第132話
327
【本文】
「よっ!ほっ!はっ!」
掛け声に合わせながら尻尾がぶんぶん動いているのがわかる。
「…………」
そして、動かせば動かすほど、訓練所を利用している者の視線がお尻に集まってきているが、無視する。
大きく横に振ったりグルグル回したりと準備運動は十分だ。
恩恵品の作動に準備運動が必要なのかは我ながら疑問だが、気分の問題だし、良しとしよう。
この訓練所は壁は木の板が張られているが、その壁の一画には木の板ではなく鏡が張られている場所がある。
決してポージングを決めたりする為ではなく、武器を手にした際の構えを確認したりする為の物だ。
その鏡の前に移動して、気合を込めながら尻尾に意識を集中する。
「ふぬぬぬぬ……」
ゼルキスではダンジョンに潜る事が出来ず、【蛇の尾】の戦闘面での性能テストが出来なかった。
そして一の森を始め領都周辺は、ライゼルクから出張してきた職人達が、武具作成の依頼をどんどん消化し始めた事で、素材目当ての冒険者達がさらに増え、断念。
他の冒険者達の狩りが一段落した頃に試せばいいか……と後回しにしていたらあっという間に雨季に突入してしまった。
流石にこの雨の中は狩りに出たりはしないようだが、それは俺も同様だ。
帰還してからの一月近く、やったことは街の周りの警備の付き添いだけだった。
戦闘要員としてでは無いが、俺も一応魔王種との戦いに参加する事になっている。
リアーナの最精鋭で挑むわけだし、ジグハルト達は自信があるのか慣れなのか、余裕を見せているが……俺にはそんなモンは無い。
やれる事は全てやり、万全の状態で挑みたい。
と、いう訳で尻尾の訓練だ。
【影の剣】や【緋蜂の針】や【浮き玉】……俺が長く使っている恩恵品だが、どれも強力だ。
ただ、恩恵品そのものには俺の技量は関係無い。
誰が使っても同じ性能を発揮する物だ。
だが、この【蛇の尾】は巻きつけたり叩きつけたりする際の、いわば出力は決まっているが、どれだけ器用に操れるかは、使用者の技量次第だ……と思う。
セリアーナは不格好だからと使ってくれないので断言はできないが、多分そうだと思う。
つまり、この恩恵品は俺の工夫が介入できる余地があるって事だ。
今は振り回すだけでなく、木に巻き付けたり、魔物の死体に巻き付けて引きずったりは出来るが、まだまだ大雑把にしかできない。
何より、尻尾を動かすのに一々動きを止めて集中する必要がある。
もっと自然に、それこそ手足の様に操れるようになりたい。
その為の訓練だ。
「ぬぬぬぬ……!」
さらに深く集中し、尻尾をハートやクエスチョンの形にする。
この形自体に意味は無いが、ただ振り回すよりずっと神経を使うし、いい訓練になるはず……だと思いたい。
剣や槍や盾……色々な恩恵品があるが、どれも普通の武具の応用が利く物だが、これは正直どういう訓練をすればいいのかがわからない。
まぁ、始める前よりは少しは上手く動かせるようになってきているし、全く意味が無いって事は無いはずだ。
「セラ」
「うん?」
顔を真っ赤にしながら尻尾を動かしていると、セリアーナが後ろから声をかけてきた。
彼女もエレナと一緒に訓練所に来ているが、今日は剣ではなく槍を模した長い棒で型のような事を行っていた。
その棒で尻尾を突いている。
「随分苦労している様だけれど、それはサイズは変えられないの?お前の身体の倍以上あるのだし、短くなれば動かしやすくなるんじゃない?」
「……え?」
動かすのに力はいらないが、確かに長い分細かく動かすのに、動き全部をイメージするのが難しかったが……。
「お前の爪も長さを変えられるでしょう?似た様な物じゃ無い?」
と、ペシペシと叩きながら言ってきた。
「……!?」
そういや【影の剣】は長さを変えられた。
元々、最大で30センチ程度と短かったし武器として使用していたから、むしろ短いとは感じていても長さが邪魔と思うことは無く、長さを変えることは無くすっかり忘れていた。
「短く……短く……細く……細く……」
呟きながら、自分のウエストにベルトの様に巻き付く様をイメージしてみた。
すると何やら腰回りに違和感を感じ、そちらを見てみると、今までは太さ10センチ程で長さは3メートル程のニシキヘビみたいなド迫力サイズだったが、太さ2センチ長さは1メートル弱程と大分コンパクトになっている。
「ぉぉぉ……!」
「出来たじゃない」
おまけに全体が視界に収められるからか、少し試してみたが、大分イメージ通りに動かせている。
魔物相手に使うならリーチがある方がいいし、最大サイズを使うことになるだろうが、まずは使い方に慣れる方が大事だ。
