第129話

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【本文】

ルシアナはミュラー家の次女でフローラさんの娘だ。

俺より1歳年下だが、発育は良いね……。

髪と瞳は親父さん譲りの茶色だが、顔立ち何かはフローラさんによく似ている。

が、物静かな母親と違って、表情豊かだな。


アイゼンとの関係はわからないが、セリアーナとは結構仲が良かった気がする。

その為か、この屋敷の元使用人である俺に対しても当たりが柔らかい。


当たりは柔らかいが……。


「セラ様、いかがでしょうか?」


俺の指先から目を離し、そう伺いを立てるルシアナ。


顔の前にかざしている両手の指の爪が、一つ一つ丁寧に黒く塗られている。

今しがた、ルシアナが塗ったものだ。


「う……うん、ありがとう。よく出来てるよ」


ルシアナに、ややどもりながらも何とか答える。

それを聞き、嬉しそうな顔をしている。


しかし、年下の女の子に様付で呼ばれて世話を焼かれるってのはどうなんよ……?


テレサにもメイドさんにも世話を焼かれていた自覚はあるけれど、年上だしそこそこ親しい相手ばかりだったんだ。

ルシアナは……見た目だけなら俺の方がチビだけれど、何か犯罪の香りがするんだ。

俺の倫理観的に、これはアウトだ。



その夜、俺の部屋でもミネアさんの部屋でも無く、談話室に集まった。

ちょっとしたルシアナに関しての報告会みたいなものだ。

本人はいないが、親父さんもフローラさんもいる。


「それで、ルシアナさんはちゃんと仕事をしていましたか?」


親父さんでも実母のフローラさんでも無く、ミネアさんが切り出した。

そう言えば、アイゼンの場合は家庭教師主導だったけれど、ルシアナはミネアさん達なのかな?


「して……たと思いますよ?」


何というか、返答に困ってしまう。


起きてから、身なりを整える手伝いだったりはしてもらったが、今日の俺はずっと部屋でゴロゴロしていた。

食事とトイレ、後は本を取りに図書室に行ったことを除けば、ほとんどベッドの上だったからな。


それでもルシアナは部屋に待機していたし、決してそんなつもりは無いが嫌がらせをしているような気がしてきて、飲みたくもないのにお茶を頼んだりしていた。


「大分姫が気を使っていましたね。私は口出しはしませんでしたが、ルシアナ様は客人が用が無いのなら、部屋を外したりしても良かったと思います。あるいは、自身で……例えば外出など、何かを提案しても良かったでしょうね」


「ほぅ……」


テレサが言うように少々融通が利かない感じではあった。

まぁ、いくら俺相手とは言え、初めてやる事でアドリブを利かせるのは難しいと思う。


「とは言え、仕事そのものは悪くありませんでした。よく気が付きますし……、いっそルシアナ様が主導では無くて誰かの下に付けて勉強させてもいいのではありませんか?」


「ふむ……。ジーナかリーリアの下に付けるか?彼女達ならルシアナに遠慮するようなこともあるまい」


ジーナはミネアさんの、リーリアはフローラさんの侍女だ。

どちらも中々しっかりしている人で、ルシアナ相手でもビシバシ行くだろう。


「それも悪くは有りませんが……一日で決めてしまう事も無いでしょう。セラさん、どうでしょう?もう少し付き合ってもらえませんか?」


ミネアさんは親父さんの提案の肯定しつつも、もう少し続けさせてみたい様だ。

俺も少々気まずいってだけで、別に嫌だってわけじゃ無いし、受けていいかな?


「多分オレのやる事は今日と変わらないだろうけれど、それでも構わないのなら受けますよ」


「それで構いません。フローラさんも良いですね?」


「ええ。セラさん、お願いします」


親父さんの方を見ると、それでいいのか軽く頷いている。

んじゃ、続行だな。


「はーい」


しかし、引き受けたはいいけれどどうしたもんだろうか。

別に全部自分で出来る事だから、人に任せずやっても良いんだが、でもそれだとルシアナの勉強にならないのかもしれないし……。

人に仕えられるってのも存外難しいもんだな。


テレサが俺の侍女になった時は、最初は違和感があったけれど、すぐに慣れたし……やっぱり経験とかの違いなんだろうか?


320


【本文】

「あっ……」


俺が指した一手を見て、ルシアナが小さく声を漏らす。


この大陸で広く親しまれている板戦と呼ばれるボードゲームがある。

チェスと、やったことは無いが囲碁が合わさった様な物で、互いに駒を動かし、駒を倒し陣地を制圧していき、先に王を取れば勝ちというゲームだ。

成り立ちは、戦場での暇つぶしに、軍議に用いる駒を使った遊びからだとか、軍隊の指揮の訓練に開発された、だとか色々言われている。


正式なルールは正方形の盤を使って1対1で行うのだが、東部のローカルルールでは、六角形の盤を用いて、2人でもプレイできるが最大で6人でプレイする事が可能だ。

2人でプレイする際は、駒を1組ずつ使うが、3組ずつ使ってフル盤面で戦う事も出来る。

その場合は相当な長丁場になり、領都の屋敷でアレクとジグハルトが、1ゲームを昼頃から始めて夜まで経っても決着がつかずに続けていたのを見た事がある。

そんな長時間のプレイ誰がするのかと思うかもしれないが、実は2人プレイで一番人気があるのはこの3組ずつ使うフル盤面だったりする。


雨季の間、仕事が出来ない農家や大工、そして冒険者がプレイするそうだ。

どこの村や街にも1人か2人は名人と呼ばれる者がいて、そういった者の中には他所からの客を相手に指したりもするんだとか。

場合によっては、貴族や商人に同行して他所の街まで行き、会談のついでに余興としてその街の実力者と、一局指したりするらしい。

いわゆるプロみたいなものだ。


その板戦をテレサの勧めでルシアナと指している。

これなら俺の時間も潰せるしテレサなりのルシアナへの援護なんだろう。


「……ああ、ありませんね。参りました」


そう言い頭を下げるルシアナ。


王を取れば終局だが、そこまでいかず今の様に投了する事ももちろん出来る。

ともあれ、これで俺の勝ちで、成績は2勝1敗と勝ち越した。


「はい。ありがとうございました」


俺も頭を下げ、終了だ。


「この辺で休憩されてはどうでしょうか?お二人ともお疲れでしょう?」


昼食後から始めて、2-3時間は経っている。

玄人のフル盤面に比べたら大したことは無いが、それでもこんなに連続して頭を使うのは久方ぶりで、すっかり消耗してしまった。


頭がくらくらするよ……。


俺のその様子に気付いたのか、テレサが休憩を提案してきた。


「そうですね。では私はお茶の用意をしてまいります」


ルシアナは失礼しますと告げ、部屋を出て行った。

彼女は結構余裕ありそうだな……接待プレイって事は無いよね?



「お待たせしま……どうかされましたか!?」


使用人と共にお茶とお菓子を持って、部屋に戻ってきたルシアナが驚いた声を上げている。

さっきまで対局をしていた相手が、ソファーで膝枕をされていれば驚くのも無理は無い。


脳は大食いとは言うが、ものの見事に全部使ってしまった。

ハンガーノックって言うんだろうか?

頭脳労働での限界点がわからなかったから、油断してしまった……。


「ちょっとねー……ひさしぶりにあたまつかったから、つかれたよ」


「甘い物が来ましたし、それを食べれば元気になりますよ」


「そーだねー……。よっと」


体を起こし、そのついでに【祈り】も発動する。

低血糖に効くのかはわからないが、無いよりはマシだろう。


「これは……!?」


ルシアナと一緒に入って来た使用人達が驚いている。

そっちにも適用されたのか。


「姫の加護です。身体に良いのですよ?」


驚く彼女達に対し、テレサは随分雑な説明をしている。

主家の身内とはいえ、べらべら喋る様な事じゃないしな……。

うっかり加護をかけてしまったけれど、屋敷の中で戦闘をするような機会は無いだろうし、大丈夫かな?


「お母様やミネア様が話していた祝福とは別の物なのですか?」


「ええ別物ですよ」


「そうなのですか……お母様方が随分楽しそうに話していたので興味があったのですが……」


「ルシアナ様は、お若いしまだまだ必要ありませんよ」


俺みたいに森やダンジョンに行くようならともかく、正真正銘深窓のご令嬢だ。

テレサの言うように必要は無いだろう。


もっとも、ルシアナはガッカリした様子を隠していない。

親が話題にしていたら子供は気になるか。


とは言え、彼女にはいくら何でも早い。

ここは我慢してもらおう。

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