第130話
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【本文】
「失礼します。テレサ様、商業ギルドから荷物が届いておりますが……こちらに運んでよろしいでしょうか?」
特に大した話をするでもなく、お茶を飲みながら街の事なんかについてお喋りをして時間を潰していると、使用人が商業ギルドからの荷物の到着を報せてきた。
部屋まで走ってきたのか、少し息が切れている。
今回の前倒しのゼルキス行きの件を聞いた翌日に運ばせた物で、道中俺達が追い抜いていたが……それでも5日……かな?
随分と飛ばしてきたな。
いくつもの街や領地を跨ぐ場合は、例えばA地点からB地点まではこいつが、B地点からC地点までは別の奴が……と分担したりすることも多いそうだ。
その方が効率がいいからだろう。
ところが、貴族絡みの依頼の場合は、道中の護衛が交代する事はあっても、基本的に引き受けた者が最初から最後まで運ぶそうだ。
荷に何かあったら責任を取らされるのは引き受けた者だし、それに折角のお貴族様からの依頼だ。
責任はかかるが、評価も報酬も自分だけで囲い込みたいんだろう。
だが、今回はもしかしたらその荷を運ぶ者も交代しているのかもしれない。
俺はともかく、テレサもいるのにそうするって事は、彼等もそれだけ急いで届けたかったのかな?
「お願いします。梱包を解くのは私が行いますから、手伝いは無用ですよ」
「はい。それでは。すぐにお持ちします」
今回の滞在はイレギュラーで、いわばお忍びに近いものなのだが、街に入る時の活躍で俺達の事は知られている。
その為テレサへの面会の申し込みが既に何件も入っていたが、面会用の服が無いという事で断っていた。
何か他に理由があって、それを隠す為とかじゃなく、本当にそれが理由だ。
俺にはよくわからないが、こちらで用意されていた服じゃなにかが駄目だったらしい。
その事を先程の使用人は知っていたからだろう。
急いで取りに部屋から出て行った。
もしかしたら商業ギルドに身内でもいるのかな……?
領主の屋敷で働けるって事は、そこそこ高い地位にいるのかもしれない。
「テレサは、お仕事するの?」
俺は今回の滞在期間は、このままダンジョンに行かないつもりだ。
仕事は手紙を届けた事と、ミネア、フローラ両名に施療を行った事で完了しているとはいえ、世話役付きでゴロゴロしている間に、テレサに仕事をバリバリこなされると、申し訳なさが……。
「その予定は有りません。今回私は休暇ですので……。それに、雨季明けの件が片付くまで大きな契約は行いません。彼等もそれはわかっているのでしょうが……大方討伐計画の進捗や成功の可否を聞きたいのでしょうね」
無駄な事を……と、テレサはため息交じりに呟いた。
「あら……」
まぁ、一応とは言え魔王種と直接戦う事になっている俺はもちろん、領地の代官達ですら漏洩対策の為かほとんど聞かされていないしな。
他領の商人程度じゃ無理だろう……。
◇
「……あ、おはようございます。セラ様」
俺の目覚めに気付いたのか、ルシアナがこちらにやって来た。
起床したら彼女がいるのにも、流石に3日目ともなると慣れてきた気がする。
ルシアナはこの世話役に就いている間は、家庭教師はお休みな様で、その事を喜んでいるってのを聞いたから、彼女に対しての心のつっかえが取れたからってのもあるかもしれない。
セリアーナやアイゼンと違って比較的自由な立場だったからか、割と呑気なお嬢さんだ。
「……おはよー」
体を起こし部屋の中を見渡すが……テレサがいない。
その視線に気づいたのか、ルシアナが口を開いた。
「テレサ様はお客さんが来ていて、お父様の執務室にいます。それと、セラ様が目を覚ましたら部屋に呼ぶようにとも言われています……恰好はそのままでもいいそうですが、よろしいですか?」
「む?うん……いいけれど……」
めっちゃ寝間着なんだけれど……それでもいいって客と言ったら……誰だ?
リアーナの面々か、それとも王都のじーさんとかかな?
ルシアナは知っているんだろうけれど、名前を出さなかったし……。
「ちとまって、顔だけ洗うね」
誰かはわからないが、それ位はやっておこう。
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【本文】
「なんか……警備が厳重だね……」
親父さんの執務室に近付くにつれて警備の兵士の数が増えている。
普段は部屋の前には居ても、廊下や階段には控えていないのだが、それだけ客が大物って事なんだろう。
だが、その厳重さから客が誰なのか何となく予想は付く。
ミュラー家と同格かあるいは格上。
この周辺でここより上の家は、リセリア家……つまりセリアーナ達だけだ。
そこが無いとなると、後はもう一つしかない。
同じ伯爵家で、領地が近く親交もあって、尚且つ直近でここまで警備を敷かれるような者が訪れる様な用事がある家となると、ライゼルク領のフェルドさん位だろう。
「どうぞ」
執務室の前に着くと、前に立つ兵士がドアを開けてくれた。
「セラ、入りまーす」
一言告げてから中に入ると、親父さんに、ミネアさんにフローラさん。
そして、テレサと……。
「久しぶりね。セラ」
予想通りエリーシャさんの姿があった。
今まで会った時よりも少し落ち着いた印象を受ける。
髪型や服装は大きく変わっていないが、アクセサリーの土台が金から銀に代わっているからかな?
「お久しぶりです……1人で来たんですか?」
聞いたところ、エリーシャさんがやって来たのはリアーナに送る職人達の引率の為で、今朝がたゼルキスに到着したそうだ。
夫のエドガーさんは、船団を率いて海の上だとか。
領地の高官でもいいのに、王女とは言え新参者だし、領内に丁度いいアピールになるからと、わざわざ彼女がやって来た。
思い切りのいい人だ……。
随分早く着いたなと思い、そこも聞いてみると、リアーナから手紙が届いてすぐに領都とその周辺の街から数名ずつ徴収しながらやって来たらしい。
職人達は往復の帰還も含めると2ヶ月近く家を空けることになるが、その間の生活費はリアーナが持つし、魔境産の素材を扱えるからって事で希望者も多く、無理やり連れて来るようなことは無かったそうだ。
あちらさんでは雨季とかによる職人への依頼量の波は少ない事も幸いした。
とりあえず、俺もその現場にいたし全くの無関係とは言えなかったから気にはなっていたが、これであの少年のやらかしに端を発した、リアーナの武具職人不足問題も落ち着くだろう。
新領地ならではの問題でもあるが、上手く解決してくれてよかった……。
と、そこら辺の事は俺が起きる前にすでに話し終えていたそうだ。
申し訳ねぇ……。
「職人達は今日一日この街で休んだら、すぐにリアーナ領都に向かうわ。兵士の護衛付きだから通常よりも早く到着できるでしょうね」
「我々も兵を動かす良い口実になったよ。流石に商人が護衛を雇えないから……と、その程度の理由で動くわけにはいかんからな」
が、手続きやらは既に終えているのに話す内容は仕事の事だ。
親父さんがいるからかな?
◇
さて、あの後親父さんは再び仕事に取り掛かり、俺を含む女性陣はミネアさんの来客用の部屋に場所を移した。
そして、昨年以来の【ミラの祝福】をエリーシャさんに施している。
「あーん……」
「どうぞ」
空になった口を開けると、すかさずテレサがフォークを口に突っ込んで来る。
話を終えた後、食事はどうしたのか?と聞かれ、「まだ。皆は朝食は?」と逆に聞き返すと、昼食なら済ませた……と言われてしまったからな……まさかもう昼を回っていたとは思わなかった。
親父さんの執務室に向かった際にルシアナが食事の用意を申し付けてくれていたようだ。
ありがたや。
「あのテレサが随分甘くなったものね……」
俺を膝に乗せているエリーシャさんが、何やら驚きを隠せない様子でそう言った。
「甘やかしているわけではありませんよ。エリーシャ様」
前回ここに来た時に似たような問答をやった気もするが、やっぱり俺は甘いと思うんだよな……。
見るとミネアさんはその事を思い出したのか、軽く笑みを浮かべている。
「そう……?私はよく叱られたものだけれど……」
「あれは、エリーシャ様がお勉強を放置して逃げ出すからですよ……」
エリーシャさんは中々ヤンチャさんだったらしい。
「テレサはエリーシャ様の侍女の候補だったんだっけ?結局親衛隊に入ったって聞いたけれど」
「ええ。入隊した後になりますが、護身の為の剣を教えたり等していたので、交流は有りました」
「ほーう……」
そういやリーゼルとは遠縁って言ってたし、それならエリーシャさんともだ。
テレサよりも強い人はいるんだろうけれど、王女様に教えるなら、同性で尚且つ縁続きの方が適しているか。
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【本文】
