第118話

293


【本文】

冬の2月。


冬の間、俺のやる事はほとんど何も無い。


それでも去年は、水路の凍結確認だったり細々した事をこなしていたが、今年はもう人手が足りている。

街壁の内側はもちろん外側の見回りも兵士の仕事に含まれていて、彼等が行っている。


森での狩りも論外だ。


下手に刺激をして襲撃を引き起こしちゃ不味いだろう。

ベテランの猟師や冒険者ならともかく、俺は自信が無い。


そんな訳で今年の冬は、ゴロゴロしながら読書に励んでいる。

もちろん、リーゼルの執務室でだ。


皆が仕事している中で、当初は少々背徳感があったが……人間って慣れる生き物だ。

指示を出す声や、書類をめくる音……それらのBGMが無いと逆に落ち着いて読書が出来ないようになってきた。

夜の【隠れ家】で読むより、ここで読むほうがずっと捗る。


本も新しいのが欲しくなれば、届くまで多少時間がかかるが、強請れば大抵の物は取り寄せてくれるし……いかんな……だらけてしまう。

テレサも最近は何やら忙しい様で、外に出ているしな。


「セラ君」


「ふがっ⁉……なっなに?」


積んだ本を枕にパラパラとページをめくっていると、唐突にリーゼルが俺を呼んだ。

思い切り気を抜いていたので、変な声が出てしまったが、体を起こしそちらを見ると、先程まではいなかったオーギュストがいつの間にか立っている。


誰か部屋に入ってきたのは気付いていたが、彼だったか……。


「セラ、来なさい」


リーゼルだけでなく、その隣に座るセリアーナも呼んでいる。

何だろうかと思いつつ、足元に転がしていた【浮き玉】に乗りそちらへ向かった。


「セラ殿、兵士の仕事で街中はもちろん、外壁の外の見回りをしているのだが、知っているだろうか?」


「うん」


彼等の下に行くと、オーギュストが口を開いた。

説明は彼が行うのか……そしてセラ殿……と。


彼は律儀な男で、騎士団団長として俺に用がある時はセラ副長と呼び、そうでない、私的の用の時は今の様にセラ殿と呼ぶ。

しかし、兵士の仕事の説明なのに、どういうこっちゃ?


「日中はもちろんだが、それが夜通し行われている事は?」


「夜やってるのは知ってるけれど……夜通しなの?」


「そうだ」


「……それは知らんかったね」


言われてみれば、まだ結界が張れていないこの街で一番危険なのは夜だ。

深夜や早朝の警備は、ゼルキスに移動した時にも見たし知っていたが……アレ夜通しだったのか。


「まあ、それは1番隊の仕事だしセラ殿が関知する事では無い。その彼等から陳情があってこちらに話を持って来たのだ」


「……うん?」


陳情……夜勤の翌日は休みにして欲しいとかかな?


「今は冷えるだろう?夜ともなれば特にだ。その為体調を崩す者が増えているんだ。幸い重症になっている者はいないが……どうにかならないか?と現場で声が上がっている。見回りを無くす事は出来ないし、交代を増やしたりしようにも流石にそこまで出来るほど人数はいないんだ。2番隊も動員するなら可能かもしれないが、そうなると対魔物の防衛力が落ちてしまうからね」


と、今度はリーゼルが。


リアーナは雪が降ったりは少ないが気温は低く、水路を始め池なんかも凍ったりすることもある。

日の差す日中でも寒い事に変わらないし、そんな中外に出てりゃー、体調くらい崩すわ。


街自体が結構な大きさで、見回りに割く人数も必要なんだろう。


「この街寒いもんね……でも、オレじゃどうしようもないよ?」


俺自身の防寒には自信があるが、だからと言って俺が何かできるわけじゃない。


「セラ君。君の加護の【祈り】を頼めないか?僕も受けたことがあるが、ポーションや回復魔法程では無いが、回復効果があるだろう?それに一度に大勢を対象にかける事が出来る。春からは人数が増えるし、今冬だけで良いんだ」


ふむ……。


「セリア様?どうかな?」


一発二発【祈り】を使うだけで良さそうだし、手間がかかる事でも危険な事でも無い。

一応セリアーナに伺いを立てるが、反対ならとっくに言っているだろう。


「問題無いわ。引き受けなさい」


「ほい!」


リーゼルとオーギュストがそれを聞きホッとしたような顔をする。


人や物のやりくりよりも、俺を動かす方が手っ取り早いし効果もあるんだろう。


その期待に応えてあげようじゃないか……最近我ながらグータラしすぎている自覚もあるしな!


