第126話

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【本文】

「なー、隊長」


「副長! 何?」


森から帰還し、冒険者ギルドで採集した薬草の精算を待っている間、ホールで彼等はお喋りをしているが、それに俺も付き合う事にした。

前回は支部長の下に報告に行ったが、今回はその必要は無いからな。

指導にも顔を出していないし、ここで彼等の事を少し知るのも悪くない。


そう思ったのだが、早速一つ気付いた。


森でもそうだったが、こいつら俺の事を隊長って呼ぶんだよな。

多分、指導に関わる人間の中で、役職が一番上なのが俺だからだと思う。

身分なら一番上はテレサだが、そのテレサが俺の事を上扱いしているからな……。

口の利き方はともかく、彼等の中では自分達の隊長は俺なんだろう。


「その腹んトコに着けてるのが新しい恩恵品なんでしょ?」


「そーだよー」


【蛇の尾】は何時でも使える様に、基本的に刺青の状態でいる事にした。

ただ、尻尾が生えるという視覚的に非常にわかりやすい代物の為、隠す事はせずに別の物で誤魔化す事にした。

それが、今俺が付けているセリアーナの私物のベルトだ。


セリアーナが運動時のパンツスタイルの時に備えて用意していたが、まだ出番が無かった物で、花が彫られたバックルのお洒落なベルトだ。

今までベルトなんてした事の無い俺がしていたら、それだけでも気づく奴は気付く。

気付かれないならそれはそれで別に構わないんだが……セリアーナらしい小細工だ。


「恩恵品ってやっぱすげーの?」


「訓練場で使ってた弓も凄かったけど、親父からアレクさんは盾の恩恵品を持ってるって聞いたぜ。それも凄いんでしょ?」


何やら盛り上がる子供達。

俺が座ってる【浮き玉】も凄いんだが、小走り程度の速さしか見せていないから、彼等の中では評価は芳しくない様だ。

まぁ、直接戦闘に使える物の方がわかりやすいってのはあるんだろう。


そのやり取りを、数は多くないがホールには他の冒険者や、依頼で訪れている商人達が、微笑ましい、とばかりに子供達を眺めている。


「聖貨かー……俺もガンガン使ったら強くなるのかな?」


と、1人が口にした。


ガンガン使っている俺が言う事じゃないが、中々とんでもないこと言うな。


「バーカ。俺冬にそれいって親父に死ぬほど殴られたぜ。そもそも聖貨なんてそんなに持ってねーだろ?」


既にそれを言った奴もいたのか……そして、とーちゃん……。

まぁ、当たりの聖貨ならともかく、聖貨を10枚使ってギャンブルさせてとかいきなり言われたら、とりあえずぶん殴るよな。

似たような経験があるのか、他の2人も、わかる……といった表情で、窘めている。


「あのね、聖貨1枚で金貨10数枚と交換できるんだよ?大人の男性が半年位は何もしないで暮らしていける額なんだ。気軽に使っちゃ駄目だよ?」


こいつらが稼げる様になるのはまだまだ先の事だし、変に欲目を出して魔物に突っ込んで行ったりしたら困るからな。

しっかり釘を刺しておかなければ……。


だが、それでも考えを変える気は無いらしく、興奮し大きな声と身振りで話を続けている。

打たれ強いのは良い事だけど、ここで頑張っても意味が無いぞ?


「でもなー、俺の親父、暖炉の奥に隠してるの知って「わー!わー!わーっ!」


唐突に上げた俺の叫び声にホール中から視線を集めるが……そんな事より、この馬鹿なんてことを……。


辺りを見ると、今の言葉が耳に入ったのか近くにいた者達は慌てて両手を上げ首を横に振っている。

彼等の事は信じたいが……一応顔を覚えたぞ。


「な……なんだよ隊長。急にデカい声出して……」


当の本人は自分が何を言ったのか理解していない様だ。

こいつだけでなく、子供達もピンと来ない様子。

俺や、周りにいて偶々聞こえてしまっただけの連中の方が慌てている。


「お前……今日家帰ったら父ちゃんに、今やった事をちゃんと言えよ……?」


「……?」


俺の言葉を聞いてもキョトンとした顔をしている。


わかってねぇ……。


こいつは自分の家が聖貨を貯めている事、そして、その隠し場所を口にしてしまったんだ。

何枚貯めているのかはわからないが、よからん事を考えているヤツにその事が漏れたら、押し入られるぞ?


