第137話
337
【本文】
森の中にポッカリと開いた、100メートルくらいはありそうな円形の広場に出た。
あくまで木を伐採しただけで整地はしていないのか、そこら辺に折られた木が転がっていたりとあまり足場は良くない。
何か真っ黒になった物も見えるし、草もあまりないことを考えると、火でも使ったのかもしれないな。
そこの端に、これから俺達が戦う魔王種がいた。
距離があるにもかかわらず、はっきりとわかる巨体で、頭部に3本の角が生えていて、くすんだ灰色の皮膚は鎧の様だ。
そして四つ足で、先端は見えないが、丸太の様に太く長い尾が生えている。
なんというか……サイか角のあるゾウ?
あるいは、図鑑でしか見たことは無いがトリケラトプスか。
比較するのにちょうどいい物が周りに無いが、体高は4メートルくらいか?
クマの時も思ったが、立派な怪獣だ。
しかし、何となく魔王って字面から勝手に獰猛な肉食獣を想像していた。
俺が外で倒してきた魔物はほとんどがそうだったからだ。
だが、よくよく考えてみると、ジグハルトから聞いた慎重……と言うよりもいっそ臆病と言っていい性質は、草食動物に当てはまる。
こいつが胎生か卵生かはわからないが、何となく納得できた。
さて……、このサイモドキと戦うわけだが、その視線は今俺達がやって来た……ジグハルト達がいる方を向き、広場の南西側をウロウロしている。
退くか、あちらに攻撃を仕掛けるか迷っているのかもしれないな。
こちらに警戒が向いていないことを確認した三人は、ジワジワと前から近づき、遂には正面にアレクが、右にルバン左にテレサが立ち、各々武器を構えた。
それに合わせて俺も真上に移動を開始するが、未だにサイモドキに動きは無い。
コソコソと刺激しない様に近づいていたが、目の前にいるのに、まさに眼中に無しといった様子だ。
上から周囲を見渡すと、魔物も獣も一切気配はない。
こちらを見ているアレクに頷くと、彼もまた頷く。
手にした槍を掲げ、左右の二人にも見える様に大きく円を描いたかと思うと、勢いよく振り下ろした。
それを合図に両側から二人が魔法を放った。
ルバンの「赤光」とテレサの風の魔法が胴体部分に直撃し、土砂が舞い上がる。
そして、その魔法に驚き口を開けてしまい、余波で舞い上がった土砂が顔を直撃。
口の中にもしっかり入ってしまった。
「ぬあっ!?……ちょ、ペッペッ!?……あー……ジャリジャリする」
慌てて口に入った物を吐き出す。
10メートル以上の高さにいるのに余裕でそれを越えて行ったし、音も凄かった。
ジグハルト達への戦闘開始の合図には十分だろう。
サイモドキも、ダメージにこそならなかったが、ようやくアレク達を認識したのだろう。
不機嫌そうに、グルグルゴロゴロと唸り声をあげている。
何というか……ただの唸り声なのに雷みたいな大きさだ。
この巨体は伊達じゃ無いな。
舞っている土砂はテレサが放った風で散らされ、視界が晴れると、【赤の盾】を構えてサイモドキの正面に目の前に立つアレクが見えた。
アレクはサイモドキの3メートル程前まで近づき、注意を引くために槍を頭の前にちらつかせている。
さらに頭の向きを変えさせようと、少しずつ移動を始めた。
上から見るとわかりやすいが、サイモドキを中心に反時計回りに動いている。
一先ず俺も地面と水平になる様に体勢を立て直した。
頭をジグハルト達に向けて、お尻は東側だ。
そちらはアカメ達に監視させている。
「お?ジグさん達も始めたみたいだよ!」
ジグハルト達の方を見ると、なにやら魔力が渦巻いているのが見える。
必要かはわからないが、その事を下に聞こえるように大きな声で伝えた。
「了解!」
アレクは集中しているからか、代わりにルバンがそれに応えた。
サイモドキもそれに気付いた様で一瞬そちらを向いたが、【赤の盾】は相手の気を引き付ける効果があるそうだ。
それがどこまで通じるかはわからないが、少なくとも今は効いている様で、すぐにアレクに向き直った。
サイモドキは、鬱陶しそうに首を振りながら前足で地面をかいている。
知ってるぞ……これ、突進する前にやる予備動作だ……!
「来るぞ!合わせろ!!」
アレクが大きな声で両脇の二人に指示を出すと、もう役目を果たしたからか槍を後ろに投げ捨て、両手で盾を構えた。
……アレを受け止めるのか!?
