第139話

341


【本文】

サイモドキが咆哮しながら右の前足を振り抜いた。

アレクがそれを受け流すが、追撃で戻した足を上から振り下ろした。

だが、それは受けずに転がって回避し、側面の二人が、魔法を胴体ではなく足元に撃つことで、追撃を阻んでいる。


サイモドキは尻尾が無くなった分前足での攻撃を多用してきた。

今やったように横薙ぎからの叩きつけや左右での連撃等、意外とバリエーションがあったが、どれも後ろ足で踏ん張る事が前提なだけに、狙いが絞りやすい様で、順調に時間が過ぎている。


俺も蹴りを入れたり斬りつけたりは出来そうだが、どうせ大したダメージにはならないだろうし、このまま観戦だな。


「……ん?」


戦闘を上から見守っていると、不意に前方に何か明るいものを感じた。


最初の位置とは戦っているうちに大分変わってしまったが、俺は体の向きだけは変えていない。

俺の前方からの明かりって事は……!?


「ジグさん達の準備が完了したよ!離れてっ!!」


合図が上がった事を下の三人に伝える。


「セラっ!いいぞ!」


アレクの声に下に視線を戻すと、彼等も合図に気付いていたのか、すでに三人は距離を取り足止めとばかりに、テレサとルバンがサイモドキの足元にドカドカ魔法を撃ち込んでいる。

ジグハルトがどんな魔法を撃つのかわからんが、これだけ距離を取っていれば大丈夫だろう。


「ほっ!」


二人だけじゃなく東の2部隊にもしっかり見える様に、しっかり高度を取ってから魔法を撃ち上げた。


ジグハルト達がいる場所を見ると、二人の周囲を渦巻いていた魔力は無くなり、代わりにジグハルトが真っ赤に塗りつぶされて見えた。

【妖精の瞳】は、魔力は赤で生命力が緑で見えて、その強さによって大きさが変わって来る。

大抵の生物は緑が強く見えるが、魔力の赤色もちゃんと見えているのだが、これは……。


息を呑み、それを見守る。


「……ぉぉぅ」


そして、一瞬赤く鋭い光を放ったかと思うと、魔法が発射された。


赤い魔法と言えばルバンの赤光だが、アレは中心こそ赤だが周りは白く光っている。

だがこれは、ジグハルトを起点に真っ赤なペンキでべったりと塗ったように、赤いラインが引かれている。

東の拠点との中間あたりまでしっかりとだ。


「……あ、きえた」


何秒くらいだろうか?

少々度肝を抜かれて数えていなかったが、20-30秒そこらしか経っていないはずだ。


てっきり、ちゅどーんっと行くのかと思ったが、サラサラと何とも儚げに消えていった。

とは言え、威力は儚くない様だ。

魔法の軌道上にあった木々が音を立てて倒れていっている。


距離は、大体……2キロくらいか?

【ダンレムの糸】でも数百メートルだったのに対して、これは……木の密度を考えると、こちらの方が障害は多かったはずなのに……。

二人がかりだったとはいえ、10分あれば人間がこの威力を出せるのか。


「セラ!」


魔法の威力にドン引きしていると、下から声がかかった。


見るとアレクが手を振っている。

降りて来いって事かな?


「お待たせ。どうかした?」


「ああ。ポーションを一本頼む。折れちゃいないだろうが……左腕に力が入らない」


「……大変じゃないか」


そうか……、いくら盾を上手く使っていたからとはいえ、あの超重量級の打撃を無傷で凌ぐのは無理だったか。


慌ててポーチからポーションを引っ張り出して、アレクに渡すと、ポーションの半分くらいを腕にかけて、残りを飲んでいる。


「どんな感じ?」


「問題ない。関節や筋を痛めた程度で、すぐに治るさ。それよりも、アレはどうだ?今あいつらが確認に行っているが……」


アレクが指差したのは倒れ伏しているサイモドキだ。

それをテレサとルバンが、油断することなく慎重に近づいている。


……上から見た俺ならともかく、地上からでは、ただ倒れているだけにしか見えないからな。


ジグハルトから発射された魔法は、首を貫き、それだけで絶命させていた。

貫いた瞬間に、サイモドキの全体が赤く染まったのが見えた。

推測だが、魔法の魔力が流れ込み、体の中でショートに近い状態になったんじゃないだろうか?


……聞いたら教えてくれるかな?


「ああ……。二人ともー!それもう死んでるよー」


聞こえた様で、手を上げて応えているが、一応監視はするみたいで戻ってこようとしない。


「お?」


なにやらアカメ達から引っ張られた感触に上を向くと、明かりの魔法が撃ち上がっていた。

ポーション要請だ。


「もうこっちの戦闘は終わりだよね?」


「ん?ああ……どうかしたのか?」


「ポーションの要請。ついでにこっちが終わった事も伝えて来るよ」


そう言い【隠れ家】の中に入った。


342


【本文】

「おお……結構本格的じゃないか……」


要請があったのは騎士団が守る北東の拠点だ。


森の中にあって、ポコポコ人が死ぬ開拓拠点……正直、掘っ立て小屋に木の柵を立てただけの貧相な物を想像していた。

拠点の周りは堀がめぐらされ、その奥に馬防柵の様に柵が築かれている。

人間相手だとちょっと弱いかもしれないが、魔物相手ならこれで十分戦えるのだろう。


さて、開拓拠点が立派なのはいいとして、俺はどこ行きゃいいんだ?

拠点内を兵士達が忙しそうに走り回っているが、特に出入りの激しいひときわ大きな建物がある。

見た感じ倉庫みたいだけれど、そこでいいのかな?


「副長ー、ここだ!」


丁度そこから出てきた兵が俺に気付いた様で、手を振っている。

やっぱそこが本部だったか。


「お待たせ!ポーション持って来たよ」


手に下げた袋を彼に見せる。

中には高濃度ポーションが5本入っていて、水で割るだけで十分な効果を発揮するそうだ。

……カクテルみたいだよな。


「助かる!俺はこれから出動だから、中の奴に渡してくれ!」


それだけ告げると、こっち側の状況を聞きもせずに、バタバタと走り去っていった。

忙しそうだな……。



建物はやはり倉庫の様だが、本部にするために中の荷は壁側に押しやられている。

そうする事で出来たスペースに机が置かれ、そこには地図や駒、報告書らしきものが広げられていた。

さっきの兵もそうだったが、倉庫の中には伝令兵らしき者達がいて、今も指示を受けて外に出て行く。

そして、その指示を出す者の中に、オーギュストもいた。


「あれ?団長じゃん」


若いし強いし、何となく前線に出ているかと思ったけれど、後ろで我慢していたのか。


「セラ副長か。ポーションは?」


「これ。一本で十本分くらいになるらしいよ。足りなきゃまた持って来るけど……」


「いや、十分だ。おい、持って行け。それよりそちらはどうなった?少し前に二度目の合図が上がっていたそうだが……」


「うん。ジグさんが倒したよ。こっちはアレクが少し腕を痛めたけど、大きい被害は無いよ」


受け取りに来た兵にポーションの入った袋を渡しながら、討伐に成功した事を告げると、建物の中が一気に沸いた。

オーギュストも興奮した様子で話しかけてくる。


「そうか……!こちらは範囲が広く隊が間延びして、徐々に被害が増えて来ていたからな……」


こっち側は山間部を含む広範囲をマークしている。

人数が多いのと馬がいるからってのが理由だけれど、流石に負担は大きかったか。

魔物を倒すだけじゃなくて、死体の処理とかもしながらだしな……そりゃ大変か。


「南側やリーゼル様へはその事は?」


「まだだよ。これから南にも伝えに行こうと思うけれど、旦那様は捉まるかな……?」


朝からずっと戦い続きだろうし、こっちほどじゃないにしても、南側の冒険者組だって消耗しているはずだ。

伝えたからって、すぐに「はい、終わりっ!」とはいかないだろうが、それでも精神面で余裕が生まれるはずだ。

 

問題は、リーゼル率いる遊撃隊で、彼等は拠点間を行ったり来たりしているが、俺のように空を飛んでいるわけじゃ無い。

森の中を移動しているから、接触するためには拠点間の最短ルートを外れて追いかける必要がある。


下はともかく、森の上は鳥の魔物がいるからあまりうろつきたくないんだよな……。


「そうだな……。セラ副長は南側の拠点に討伐成功を伝えてくれ。遊撃隊はこちらと向こうのどちらかで休憩をするから、その時に伝えればいい」


「そか……どっちかには必ず来るんだね。じゃあ、そっちは任せるよ」


「うむ。徐々に戦線を下げて日暮れ前には拠点に撤収できるはずだ。アレクシオ隊長には作戦通り進められると伝えてくれ。こちらからも再編成を終え次第、兵を出す」


一気に撤退すると魔物がついてきたりするから、時間をかけてじっくりと下がり、そして今日も拠点で一泊して、その後リアーナへ……。

それとは別に、魔王種の遺骸を運ぶ作業用の人手も出して貰う。

ハードだと思うが、ここは踏ん張って貰おう。


「りょーかい。それじゃ、俺は行くけどみんな頑張ってね」


今度は撤収に向けて忙しそうにしている兵達に【祈り】をかけると、外に出た。

外で戦っている部隊を見かけたら【祈り】をかけるくらいの援護はしようかな。

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