第131話

324 エレナside


【本文】

セラとテレサが出発して数日経つが、時折仕事をしているセリアーナ様の視線が、ソファーや頭の上を向いているのに気付く。

いつもセラがいる場所だ。


雨季前に片づける仕事が多く、最近は朝から机に向かっている。

集中が切れてしまったんだろう。


「セラがいないと静かですね」


セラは口数が多い方では決して無く、むしろ少ない方だ。

それでもあの娘がいると、部屋に来た者が何かと声をかけ、それをきっかけに会話に発展する。

領主の執務室と言う、本来仕事の報告を除けば会話……まして雑談等通常起きない場所では、いい息抜きだった。


「いつも暇そうに転がっているから、皆かまってあげているのね」


と、口の端を歪めセリアーナ様が言った。


やや皮肉めいた言い方だが、無意識のうちにセラを探した事の照れ隠しなんだろう。


「ゼルキスでも暇を持て余しているのなら、姉上の相手をしてもらえるかな?どう思う?セリア」


「この時期は向こうのダンジョンは上層までは人が多いはずよ。あの娘ならそれを押しのけてまで狩りをしようとはしないでしょう。お母様ならアイゼンかルシアナに相手をさせているんじゃないかしら?それならエリーシャ様のお相手をする時間もあるはずよ」


セリアーナ様と旦那様は軽口を叩きあっている。


その様を横目に、手元の書類に目を落とす。


つい先日ライゼルク領から手紙が届いた。

こちらが先に送った物の返信だ。

職人をゼルキス経由で送り、ゼルキスまでの引率をエリーシャ様が行うと書かれていた。


同じくゼルキスから届いた物には、リアーナまでの職人の護衛に領地の騎士団を動員するとあった。

リアーナにはゼルキスから移動して来た冒険者も多く、領内を移動する者達の護衛が捕まりにくくなっているそうだ。

貴族学院の入学に備えて春前に領内の掃除をしているはずだが、逃れた魔物もいるだろうし、ここで念押しをしておきたいのだろう。


この書類には、リアーナに入ってからの護衛の引継ぎと、予測される問題点の洗い出しとその対策について書かれている。


リアーナ側が警戒する事は、職人達の移動に便乗してやって来る者達の中に、不穏分子が紛れている事だ。

だが、律儀に深夜帯の警戒まで計画しているが、それは少々気負い過ぎだと思う。


1番隊が行う事だから口を挟みはしないが、深夜森の中を通り抜けようとするものを騎士団が捕捉するのは不可能だ。

その事はこの場にいる者達もわかっているのだろうが、1番隊隊長の教育の為だろうか、訂正をしたりはしない様だ。

隊員達は気の毒だが、今の季節ならそこまで体への負担は少ないだろうし、耐えてもらおう。


「ん?」


視線に気付き顔を上げると、文官達がこちらを見ている。


「……ああ」


そろそろ二人を止めて欲しいのか。

カロスとジーナも控えているが、彼等は執務中は基本的に口出しはしてこない。

そう決めているわけでは無いが、この時間帯は私とテレサが行っている。


「お二方、じゃれあうのも結構ですが、そろそろ仕事に戻って下さいね」


「じゃれあってなんかいないわ!」


即言い返してくるセリアーナ様。


「あっはっは、叱られてしまったね」


笑って答える旦那様。


反応の仕方は違うが、いい気分転換になったのか、二人とも再び仕事に取り掛かった。



夜、アレクと食事をしながら互いの昼間の事を話す。

まだ籍は入れていないから、一応それぞれの部屋は分けているが、アレク用の部屋はもっぱら荷物置き場で、普段は私の部屋で生活している。

家事をしに来る屋敷の使用人達からは時折からかわれるが、さして問題は無い。


「セラな……纏まった時間を離れるのはこれが二度目だが、いなくなると意外と影響があるものだな」


ワインの入ったグラスを手にしながらそう言った。


彼は今はセラの代わりに見習達の引率に付き合っている。

彼は住民に人気があるから、一班だけだと不公平だからと、全ての班に同行しているが、そちらで何かあったんだろうか?


「今日はセラが見ていた班でしたね。何かありましたか?」


今回のリアーナの騒動のきっかけはその班の少年だ。

精々子供同士の言い合いの中で口を滑らした程度と思っていたが、班の人間そのものに問題でもあったんだろうか?


