第138話

339


【本文】

俺の声とほぼ同時に、尾が振り抜かれた。

生えている高さは3メートルくらいだが、長さと重さから垂れさがっていて、その軌道は高さ1メートルくらいで、丁度二人に直撃するコースだ。

尾の重量とその勢いを考えれば、これも当たればただじゃ済まないだろう。


「くっ!?」


「うおっ!?」


あの猶予の無い中でも、流石と言うべきかしっかり反応出来ている。

テレサは転がる事で回避し、アレクは盾で受ける事でその一撃を凌いだが、衝撃は殺し切れなかったようだ。

体勢を崩し、膝をついている。

それを見たサイモドキは、角で突こうとしているのか、頭を下げた。

アレクはまだ立ち上がれていない。


これはいかん!


【緋蜂の針】を発動し、サイモドキの頭部目がけて突貫する。


【影の剣】で安全にダメージを与えるのが難しい以上、蹴りしかない。

狙う場所はここだ!


「たっ!」


狙い通り鼻先に蹴りを当てて押し付け続けている、加速する距離が足りずに魔人戦の時ほどの威力は出せていない。

それでも、目のすぐ側でバチバチしてるのが、鬱陶しいのだろう。

俺を振り払おうと、頭を上げて振り回している。


だが、ダメージは取れなくても注意は引けている!

このまま畳みかけよう!


「はっ!」


【浮き玉】をコントロールし位置を下にずらして、今度は下顎を後ろに回転しながら蹴り上げる。

サマーソルトキックだ。

頭を振り回していた為、首にそれ程力が入っていなかったんだろう。

上手く頭を跳ね上げさせる事が出来た。


「ていっ!」


さらに追撃で、浮き上がった顎に回し蹴りを叩き込んだ。

だが、蹴った感触でこの二発もダメージになっていないことがわかる。


表が硬いんだから、裏は柔らかくてもよさそうなのに……。


次をどうすべきかと考え、動きが思わず止まってしまったその時、轟音と熱波、そして赤い光が襲って来た。


「ぬっ!?」


威力は抑え目にしているが、ルバンの赤光だ。

それを右側の胴体に打ち込んだようだ。


硬い皮膚に跳ね返されて大したダメージにはなっていないが、俺の蹴りよりは衝撃があったのか、サイモドキはルバンがいる右側に視線を向けている。


「セラ、いいぞ!離れろ!」


そして、その間にアレクは体勢を立て直し、盾を構えている。


「りょーかい!」


テレサも起き上がっているし、仕切り直しだな。



「ぬーん……。これ厳しくないか……?」


仕切り直したはいいが、ちょいと押され気味だ。

既に数度繰り返しているが、とにかくあの尻尾の一撃が怖い。


尻尾アタックはサイモドキの体に隠れて繰り出されるため、俺が上から指示を出している。

初回と違って、今は崩されずに凌げているが、それも三人が今までよりも間合いを少し遠めに取っているからだ。

特にアレクは、突進を不発に終わらせた後に踏み込む事で、前足の薙ぎ払いを引き出していたが、尻尾のコンビネーションを避けるために逆に後退している。

届かない位置にいるわけだし、結局薙ぎ払いを凌いでいる事に変わりは無いが、その分サイモドキとの間合いが開き、注意を引き付けられなくなってきている。

横の二人が魔法を撃ち込む事で押さえているが、このままだとジグハルト達のもとに行ってしまいそうだ。


首に下げたタイマーを引っ張り出して時間を見るが、まだ5分も経っていない。

上手く動きをコントロールして安定しかけていたのに、尻尾のたった一振りでひっくり返されてしまった。


ダメージなんてほとんど入っていないのに、やる気出すの早すぎないか?

強いんだし、もっと舐めプしてくれよ……。


「次、尻尾右!」


大きく左に振りかぶった尻尾を見て下に指示を出すと、アレクとルバンが一旦動きを止めて回避に専念し、その間にテレサも威力のある魔法を撃つために、魔力を溜めている。


まだ何とかなっているが……とにかくこの尻尾が駄目だ。

範囲が広く二人の動きを潰せるだけに、これを多用されてきたら消耗が増えて、凌げなくなる。


こうなったら……やるか?


