第127話

313


【本文】

「ほっ!」


ゴブリンの頭部目がけて尻尾を振り回すと、良い一撃が入ったようで、少々よろめいている。

すかさずシロジタの追撃が入り、勝負ありだ。

まぁ、ゴブリン君にしてみたら勝負なんてしている気は無いんだろうけれど……。


「中々いい感じじゃないかー!」


見下ろせば地面に転がる4体のゴブリンの死体が目に入る。

そのうち2体は、尻尾で一撃加えてから倒したものだ。


今日は、見習冒険者達はオフの日だ。

彼等が森に入る日は、俺が引率じゃない時でも下手に森を荒らして影響が有ったらいけないからと、狩りは控えていたのだが、今日は気兼ねなく森の浅瀬で【蛇の尾】の実戦試験を行っている。


そして何度かの戦闘を経て、とりあえずゴブリンやオオカミ程度になら尻尾アタックは通用する事がわかった。

その一撃で倒す事は出来ないが、それでも一瞬でも動きを止める事は出来る。


まぁ、ゴブリンはともかくオオカミは動きが素早く狙って当てるのは難しいが、【緋蜂の針】で群れに突撃して、そこから振り回せばしっかり牽制になる。

長さが3メートル近くもあるし、それだけの空間が出来れば、不意打ちを受けてもアカメ達が反応できる。

まだまだ俺の操作精度が低く、ポテンシャルを発揮できていないが、枝を掴んだりも出来るし、究めたらちょっと面白い事が出来そうだ。


もう少し試したい気もするが……オオカミの群れ1つにゴブリンの群れ2つ……数はもう十分かな?


「ほっ!」


回収の隊を呼ぶ為の魔法を打ち上げた。

そう時間をかけずにやって来るだろうが、それまでの間にもうひと働きしておこう。


「ふんっ……!」


尻尾の操作に集中して、死体の足に尻尾を巻きつける。

そして、ズルズルと引きずり、一ヵ所にまとめていく。


【蛇の尾】と言うより【浮き玉】の問題になるが、尻尾の力だけならそれなりの重量物でも持ち上げられるのだろうが、【浮き玉】に乗っているとそれは出来ない。

その代わり、引きずる事は出来る。


少し離れた所に、オオカミとゴブリンの死体が放置されているが、そっちも片付けるか。


今まで外で魔物を倒した場合は、応援に呼んだ兵が回収に来てくれるまで、倒した場所に放置していた。

結局回収を任せる事に違いは無いが、ちょっと人としてランクアップした気がするな……。



倒した魔物の死体回収はいつも兵に頼んでいて、それの売却金は手間賃として受け取って貰っている。

浅瀬の魔物だし、数はそこそこでもそれ程大金になるわけでは無いが、それでもその日の酒代の足しにはなると喜ばれていたのだが……ここ数日は特にそうだ。


先日行われた、聖貨の高値での買取の件が、冒険者の間で支部長伝手に広まった。

その結果、領主側への売却が増え、大金を手にした冒険者も増えた。


で、その彼等も武具に投資する様になり、職人はもちろん素材を調達する冒険者、そして、通常よりも高値で素材を買い取っている為、聖貨の売却程では無いが、小金を手にした冒険者達が飲み食いで使ってと、領都はちょっとした冒険者バブルに沸いている。


あくまで聖貨の買取を起点にした一過性のものなだけに、バブルの様に弾けたり、欲に目が眩み、森の奥に行き過ぎたりしないかと不安ではあるが、そこはリーゼル達が上手くコントロールするらしい。


問題は職人の数が足りない事。


このまま雨季に突入すると、装備のメンテナンスの依頼も増える。

新調する者もいるだろうが、皆が皆そうするわけじゃ無いしな。


だが、そこで滞ってしまうと領内の治安に影響が出てしまう。


「んで、どうするの?」


狩りから戻りシャワーを浴びて、皆のいる執務室に行くと、今の領都の状況の説明を受けた。

まぁ、どうするもこうするも人手が足りないなら外から引っ張って来るしかないんだろうけれど……。


「ゼルキスに月末に行く予定だったでしょう?それを前倒しして欲しいの」


セリアーナの口から出た言葉は、妥当な案だが……。


「それはいいけれど……あっちの職人は雨季にこっちに来るんじゃなかったっけ?その前から呼んじゃ、向こうの冒険者達が困るんじゃない……?」


流石にそこをごり押しして呼び寄せても、ゼルキスと揉める事になるかもしれないし……。

どうするんだろう?


