に出て疲れた体を癒したいのかもしれない。


この屋敷と比べて似つかわしく無いほどに凝っている。

領主屋敷の地下訓練場にあるシャワー室に浴槽が追加されたら、ここと同じような感じになりそうだ。


「セラー。眠っていないでしょうね?」


浴槽の縁に顎を乗せてしばらく浮いていると、浴室の外からフィオーラの声がした。


「起きとるよー。今出るー」


まだそれほど時間は経っていないが……、二人も早く風呂に入りたいのかもしれないな。

先を譲ってもらったし、そろそろ出るか……。



「ありゃ?三人とももう風呂入ったの?」


風呂から出て、ふよふよ漂いながら談話室に向かうと、討伐組の男性陣そしてこの屋敷の主の代官が机を囲んでいた。

服が代わっているし、なんとなく小ざっぱりしている。

ただ着替えただけってことは無いよな……?


「土埃と汗を流すだけだからな。時間はかからないさ。……二人は?」


カラスどもめ……。


アレクの言葉にそう思うが、あんまりこの世界の男性は風呂には興味が無いんだろうな。

衛生観はしっかりしているが、あくまで汚れを落とすだけでしか利用しない。


女性は結構風呂を楽しんでいるんだが……。


「今入ってるよ。先に俺だけ一人で入らさせて貰ってたからね。立派なお風呂ですねー。堪能しました!」


代官に向かいそう言うと、困った様な笑みを浮かべている。


「ははは……ありがとう。あれは妻がこだわった物でね。喜んでもらえて何よりだよ」


……このおっさんもカラスか。

こだわっているな……って少し感心していたのに!


「今彼等から報告を受けていたが、セラ副長も戦闘に参加した様だね。無事で何よりだよ……」


代官はその後一つ二つ話をして、部屋を出て行った。

まだ、運び込まれたサイモドキの警備や、これから戻って来る兵士達の受け入れの準備等があるし、忙しいんだろう。


三人の前に置かれた飲み物もよく見ると酒じゃ無いし、彼等もまだいつでも動けるようにしている。

皆真面目だな……。


「どうした?」


見ていたのに気づいたのか、ジグハルトが顔を上げた。


「ん?なんでも無いよ……。あ、そうだ!あの魔王種倒した魔法さ、あれ何なの?首貫いたのはわかったけど、その瞬間変な光り方してたんだよね」


誤魔化すわけじゃ無いが、話を変えてサイモドキを倒した魔法の事を聞く。


アレは俺が今まで見た事のある魔法とはだいぶ毛色が違った。

一撃で倒した事に違いは無いが、単に高火力、高出力ってだけじゃ無いはずだ。


345


【本文】

「あ?……ああ、アレはそういう風に見えるのか。そうだな……まずはフィオの術からになるな」


そう言うと、ジグハルトの講義が始まった。

相変わらずの説明好きだ。


フィオーラの術……。

効果は二つあって、一つは周辺の土地一帯の魔素を吸い上げる効果だ。

俺が途中見た時に、何か赤いのが渦巻いているように見えたのがそれだろう。


そして、もう一つが、それを人が扱えるように変換する事だ。

ただの魔素そのままだと、人間が魔法として利用する事は出来ないそうだ。


「俺も出来ないことは無いが……、一時間か、あるいはもっとかかるだろうな」


「ほー……」


要は家電のアダプターの様な役割だろうが、それは難しい事なのか……。


よくわからん……と、間抜けな顔をしていたのだろう。

そんな俺をよそに、ルバンとアレクは難しい顔をしている。


「セラ、大型の魔道具があるだろう?魔素と魔晶を使うが魔力を同調させるための魔法陣を、建物そのものに刻み込んでいるんだ。それを薬剤の補助があるとはいえ、生身でやるというのは……俺は考えた事が無かったな」


