第128話

316


【本文】

あの後はさほど時間をかけずに街にはいる事が出来た。


そして領都の大通りを領主屋敷に向かっているが、騎乗した騎士達に囲まれている為か、住民からの視線がチクチクと……。

ちなみに囲んでいる彼等は、門前の騒ぎに中から駆け付けた騎士達だ。

領都に詰めている騎士達で全員と顔見知りだが、そんな彼等に護衛されるってのはどうにもむず痒い。

テレサの事は知っているからだろうか、随分恐縮した様子だ。


「ああいうのってよくあるの?」


気を紛らわせるために、隣を行く騎士に先程のゴブリンの事を訊ねた。

俺はこの街には、1年くらいしか住んでいないからあまり知らないのだが、街への入場を待っている間に襲われるってのはあまり聞いた事は無い。


「全く無いとは言わないが、例年ではほとんど無かったことだ。ただ、今年は既に2件起きている」


と、困ったように答える。


「ゼルキスに何か異常でも起きているのですか?」


その答えにテレサも気になったようで、質問を重ねた。


「異常というほどではありませんが、魔物側ではなく、人間側の問題ですね。危険の少ない領内の移動では、若い冒険者が護衛に雇われる事が多いのですが……その若い冒険者が最近手が空いておらず、護衛が中々つかまらない様です。魔物達も集団に戦える者がいるかどうかを見ますからね」


「ほぅ……」


確かに、並んでいたのは4-50人位で、馬車も5台はあったと思うが、護衛の冒険者は20人もいなかった。

身体一つで移動しているならともかく、荷物を積んだ馬車の護衛なら4人か5人は欲しいだろうに、それを考えたら少なすぎる。


「ダンジョンに行けない者でも稼げる、リアーナと言う場所が新しくできましたからね。魔物退治が中心の燻っていた連中が移動してしまい、その隙間を埋める為に新人達がこぞって参加しているんです。護衛なんかより、多少危険はありますが魔物退治の方が旨味は上ですから……」


冒険者の花形現場はダンジョンで、そこに入るのには保証金代わりの入場料が必要だ。


だが、それを工面できなかったり、奥での狩りが出来る腕が無い者も、もちろんいる。

そういう、いわば都落ちの連中が地方の街や村の警備なんかをやっていて、治安維持に寄与しているのだが……、その連中がリアーナに流れてきたそうだ。

どうせダンジョンでの狩りが出来ないのなら、魔物は強いが支援体制の整っていて儲けの大きいリアーナで、って考えだろう。


チラホラ冒険者らしき姿が見えるし、領都の内部はあまり変わりは無いが、領地全体で見ると冒険者の数が減ったりしているのか……ただ、あまり緊迫した様子は騎士から感じられないし、何か手を打っているのかも知れないな。



屋敷に着くとまずは親父さんの執務室に案内され、そこで親父さんに、リアーナ領内の各街の代官達から預かって来た通行許可証を預けた。

それとセリアーナ達からの手紙を渡して、今回の俺のお使いは完了だ。


リアーナ領都の聖貨買取キャンペーンによって起きた武具職人不足。


必要だけれど、足りないのなら外部から借りるしかない。

この場合、通常だとお隣のゼルキスからになるが、それも時期が悪く難しい……。

そこで、最近縁を深めた南部のライゼルク領から、ゼルキスを経由して職人達に出張してきてもらう事にした。


最初の買取をした日のうちに、領内で協議を進め、ライゼルクとゼルキスの領都に水路で手紙を送っていたそうだ。


まだ大きな荷は無理でも、手紙程度の小さな物ならリアーナから出す船でも十分荷運べる。

陸路ならどちらも1週間以上かかるが、水路なら3日以内で届くからな。


手紙の内容は、ライゼルクには職人達の出張を、ゼルキスには職人達のリアーナまでの移動の許可と、その際の護衛依頼だ。

今年限りの緊急措置だけれど、セリアーナもリーゼルも身内をとことんしゃぶり尽くすタイプで、いっそ清々しい。


ただ、ゼルキスがちょっと冒険者の護衛が足りていない様で、その分を騎士団が賄うのなら人手が足りなくなりそうだけれど……どうなるかな?

それに、そもそもどっちかが拒否したら成り立たないんだけれど、そこんところはどうなってるんだろう?


