第122話

302


【本文】

「ぬあっ!?」


ガタンと大きな音を立て馬車が揺れ、思わず叫び声を上げてしまった。

街中では偶に乗る機会もあるが、基本的に俺は馬車には乗らないからな……まして街の外ともなれば、昨年の夏以来か?


「補修作業も進められていますが、まだ完璧ではない様ですね……。申し訳ありませんセラ殿」


街道の整備は騎士団の仕事でもある。

団長の副官を務めるミオが責任を感じたのか、頭を下げてきたが……。


「あら、この娘は座っている様に見えても浮いているから、大した事無いわ。音に驚いたんでしょう?」


フィオーラは流石にわかっている。

まぁ、彼女の膝の上に【浮き玉】を抱えて座っているし、体重がかかっていない事はわかっているからだろう。

対面に座るミオは不思議そうな顔をしている。


「馬車に乗る事なんてほとんど無いからね。ちょっとビックリしたよ」


道が荒れるのは雨季明けで、他の街に行く時はその前に移動する事が多かったからな……。


「通常よりも速度を出しているものね。揺れるのは仕方ないわ。それでも貴方が1人で移動する速さには遠く及ばないでしょうけれど……我慢して頂戴ね」


「うん。大丈夫」


目的地のアリオスの街まで2時間弱ってところだろう。

速度を出しているだけあって、俺は影響ないが、車体が結構跳ねたりしている。

3D酔いとかする人ならこれで酔ってしまったりしそうだが、幸い俺は平気なタイプだ。


【浮き玉】をかっ飛ばせば、20分かからない位だが、偶には馬車での移動も悪くない。

護衛の兵もいるが少数で気楽なもんだ。


【ミラの祝福】と、ついでに【祈り】をかけて到着するまで、のんびりしておこう。



リアーナ領領都の一つ手前にあるリアーナ領第2の街、それがアリオスの街で、名前の由来はセリアーナの祖父、アリオスだ。


じーさんがゼルキスの領主だった頃から、その街を活動の拠点にして東部の開拓を行っていた。

最終的にルトルの街が出来、開拓の最前線ではなくなったものの、今度はルトルのバックアップの為に発展していった街で、ゼルキス領の頃から領内有数の街だったらしい。


ルトルのバックアップだけでなくて、万が一ルトルが魔物の襲撃で陥落した時には、アリオスの街で迎え撃つことになる為、戦力も多く有している。

以前の魔物の襲撃の時も救援を要請したのはアリオスの街だ。

ミュラー家も重要視していて、建設当初から代官は代々分家の者に任せていて、領地が代わった今でも引き継がれている。


そして今は、リアーナ領の副首都の様な役割をしていて、リアーナ領の物流の中心でもある。

人と物をいったんここに集めて、領内に再分配をしているそうだ。

色々役割が変わる街だと思うが、対応出来ているあたり、代官が優秀なのかもしれない。

孤児院にいた頃のルトルが他の街より荒んでいたのは、この街に手を出せなかったからその分もとかか……?