大陸東部は、野の魔物が駆逐されている西部と違って、人里を襲う魔物がまだまだいたる所にいる。
その魔物が容易に襲ってこれない様に、拠点を作って人を集め、村や街へと発展させていくのだが、その集落の人口がある一定のラインを越えてしまうと、今度は魔物がそこを餌場と認識する事があり、その為集落の防衛力に応じて住民の数を制御しているそうだ。
街壁の周辺にスラムの様な形で貧困層の小屋が立ち並んだり……といった光景が、王都以外では見られないのは、そう言った理由があるからだ。
それを許せば魔物を呼び寄せかねない為、随分厳しく取り締まっているらしい。
ただしそれを防ぐ方法がある。
魔物避けの結界だ。
王都や各領都、交易拠点等の限られた重要な街にのみ張られていて、決して万能という訳では無いが、それさえあれば住民の数に関係なく、基本的に魔物は近づこうとしない。
その結界を張るために必ず必要になるのが強力な魔物の遺骸だ。
その土地の魔物であればあるほど、より効率よく効果を発揮する。
以前聞いた時は、何でかわからなかったが、実験に付き合わされてわかったが、魔物にも土地の相性の様なものがあるそうだ。
ただ、その相性を無視できるのが魔王種で、その遺骸を用いればどこの土地でも効率よく結界が張れるんだとか。
もちろんその魔王種も強力であればあるほど、より強力な結界を張る事が出来る。
王都のアレがいい例だ。
さらに、ある程度綺麗に形を保った状態でなければ意味を持たなかったりと、色々条件はあるようだが、魔王種の遺骸は極めて貴重であるらしい。
「今回の礼にそれを貰う事になっているのよ。ゼルキスもそうでしょう?」
「ええ。もっとも魔王種の詳細は記されていなかったので、何が贈られるのかはわかりませんが……」
エリーシャさんの問いかけに、すまし顔で応えるミネアさん。
今回両家がリアーナに対して妙に手厚い支援をしているのは、討伐成功の暁にはその魔王種の遺骸が贈られるからだ。
一部とはいえ、それがあれば確実に領地の地力を引き上げられる。
面倒な魔王種の捜索と討伐を思えば、安い物なんだろう。
「だからセリア様は大胆に支援を頼んだんだね……」
話が一区切りついたところで、今回の支援の件について聞いてみたのだが、そう言った裏があった。
……裏って程じゃ無いな……ギブアンドテイクだ。
ほうほうと、2人の言葉に頷く。
「姫、商人達が情報を探っているのはその為です。新たに結界を張るのならそこに人や物そして金が集まります。他者より先にそこを押さえる事が出来れば大きく利益を上げる事が出来るでしょう。メサリア国内は、リアーナを除けばどこもある程度安定していますから、抜きんでる為にはこの機会は逃したくないのでしょう。リアーナを安定させるためには、後ろを支えるゼルキスが栄えていればいる程いいですからね。彼等もこちらに遺骸が流されるというのは予測しているのでしょうね」
と、テレサは苦笑している。
投資するにも前世の様に移動や連絡が簡単にはいかないから、ある程度決め打ちしないといけないんだろう。
そもそも断られているとはいえ、テレサに面会を申し込めるってだけでも結構頑張っているんじゃないか?
……個人的にはその奮闘は評価したいが、他所の事だしな。
「あの……よろしいでしょうか?お母様」
「どうしました?ルシアナさん」
「はい。皆様は商人の請願を断る事が当然の様にされていますが、聞き入れてはいけないのでしょうか?」
「聞き入れたいのならそれでも構わないのです。ただ旦那様は、商人に限らず領民には贔屓を作らず極力平等に用いる事を心掛けているのです。貴方の侍女も出身はバラバラでしょう?」
「確かにそうですね……」
思い当たるふしがあるのか、頷くルシアナ。
そういえば、ここは所謂御用商的なのはいないな。
しっかり競争原理が働いているんだろう。
健全じゃないか……。
「競争を促せば、自分達で弱者を切り捨ててくれますからね。我々が介入するのは目に余った行いをした時だけです。その方が手間が省けますから……覚えておくと良いですよ」
「はい!」
ルシアナは母親から直々に教わるのがうれしいのか、張り切って返事をしているが……俺が思ってたんとちょっと違う気がするけれど……健全だよね?
◇
エリーシャは職人達が出発したのを見届けた翌日にライゼルク領へ帰還し、そして俺達もその2日後にリアーナに向けて出発した。
しかし今回の滞在は本当に何もしなかったな。
いつもはだらけているなりにも2日に1回位は外で狩りをしていたし、雨季で外に出れない時は、屋敷の仕事を手伝っていたし……。
休暇だから別におかしい事じゃ無いんだろうけれど……ワーカホリック気味なのかな?俺。
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