第120話

298


【本文】

今日も今日とて屋敷地下の訓練所。


そこで今俺は、セリアーナと向き合っている。

ただ今日はいつもと違う。

俺は【浮き玉】に乗り、そして見習達がセリアーナを取り囲んでいる。

テレサの開始の合図とともに一斉に走り出した彼女達は、セリアーナを取り囲みこの態勢を作り上げた。

さらに俺も加わり、11対1。


セリアーナも流石にいつもの余裕は無い様で、真剣な表情を浮かべ隙を見せない様に周囲を伺っている。

これはもう……今日こそ勝ちを……。


「あっ⁉」


見習の1人が、セリアーナの気を引くために、やや遠間から牽制の一撃を放った瞬間に、懐に入られ逆に一撃を貰いダウンした。


い……いかん!初手で作戦が……。


「失敗!一斉こうげ……きは無理だね」


最初に出来た穴をセリアーナは一気に広げていき、立て直す間も無くもう残っているのは俺一人。

蹂躙ってこういう事を言うんだな……。


「どうしたのセラ?後はお前だけよ?」


「ぐぐぐ……」


丸めた布で武器を打ち払い、掴んで投げ倒していくといった事を繰り返し、10人をあっさり倒したセリアーナは、先程と変わっていつもの余裕の笑みを浮かべている。

どうやっても無理だろうけれど、俺だけノーダメで降参するわけにもいかないか……。


「ふっ!」


諦めて【浮き玉】を加速させる。


セリアーナの武器は、いつもの布を巻いた木剣では無く、ただの布を丸めた物だ。

攻撃を受ける事は出来ないはず。

それなら、武器を狙えばいつもの受け流しが出来ずに、彼女のリズムを崩せるかもしれない。


接触まで残り数メートルとなった所で、そこから更に速度を上げ……⁉

後わずかという所でセリアーナが構えを解き、手にした丸めた布を投げて来た。


「わあっ⁉」


突如目の前に広がった布に驚き、思わず急停止してしまった。

そして、セリアーナがその隙を逃す訳もなく……。


「ぐえっ⁉」


その広がった布の下を駆け抜けたセリアーナは、俺の後ろに回り込み首に腕を回し締めあげた。


「そこまでっ!」


そして、テレサの終了の声。

完敗だ。


「エレナ、どうだったかしら?」


「完璧です。今回は武器が特殊なので二手かかりましたが、真剣を使えば全て一手で終わらせていたでしょう」


テレサが見習達を起こしに行く間、セリアーナとエレナは反省会を行っている。


「セラ、君はどうだった?」


「どうにもならんよ……。念を入れて牽制は遠目からやったのに、距離とかお構い無しだし……後はもう人数差も活かす間も無くどんどんやられて、俺一人になったからね……」


マジで何もできなかった。


「【浮き玉】は使っていたけれど、お前は本来剣を持って正面から1対1で戦うタイプじゃ無いでしょう?」


完勝した事で上機嫌なセリアーナがフォローを入れてくれる。

確かに彼女が言うように、俺は奇襲での先制に特化しているからな。


「まぁね……。【祈り】の強化具合もわかったし、オレの方も収穫はあったかな」


今日の集団戦は【祈り】を使っている。

俺達だけでなく、相手役のセリアーナもだ。

だからこそ、セリアーナはより加減する為に木剣に布を巻く程度では無く、布を武器にしていたわけだ。

今までも対魔物相手の戦闘でなら、他者に【祈り】をかけてきたが、今日は【祈り】がかかった者同士の戦いだ。

その為、強化具合にはっきりと違いが出た事がわかった。


【祈り】は加算じゃ無くて乗算だ。

強い者はより強くなる。


武器が布で、いつもの受け流しが出来ないセリアーナは、普段の戦い方から、エレナのスタイルに変えていたのだが、1人を倒したと思ったら、既に別の相手に襲い掛かり……【祈り】の強化も相まって、手が付けられなかった。


「本当ね。以前ダンジョンに一緒に潜った時はエレナやアレクも一緒だったから、そこまで違いが判らなかったけれど、こうやって見るとよくわかるわ」


と、見習達の方を向いて言った。

テレサに起こされた彼女達も向こうで反省会をやっている様だ。

つい今しがた完敗したばかりなのに、堪えた様子は無い。

このところ連日で負け続けているから、慣れたのかな?