314


【本文】

『姫、朝になりましたよ?起きてください』


隠れ家に響くテレサの声で目が覚めた。

……起こされたらすぐ起きれるんだよな。


「んー……っ」


大きく伸びをしてからベッドを降りて【浮き玉】に乗り【隠れ家】から出ると、服装から化粧までしっかり整えたテレサが立っていた。


「おはようございます。顔を洗い髪を整えたら着替えをしましょう。朝食は運ばせますか?」


「……ここで食べる」


「では、そう伝えます」


そう言うと、テレサは部屋の外に出て行った。

もっとも部屋から出てすぐの所に使用人が控えているから、彼女に伝えるだけですぐに戻って来る。


顔だけでも洗っておくか……。


タオルを手に、客室内に設置された洗面所へ向かった。



今はまだ春の1月半ばだが、セリアーナからの要請で当初の予定では月末に向かうはずだったゼルキスに、予定を早めてテレサと共に向かう事になった。

話を聞いて3日後に出発と、少々ドタバタしてしまった。


移動の速さを優先するなら一息でゼルキスまで向かうのだが、道中の仕事を頼まれていて、領都からここまでの4つの街に立ち寄り、テレサは各代官と会談をしていた。

……と言っても領主の決定事項を伝えるだけではあったが。

その間俺は、例によって奥方に【ミラの祝福】をかけていた。

まだ立ち寄っていなかった2つの街もクリアし、この街に到着した時は既に夕方になっていた。

別にそのまま飛んで行っても問題無かったが、到着が夜になりそうだったので、ソールの街の代官屋敷に一泊させて貰ったわけだ。


ただ、客室はどれも1人部屋だったこともあり、用心の為俺は【隠れ家】に引きこもっていた。

テレサが自分以外は立ち寄らない様にと言いつけていた事もあり誰も来なかったが……この街での俺の評価がちょっと気になる。

わざわざ玄関まで見送りに来てくれた代官夫妻を見ると、特に妙な視線は感じないし、気にし過ぎかな?


「では、出発します」


「りょーかい」


【浮き玉】に乗り俺を抱えたテレサに答えると、一気に上昇させそのまま街の外を目指し加速していった。


「姫、このまま森の上空を通り抜けます。森の半ばまで行けば人の目も届かないでしょうから、そこから速度を上げてゼルキスまで休憩なしで行こうと思います。どうでしょうか?」


森の上空にさしかかって来た辺りで、テレサがゼルキスまでのルートを提案してきた。


どれくらいの速度を出すかはわからないが、順当に行って2時間かかるかどうか位か?

冬間近だった前回と違い、日中は暖かく速度を出してもそこまで消耗しないだろう。


「うん。それで行こう」


「はい。ただ、春は魔物の活動が活発です。姫には周辺の警戒をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」


「はいよ!」


テレサが加速を始め次いで俺も【妖精の瞳】とアカメ達の目を発動した。

鳥型の魔物って、あまり大きくない割に獰猛なのが多く、容赦なく突っ込んで来るからな……。

距離があって正確な大きさはわからないが、魔物の数も多い。

魔境の魔物に比べたらさほど強くは無いが、それでもさっさと突破してもらいたいな。



「見えてきたね」


ソールの街を出発して2時間程経った頃、ゼルキス領都の街壁が見えてきた。

街道を外れた場所を、高度をやや下げながら高速で移動してきたが、そろそろ人に見られてもいいレベルにまで速度を落とした方がいいだろう。

領都に入る為に検問所前で待機している者達や、その彼等を守る兵達が小さく見えているし、無駄に驚かせてしまう。


「速度を落とします。どうします?門を無視して壁を越えて中に入りますか?」


「んー……」


俺達は出入りは自由に出来る許可をもらっているし、目立つし姿を隠す様な事も無いから問題無いと言えば無いが……。


「いや、一応門から入ろう」


まぁ、礼儀は大事だ。

並んだりはしないけどな!


「わかりました。それではこのまま門に向かいます」


そして、テレサは俺の答えを予想していたのか、既に高度も下げて街道沿いに移動をしている。

この速度なら後10分位で到着かな?


315


【本文】

高度を下げた分あまり遠くまでは見えないが、ゼルキス領都が近づくにつれて門前に人が多く並んでいる事がわかる。

固まって移動する方が安全だし、同じ様なルート、スケジュールで動いているからか、混雑する時はとことんするんだろう。

人や荷物を載せた馬車も混ざっていて、長さは100メートル以上はありそうだ。


「……おや?」


「どうしました?」


門まであと少しという時にあるものを見つけ、思わず呟いた俺の声が聞こえたのかテレサが訊ねてきた。


「あれ……わかる?」


見つけたそれの方を指差すと、テレサが顔を近づけその方向を見ている。


「あれですか?……っ!?」


彼女もそれに気付いた様だ。


街道を挟んで右手側に数百メートル程離れた所に森がある。

前回俺達が潜んでいた森と繋がっているが、そこからゴブリンの群れが姿を見せている。

森の外に出てくることはあまり無いそうだが、人が集まっているから、それに釣られて出てきたのかな?

数は20ちょっと……30まではいかないか?


警備の兵もそれに気付いた様で、対処すべく動き出したが……それがいけなかった。

その動きが、ゴブリンを刺激してしまったようで、列の後方からそちらに向かって走り出している。

商人達の中には冒険者を雇って道中の護衛に付けている者もいるが……こりゃいかん。


「間に合いそうにないね……。テレサ、どうする?」


「そうですね。私が対処しましょう」


そう言うと進路を変更し始めた。


「テレサ、武器そのナイフだけでしょう?大丈夫?」


テレサの恰好は、パンツにジャケットという一般的な女性冒険者のスタイルだが、防具はもちろん武器も小振りのナイフしか差していない。

ゴブリン程度に後れを取るとは思えないが、ナイフ一本で対処するのは厳しそうだ。

並んでいる者達もゴブリンに気付いた様で、パニックとまではいかないが徐々に騒ぎ始めている。

何人かは剣を抜いているが、見る限り使い慣れていない様で逆に危なっかしい。


「問題ありません。では、姫はこちらで待機しておいてください。……風よ!」


テレサは、列を越え向かってくるゴブリンの正面に出ると、【浮き玉】の操作を俺に渡し自分は飛び降り、腕を大きく払い魔法を放った。

使ったのは強烈な風を吹かす魔法で、エレナも牽制に使ったりしていたヤツだ。


「おおっ!?」


列の者達は、自分達の上から降り立ったテレサに驚き、そして彼女の放った魔法にも驚いて声を上げる。

最後尾までもう数十メートルまで近づいていたゴブリン達は、その魔法を受けてよろめき足を止めた。

1発で終わらず間髪入れずに2発3発と続けている。


少し離れた高い位置から見ているのでよくわかるが、ただ正面からぶつけるだけじゃなくて、群れの側面を徐々に削って行き、バラけない様に上手くまとめている。


だが、その巧みな魔法の使い方は見事だけれど、倒す事は出来ていない。

俺なら色々身に付けているし、参戦した方がいいんだろうか?


「……ぬ?」


どうしようかと迷っていると、後ろから何やら低い咆哮が聞こえてきた。

なんじゃ?と振り向くと、武器を手にした兵士と冒険者達がもうすぐそこまで来ている。

ついでに列に並んでいた者達も門の近くまで退避をしている。


なるほど……テレサがやっていたのは彼等がやって来るまでの時間稼ぎか。

確かにそれならナイフだろうが何だろうが関係無いな。


「足止め御苦労!後は我々が引き受ける!」


先頭を走る兵士が、テレサの横を駆け抜けながらそう言うと、足を止める事無く一気に群れの中心に飛び込んで、槍を振り回した。

彼だけじゃなく、2人3人と続き自分達に注意を集めている。

彼等の装備は革ではなく金属製の頑丈な鎧で、ゴブリン程度の攻撃じゃ大したダメージにはならないんだろう。

重装備で足は遅かったがその分防御力は高く、殴られても気にしていない様だ。


そして、ゴブリン達の意識が内側に向いたところで、冒険者達が背後から襲い掛かった。

それに合わせて、槍を振り回すだけだった中の兵士達も反撃に転じている。


高度を上げて念の為周辺を探るが、魔物の気配は無し。

これはもう決まったな。


テレサもそう判断したようで、俺の下にまで下がって来ている。


「お疲れさまー」


「ありがとうございます。ですが、魔法を数発撃っただけです。大した事ありませんよ」


その言葉の通り、汗一つかいていない。

ふらっしゅ一発撃つだけでも集中する必要がある俺とは大違いだな……。

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