325 アレクside


【本文】

セラの代わりに見習達に同行して数日経つが……、一つ分かった事がある。

それは、この街出身の子供は、貴族との接し方を理解していないって事だ。


商家の子でも無ければ、一々貴族との応対の仕方を教わったりはしない。

そもそも生活区が分かれていて、街の警備をする騎士を除けば、子供のうちに貴族と接する機会が無いから必要ないのだ。


それでも親や周りの大人を見ていれば、何となくでも接し方ってやつを自然と学んでいく。

揉めたらマズい、怒らせたらマズい、関わったらマズい……こんな具合にだ。

そして徐々に大人になるにつれてそんな事は無いと知り、貴族への隔意が和らいでいく。


この国はどこもそんなもんだったが……、この街は少し違う。


今は違うが、ルトルと呼ばれていた頃のこの街は、領主の力が及ばず、代々教会や商人が顔役だった。

その為、この街出身の者は貴族との接し方を理解せず、やや軽んじているところがある。

旦那様が代官として赴任してからは多少是正されてきたが、子供にまではまだまだ浸透していない。


特に冒険者を目指す様な子供には。


「ある程度上役の言葉を聞くようにはテレサが仕込んでいるが、それ以外は危ういな。俺やジグさん達や極一部の冒険者を除けば、兵士はもちろんだが、騎士すら自分の親父達の同僚……そんな認識なんだろう。そして、あいつらにとって騎士と貴族の区別が今一ついてない様だ。流石に領主は別物だってわかってはいる様だがな……」


「それは危険ですね……セラの事はどう受け止めているんでしょう?」


「王様だな。セラが一番上で、自分達はその部下だ」


セラが複数の恩恵品を所持し、魔物を退治している事は聞かされているんだろう。

幸いあいつが舐められるような事は無いが……他の子供があいつの振る舞いを真似をするのは危険過ぎる。


「奥様の事をセラが呼ぶようにセリア様と呼んだりしていたらしい。聞いたやつがすぐに殴って指導したそうだが……。隠れて言う分には、構わないだろうが、あいつらは冒険者ギルドにも出入りするからな」


愛称ってのは身内や親しい者同士で使うもので、赤の他人が勝手に使うものじゃ無い。

そこら辺は普通は家で教わるものだと思っていたが、ここでは違ったようだ。

追々時間が解決する事ではあるが……貴族、それも領主夫人相手だ。


場合によっちゃ冗談抜きで首が飛ぶ。


それを聞いたエレナは、心底呆れた様な顔をしている。

エレナは生粋の貴族だからか、悪ガキどもの思考ってやつが理解できないのかもしれない。


「……住民の教育に口出ししようとは思いませんが、そのままにしますか?」


「とりあえずは目につく場所に出入りするそいつらが問題だからな。親は冒険者ギルドに関りのある者が多いし、支部長が近いうちに冒険者ギルドに呼び出してその辺を詰めるだろうさ」