「ああでも……」


「どうかしたかい?」


一件落着、となったかと思ったが、セリアーナは何か気にかかることがあるようだ。


「その娘、朝は起きないから、時間はそちらでうまく考えて頂戴ね?」


「……やる気はあるよ?」


一応フォローは入れたが、2人の顔が少し引きつっているのがわかるな……。


294


【本文】

通路にコツコツと響く硬い足音。


俺のでは無い。

ふよふよ浮いている俺のすぐ隣を歩く、オーギュストの副官、ミオのものだ。


ミオ・ライト……20歳だったかな?

髪を後ろにひっつめて、服も皺一つ入っておらず、お堅い印象だ。


「……」


「……」


会話がねぇ……。


窓が無く魔道具の照明が灯ってはいるが、昼間なのに少々薄暗いだけに、沈黙と相まって若干ホラーチックな雰囲気がある。


この通路は領主屋敷の地下から外の騎士団本部まで繋がっている。

現在複数の通路を建設中だが、今後冒険者ギルドや外の様々な施設と繋ぐ様になるらしい。


今俺達が騎士団本部を目指しその通路を進んでいるのは、先日引き受けた【祈り】による治療を行うためだ。

本来なら俺の副官であるテレサが付き添うはずなのだが、今日彼女はセリアーナに仕事を頼まれそちらに出向いていて、その代わりとして、ミオが付いている。


「セラ殿」


と、もうじき到着するという所で、ようやく口を開いた。

彼女もオーギュストに倣ってか、俺の事はセラ殿と呼ぶ。


「はいはい。なんでしょ?」


「本日は45人が対象になります。人数が大分多いですが……大丈夫でしょうか?」


45人……見回りは3人1班で行うそうだから、15班か。

1-2班前後する事はあるが、一度に大体これ位の人数で見回りを行っている。

それが1日3交代制……そりゃ人員がカツカツになるに決まっている。


「問題無いよ」


とは言え、俺にとっては大した問題じゃー無い。

1回2回【祈り】を使えば完了だ。


「わかりました。それでは参りましょう」


「おう!」



騎士団本部にある、待機所。

そこに兵を集合させ【祈り】をかけている。

今日は予想通り2回で終わった。


終わったわけだし帰ってもいいんだが、兵士達は体調も良くなるし何となくその場でお喋りをする事が習慣になっていて、俺や、今日はいないがテレサもその場で混ざって、街や周辺の状況を聞いたりしている。


「なあ副長、テレサ様が女集めて何かの訓練をしているってのは本当なのか?家の娘に聞かれたんだ」


今日もその場に混ざって、適当にお喋りをしているとその場の1人に声をかけられた。

ちなみに娘さんは16歳らしい。


「まだ訓練はしていないけれど、若い女性を集めているのは本当だよ。この街の兵士はほとんどが男だし、屋敷の警備に女性兵を入れたいんだって……。今はまだいないけれど、屋敷に泊まる客の中に女性が加わるかもしれないしね」