「なんだ?どうかしたのか?」


話は聞こえていなかったようだが、こちらの雰囲気を察知したのか、奥から支部長が出てきた。


「支部長!いいところに!」


この状況をリカバリーする方法を俺は知らない。

口を滑らせた子の父親は確か冒険者だったし、ここはもう押し付けよう。


セリアーナには……どうしようかな。

一応話しておくか。


312


【本文】

「おはよー」


執務室へ入ると仕事をしている皆の姿が目に飛び込んできた。

いやー……皆さん頑張ってらっしゃる。


「相変わらずね。もう昼よ?」


「昨日寝つきが悪くてね?寝るのが遅かったんだ」


昨日の冒険者ギルドでの見習冒険者の1人がやらかした件。

夜になると、盗みに入るならこの時間帯だろうなーとか、乱闘になって死傷者とか出るんだろうか?とか色々気になって、なかなか眠れなかった。

結局昼近くまで寝ているあたり、睡眠時間に変わりは無いんだが……テレサが仕事で朝起こしに来ない時は、大抵こんなもんだ。


「そう……。冒険者ギルドの支部長が冒険者を1人連れて、朝早くにやって来たわ。昨夜お前が話していた件ね」


「……あぁ」


やっぱり来たのか。

聖貨を貯めている事……その上、隠し場所まで漏れてしまったら、安全を考えると換金するのがベストだ。

もっとも今度は換金した金をどうするかって問題も出てくるが……どうなったんだろう?


「お前、食事はどうしたの?もう済ませたのかしら?」


「ん?まだだよ。時間が微妙だし、昼のを食べようと思って」


いわゆるブランチだ。

今日は狩りに出る予定も無いし、適当に軽い物でもつまもうと思っている。


「……お前そんな事だから大きくならないのよ?今日の昼食はお前も一緒に来なさい。リーゼル構わないわね?」


セリアーナは溜息を一つ付くと、リーゼルにそう言った。


「もちろんだ。セラ君、すぐ片付くからそれまで待っていてくれ」


そしてリーゼルは快く了承する。


「はーい」


うーむ……リーゼルも一緒に昼食か。

今更緊張するような相手でも無いが、普段気を抜き過ぎているから、ちょっと気を付けないとな。



昼食は少人数用の第2食堂で食べることになった。


メンバーは、俺とセリアーナとリーゼル、更にエレナとテレサだ。

カロスとロゼもいるが彼等は給仕で一緒に食べはしない。

領主様ともなれば食事の時だって立派な仕事だが、今回は違う為、大分砕けた雰囲気だ。


「……お前食べる量減っていない?前はもう少し食べていなかったかしら?」


俺は早々に腹が膨れて、食事を止めた。


「ゼルキスの時は野菜とか果物が多かったからね。こっちのは肉が多いからすぐお腹いっぱいになるんだよ……」


ついでに味付けも濃い目だ。


この街は元々開拓最前線の街で、冒険者を始め肉体労働者が多かった。

その為か料理の味付けが濃く全体的に重い。

そして屋敷の料理人はこの街出身で、彼の料理もその傾向にある。


美味しい事は美味しいが、少しで十分だ。


「濃い味付けが苦手なのなら、これからはセラ君の分は別に用意させるようにしようか?」


「一応必要な量は食べていますが、もし出来るのでしたらお願いしたいですね」


リーゼルの申し出にテレサが答えた。

俺はそこまでしなくても……と思うが、まぁ、いいか。


さて、そんな感じの会話が食事をしながら交わされていたのだが、皆食事も終わりお茶を飲んでいる時に、今朝やって来たという支部長と冒険者の話題になった。


「所持していたのは6枚で、1枚当たり金貨18枚で買い取ることにしたよ。領主が換金する際は1枚当たり15枚の所が多いから、相場より少し多めだね」


結構貯めてたな……。


「その事は大々的に宣伝するつもりは無いけれど、支部長が人伝に広めるそうよ。いい機会だから、住民が貯め込んでいる分を回収させてもらうわ」


「お金を急に持つ事になるけど大丈夫かな?」


聖貨を貯めこむのも怖いが、金貨を大量に抱え込むのも怖い。

金絡みの揉め事を避ける為に、皆細目に換金しているんだ。


「幸いこの街には魔境の魔物の素材が集まるからね。それを使った最高品質の装備品を作成するそうだよ。それなら換金は容易じゃ無いし、そうそう狙われる事は無いはずだよ」


「ほーう」


オーダーメイドの装備品は、俺のヘビのマークの様に、何かマークを入れてもらえる事が多い。

その情報は商業ギルドで控えられるから、盗まれた場合は領内での換金は難しいだろうし、窃盗事件という事で兵士達にもその情報は入る。

領地の外への持ち出しも難しい。

盗難対策としては悪くないな。


後は……。


「……その人の子供はどうなったかとかは?」


6枚も貯めこんでいるって事は、いずれガチャを引きたかったんだろう。

それを台無しにしちゃったからな……。


「大事にはなっていないよ。元々子供の為に貯めていたそうだからね。聖貨は使えなくなったが、装備品は2代に渡って使える物を作成すると言っていたし、穏便に片付いたんじゃないかな?」


「ぉぉ……そりゃーよかった……」


ガチャは当たりを引けたら一攫千金も夢じゃない。

それがパーになるんだから、最悪の事態もあり得た。


子供の為に貯めていたのに、その子供のせいで手放す事になるってのも皮肉な話だけれど、それでもリーゼルが言う様に穏便に片付いて、よかったよかった。

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