良い事かどうなのかはわからないが、ガッツはあるんだろう。


299


【本文】

ガッツ溢れる彼女達を眺めていると、不意にテレサが訓練所の入口に顔を向けた。

話している途中なのにどうしたんだろうと、俺もそちらを見ると、セリアーナとエレナも同じくそちらに顔を向けている。


……なんかあんの?


「ジグハルトね」


と、セリアーナが呟いた。


ジグハルトはまだ春前なのに、フィオーラと共に調査だなんだと出かけていたが……戻ってきたのかな?

セリアーナはスキルがあるからともかく、2人も気付いていたのか。

本当に一体何を察知しているんだろう?


「よう」


程なくして、入口の扉が開きジグハルトが姿を見せ、そして、一言声をかけると中に入りこちらに向かって来た。


「久しぶりね。それにしても、貴方がここに足を運ぶなんて珍しいじゃない」


「戻ったのはついさっきだ。フィオもいるが、挨拶は後にさせてくれ。春の準備で調べる事があるんだが、セラを借りたい。いいか?」


春の準備……魔王種との戦いの事かな?


「構わないけれど、どこへ行くの?」


俺じゃなく、何故かセリアーナが許可を出すが、まぁいい。

でも、ジグハルトやフィオーラの調べ物に俺が役に立つ事ってあるんだろうか?

まぁ、調べ物って言うなら俺でも出来ることがあるかもしれないが……。


「下の騎士団本部だ。時間もそうかからないだろうし、危険も無い」


「わかったわ。セラ、ここはいいから行って来なさい。テレサもいいわね?」


「はーい」


何をするのかわからんままだが、ジグハルトとフィオーラもいるし、行けば教えてくれるだろう。

最近脳筋よりの活動が多かったが、ここらでアカデミックな仕事をするのも悪くない。


「わかりました。ジグハルト、お願いしますね?」


いつの間にか側に来ていたテレサはそう答えた。

何がお願いなんだろう……俺のお守か?


「悪いな……じゃあ、行くか。セラ」


そう言うと、ジグハルトは入口に向かおうとしたが、騎士団本部にはここから通路が繋がってもいる。

そっちを使った方が早いだろう。


「ほい。あ、あっちからの方が近いよ?」


誰でも使っていいって物じゃないが、よくよく考えれば俺もジグハルトも立派な騎士団関係者だ。

利用しても問題無いだろう。


「お?そうか」


何より通常ルートを使うと外に出ることになる。

それは寒いから嫌だ。



直通の通路を使い、屋敷の麓にある騎士団本部へ辿り着いた。

いつもはここは1番隊の隊員がメインで使い、あまり2番隊の隊員達は見かけないが、今日は見知った顔がチラホラと。

ジグハルト達が調査に同行させていたのかな?


ジグハルトは彼等と挨拶を交わしながら、ずんずん奥へ進んで行き、ある部屋の前で足を止めた。

幹部用というか、お偉いさん同士の会談に使う会議室だが、中の声が微かに漏れている。


「ここ?」


「ああ。おいっ俺だ!入るぞ!」


と、ドンドンとドアを叩き返事を待たずに中に入っていった。

遅れて俺も中に入ると、部屋にはフィオーラにオーギュストに冒険者ギルドの支部長、それと参謀格の者達が揃って席についていた。

そして、フィオーラの前にはフラスコみたいな器具や、何か土の入った容器などがアレコレ置かれている。

他にも地図が置かれたり、魔物の絵が描かれた資料などが広げられ、それらを見ながら何か議論を交わしていたが、何をしているんだろう?


「ジグ……返事を待たないのならノックする意味が無いでしょう……?あら、セラ。久しぶりね……ごめんなさいね呼びつけて」


フィオーラはジグハルトにチクリと一刺しした後、顔を上げると俺に気付いた様で、呼びつけた事を詫びてきた。


「お久しぶりー。呼ばれたのは全然いいんだけれど……何するの?調べ物?」


「そうね……こっちに来て頂戴。見ながら説明をする方がわかりやすいでしょう」


そう言うと、フィオーラは椅子を引き、自分の膝を指した。


「ふぬ?」


何をするのかよくわからんが……資料運びとかじゃなさそうだな……。

割と気安い関係の面々が揃っているが、皆真剣な顔をしているし、それなりに真面目な仕事なんだろうな。

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