ルバンが補足をしてきた。


「なにも俺やフィオの専売って訳じゃない。あまり表に出していないが、魔導士協会で研究されていた物さ」


ルバンは魔法も使えるけど、冒険者畑の人間だし、知らなかったのか。

でも、組織ぐるみで研究しているのに、表に出ないとは……。


「何か問題でもあるの?」


「魔素を根こそぎ吸い上げるからな。その土地の魔力の流れをズタズタにしてしまうんだ。10年近くは元に戻らないだろう。魔物も寄り付かないが、魔道具もまともに使えなくなるし、使った場所を中心に半径1キロ程度は、まともに利用する事が出来なくなる。一々被害がデカくなるから研究も進んでいないしな……それでも今回使ったのは、あの土地がもともと混合種の縄張りで、開拓計画で迂回する事が決まっていたからだ」


「元に戻るまで使えなくても困らないんだね……」


「そうだ。とはいえ、領主に許可取ったりと色々面倒だし使う事はそうそう無いだろうな。俺も今回で二度目だ」


時間が経てば元に戻るとはいえ、それなりの範囲の土地が使えなくなるのは、土地が有り余っている東部でもないと厳しいのか。

つーか、一度使った事あるのか……。


「ジグさんのあの魔法は?俺もそばで見ていましたが、セラが言ったように首を貫いたにしては毒でも食らった様な倒れ方でしたよ?」


術の方も聞いてはいたが、こちらの方が興味あるのか、アレクは身を乗り出し、真剣な顔をしている。

まぁ、俺もこっちの方が気になる。


「そうなのか?俺は気付けなかったな……」


「お前はケツ側だったろう?無理もないさ」


確かに、アレクとテレサが頭側でルバンは後ろ側だった。

おケツよりは頭の方が異常に気付けるのかもしれないが……ジグハルトも少し驚いた顔をしているし、そんな簡単な事じゃ無いんだろう。


「普通の魔法は、魔力と魔素を混ぜ合わせるもんだが……アレはコントロールするのは俺の魔力だったが、実際はただ大量の魔素をぶち込んだだけだ。どんな生物でも純粋な魔素が許容量以上に体内に流れ込むと、体の機能がおかしくなるし、場合によっちゃ死んじまう。今回は首を貫いたし、どのみち即死だったろうがな。その辺は魔道具職人辺りが詳しいな。興味があるなら調べてみるといい」


拒絶反応でも起こしているんだろうか……それとも感電みたいなものか?

どの道、自然に起きる現象じゃなさそうだし、警戒する必要は無さそうか。

アレクも、盾役を務める事が多いから、それが気になっていたのかもしれないな。

心配は無さそうと判断したのか、今は険が取れた顔で二人と話している。



「楽しそうね」


三人の話がだんだん本格的になってきて、俺が付いていけなくなった頃、風呂に入っていたテレサとフィオーラが戻って来た。


俺が上がってから一時間は経っているな……テレサは何か手にしているし、一旦部屋に戻ったのかな?


フィオーラは、話をする三人を見てそう言うと、隣に座り、俺を抱え上げて自分の膝に乗せた。


「ちょいと魔法と魔物についてな……。お前たちは随分遅かったな」


「いいお風呂だったわ。貴方達はどうせすぐ出たんでしょう?」


それには答えず肩を竦めている。


「姫、手を」


「ほい」


俺がいた場所に座ったテレサに言われた通り手を出すと、マニキュアを塗り始めた。

部屋からわざわざ取ってきたのか……。


「この時間になっても何も無いのなら、もう問題は無いのかしら?」


「だろうな。縄張りのボスは死んだし、撤退程度でしくじらないだろう」


外を見れば、日が大分傾いている。

二人が言うように、残りの部隊はまだ帰還していないが救援の要請も無いし、問題無いんだろう。


「お?」


そんな事を考えていると、外が騒がしくなった。

といっても、事件と言うよりはむしろ歓声か?


「帰って来たみたいだな。俺は迎えに行ってくるよ」


「俺も行こう」


アレクが立ち上がると、ルバンも一緒に出て行った。


俺はどうすっかな……。


「姫、足を」


……無理そうだな。

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