第119話

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【本文】

冬の3月に入って少し経ったが、訓練所を使う女性陣に新たなメンバーが加わった。

指導役のテレサと、彼女が募集、選別をしていた見習女性兵達だ。

人数は10人で、14歳から18歳の若い女性達となっている。


応募者はもっといたそうだが、一度に集めても仕方が無いという事で、各階層に配慮して冒険者の娘を5人、農家の娘を3人、商人の娘を2人とばらけて採用したそうだ。

一応選考基準として、最低限の礼儀作法等は見た様だが、あまり重視はしなかったらしい。


……この1年程でこの街も大分平穏になってきたが、それでも長い間開拓最前線として、荒っぽい空気で満たされていた。

冒険者になる程の荒くれ者ってわけじゃないが、それでもその荒っぽい街で生まれ育っただけあって、ゼルキスの領都や王都の住人と違って、ガサツというか……チンピラっぽいというか……まぁ、そんな連中だった。

テレサもそれに気づき、指導2日目で実技に入った。


初日はテレサが、2日目はエレナが、そして3日目の今日はセリアーナが、10人抜きをしてさらにその後10対1でボコっている。

もちろんボコられているのは見習達だ。


「こう……離れて見るとやっぱセリア様も強いんだね……」


「私やテレサとはまた違う戦い方でしょう?」


と俺を抱えて【浮き玉】に乗っているエレナが答えた。


最近エレナも【浮き玉】を扱えるように下賜した。


セリアーナとはぐれるような事態が起きた際に、迎えに行けるようにだ。

ちなみにその場合、俺は【隠れ家】に潜んでおく事になっている。

たとえどこにいようと、セリアーナなら見つける事が出来るし、下手に俺が動くよりかは安全だろう。

勘が良いのか運動神経が良いのか、あるいはその両方か……ともかく、すぐに使いこなしている。


セリアーナ達が戦っている場所から少し離れた、邪魔にならない位置からエレナの解説付きで見学をしているが、戦い方にも個性があって面白い。


テレサは剣と盾を持ち、その場からほとんど動くことなく完封した。

マンガなんかでよくある、足元に描いた円から一歩も出る事無くってヤツだ。


クソ強い。


エレナは、攻撃を捌きながら一気に駆け抜け、集団の外から一人一人を潰していった。

何度かダンジョンに一緒に潜った事はあったが、その際は彼女は支援役を主に務めていたから気づかなかったが、足の速い事速い事……彼女もまた一発も貰うことなく完封した。


クソ強い。


そして今戦っているセリアーナ。


「奥様は自分より身体能力が高い相手を想定して幼い頃から訓練を積んできたの。とにかく攻撃を受け止めない事、相手の正面に立たない事、足を止めない事……。君と試合をした時もそうだったでしょう?」


「だね」


その言葉通り、俺だろうと見習達が相手だろうと攻撃を受け止めたりせず、受け流して体勢を崩し、その隙をついている。

時たま俺が不発に終わった、燕返しや平突きからの横薙ぎとかを使っているのはお茶目か余裕か……。


とにかく彼女もクソ強い。


「あ、終わったね」


最後の1人は背負い投げだ。


俺が仕掛けた時は、腕を取り投げの体勢に入ったところで、逆に持ち上げられるという無様な結果だったが、これは見事な一本だ。


「魔物相手なら、ただ突いたり叩いたりするだけでいいけれど、人間……それもちゃんと訓練を積んだ相手じゃそうは行かないからね。彼女達は屋敷の警備だし、魔物以外にも人間を相手にする可能性もあるから、いい勉強になったんじゃないかな?」


「……そうだね」


俺からしたら、ここまで一方的にボコられ続けたら心が折れそうな気がするけれど……大丈夫かな?

エレナも出来る人側の人間だからな……。


「おや?」


ふむむ……と考え込んでいるとエレナが何か気付いた様な声を上げた。


「テレサが呼んでいるね。行こうか」


テレサは審判役を務めていたが、そちらに目を向けると、何やら手招きをしている。


「そだね、お願い」


何だろうか…反省会でもするのかな?

まさか俺にもやれとかは言わないよね……?


297


【本文】

テレサの下へ行くと、憔悴し座り込んだ見習達の姿が目に入る。


意外と女性貴族の生活って平民には正確には伝わっていないから、指導役のテレサはともかく、今ではすっかり侍女役が板についているエレナや、領主夫人で自分達の警備対象でもあるセリアーナにここまで圧倒されると、そりゃ落ち込みもするだろう。


エレナは【浮き玉】の操作を俺に譲り、セリアーナにタオルを渡しに行っているし……どうしたらいいんだ?