一応リアーナの各街は彼等の通行や宿泊の準備は出来ているが……。


「ふむ……問題無いな。ライゼルクからの客が職人達と共に数日以内に訪れるから、その時にこちらを渡してくれ」


そう言うと、親父さんは読んでいたそれをこちらに渡してきた。


引き受けちゃっているけど良いんだろうか……?


「ふっ……こちらも相応の物を貰うからな。それを思えばこの程度の労力は何でもないさ」


俺の顔を見てニヤリと笑う親父さん。


……俺ってそんなに考えている事が表情に出てるのかな?


317


【本文】

親父さんとの話が終わると前回と同じ部屋に通された。

ただ、その部屋には俺達が持って来た物とは別に、何やら荷物が置かれている。

梱包された箱でベッドの半分くらいを占めている。


「これは?」


なんぞ?と部屋に案内してくれた使用人に訊ねると、すぐに答えが返って来た。


「お二人の着替えですよ。リアーナからの荷はまだ届かないのでしょう?旦那様から揃えておくように指示がありましたから……。あくまで間に合わせになりますが、サイズは前回採らせていただいたので、問題無いと思います」


「ああ……それは助かります」


前回は余裕があったが、今回は用意を始めてからまだ4日しか経っておらず、必要な物は【隠れ家】に詰め込んでいるが、フェイク用の荷物はまだ届いていない。

荷を開くと、着替えやら寝間着やらが色々入っていた。

これだけあれば当座をしのぐのは十分だろう。


「それでは、失礼します」


使用人は一通りの説明を終えると、部屋を出て行った。

大分あっさりした説明だったが、数か月前に滞在したし、何より俺がいるからな。

気を利かせたんだろう。


「昼食まで時間がありますし、着替えを済ませましょう。荷物が届くまではこちらで用意して頂いた物を使いますが、構いませんか?」


と、テレサは手にした服を見せながらそう言って来た。

薄い青のワンピースで、飾り気がなくシンプルだが、シルエットが妙に可愛らしい。

……これもルシアナのお下がりかな?


「うん。この恰好で屋敷の中をうろつくのもね……」


俺もテレサも今着ている服は【浮き玉】での移動用だ。

一時的に立ち寄ったとかならともかく、領主の客として屋敷に滞在する以上、あんまりみっともない恰好はね……。


しかし……。


「腰回りが緩いの無いかな?」


そういった流行なのか、上流階級の女性はウェストが細く絞った服を着ている事が多い。

コルセットとかはしないようだが、全体的にスッキリしたスマートなデザインだ。

だが、そう言った服はゴロゴロするには向いていない。


ベッドの上に広げられた服の中には緩いのもあるにはあるが……寝巻だな。


「そうですね……」


口元に手をやり真剣に考えるテレサ。


「あ、無理なら無理で良いんだよ?」


ついつい思った事を口に出してしまったが、そんな事で頭を悩ませてしまっては申し訳ない。


「いえ……お任せください」


……なんかやる気になっている。

仕事人の血が騒ぐのかな?


まぁ、今日はやることは無いだろうし、任せてしまおう。



その夜、食事を済ませ部屋で休んでいると、ミネアさんから部屋に呼ばれた。

何といっても領主夫人だ。

気安い関係ではあるけれど彼女も忙しい身だし、会おうと思ってもすぐに合う事は難しい。

その為挨拶も出来ずにいたが、向こうから誘ってくれるのなら丁度いい。


そう思ったのだが……。


「……セラさんにしては珍しい恰好ね」


「服と言うより着こなしですね。確かルシアナが着ていた服でしょう?あの子はこういった着方はしなかったわ」


部屋にはフローラさんもいて、2人で興味深い様子で俺が着ている服を見ている。

【浮き玉】で浮いているからその方が見やすいのか、目の前に浮いた俺をくるくる回している。


少し動くと「じっとして」と言われるし、人形にでもなった様な気がするな。


「姫の好みは動きやすい恰好ですから、少々手を加えました。腰回りの糸を数か所切っただけですから、すぐに戻せますよ」


テレサは服の解説をしている。

俺が今着ている服は、テレサがあれこれカスタムしたものだ。


腰の所を絞っていた糸を切り、街で調達してきた布を使って胸元で帯の様にして留めている。

当たり前と言えば当たり前だが、俺は着たこと無いから詳しくはわからないが、マタニティードレスみたいな感じに仕上がっているんだと思う。


着替えた時に少し体を動かしてみたが、俺があちこちペッタンコだって事を抜きにしても、動きの邪魔にならないし、苦しくもなく実に楽だ。


この人、料理もだが裁縫も上手かった……。


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【本文】

しばらく見世物になっていたが、ひとしきり見てテレサからの解説も聞いたところで、2人は満足したようで、解放された。

その後場所をフローラさんの膝の上に移し、話をする事に。


前回滞在した時はミネアさんがメインで、フローラさんには緩めの施療だったから、今回はフローラさんがメインだ。

全員に全力を出すとちと消耗が大きいからな……。


「2人は今回の滞在期間は、また前回と同じように過ごすのかしら?」


「いえ、今回は姫も私も休暇の様なものです」


折角ゼルキスまでやって来たが、今回はテレサが言うようにダンジョンに行くことは無いと思う。

春はダンジョン初心者が多く、浅瀬で慣らしを行っているし、もちろん上層も中層手前のオーガ地帯も人が多い。

ダンジョンで【蛇の尾】を試したい気持ちもあるが、地元の冒険者を押しのけて俺が狩るのも何だし、人が少ない程の奥まで行くのも怖いし……。


そんな訳で、俺は今回は屋敷でのんびり過ごす予定だ。

最近、見習達の引率とかで神経使う事が多かったからな……たまには何も考えずに……いつもと変わらない気もするが、リフレッシュだ。


テレサもこちらで仕事を作ろうと思えばいくらでも出来るが、人前に立つ服がまだ届いていない。

王都からリアーナに異動して、何だかんだでずっと仕事尽くめだった。

彼女の場合はそれはそれで遣り甲斐があるんだろうけれど、偶には休みも必要な事も理解している。

俺の様にゴロゴログダグダしている姿は想像できないが、上手い事過ごすんだろう。


「あらそう……」


それを聞いたミネアさんはフローラさんと目配せしている。


「何かあるんです?」


悪だくみって感じはしないし、誰かお客さんにでも紹介したいのかな?


「セラさん、滞在中の世話役に娘を加えても構いませんか?」


娘……ルシアナか?

個人的に話した事なんて無いけれど、世話役って……。


「ルシアナ様ですか……確か姫より一歳年下でしたね。私はよろしいと思いますよ」


テレサ的には有りらしい。


「よろしいの?」


「将来に向けての教育なのでしょう。伯爵家の令嬢ともなれば王族の侍女なども務まりますからね。実際にどう進むかはまだ先の事ですし急いで決める必要は無いでしょうが、色々経験を積む事は良い事です」


「ほうほう」


テレサの言葉に相槌を打っていると、ミネアさんとフローラさんが続けてきた。


「セリアーナさんもアイゼンさんも、早いうちに将来が決まっていたけれど、ルシアナさんは自由ですからね。だから今のうちに色々経験を積んで欲しいの」


「お客様のお相手もその一環なのだけれど……この街は女性、それも子供のお客様は滅多に来ないでしょう?」


「あー……確かに、そうですね」


訪問客とかなら女性もいたが、屋敷に滞在するとなると、少なくとも俺がこの屋敷にいた間では一人もいなかった。

ド田舎だもんな……この街。

いきなり大人の男性の世話役に……ってのはハードルが高いか。


「セラさんに特別に何かをしてもらうといった事は無いし、引き受けてもらいたいのだけれど……どうかしら?」


「わかりました。それじゃー、引き受けます」


最近子供の相手が増えてちょっとお疲れだったが……特に何かする必要が無いってんなら、問題無いだろう。



俺は朝に仕事……例えば見習達の引率の様な事が入っていない限り、俺は自然に起きるまで寝ている。

その時間帯はテレサは仕事をしている事が多く、顔を洗ったり着替えたりは自分で済ませる事が多い。

もっとも、その後執務室で仕事の休憩中に髪や爪の手入れをやって貰っているが……いや、そういえば今回ここに来る際に途中で一泊した時は、朝から色々やって貰っていたな……まぁ、それは置いておこう。


基本的に俺は朝は自分で用意している。

だが……。


「おはようございます。セラ様」


そう挨拶をするなり、着替えや洗顔の準備をする使用人の皆さん。


俺が目を覚ますと、部屋に置かれたソファーで本を読んでいたテレサが、すぐに彼女達を呼び入れた。

そして、その彼女達を監督し指示を出している少女がいる。

ルシアナだ。


えーと……俺寝癖でぼさぼさの頭なんだけど、こんな間抜け面晒すの?

よだれとか垂らしてないよな……?

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