まぁ、いいか。


今日その街に向かっているのは、アリオスの街に今度の対魔王種戦に備えて様々な物資が運び込まれているからだ。

領都に運ぶのは全て揃ってからになるが、その中には錬金系の薬品も含まれている。


実験に付き合わされたが、結局何をするのかはまだ詳しく聞いていない。

何でも討伐の要になる様な大事な物らしくて、より品質の高い物を作る為にも時間をかけたいそうで、その薬品だけ事前に運び込む事になった。

その監督役として、フィオーラが向かう事は元々予定にあったのだが、数日前に追加で俺も行って欲しいとリーゼルから頭を下げられた。

セリアーナもその事は了承していたし命令したらいいのに、律儀なにーちゃんだ。


魔王種との戦いで、騎士団からも人数を出す事になる。

その際に、人数が減って落ちてしまったリアーナの防衛力を補填するのが、アリオスの街だ。

ただし、その分アリオスの街の兵士が減ってしまう。

そうそう異常事態は起きないだろうが、それでも街を危険に晒す事に変わりは無い。


必要な事とわかっていても、街を預かる代官としては、面白くないかもしれない。


そこで俺だ。

機嫌取りという訳じゃ無いが、街をないがしろにしていない、と俺を派遣する事で伝えたいらしい。


フィオーラが作業を見ている間、ミオが代官と兵士の派遣についての打ち合わせを行い、同席する夫人に施療を行うことになる。

テレサは見習達の指導があるので領都に残っているが、代官はセリアーナの親族でもある。

以前立ち寄った際も、砕けた雰囲気だったし、接待役が居なくても何とかなるだろう。


303


【本文】

アリオスの街に到着し、馬車はそのまま代官の屋敷に向かった。

集めている途中の物資は、街にある倉庫に保管されているが、薬品は代官の屋敷に運ばれているらしい。

気温や湿度に左右されるそうで、保管するには設備が整った場所じゃないと駄目なんだそうだ。


「あれ?マーカス君じゃん」


到着し、馬車から降りると護衛の兵士達が整列していたが、その中に見知った顔が1人いた。


「はっ。お疲れ様です。セラ副長」


ビシッと敬礼をして来たのは、マーカスだ。

こいつ領都の警備隊のはずだけど……配置換えかな?


「彼は最近1番隊に移りました。土地勘があるので領内の哨戒任務にあたらせています」


ミオが横から伝えてきた。


「ほほぅ……」


そう言えば彼は東部でも中々の有望株って触れ込みだった。

セリアーナ達には物足りないと映ったが、あの人達のハードルは高いからな……。


めげずに仕事を頑張っているし、立派なもんだ。


「クロード様と奥方様が中でお待ちです。どうぞこちらへ」


そして無駄口は叩かず、屋敷へ案内を始めた。



アリオスの街の代官、クロード・ゲイルとその妻アントーネ。

直系じゃ無いけれど、ミュラー家の一族だ。


案内された執務室で、クロードとミオが書類を広げて話し合いをしている。

基本的に街の警備がメインになるが、やはりすぐ側に魔境が広がるだけあって、万が一の際には魔物の相手をする必要がある。

魔境の魔物と組織立って戦う事が出来る者ともなると、この街にとっても貴重な戦力で、街から離す事はもちろん、命を落とされるような事態は避けたいんだろう。


白熱している。


「難しい話してますねー」


アントーネの膝の上で、白熱する彼等を見てそう呟いた。

実に盛り上がっている。


「最終的に夫が折れるでしょうが、街の兵士の中でも腕の立つ者を送ることになりますからね。彼等に何かあれば、それはそのままこの街、ひいては領地全体の生活に影響が出てしまいます。まだまだかかるでしょうね」


アントーネは少し大きな声で答えた。

先程まではもう少し小さい声だったんだが……わざとかな?


「なるほどー」


最後は折れるんだ……と思ったが、言われてみると納得できる。


領都の様にこれから発展していく街と違って、ここの様に出来上がっている街は、役割がしっかり用意されている。

そして、この街の役割は領地全体の物流の安定やバックアップと、非常に重たい。

手間を惜しんでいい加減に処理をして、その結果万が一の事が起きたら洒落にならない。


代官か……お腹が痛くなりそうな仕事だ。


「大変な仕事なんですねー」


「あまり家人には見せない様にはしていますが、悩んでいる事はよくありますよ」


「……君達。こちらまで聞こえているんだぞ?」


しかめっ面をしたクロードが、先程から呑気な会話をしているこちらに向かってそう言って来た。

ミオもやや気まずそうな顔をしている。


「貴方達が大きな声で話しているから、どうしてもこちらの話題もそうなってしまうのですよ。私はセラさんにこの街の事を話したり、領都やゼルキスの事を伺ったりもしたいのです。熱くなるのは構いませんが、それでももう少し落ち着いたらどうですか?」


2人とも真面目なのはいいが、だんだん感情的になって来ていたからな……アントーネの言葉にぐうの音も出ない様子だ。

クロードは、ゴホンと大きく咳ばらいをし、再びミオと向き合い話し合いを始めた。

先程に比べ、勢いも声の大きさも落ち着いている。


「ゼルキスの頃から、騎士団との交渉だとよくあった光景ですね。今は落ち着いていますが、そのうちまた熱くなって来るでしょう。その時はお茶にでもしましょうか」


夫の事をよくわかっている。

リアーナだと過激な事を言うのはセリアーナで、それを宥めるのはリーゼルだからな。

ゼルキスの親父さんは温厚な人柄だったけど……じーさんとオリアナさんはこんな感じだったのかもしれない。

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