第136話

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【本文】

「うわぁ……」


領都から北の村までの比でないくらいに荒れた道を、ガタゴト揺られること1時間半。

目的の討伐予定地手前に到着した。


まだ森の中で周りは木に囲まれているが、少し先に行くと伐採されて開けているそうだ。

木に遮られて、討伐対象の魔王種は未だ肉眼では姿が見えないが、【妖精の瞳】とアカメ達の目を通してその強さだけはわかる。


「ここからでも気配が伝わって来るが……どうだ?」


馬車の中からでもわかるようで、アレクだけじゃなく、他の二人も鋭い目をしている。

そして、それがいる方を見ていたアレクが、尋ねてきたが……。


「すごい」


それしか言えない。


サイズ比を考慮したら、今まで一番大きかったのはジグハルトだ。

彼の場合は魔力を表す赤が特に強く大きく見えていたが、こいつの場合は魔力はもちろん身体能力も同じくらい強大だ。

もちろんそれだけでわかるようなもんじゃ無いだろうが、それでもクソ強い。


その魔王種は、こちらには気付いているもののまだ俺達は警戒には値しないのか、何かアクションを起こす素振りは無い。

この分じゃ【隠れ家】の中のジグハルト達には気付いていないようだ。


「……そうか」


そう言うと、アレクは馬車から降り、兵士達のもとに行った。


「お前たちは馬を連れて退いてくれ。十分に離れたのを確認してから戦闘を開始する」


「わかった」


「良い報告を期待しているぜ」


彼等はアレクにそう答えながら、馬に乗って、来た道を引き返していく。


彼等は、馬車を引いてきた馬を連れて、村まで下がって貰う。

彼等も魔王戦は見たがったそうだが、縄張りのボスの戦闘ともなると周囲の魔物にどんな影響が起きるかわからない。

行きと違って馬車を切り離しているし、飛ばせば20分かからないくらいで村まで戻れるだろう。


まぁ、首尾よく片付けば、遺骸の回収に馬を替えて再びやって来ることになる。

その時に魔王種は見れるし、それで我慢してもらおう。



彼等が去って10分程が経った。


村を出た時からずっと防具を着こんでいたアレク達は、固まった体を動かして解している。

他の2部隊のこともあるから、あまり時間はかけられないが……ここは念入りにやって貰おう。


馬車の中から監視を続けているが、幸い魔王種には、まだ大きな動きは無い。

眠っているわけじゃ無いんだろうが……夜行性なのかな?


魔王種の監視はアカメ達に任せて、アレク達に視線を戻す。


アレクの装備は【赤の盾】に短槍、革の鎧に【猛き角笛】。

ルバンは、細身だが長さのある両手持ちの長剣に、王都のダンジョンに一緒に潜った時と同じ革の鎧。

テレサは、腰に2本剣を差し、リアーナに来てから新調したやっぱり革の鎧……。


アレクの武器が魔人の棍棒じゃないのは、あれは重たくてどうしても動きが遅くなるから、倒す事よりも注意を引き付けて時間稼ぎをする事が目的の今回は向いていないって事で、領都に置いて来てある。

それは知っているけれど、なんでみんな軽装なんだろう?


金属鎧が重たいのは知っているけれど、フルプレート程じゃ無いし、白兵戦なら硬い方がいいと思うんだけど……まぁ、いまだ厚手のジャケットしか着ていない俺が言う事じゃないかもしれないけれど……。

終わったら、聞いてみようかな。


そう言えば出発前に何か寸法を採られていたが、結局何も無かったし、あれは何だったんだろう……?


「セラ。もういいぞ。二人を呼んで来てくれ」


「ん?はーい」



【隠れ家】を発動し中に入ると、モニターで外の様子を見ていたのか、二人は玄関前の廊下に待機していた。

フィオーラが外で儀式に使う薬品も準備しているし、いつでも行けるな。


「お待たせ。こっちの準備は出来たよ」


「おう。外に出る前に最後の確認だ。まずは外でフィオの準備が完了したら、お前が照明の魔法を真上に撃ち、先行する2部隊に開始を報せる。その後は【祈り】を使い3人と共に前進し、魔王種の真上に着いて3人の援護だ。戦闘の開始を確認したら、こちらも動く」