確かにあの重く硬そうな尻尾は掠るだけでも危険だし、何より不規則にユラユラ動くアレを捉えるのは難しい。

だが、根本ならほとんど動いていない。


そこなら、俺でもやれそうだ。


340


【本文】

サイモドキの尻尾は俺が一抱えするくらいの太さで、長さは14-15メートルってところか。

動物の尻尾の役割は、体のバランスを取る為の場合が多いが、こいつの場合は攻撃用だな……。

これだけ太いものが鞭の様にしなやかに動いているし、中は筋肉がびっしり詰まっているんだろう。

鱗や甲殻がついているわけじゃ無いが、相当硬いはずだ。


斬れるよな……?


「ほっ!」


【蛇の尾】を最大サイズで発動し、サイモドキの尻尾の根元に巻き付けた。


動き回るサイモドキの尻尾……それも根元を正確にとらえるとなると、これは簡単な事じゃない。

だが、俺の尻尾を巻きつけて、それを支点にすれば俺でも容易だ。


2メートルくらいしか距離を取れないので、近付きすぎてもたもたするのは危険かもしれないし、さっさとやっちまうか……。

貰うぜ!尻尾。


「尻尾斬ってみるから、気を付けてー!」


「!?わかった。無理はするなよ!おい!セラ嬢が仕掛けるぞ!」


サイモドキは移動するだけでも大きな音がするため、俺の声が届いたのはルバンだけだった様だ。

だが、しっかりと他の二人に伝えてくれている。


よっし!

やるぞー!


「ふっ!」


短く息を吐き【影の剣】を発動して、俺の尻尾に沿って突っ込み、右腕を横に一閃した。


【影の剣】の刃の長さは30センチ弱と短い。

それに、指先から少し余裕を持って斬りつけるため、その長さ全部を使う事は難しく、実際に戦闘で使うのは20センチ程度だ。

その長さでは尻尾の切断は無理だが、骨までなら到達する。

一太刀目で骨まで断ち、返す刀で切断だ!


と、言うのが理想だったが……。


「かったぁぁぁっ!?」


肉は切った。

でも、骨が断てない。


魔人の硬い鎧のような物もサックリ切り裂けたのに、骨が断てない!

刃は10センチほどの深さまで埋まるも、骨で止まってしまった。


「ぬががが……っ!」


腕力だけでなく【浮き玉】ごと押し込もうとするが、何とも厳しい。

これ以上は、俺の指の骨がヤバイ。

ポッキリいきそうだ。


尻尾にも痛覚はしっかりあるようで、尻尾の動きが激しくなっている。

継ぎ目にあたるまで試す事が出来ればよかったが、この位置で粘り続けるのもそろそろ危険だ。

援護のつもりが、これだと半端に痛みを与えて怒らせただけと、逆効果になってしまう。


「ふんぬっ!」


左手で、【影の剣】を着けている右手人差し指を掴み、【浮き玉】をさらに進めた。

これならもう少し力を込められる。


「っ!?」


その甲斐あって、骨膜を突破したんだろう。

刃から伝わってくる手応えに変化があった。

そのまま押し込み、そして……。


「よいしょーっ!」


再び手応えが変わったところで、一気に振り抜いた。

勢いあまって一回転してしまったのは御愛嬌だが、これで尻尾の骨を断つことは出来た。

尻尾に視線を戻せば、残った皮膚とわずかな筋肉でぶら下がり、今にも千切れそうだ。


「わっはっはっ!」


その残った部分を切断し、サイモドキの尻尾は重量感たっぷりな音を立て、地面に落ちた。

トカゲの様に切り落としても動くような事はせず、もう放置しても安全だ。


「尻尾斬ったよー!」


すぐさま頭の上まで移動し、三人に聞こえる様に大きな声で戦果を報告した。


「よくやったっ!」


アレクが大声で答えた。


たかが尻尾、されど尻尾だ。

致命傷には程遠いが、これで攻撃手段を突進、薙ぎ払い、尻尾アタックの三手から、二手に減らす事が出来た。

もしかしたらまだまだ攻撃手段を持っているのかもしれないが、それでも後数分凌げばジグハルト達が何とかするはずだ。


見ると三人の間合いが開始当初の距離にまで縮まっている。


「おわっ!?」


突如サイモドキの体が目の前に迫り、慌てて高度を上げた。

サイモドキは、思い通りにいかない事にイラついているのか、後ろ足で立ち上がり、そして両の前足を叩きつけた。


ストンプか……新しいパターンだな。


だが、間合いを近く取っていた三人は、その瞬間は距離を取り躱している。

尻尾が厄介だったのは、横の広範囲を攻撃できたからだ。

威力だけなら突進はもちろん、今のストンプや薙ぎ払いの方がずっと上だが、点の攻撃に過ぎない。

この三人なら簡単に凌げるだろう。


……決まったかな?

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