第124話

306


【本文】

見習冒険者。

正式にそんな制度があるわけでは無い。


他の場所だと、冒険者志望の者達は、ダンジョンに挑む事こそ出来ないが、街や村、農地や街道の警備などで、経験を積む事が出来るからだ。

ところがこの領都は、ベテランでも気を抜けば命を落としてしまう様な場所だ。


本来なら成人する14歳まで待たせるべきなんだろうが、今まで疎まれていた冒険者を目指す者が増えるのは良い事だと、冒険者ギルドと、騎士団の2番隊が主導となって指導をする事になった。


当初は10名前後を想定していたが、【ダンレムの糸】の試射がいいカンフル剤になったようで、秋冬の指導をほとんど脱落することなく乗り越えた。

その結果が20数名のガキンチョ共だ。


春になったら4~5人ずつ位で森に行き、俺が魔物の警戒をしながら薬草採集を行わせる予定だったが、ちょっと人数が多過ぎる。

全部を俺が見るとなると、何もできなくなってしまうからな……。

どうしたもんかと悩んでいたところ、猟師ギルド側が協力を申し出てくれて解決できた。


この薬草採集の目的は、あくまで森の歩き方を学ぶ為で、魔物との戦闘をする事では無い。

それならむしろ猟師の方が専門ともいえる。

彼等にしても、今後冒険者になった時に、森を不必要に荒らさないように躾ける事が出来るから、丁度良かったと言ってくれた。

おかげで俺が引率するのは週に1~2回だけで、残りの時間は好きに出来る。


さて、そんな訳で今日は栄えある第1回なのだが……、一体どんな指導をしたんだろうか?

今日は4人組と一緒なのだが、ものすごく慎重だ。


俺が魔物の警戒をしているとはいえ、彼等ももちろんしているのだが、一言も喋らず、ずっと視線を巡らせている。

薬草を採集する際も、1人が採集し残りの3人が、絶えず辺りをキョロキョロと……。


森を入ってすぐの浅い所を、1時間程探索するのだが、こんなんで彼ら持つんだろうか?


「あのさ……君達大丈夫?ここまで浅い所だと、冬に群れから追い出されたの位しか来ないし、そこまで辺りを探るのに気を使わなくても……」


油断するよりはいいに決まっているが、流石に一度も魔物と遭遇していないのに、顔を強張らせ、春とはいえまだ肌寒い中、額に汗を浮かべる程緊張しているのはどうなんだろう?

草や枝を踏んだ際の自分達の立てた音にも、いちいち反応している。

もし魔物と出くわしてしまったら、戦う前に心臓が止まりそうだ。


俺は冒険者として、何かを教えられる程の技量を持っているわけじゃ無いし、基本的に助言はしない様にと考えていたのだが、思わず声をかけてしまった。


「っ!?はっ……はい!」


カチコチに固まっている。

駄目そうだな……。


まぁ、今日が初日だし、この組じゃ第1陣って事で他の組から情報も得られないし、無理も無いのかな?

ペースは遅いけれど、一応採集は出来ているし、今は余計な事は言わずに自分達の事に専念させておくか。



何事も……本当に何事もなく採集が終わり、街へ帰還し冒険者ギルドに向かった。

ゴブリンの1体も出やしねぇ……。


彼等はこれから採集した薬草の査定が行われるため、受付で待つ事になる。

そして、査定が終わった時にきっとがっかりするだろう……。

慎重過ぎて、ペースが遅かったからな……量が全然採れていなかったし、あれじゃ大した額にはならない。


そんな彼等はさておき、俺は俺で今日の報告に支部長の部屋にやって来ている。

そして、部屋の中では支部長や幹部達が俺の報告を聞いている。

春になって冒険者達が探索を開始して、忙しい中わざわざ集まっているあたり、この見習の育成システムを重要視しているんだろう。


「話は分かった。ガキ共の緊張をどう解すかが問題だな……」


「元々親にも森には近付くなって教わっていただろうが、座学の際に更にそれを煽ったからな……。戦闘に参加させて、倒す事が出来る存在だってわからせるのが手っ取り早いが……それじゃ意味が無いか」


報告を終えると、やはり子供達の緊張具合を問題視している様だ。

あれじゃあなぁ……俺はやらないけど、他の引率が何かアドバイスとかしても、聞き漏らしそうだ。


目的は小遣い稼ぎじゃ無く訓練だから、そんなんだとやる意味が無い。


「とりあえず残りの連中も終わらせて、それから考えてみるか?問題があるようなら組み合わせを変えてみたりすればいいだろう」


「そうだな」


最終的に、その無難な意見に、皆賛同している。

実際初めての事だし、やってみないとわからない事もある。


ただ、皆気が長いなぁ。

この街じゃ、冒険者ってのは日陰の存在だった時期が長いからかな?


307


【本文】

南館の談話室。


アレクが街にいる為、最近はここで夜を過ごす事が増えている。

そのいつもの談話室に、いつもは無い物がテーブルに置かれている。


聖像だ。


「じゃ、俺からやるよ」


皆にそう告げ、聖貨を手に取り聖像の前に立った。


見習冒険者達の引率が無い時は、俺も1の森で少しだが狩りをしている。

もっとも春になったばかりという事で、冬の間街にいた冒険者達がここぞとばかりに狩りをしているので、俺は控えめにしているが、それでも聖貨を手に入れ、無事10枚に到達した。


とは言え、当初10枚手にしたものの、俺はガチャをする気は無かった。


少々使い勝手は悪いが、念願の遠距離武器を手に入れたし、こんなのがあったらいいな……くらいは想像していても、さほど欲しいものは無かった。

何も10枚貯まったからと言って、必ず使う必要は無いし、貯めておけばいいかと思っていたのだが……同じく10枚貯まっているアレクがガチャを行うことになった。


アレクは、近いうちにジグハルトの下へ交代の人員や物資を届けに行く為、領都をしばらく離れることになる。

そして、順当にいけば2月後には魔王種との戦いが控えている。

今の装備でも十分勝算はあるのだが、万全を期しておきたいのだろう。


途中雨季を挟むし、屋敷の地下に訓練所はあるが【ダンレムの糸】の様に、威力のある物は使えない場合もある。

それなら、雨季まで1月近く時間があり、尚且つ魔物との戦闘する機会が控えている今がベストなタイミングだ。


……で、自分も出来るのに他人がやるのを見ているだけってのも……ね?


そんな訳で俺もやることにした。


まぁ、今は特別欲しい物や必要な物も無いし、気楽に挑める。

どんな結果だって、穏やかな気持ちで迎え入れられるはずだ。


「ほっ!」


聖貨を捧げ、ドラムロールが鳴るなり溜める事はせずに即ストップ。

頭に浮かんだ言葉は【魔晶】。


魔晶……大型の魔道具や屋敷のシステム周りに使われる素材だ。

……いいよ?

別に欲しい物は無かったし。

うん……大丈夫……俺は元気だ。


程なくして、目の前に野球ボールほどの光る物体が現れた。


「……あげる」


そして、宙に現れたそれをキャッチし、セリアーナに渡した。


「……ありがとう。魔晶ね。地下の設備に使いましょうか?訓練所のシャワー室や、地下通路がもう少し使い勝手が良くなるわよ?」


魔晶を受け取ったセリアーナは、それを眺めながら使い道をいくつか挙げてきた。


訓練所のシャワー室も地下通路も俺が利用する事は多いし、そこのグレードアップに繋がるならいい事だ。

シャワー室はもう充分設備が整っていると思うが、地下通路はまだちょっと薄暗かったりする。

明るくなるならいい事だ。


「任せるよー……」


セリアーナの提案にそう返したが、我ながらちょっと力が抜けている気がする。


「姫、大丈夫ですか?」


聖像が置いてあるテーブルからフラフラと離れる俺に、テレサが心配そうに声をかけてきた。


「大丈夫。慣れてるから」


「……そうですか。さ、どうぞこちらへ」


そう言うと、俺の手を取りソファーに座らせた。


チャレンジする回数が多いだけあって、外れを引く事だってそこそこある。

他の者にしてみたら、人生の一大イベントかもしれないが、俺からしたら数多くのイベントの一つに過ぎない。

大した事じゃー無いんだ。


……くそぉ。

実際外れを引いた事は何度もあったが、なんか……こんなつい何となくって気持ちで引いたのはこれが初めてだからな。

じわじわダメージが入って来た。


「では、次は俺が……」


「がんばれー」


俺が座るのを待って、今度はアレクが聖像の前に進み出た。


ちょっと空気を悪くしてしまったが、ここは彼に頑張ってもらおう。

そう考え、跪く彼に向かい声援を送った。


……随分力の無い声だ。

ガチャのダメージが残っているみたいだな。


「おう」


アレクは一言だけ返してきた。

背を向けている為、表情はわからないが、何となく笑っているような気がする。

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