「うん。で、フィオさんの儀式が完了したら、照明の魔法をフィオさんが撃つから、オレも魔王種の真上で撃つんだったね」


ジグハルトの説明を引き継ぎ、俺も答える。


「そうだ。会議では前線の拠点のポーションが尽きたらお前が届けることになっているが、要請があっても一先ず無視していい。どうせ10分そこらだ。倒してからでいいぞ」


「わぉ!?」


その言葉にちょっと驚くが、確かに行って帰ってで10分以上はかかるだろう。

それなら、こっちに専念して倒すのを待った方がいい気もする。


俺のふらっしゅが照準兼色々な合図にもなっているしな……。


336


【本文】

「む!?」


【隠れ家】から出て馬車を降りると、フィオーラは地面に何か文字らしきものを書き始めた。

読めはしないが、これが何かの儀式なんだろう。

何やら書き連ねることしばし、それは終えた様で、今度は持って来た薬品を撒いている。

これは、俺が領都で実験に付き合った物の完成品らしい。


それを撒き始めてすぐに、今まで伏せていた魔王種が体を起こした。

ジグハルト達が馬車から降りた時も体の向きを変えていたが、これはいよいよやる気になったのかもしれんね。


「体起こしたよ」


「そうか。移動は?」


「してない。その場でこっち見ているね」


「なら問題無いな」


俺の報告を聞きながらも、腕を組み呑気にしているジグハルト。

フィオーラもだが、この二人は本当にいつもと変わらない。

三人も、当初は緊張していたが、今はもうリラックスしている。

……ソワソワしているのは俺だけか。


近くに強力な魔物がいるのになんでこんなに落ち着いているんだろう……場数か?



「待たせたわね。始めるわ」


ソワソワふよふよしていると、フィオーラの準備が完了した様だ。

そちらを見ると、地面に赤い模様で縁取られた青く光る円が描かれ、その中央にジグハルトが、そして円の縁にはフィオーラが立っている。

これから何か儀式をするんだろうけれど、今の状態でも魔力があの場所だけ極端に濃い。


とはいえ、いよいよ始まるのかと思うと……いかん、ドキドキしてきた。


「わかりました。二人とも準備は良いな?」


「ええ」


「問題無い。いつでも行けるぞ」


アレクがまずは二人に確認を取ると、今度はこちらを向いてきた。


「お前は……大丈夫か?」


「お……おう!」


ちょっと声が上ずっているが、いけるぜ?


俺のその様子に気付いた様で、アレクは苦笑を浮かべながら口を開いた。


「……前に立つのは俺達で、お膳立てはフィオさんが、止めはジグさんだ。気楽に行こうぜ?」


確かに俺の役割は、ふらっしゅを撃って、他所の照明を見逃さない事だ。

言われてみるとそんなに緊張する事じゃないな。


「それもそうだね……。よし!行くぞー!」


俺が時間を潰すわけにはいかないし、肩の力も抜けた。

ここは一気にやっちゃうか。


【浮き玉】の高度を上げて周囲の木の高さを越えると、森にもかかわらずポッカリと木どころか草すら生えていない場所がいくつかある。

魔王種がいる場所もそうなっているが、そう言えば何ヵ所か候補があると言っていたし、あそこがそうなのかもな。


次いで東に目を向けると、小さくだが光点が集まったり動いたりしているのがわかる。

先行している部隊達だろう。

まだまだ彼等は元気な様だ。


「ふっ……よし。ふらっしゅ!」


【竜の肺】を発動して、全力のふらっしゅを空に向けて放った。

荷物になるから傘を置いてきたが、そう連発する事も無いだろうし、これで十分だろう。


「お」


俺の魔法に呼応するように、まずは北東、そして少し遅れて南東から、同じく照明の魔法が撃ち上がった。


「アレク、両方から反応があったよ!」


急ぎ降りて報告をする。


「そうか……セラ【祈り】を」


「ほっ!」


「よし。行くぞ!」


【祈り】がかかったのを確認すると、即座に三人とも走り出した。

開始の合図を出したし、ここからは時間勝負だ。

まずはさっさと戦闘に持ち込んで足止めをして、二人が儀式を行えるようにしなければ!


「んじゃ、オレも行くね!」


「おう。無理はするなよ!」


「ちゃんと完了の合図を見逃さない様にね」


「はいよ!」


軽く言葉を交わすと、俺も先行する三人を追った。



「そこを抜けて100メートルちょっとの所にいるよ。こっちを見ているから気を付けてね」


三人にすぐに追いつくと、先頭のアレクに木で遮られている先の様子を伝えた。


すっかりジグハルト達に注意が向いているから、抜けてすぐに戦闘って事にはならなそうだが、それでも用心するにこしたことは無い。

そもそも俺もまだ姿を肉眼で見ていないから、どんなのかわからないしな。


「おう!」


「姫、貴方は高度を取って後方へ!遠距離攻撃にも気をつけて下さい!」


「はいよ!」


「セラ!周囲から魔物が呼び寄せられた時は知らせてくれ。ダンジョンの時の様にお前一人で対処しなくていいからな!」


「りょーかい!」


そのまま走る事10数秒。

森を抜け、魔王種が陣取る広場に出た。

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