「姫」


「っはい⁉」


テレサの声に慌てて答えたが、ちょっと声がひっくり返ってしまい、テレサが不思議そうな顔をしている。


「姫、彼女達に【祈り】をかけていただけませんか?消耗したままでは訓練が出来ませんので……」


彼女達が憔悴しているのは、精神的にもだが疲労と痛みのせいでもあるんだろう。

俺の時と違って、布を巻いたりしていなかったし、手加減をしても痛い事は痛い。


「了解……ほっ!」


【祈り】を発動すると、見習達にテレサ、ついでに少し離れた所にいるセリアーナ達にも届いた様で、皆薄っすら光っている。


「⁉」


それを見て驚く見習達。

兵士達は昨年の襲撃の話を聞いていたのか、あまり驚きはしなかったが、彼女達は違ったようでしっかり驚いている。

これは驚くとしたら一回目だけだからな……驚いてくれて使った甲斐があったが……。


「ありがとうございます。彼女達は……まだ動けない様ですね」


まだへたり込み、肩で息をしている。


「この有様で大丈夫なの?」


一方こちらにやって来たセリアーナは平気な顔をしている。

集団戦の前に全員と一対一をやっているのに……。


「問題ありません。最初は皆こうですよ。これから一月かけて、最低限は動けるように仕上げますから、ご安心ください」


セリアーナの懸念を払拭するかのように、自信たっぷりに問題無いと答えるテレサ。


冒険者見習いの時も似たようなやり取りがあったな……。


「そう、ならいいわ。まだ時期にも余裕があるし急ぐ必要は無いから、しっかり鍛えて頂戴」


「お任せください」


と、やっぱり自信気に笑みを浮かべて答える。

それを受けて、セリアーナは鷹揚に頷いた。


「結構。汗を流すわ。エレナ、セラ、行くわよ!」


そしてそう言うと、こちらの返事を待たずに訓練所に備え付けられた、シャワールームへと向かって歩き始めた。


……疲れた感じはしないけれど、ちょと機嫌が悪そうだった。

どうしたんだろう?



訓練所備え付けのシャワールームは男女別々になっていて、男性用は知らんが、女性用の方はちょっと豪華だ。


広々とした一室に片面にシャワーブースが有り、床はタイルが張られ魔道具の照明が明るく照らし、ブースの反対側には棚が並び、シャンプーや石鹸、タオルにガウンが置かれている。


中央の空いたスペースには寝台が置かれ、使用人によるマッサージが受けられるし、訓練所の備え付けって割には、前世の高級ジムのシャワールーム顔負けなラグジュアリーな雰囲気が漂っている。


魔境に隣接するこの街では、気軽に運動する事が難しい。

男性客の場合だと、騎士達と共に魔物の討伐に参加したりも出来るが、女性の場合はそれは難しい。

その為、この訓練所は滞在する女性客も利用できるようになっている……らしい。


まだ利用しているのは、俺達だけだからどうなるかはわからないが、今後はあの見習達も使うのかもしれないな。


「あの娘達はモノになるのかしら?」


シャワーを終え、エレナに髪を乾かして貰っているセリアーナがそう言った。

あの場では納得しテレサに任せた様な事を言っていたが、半信半疑だったようだ。


まぁ……あの体たらくじゃね……不安になっても仕方ない。


「大丈夫……と思いますよ?動き自体は悪くありませんでしたから。セラ、この街では住民が外の魔物を倒したりとかはしないんだったね?」


「そうだね。冒険者とか猟師以外はほとんど魔物と戦わないはずだよ」


俺のこの街にいた時の情報は、孤児院周辺だけと大分偏っているが、これは間違っていないはずだ。


「恐らく彼女達は、護身として剣や槍の簡単な扱いは学んだのでしょうが、集団での戦い方は知らないのでしょう。連携が取れず動きがバラバラでした。盾、牽制、止め……慣れていれば即興でもそれらに分かれますからね。テレサならしっかり身に付けさせてくれるでしょう」


「そう……それなら、もうしばらく待ってみましょう。セラ、冷たい飲み物が欲しいわ。奥から取って来て頂戴」


エレナの話を聞き、セリアーナは機嫌を直したらしく、顔に笑みが戻った。


「はーい」


良かった良かったと、ドリンクを取りに【隠れ家】を発動した。

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