セリアーナの防衛に関しては、エレナにテレサとそこに居るミオに、敷地内に部屋を持つフィオーラがいる。

俺は数に入れないでおくが、何より本人の防衛能力が高い。


テレサは俺に付いて領都を離れることがあるしフィオーラもそうだが、それでもそう簡単にセリアーナに手が届く事は無いだろう。

だが、今はまだいないが、屋敷に泊まる女性客に何か起こったら自分の身は自分で守れって言うのは、ちょっと問題だ。

その為、今のうちに、テレサが領都出身の女性の中から募集し選別を行っている。


「何か条件があるのか?」


横で聞いていた者が加わってきた。

何やら彼以外にも興味がある者が多い様で、こちらを見ている。


「この街出身の若い女性って位かな?武器の扱い方とかはテレサが教えるらしいし……そうだよね?」


あまり詳しい事は知らないので、後ろに控えているミオに確認する。


「ええ……。戦闘経験や礼儀作法など経験があれば尚良いですが、そちらもテレサ様が教えて下さるようですし、未経験でも問題無いそうですよ」


「そうかー……ウチのガキは他所の生まれだからな……今回は諦めるように伝えておくか」


最初に声をかけてきた男がやや気落ちしたようにこぼした。


そういや、2番隊はこの街出身の冒険者だった者が多く含まれているが、1番隊は王都だったり王妃様の実家絡みの領地から連れてきた者も多い。

この街出身って条件がネックになるのか……。


「今回の募集はこの街出身の者のみ、と絞っていますが、上手く行くようでしたら今後も募集を行っていくそうですよ?」


「そうかー……。わかった伝えてみるよ」


16歳だしなー……次の募集が何時になるかもわからないし、難しいかもしれないな。


295


【本文】

領主屋敷の地下にある訓練所。

そこで今俺は木剣を手にセリアーナと、2メートルほど距離を空けて向かい合っている。

剣道の八双の様に両手で剣を持ち上段に構える俺に対し、セリアーナは片手で剣を持ち半身のフェンシングの様な構えだ。

ちなみにセリアーナの剣は布を巻いている。


「…………たっ!」


駆け寄り、技も駆け引きも何も無しの渾身の袈裟切りを放ったが、セリアーナはそれを受け止めるのではなく、右手一本だけで持った木剣で足元に受け流した。


理想は剣だけを弾きたかったんだが、俺の筋力を考えればこうなる事はわかっている。

想定通りだ。


本命はこちら。


「ふっ!」


渾身の一撃を受け流され体が泳いでしまうが、大きく踏み出す事で体勢を整え、すかさず返しの逆袈裟の一撃を放つ。

いわゆる燕返しだ!


「……あら?あ痛っ⁉」


が、その一撃は文字通り空を切り、代わりにポコンと後頭部に衝撃が来た。


振り返ると、そこには得意気な顔のセリアーナが俺に剣を突き付けていた。


「面白い技だったけれど……まだまだね」


「むぅ……」


何も言えない……それにしてもいつの間に背後に……?


「はい。そこまでです」


審判役のエレナから終了の合図が出た。

俺の負けだ。


「まずは奥様、腕力勝負に出ずに上手く技で圧倒しましたね。お見事です」


「その娘相手に力で勝ってもね……」


乱れたのか結んだ髪をほどきながら、肩を竦めて答えるセリアーナ。


彼女はその気になれば、受け止めてそこから更に押し返す事くらい簡単にできる。

だが、それでは訓練にならないんだろう……真面目なねーちゃんだ。


「セラも、悪くなかったよ。最初の大振りの一撃で相手の構えを崩して、空いた胴体を狙おうとしたんだね」


惨敗だったが俺の評価も悪くない様だ。

まぁ、エレナは基本的にほめて伸ばすタイプみたいだしな……。


「いつの間にかセリア様が後ろに行ってたんだけど、アレどうやったの?」


「君が体勢を崩した時に、大きく踏み出して位置を入れ替えたでしょう?その時に奥様も一緒に移動して後ろに回り込んだんだよ。振り向く手間を惜しんだんだろうけれど、足、服、髪、どこでもいいから相手の一部を視界に入れておくと、動きについて行けるよ」


「ほうほう」


確かに、2撃目は適当に勘で振りぬいた。

まさか体ごといなくなるとは思いもしなかったからな……しかし、その避け方をしたって事は、初見で見破られていたのか……。


「なかなか面白い攻め方だったわ。もう一本やるわよ」


髪を結び直したセリアーナはまだまだやる気の様だ。

まぁ、まだまだ技のストックがあるし、負けてばかりだけれど俺もチャンバラは楽しい。


満足するまで付き合うか!



冬の2月も終わりに近づいた頃、セリアーナの冬の間に終わらせておくべき仕事が全て終わった。

彼女の仕事は旧ゼルキス領の人間の、領地の移行に関しての陳情や各所への折衝だったのだが、想定よりもすんなり行っていたようで、一月以上余ってしまった。


これが春や夏なら街の様子を見に行ったり出来るが、今は冬。

部屋で本を読んだりして暇を潰していたのだが、折角地下に訓練所があるのだからと、体を動かしに3人で出向いた。


そして、セリアーナが設置されている訓練用の剣や盾を目にした事で、俺に簡単な剣術を教えようとなった。

俺が直接剣を手にすることは無くても、知識を持っていれば万が一の時に役に立つかもしれないからだ。


ところが、自分達が見た事の無い変な技を俺が使った事で、試合をする運びとなった。

前世で蓄積した、マンガやゲーム、映画の知識が初めて生きたんじゃないだろうか?


もっとも……。


「あいたっ⁉」


根本的な性能の差というのだろうか?


セリアーナは初めて見る技にもかかわらず、ことごとく防ぎ、俺は一本も取れないままだ。

それどころか、技を見る為ってのもあるんだろうが先攻を譲ってもらっているのに、まともに打ち合わせる事すら出来ないでいる。


「ぐぬぬっ……」


頭を押さえ、唸り声を上げる。

布を巻いているとはいえ、流石に一時間近くポコポコ叩かれ続けると、痛くなってくる。


「久しぶりに体を動かしたけれど、気持ちいいわね。エレナ、明日は貴方も一緒にやりなさい」


一方セリアーナは久しぶりの運動でスッキリしたご様子。

明日もやるようで、エレナに声をかけている。


俺も一本くらいは取れるようになりたいな……。

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