第135話

333


【本文】

「めっちゃ揺れてるねー。みんな大丈夫?」


北の村へ向かう馬車の中で、その揺れまくる馬車に乗る皆の体調が心配になる。

俺は浮いているから関係無いけれど……それでも馬車がガタンゴトンと弾む音を聞いているだけで、なんだか揺れてる気になって来る。


「馬車なんてどこもこんなもんだぞ?」


「ああ……セラは大きい街以外はほとんど行った事が無いですからね……」


「随分なお嬢様だな……」


上からジグハルト、アレク、ルバンの順だ。


3人とも冒険者出身だからか、何か仲が良いんだよな。

何がおかしいのか、3人で笑いあっている。


「以前訪れたアリオスの街を覚えていますか?」


「うん?覚えてるけど……そこがどうかした?」


代わりにテレサが口を開いた。

アリオスの街は領都の一つ隣の街で、リアーナ2番目の街だ。


「彼等はああ言っていますが、あの街から繋がる道なら主要街道ほどではありませんが、この道よりは整備されていますよ」


「……ああ、そういえばあそこが流通の要とか言ってたね」


旧ルトルは領都に定まる以前は辺境の街に過ぎなかったし、そこからの道を整備する手が足りないんだろう。

むしろ繋がっている事を褒めるべきだろうか?


「まぁ、あんまり急ぎの用とかは無さそうだったしね……。ルーさんの所もまだ道はこんな感じ?」


「……ルーさんってのは俺か?そうだな……俺の所はもっと整備が進んでいるぞ。もうすぐ本格的に港が稼働するし、そうなるとライゼルクだけじゃなく、国中の物が届くようになる。それを領内に運ぶためにも道は大事だからな。領主様はそこを重要視して下さっているんだろう」


何となく思いつき、初めてした呼び方を訝しみながらも、しっかり答えるルバン。


「北の村は東部の開拓だけじゃなくて、鉱山の採掘も行っているんだ。周辺の開拓拠点と採掘の拠点を束ねていて、まだ村ではあるが規模も振るえる権限も大きい。俺の所と違って、街道整備の代わりに人員を派遣していると聞いたな」


「ほうほう」


「まだゼルキス領だった頃は、ここまで伯爵の目が届いていなかったから、西側と繋がりのある商人達が大分好き勝手していたようだが、旦那様がルトルに代官としてやって来た際に大掃除をしたんだ。孤児上がりや借金のかたに連れて来られた連中も、扱いは多少はマシになったな」


ルバンとアレクの説明を聞きながら馬車の外に目を向けると、遠くに森が見えるが、さらにその奥には山が連なっているのがわかる。

ここからだとわからないが、その森と山の中間あたりに向かう村があるそうだ。

で、その近くの森や山に開拓や採掘拠点があって、それらを束ねると……。


そりゃこんだけゼルキスの領都から離れていたら、好き勝手するか。


娼館送りを免れても、そのどれかに俺も送られてたのかもな……。



村に到着した後は、代官のもとに挨拶に行った。

今日はこの屋敷に一泊し、明日の早朝に出発する予定だ。

リーゼル達は既にここを発ち、開拓村に到着しているだろう。


この村は、ちょっとソールの街に似ている。

あそこは農業が盛んで、その収穫品を保管する倉庫が街のあちらこちらに建ち並んでいた。

ここも、鉱山から採掘された物を保管する倉庫が建ち並んでいる。


ただ、あそこは錬金系も盛んだったが、ここは製鉄や鍛冶をやっている様子は無かった。

一次産業のみか……それとも今後手を付けていくのかな?


夕食は代官夫妻と一緒で、色々聞きたそうではあったが……弁えたものですぐにお開きとなった。


「それじゃあ、私は部屋に戻るわ。テレサ、朝はちゃんと起こして頂戴ね」


「ええ。ご安心を」


食後は男性女性に分けられた部屋に移り、明日が早い事も有り、早々に休む事になった。

部屋が大部屋なのは個室が人数分無いからだ。

まぁ、まだまだ発展途上の村だしな……。


そして、フィオーラは用意された部屋にそのまま寝るが、万が一に備えて、俺とテレサは【隠れ家】で休む事になった。

本当は俺だけでもいいんだけれど、俺が朝起きられない可能性を考慮して、テレサも一緒だ。


俺の朝寝坊癖はジグハルトやフィオーラにも伝わっている様で、二人に念押しされてしまった……。


まぁ、明日は大ボス戦なのに、朝起きられるか不安になるよりはいいかな?


334


【本文】

朝だー!