これなら大分捗りそうだ。
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【本文】
「……セラ、どれか引っ込めなさい」
「ぬ?」
セリアーナの部屋で、以前作ったヨガマットを床に敷きストレッチをしていると、セリアーナの呆れた様な声が飛んで来た。
顔を上げそちらを見ると、本を手にしたセリアーナが、声同様に呆れた顔をしている。
流石に自前の尻尾にアカメとシロジタまで一緒にニョロニョロさせるのは邪魔だったか。
「よいしょ」
アカメ達を服の下に戻し、ついでに体勢をうつ伏せから仰向けに変える。
そして、今まで読んでいた本を尻尾で持ち上げ、顔の前にやる。
結構大きめの本で、落としたら大惨事だな……。
「その細い尾の扱いも大分慣れてきましたね」
俺の尻尾の扱いの上達ぶりを褒めているテレサは、隣で同じくヨガマットを敷き、ストレッチをしている。
何でも俺がやっているのを見て興味を持った様で、ロブに制作の依頼を出していたそうだ。
恰好もいつもの運動用ではなく、レギンスにハーフパンツそしてシャツと、本格的だ。
俺はスカートだとか気にせずにやっているからな……それに、俺と違ってスタイルが良いから、何というか……様になっている。
「テレサまで感化されるとは思わなかったわね……」
「奥様とエレナもどうですか?あまり激しい動きが出来ない時でも、これなら問題ありませんよ?」
「考えておくわ……」
と、ため息を一つ付いた。
だが、セリアーナはともかくエレナの方は乗り気な様で、マットの端を持ち上げて手触りを確かめている。
これはストレッチ仲間が増えるかもしれない。
「それよりも、その尾は使えそうなの?何日か前に訓練所でアレク相手に試した時は散々だったけれど……」
「あー……あれね」
短い尻尾で動きに慣れたところで、魔物相手に振り回した時とは違う、テクニカルな使い方を試してみたくなり、アレクに相手になって貰った。
その時は尻尾で木剣を持ち、【浮き玉】に乗ってと、割と本気スタイルだったのだが……、それなら普通に殴るのと大して変わらないと、没になった。
殴るにしても、より長く力のある腕が一本増えたと思えばメリットが大きく思えるが、それだけで戦うなら増やした意味が無く、俺も接近戦を行う必要がある。
他にもあれこれ試したが挑んだ結果は惨憺たるものだった。
ただそんな中で唯一可能性が見えた使い方もあった。
アレクが踏み込んだ際に、足が地面に付く寸前に尻尾でからめとり、体勢を崩す事に成功した。
まぁ、その後の追撃をあっさり潰されて不発に終わってしまったが、何となくこの恩恵品の方向性が決まった気がする。
「何とかなりそうな気はするかな?もっとも、魔王種相手に使えるかはわかんないけどねー」
もうすぐ出発なのに未だに何と戦うのか知らないが……直接戦う事は無いだろうし、大丈夫だろう。
恐らく俺の役割は、以前のクマさんの時と同じ様にポーション配達とかがメインになるだろうし、腕が一本増えるのは悪くない。
「そう。まあ、お前が正面に立つことは無いだろうし、急ぐ事は無いわね……。入りなさい」
と、そんな事を話していると、部屋に誰かがやって来たようだ。
「!?」
ドアの向こうで息を飲む気配を感じた。
セリアーナはもちろん、テレサやエレナも気配的な何かで察知している様で、気付いていたみたいだが、俺もドアの向こうにいる者も驚いている。
そりゃ、ノックする前に言われたら驚くよ……そもそもこの部屋には使用人でもあまり来ることは無いしな。
「失礼します……アレクシオ様からセラ様に伝言です。地下の倉庫で荷物のチェックをしているので手伝って欲しいとのことです」
「アレクが?了解、すぐ行くよ」
通常のチェックなら俺じゃ無くて、普通に騎士団の兵を使えばいいが、わざわざ呼んだって事は実際にやる事は【隠れ家】への搬入作業だろう。
それじゃー、俺がいないと始まらないからな。
「姫、片付けは私がします。着替え終えたら私も向かいますので、アレクに伝えておいてください」
見るとテレサも手伝ってくれるのか、マットを畳んでいる。
「そか、お願いするね。んじゃ行ってきまーす」
「ええ。ミスをしないよう気を付けるのよ」
ミス……バレるなって事かな。
使用人がまだそこにいるから微妙にボカした物言いだ。
アレクなら人払いくらいしているだろうが、確かに気を付けないとな。
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