「ああ……それは良かった。過保護かもしれませんが、折角の新しい試みなのに、それが元で処罰される様な事は避けたいですからね」


ホッとしたように表情を緩めるエレナ。


「全くだ……。しかし、子育てってのは難しいんだな」


「同感です。自分で育てたいという思いもありますが……乳母や家庭教師に任せる方がいいかもしれませんね」


親が出来ている事を子が出来るとは限らないし、子供同士で勝手に法を作ったりもする。

平民ならそれでも問題無いが、貴族となると将来の影響も考えなければいけない。


目指してはいたが、いざその立場になると中々頭を使うものだな。



深夜、眠りについていたが不意に目を覚ました。

何事かと思ったが、外が少しざわついている。


「アレク」


窓から外を見ていると、後ろから呼びかけられた。


「お前も気付いたか?」


エレナがベッドから身を起こし、上着を羽織りながらこちらに歩いて来た。


「ええ。奥様は?」


「旦那様の部屋に明かりは付いていないし、魔物の襲撃って事は無いだろう」


セリアーナ様は旦那様が付いているから、安全は確保できている。

そして、そもそもこの屋敷の誰よりも守りが硬いのはセリアーナだ。

彼女が何もしていないのなら、この事態に危険は無いのだろう。


とは言え……何か異変が起きているのに何もしないというのは……。


「恐らく隣のアリオスの街からの報告でしょう。アレク、貴方の役割は魔物が相手の時です。これは1番隊の役割ですよ」


「……そうだな」


騎士になって一年近く経つが、まだまだ冒険者の頃の癖が抜けていない様で、目の前の問題を他人に任せるって事に慣れない。

その葛藤を察したんだろうか、エレナがそう言って来た。


リックが突っかかって来るのは、対抗意識もあるのかもしれないが、向こうの領分にまで首を突っ込もうとする俺にも原因があるんだろうな。


「何か飲みますか?」


頭を使ったからすっかり目が覚めてしまった。

エレナも寝起きなのに申し訳ないが一杯用意してもらおう。


「そうだな、さ……」


「お酒は駄目ですよ」


「……茶を頼む」


一緒になって以来どうにも手厳しいな……。


326 怪しい人side


【本文】

冒険者ギルドの建物の中に入ると、少々遅れてしまったせいで、中は冒険者で溢れている。

尤も遅れたと言っても、まだ早朝と言っていいくらいだが……。


「よう」


「おう。出遅れたな。もう目ぼしいのは片付いているぜ?」


「職人の追加が来るらしいぜ。商人達がさらに張り込んできたぞ」


顔馴染みの冒険者達と挨拶を交わしながら、奥の掲示板へ向かう。


この街の冒険者ギルドも他所と同じように、職人や商人達の依頼をここで受理し、それを掲示板に貼り出している。

魔物を狩る事に変わりは無いが、狩場の選別の目安になるし、普通は誰かしら受けているんだが、この街の場合は狩場が魔境だ。

一々魔物を選ぶような余裕を見せる者は少なく、依頼は何時も溜まったままだった。

結局依頼は消化されなくても、冒険者ギルドから素材は流れてくるから、特に問題は無かったんだが……。


詳しい経緯は知らないが、昨年から冒険者ギルドや騎士団が合同で教育を施していた見習いが、口を滑らせて親が隠していた聖貨のありかを漏らしたらしい。

そして、その親が領主に聖貨を全部売っぱらったんだとか。


ま、そりゃそうするしかないだろう。

今はこの街は他所からやって来た冒険者が数多くいる。

隠し場所が知られたのに呑気に家に置いておくなんて、馬鹿でもやらねぇ。


だが、売る側がケツに火が付いているんだから買い叩きゃいいのに、領主はそれを通常より高く買い取ったらしい。

さらに領主自らが公表しているわけじゃ無いが、冒険者ギルドを通じてその事を広めた。


どこの街にも、いつか聖貨を使う事を夢見て貯め込んでいる奴はいるが、10枚集めて実際に聖貨を使う事が出来る者は滅多にいない。

今回の事は、そう言った連中が聖貨を手放すいいきっかけになったんだろう。

そして、その連中が手にした現金を安全に、尚且つ自分の役に立つ物として目を付けたものが、魔境産の素材をふんだんに使った武具だ。

値は張るが性能は文句無しで、盗られるような物でも無くて、金の使い道としては文句無しだ。


聖貨を持っていない連中も、商人達がその需要を見込んで高値で素材を購入している影響で、狩りに出れば稼ぐ事が出来る。

冒険者ギルドの買取よりも割高の依頼を出しても、ここで他者より抜きんでる事が出来れば、まだ出来たばかりで若いリアーナの市場を押さえる事が出来るかもしれないし、勝負どころと見ているんだろう。


お陰で、まだ10日も経っていないのに冒険者周りは随分景気がいい。

おかげで俺達も活動資金に困ることは無いが……。


領主は住民から聖貨を回収し、住民はそれで得た金で景気が良くなる……上手い事やったもんだ。


「……ちっ」


掲示板に向かうと、言われた通り既に目ぼしいものは全て持って行かれている。

残っているのは、時間や手間がかかるものばかりだ。


他の連中の様に追加の依頼をここで待ってもいいが……いい加減入って来た時から向けられている視線が鬱陶しいし、今日は引くか。



拠点用に借り切っている領都北東部の安宿に戻ると、街に出ていた仲間も戻っていたのでそれぞれ情報を交換した。

冒険者ギルド、商業ギルド、街の西側、教会と、それぞれに日々入れ替わりで出向き、些細な事でもいいから情報を集めている。

それは、この街に来て1年以上経つが、欠かさず続けている。


「昨晩、騎士団本部に外からの伝令が複数来ていたらしい。詳細はわからないが、随分バタついていたらしい」


「冒険者ギルドはいつもと変わらなかったが……1番隊か?」


「だろうな。それが理由なのかわからないが、あからさまに警戒されていたな」


他から「俺もだ」と声が上がる。


「俺の方もそうだったな……」


冒険者ギルドで向けられた視線を思い出す。

冒険者ギルドの職員も騎士団だし、あれは監視だったんだろう。


気付いたのはここ数ヶ月の事だが、教会のあるこの北東部の兵の巡回が増えて来ていた。

最初は教会があるからかと思っていたが、徐々に出入りする者にまで及び始めている。


「……そうか。どうする?」


「……どうしようもないだろう」


その事に気付いた時から何度も繰り返された問答だ。


俺達の他にも教会や西側に雇われた冒険者が街に潜り込んでいるが、その監視のせいで碌に連絡を取る事も出来ず、どんどん情報が共有されなくなってきている。

いずれ、セリアーナを襲撃する事になるだろうが、はっきり言って今のこの街にいる戦力では成功はまず望めない。

だからこそ、いっそこのまま冒険者として過ごすか?と何度か話題に上がったが……、セリアーナの加護が問題だ。


領主の方はまだ穏やかだそうだが、セリアーナは領民には夫同様甘いそうだが、敵には大分苛烈らしい。


監視の具合から、恐らく俺達は既に捕捉され、いわば泳がされている状況なんだろう。

まだ俺達は敵対するような真似はしていないが……、だからと言って見逃されるかはわからない。


結局判断が出来ずにズルズル来ている。


近く、魔王種の討伐に主力が街を空けるそうだが、それでもこちらを遥かに上回る戦力を有しているし、俺達もだが恐らく他の連中も動かないだろう。


「何かあるまで待つしかないだろう……」


結局はこれしかないか。

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