少し早めに起こされ、その分ゆっくりとシャワーを浴びた事で、目もパッチリ。

朝食もしっかりとり、実に清々しい気分だ。


外に出ると、先に支度を終えた男性陣が5人の兵士達と打ち合わせをしている。

戦闘こそ俺達が行うが、予定地までは馬車で行く。


俺はまだ見ていないが、その予定地までの道は既に拓かれているが、それでも魔物の襲撃に備える必要はある。

馬車の御者と、そこまでの護衛を行うのが2番隊の彼等だ。


出てきた俺達に気付いたのか、ビシッと敬礼をしている。


「来たか。それじゃあ、乗り込んでくれ。お前達、目的地までの護衛は任せるぞ」


「おうっ!」


アレクの命令に声を揃えて答えている。

気合十分じゃないか。


「ほっ!んじゃ、よろしくねー」


馬車の前に並ぶ彼等に【祈り】をかけた。

目的地まで1時間半ほど。

これは作戦に無いアドリブだが、戦闘が起こる可能性はそこまで高くないようだけれど、かけておいて損は無いだろう。


「任せろ!副長も隊長や旦那たちのサポート任せたぞ!」


「おうよ!」


シュタっと彼等に向けて手を上げ、馬車に乗り込んだ。



出発してしばらくしてから、ジグハルトとフィオーラと共に【隠れ家】の中に入った。


これから戦う魔王種は随分警戒心が強いらしい。

といっても、普通の人間が近付くくらいじゃ何の反応もしないそうだが、ジグハルトクラスだとそうはいかない。

強いくせに、半端に近付くと距離を取ろうとするそうだ。


その代わり、ジグハルトが直接確かめた事だが、ある一定のラインを越えて接近すると、迎え撃とうと臨戦態勢に入る。

足を止めて威嚇をしながら、縄張り内の魔物を呼び寄せようとする。


その魔物達は先行している2部隊が既に討伐に向かっているし、後はその一定のラインまで【隠れ家】に潜んでいてもらえばばっちりだ。


「そこにおやつが入ってて、そっちがお茶ね。中の設備の使い方は大丈夫かな?」


「問題無いわ。しばらくここを借りるわね」


「うん。向こうの棚にお酒も置いてあるけど、それは飲まない様に!」


特にジグハルトに向かって言う。


「流石に飲まねぇよ……それよりなんで酒が置いてあるんだ?お前隠れて飲んでんのか?」


「飲んでないけど、珍しいお酒は買ってあるんだよ……」


俺は、この世界の薬草を使った酒を色々コレクションしていたりする。

ワインなんかはそこら辺で手に入るだろうが、薬草酒は意外と貴重だったりするそうだ。

大人になったら、飲んでみたいと思っている。


……アブサンみたいな感じなのかな?


まぁ、それはさておいて、とりあえずジグハルトとフィオーラに【隠れ家】の説明を改めて行った。

1時間半程度ではあるが、中の使い方……特にトイレとかわからなければ困るからな。


「こちらはもう大丈夫よ。到着したら教えて頂戴」


「ふぬ……」


二人を見れば、問題は無さそうだ。

これ以上は俺がいると集中の邪魔になるかもしれない。


「うん。じゃ、また後でね」


そう言い【隠れ家】を後にした。



「戻ったか。二人はどうだった?」


馬車の中に戻るとアレクが様子を訊ねてきた。


「いつも通りだったね。お酒は飲まない様に言っといたけど、大丈夫そうだよ」


「そうか。念の為お前は中から【妖精の瞳】とアカメ達で警戒をしておいて欲しい。魔王種は奥にはいかないようだが、もし手前に流れて来ていたら、外の連中じゃ凌ぐのは難しいからな……」


「はいよ。【祈り】が切れた時はどうする?後30分位は保つと思うけど……」


【妖精の瞳】とアカメ達を発動しながら、【祈り】の更新をどうするか聞いた。


送迎役とは言え、この作戦に選ばれるくらいだから外の兵士達も腕は立つんだろうが、それでも何といってもここは魔境だ。

それに、馬車の護衛をしながらとなると、ちょっとどうなるかわからない。


「アレは少し特殊だからな……。魔力の流れを警戒されるかもしれないし、止めておいた方がいいんじゃないか?」


「そうだな。その時は俺とルバンが出るか。魔法も避けた方がいいし、テレサは中でセラを頼む」


「仕方ありませんね。危なくなるようなら私も出ますよ」


魔法抜きの白兵戦で片づけるのか。

俺もそっちの方はそこそこ手伝えるが、外に出ると【隠れ家】が解除されてしまう。

そうなったら、本末転倒もいい所だ。


ここは大人しく馬車の中から応援しておこう。

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