大型トラックよりデカいぞ?
338
【本文】
サイモドキがアレクめがけて突進を開始しようとしたその瞬間。
「はっ!」
ルバンがサイモドキの左目あたりに魔法をぶつけた。
速度のある光球だが、威力はあまり無い様で小さく破裂しただけだった。
だが、気勢を削がれたのか、突進を止めてしまった。
その代わり、アレクが前に出ている。
槍は捨てているし、盾だけ持ってそんなに接近してどうするんだろう?
そう思うが、アレクはそんな事お構いなしに、手を伸ばせばサイモドキに触れられそうな距離にまで接近している。
「む!?」
サイモドキは突進は諦めたのか、代わりに右前足を振り上げ、アレクめがけて振り抜いた。
蹄が上にいる俺にも見えるくらい振りかぶっての、フルスイングだ。
足と言っても、アレクとほとんど同じくらいのサイズだ。
おまけに蹄があるし、当たったらただじゃ済まない。
グロい光景を想像し、思わず目を閉じてしまったが、辺りに車がガードレールに擦る様な、嫌な音が響いた。
驚き目を開くと、サイモドキの体に隠れて直接姿は見えないが、アレクは無事の様だ。
恐らく、盾で滑らせるようにして、攻撃を受け流したんだろう。
あの音は盾を蹄がひっかいた音か。
突進なら体重差があり過ぎて、技術じゃどうしようもないが、前足の薙ぎ払いなら捌けるようだ。
「アレーク。大丈夫ー?」
とは言え、あの巨体の一撃だ。
念の為にポーチにはポーションを入れて来ているし、怪我の有無を確認しないと。
「問題無い!」
こちらの心配に反して、元気な声が返って来た。
そうか……アレを無傷で凌げるのか。
そう感心していると、今度は左前脚で薙ぎ払ったが、再び先程と同じような音をさせて、捌いた。
直後、出来た隙をついて、ルバンとテレサが斬りかかったが、キィンと硬く高い音をさせ、弾かれている。
金属同士をぶつけたような音だが、皮膚は相当硬いようだ。
それにしても……、このサイモドキは一体何て生物なんだろう?
あの前足の動きは、草食動物じゃ無理だ。
肉食……それもネコ科の様な柔軟な関節じゃ無ければ出来ないだろうに……。
角と蹄、硬い皮膚……どれも強力だが、気を付ける点はそれだけじゃ無いのかもしれないな。
◇
戦闘開始してから2分ほど経った。
そんな僅かな時間にもかかわらず、三人の戦い方は大分こなれてきている。
まずはアレクが正面に立ち注意を引き付けて突進を促し、それを両脇のルバンとテレサが魔法を撃つことで妨害し、その隙をついてアレクが左右どちらかの懐に入り込む。
丁度視界に入る位置を選んでいる様で、攻撃はしてこなくても鬱陶しいのだろうか、前足で薙ぎ払おうとするが、それも盾で上手く受け流し、無傷で凌いでいる。
ここまでがワンセットだ。
あくまで凌ぐだけでダメージは与えていない。
サイモドキもすぐに仕切り直してくるから、もう何度も繰り返している。
そして、少しずつ移動しながら戦っているが、魔法の余波やサイモドキの蹄で、元々よくない足場がさらに荒らされている。
左右どちらかのチョイスは、その時その時の足場がいい方を選んでいるんだろう。
二人ももう攻撃は捨てて牽制に徹している。
他の大型の獣や魔獣との戦い方の応用なんだろうが、上手いもんだ。
上は全く警戒されていないから、何かチョッカイを出せそうな気もするが、頭部は角があるし、胴体は厚みがあるからクマの時と同じく、【影の剣】じゃダメージが入らないかもしれない。
安定しているし、何もしない方がいいか……。
周囲に魔物の姿は無し。
東の2部隊も異常無し。
西のジグハルト達も多分異常無し!
もうこのまま10分持ちそうかと思ったその時、視界の端を何かがよぎった。
そちらを見ると、今まではただ垂れさがっていただけの長い尾を、鞭のように波打たせている。
アレクはもちろんだが、二人もサイモドキの胴体に集中していて、その尾の動きに気付いていない様だ。
下の三人に注意を促そうとしたが、それより一手先にサイモドキが動いた。
体は移動したのに尻尾はついて行かず、その場に残ったままだ。
最近俺も尻尾を使っているから、狙いがわかる。
これは反対側に振り抜くための予備動作だ。
そして、この尾の長さだと左のテレサだけじゃなく、正面のアレクにまで届くはずだ。
「左から尻尾! 避けて!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます