第123話

304


【本文】

アントーネ夫人は、細身の長身で、40歳前後のおばさん……もとい、御婦人だ。

よく鍛えてあるようで、膝に座った感じ、大分硬い感触がある。

俺の薄い尻には、それがよく伝わる。


痩せる必要などないし、主に荒れた髪や肌に作用するように施療を行ったが、グレアの時も思ったが、東部のご婦人方はよく節制している……。

土地柄なんだろうな。


……セリアーナは日頃から俺がくっついている事もあって、そんな風にはなりそうもないが、あまり領内でも差が出来過ぎると、奥様同士で溝が出来るかもしれない。


他の街にも偶に立ち寄るようにした方がいいか。

どうせ休憩ついでに小一時間程度お喋りするだけだしな。


アントーネの話に相槌を打ちながら、そんな事を考えていると部屋のドアを叩く音がした。

ドアを開けさせると中に入って来たのはフィオーラだった。


「あら、まだ終わっていなかったの?」


多少クールダウンはしたものの、あれからもミオとクロードは話を続けている。

それを見たんだろう。

確かにもう1時間以上経っているし、決定事項の最終確認みたいなものなのに、2人が盛り上がっているから、大分長引いている。

もう少しかかりそうな気配だ。


「休憩挟みながらだったからね。もうちょっとかかるんじゃないかな?フィオさんの方はもう良いの?」


「ええ。どれも問題無かったわ。ここの保管庫は中々の物ね。領都の保管庫と遜色無しで、調合の事を考えると他所で保管された物はあまり使いたくないのだけれど、ここで保管されていた物なら私も使う気になるわ」


フィオーラはこちらにやって来ると、勧められた席に座りながら、そう言った。


「可能な限り領内の他の街からの要望にも応えられるように、保管設備には投資を惜しみませんから……。領都はもちろん、王都にも引けは取らない自信がありますわ」


やや上から目線のその言葉に、むしろ自慢するように答えるアントーネ。


領都の屋敷にも薬品なんかを保管する倉庫がある。

俺達が結婚式の為に王都へ行っている間に、屋敷の改装をしていたが、その保管庫もその時に完成した。


ちなみに設計はフィオーラだ。

色々危険な物も収められている様で、俺は入ったことは無いが、自信作だとは聞いている。


「保管が上手く出来てないと、やっぱ駄目なの?」


錬金関係の事はよくわからないが、鍋に素材放り込んでグルグルかき混ぜるってわけじゃ無いだろうけれど、素材の良し悪しでなんか違うんだろうか?

ポーションは使う薬草で変わるとかは知っているけれど……。


「駄目ね。保管状態が悪いと素材が劣化してしまう場合があるの。見た目でわかる場合もあるけれど、1次加工済みの粉末や液体なんかは目で見てもわからないから、それが判明するのは作り終えた後……。その場合は作り直すことになるけれど、手間も素材もその分余計に使うことになるの。困った事にその素材もどこにでもある物じゃ無いから、再び手配するには時間がかかり過ぎるし……それを避ける為にも保管場所の確認は重要よ」


「へー……」


「ここが駄目だったら、魔導士協会から直接取り寄せるつもりだったけれど、その必要が無くて助かったわ。確実に品質を保った状態で届けてくれるけれど、手続きの手間がかかり過ぎるのよね……」


その手間が省けた事が嬉しいのか、フィオーラは随分ご機嫌だ。


「この街にも魔導士協会から運び込まれていますが、その際は特殊な馬車を使用しているのです。運搬中に素材を劣化させない為の工夫なんでしょうね」


「ほうほう」


アントーネの言葉に頷く。

冷凍車みたいなものか。

いくら運び込む先が保管設備に気を使っていても、運搬中に劣化してしまっては意味が無い。

流石にその辺りは抜かりが無いようだ。


ただ、そういった魔道具が組み込まれている馬車は、重量がかさむ様で、移動速度が遅いらしい。

恐らくその馬車もそうなんだろう。

船を使っても王都から港まで運ぶのにも時間がかかるし、船が着いてからもやっぱりそうだ。


それならここで賄えるのならそれが一番だ。


「あの2人……いつになったら終わるのかしら?」


フィオーラは新たに運ばれてきた自分の分のお茶を手にしながら、再び白熱して来た2人を見てそう言った。


「……そろそろ終わるんじゃないかな?」


そのはずだけど、ちょっと自信が無くなって来たかな?


305


【本文】

アリオスの街での用事は無事済ませる事が出来た。

まぁ、俺は座ってお喋りする位なので大したことじゃなかったが、長引きこそしたもののミオはクロードとの交渉を首尾よく終え、フィオーラも領都に素材を運び込んだ。

これで一先ず魔王種討伐に向けての準備に入る準備が完了した。


準備に入る準備ってなんだ?と最初聞いた時思ったが、詳しく聞くと納得できた。


薬品の素材に問題が無い事が確認出来たことで、ジグハルトが戦闘予定地に2番隊の面々を引き連れて出発した。

その場所は森の中で、ある程度戦えるように、周辺の木々の伐採を行う為だ。

雨季前には戻ってくるようだが、それでもしばらくの間は街を空けることになる。


そして、その空いた人員の補充に、アリオスの街の兵が充てられる。

討伐隊が出発してから、その空いた分の補充に来るのかと思っていたが、もうこの段階から始まっていたらしい。

もっとも、冬も終わり冒険者の活動も始まる為、あくまで森の外周の警戒程度でそこまで危険な任務では無い。

後発の精鋭達と違って、先発は魔境の魔物との経験が無い兵士達だが、まぁ、何とかなるだろう。


テレサの見習達の指導も無事終了し、そして、冬の間の冒険者見習いの子供達の座学もそれなりに予定は消化したらしい。

何の工事かはわからないが、まだ掘ったり埋めたりをしている場所もあるが、街の主要施設を繋ぐ屋根付き通路も仕上がった。


差し当たって、冬の間にやるべきことはどれも順調に片付いたと言っていいだろう。



南館1階の談話室。


ジグハルトは今は街を離れている為この場には居ないが、いつものセリアーナ側のメンバーが集まっている。

アレクはここ数日街を空けていた為、その間はセリアーナの部屋で話をしていたが、今日はここで彼の報告と今後の話を行っている。


「そう……ルバンも参加を承諾したのね」


「詳細を話せないのは少々心苦しかったですが……その辺の事もちゃんと理解してくれていましたよ。拠点を離れる間の代理はミーア殿を始め周りの者だけでも十分だそうです。こちらには雨季が明けた頃にやって来ると……」


魔王種の討伐の際に直接対峙するのは領内の精鋭だ。

具体的には、一応俺と、アレク、ジグハルト、フィオーラ、テレサ、そして、ルバンだ。

エレナはセリアーナの護衛でお留守番。


ただ、ルバンだけは確定じゃ無かった。

ルバンは一応セリアーナの下にいるが、彼はある意味独立した勢力でもある。

頭ごなしに命じるわけにもいかない相手で、アレクが直接出張って彼に話をしに行った。

まぁ、彼なら必要性を理解するだろうし、参加してくれるだろうと思ってはいたが、参加が確定してセリアーナはほっとしている。


俺も実はほとんど知らされていないが、ルバンやアリオスの街の代官にも詳細は伝えていないそうだ。

外に漏らすような人物じゃないのはわかっているが、それでも領都から離れた場所にいるし、それは仕方が無いんだろう。

いくつかの連動するプロジェクトを同時に進めている様なものだし、どこかが躓けば全部コケてしまいかねない。

些細な事でも注意を払う必要がある。


「フィオーラ、貴方の方はどう?順調?」


「ええ。後2週間もすれば完成よ。量もあるしまず問題無いわ」


薬品作成の進捗を確認したセリアーナに答えるフィオーラ。


「そう……。期限に間に合えばいいのだから無理はしないで頂戴」


目にクマ作ってるし、ちょっと無理をしたのかもしれない。

話が終わったら、施療をしようかな?


「セラ、昨年話した見習冒険者の事を覚えているかしら?お前には春になったら彼等の薬草採集に少しの間付き合ってもらうわ」


「ん。覚えてるよー。ちゃんと言う事聞いてくれるかな?」


冬の間は座学に専念させていたそうだが、俺はその間冒険者ギルドに顔を出す事が無く、彼等の様子を見ていない。

果たしてどうなっているのか……?


「その時は捨てて来ていいわ。それと、春の1月が終わる前に、テレサと供に、またゼルキスに行って頂戴。行きと帰り、どちらでもいいからシフとクロッサーの街によって、代官の夫人に【ミラの祝福】をお願いしたいの。それと、お父様への手紙をお願いするけれど、それ以外は好きにしていいわ。ただ、魔王種の討伐はお前も戦力のうちに入っているのだから、無理はしない事」


「りょうかーい」


魔王種か……王都のダンジョンでの魔人に、冬のクマさんと、順調に大物との戦闘を積んでいるな。

あまり蓄積されていない気もするけれど……。


まぁ、秋冬はのんびりしたけれど、この春は変わらず忙しそうだな!


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